非対称な人工格子構造が操る垂直磁化の新メカニズムを実証

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2019-05-21  産業技術総合研究所

ポイント

  • 不揮発性磁気デバイスの開発に向けて、垂直磁化を示す磁性体多層薄膜の材料設計が重要な鍵となっています。
  • 本研究では、多層薄膜に非対称な人工格子構造を導入することにより、垂直磁化が増強されるメカニズムを世界に先駆け実証しました。
  • これは、バルク・薄膜固有の性質と膜界面の性状に依存しない、新しい垂直磁化発現メカニズムで、デバイス開発に要する時間を大幅に短縮させる開発指針を提供します。

三重大学工学研究科のAbdul-Muizz Pradipto助教、中村浩次教授、産業技術総合研究所の薬師寺啓研究チーム長、京都大学化学研究所のWoo Seung Ham博士課程学生、塩田陽一助教、森山貴広准教授、小野輝男教授らの研究グループは、蔚山大学のSanghoon Kim助教、韓国科学技術院のKyoung-Whan Kim主任研究員、浦項工科大学のHyun-Woo Lee教授、高麗大学校のKyung-Jin Lee教授らの研究グループと共同で、非対称な人工格子構造が操る垂直磁化の新メカニズムを実証しました。この成果は、高い記録記憶密度、高速の読み書き、低い動作消費電力、高い書き換え耐性を持つ不揮発性磁気デバイスの早期開発に向けて、新しい開発指針を提供します。

本成果は、2019年5月22日に、米国科学誌Physical Review B: Rapid Communicationsのオンラインで公開されます。

概要

磁気デバイスの性能を高める技術に磁性体薄膜の磁化方向を「横」から「縦」にした垂直磁化方式があります。例えば、図1に示すように、記録記憶デバイス薄膜の磁化(磁気極性)を面直方向にすることにより(N極からS極、もしくはS極からN極)、1ビット情報となる磁区の面積を極力小さくすることができ、また、熱ゆらぎの影響を最小限に抑えることができます。これは、高い記録記憶密度、高速の読み書き、低い動作消費電力、高い書き換え耐性を持つ不揮発性磁気デバイスの開発につながります。

図1

図1.磁化の方向(S極からN極への方向)が面内及び面直に沿った面内磁化薄膜(a)と垂直磁化薄膜(b)。

そこで、重要になってくるのが、垂直磁化を示す磁性体多層薄膜の材料設計にあります。現状では、原子種を複雑に組み合わせてバルク・薄膜固有の性質(強い垂直磁化)を導く磁性体材料を見つけ出すこと、さらに良質の膜界面構造をつくることが行われています。さらなる不揮発性磁気デバイスの高性能化に際しては、より強い垂直磁化の薄膜をつくることが求められます。しかしながら、現在の材料では垂直磁化の強さの特性が頭打ちであり、それを打ち破ることが必要とされています。

本研究では、バルク・薄膜固有の性質と膜界面の性状に依存しない、新しいメカニズム、つまり、薄膜の面直方向に沿って非対称な人工格子構造を導入することにより、垂直磁化が増強されることを見出し、そのメカニズムを実証しました。既存デバイスにおいてよく用いられている多層薄膜構造は、厚さ0.2ナノメートル(nm)のコバルト(Co)層と白金(Pt)層、あるいはCo層とパラジウム(Pd)層を交互に積層させるのに対し、本研究で開発した非対称な多層薄膜構造は、Co層Pt層Pd層Co層Pt層Pd層・・・であり、Co層の上下が異なる材料(PtとPd)となるように積層させました(各層の厚さは0.2nm)。図2に示すように、Co層の上下が非対称なPt/Co/Pd構造と、対称なPt/Co/Pt構造、Pd/Co/Pd構造の試料を作製し、振動試料型磁力計(VSM)測定により垂直磁化特性を評価した結果、非対称なPt/Co/Pd構造の方が磁気異方性エネルギーが正に大きく、強い垂直磁化が得られることを明らかにしました。またこの実験結果を、第一原理計算を用いた理論により証明しました。

図2

図2.対称なPt/Co/Pt構造と非対称なPt/Co/Pd構造の模式図(a)、Pt/Co/Pd構造の高分解能透過電子顕微鏡(TEM)像(b)及び磁気異方性エネルギーの実験(オレンジ棒)と第一原理計算(緑棒)の結果(c)。

非対称なPt/Co/Pd構造において強い垂直磁化が得られたメカニズムは、以下のように説明されます。既存の対称構造では、フェルミ準位近傍のエネルギーにある電子の軌道とスピン軌道相互作用により、内部エネルギーが最も低くなる磁化容易軸を持ちます。これが垂直磁化の強さを決定づけていましたが、材料の組合せでその強さが制限されていました。本研究の提案では、人工的な非対称構造の付与により意図的な空間反転対称性の破れを作り出すことで、上記の制限を打ち破るような付加的な特性増強を目指し、実際に作製した非対称なPt/Co/Pd構造では、材料の組合せで決まる対称構造(Pt/Co/Pt構造およびPd/Co/Pd構造)と比較して、実験値で約2倍(理論計算値では1.3倍以上)に垂直磁化を強められることを示しました。そして理論計算では、空間反転対称性の破れにより、電子の面内運動量と電子のスピンの向きを結合(ロッキング)するラシュバ効果が生み出され、このラシュバ効果が磁化容易軸をより強く垂直方向に導く重要な駆動力になっていることを示しました(図3)。

図3

図3.非対称なPt/Co/Pd構造におけるラシュバ分裂(赤線と青線)した電子構造(a)と磁気異方性エネルギーのk空間依存性(赤色と青色はそれぞれ正と負の磁気異方性エネルギーに対応)(b)。

この非対称な人工格子構造の導入による垂直磁化の新メカニズムは、用いる材料や成膜手法は既存と同様であるために、これまで長年にわたり蓄積した成膜技術や経験を活かしやすく、デバイス応用との整合性を得やすい開発知見です。すでに製品化されている磁気不揮発性メモリ(MRAM)の次世代型への搭載がまず可能性として挙げられます。今回開発した強い垂直磁化は、強い磁化情報を与えることができるために、メモリとしての信頼性向上に寄与すると見込まれます。これに留まらず、さらに非対称性次第では、より強い垂直磁化の可能性を示しています。より高い記憶記録密度を実現するためには、より強い垂直磁化が必要とされることから、本研究成果は今後の不揮発性磁気デバイス開発の高性能化・高信頼性化に資する開発指針を提供しうるものです。

研究について

本研究の一部は、科学研究費補助金「特別推進研究」、「基盤研究(C)」、スピントロニクス学術研究基盤連携ネットワークの助成を受けて行われました。計算の一部は九州大学情報基盤研究開発センター研究用計算システムで行われました。

論文タイトルと著者
Enhanced perpendicular magnetocrystalline anisotropy energy in an artificial magnetic material with bulk spin-momentum coupling
Abdul-Muizz Pradipto, Kay Yakushiji, Woo Seung Ham, Sanghoon Kim, Yoichi Shiota, Takahiro Moriyama, Kyoung-Whan Kim, Hyun-Woo Lee, Kohji Nakamura, Kyung-Jin Lee, and Teruo Ono
掲載誌:Physical Review B: Rapid Communications
DOI: 10.1103/PhysRevB.99.180410

用語解説

垂直磁化:
磁性体薄膜の磁化(磁気極性)の方向が、薄膜の面直方向に揃った状態。
振動試料型磁力計:
均一磁界中において、試料を一定振動数及び一定振幅で単振動させて、試料の磁化特性を誘導起電力により計測する実験装置。
磁気異方性:
磁性体の磁化の向きによって内部エネルギーが異なる性質。
第一原理計算:
実験・経験的パラメータを用いず、量子力学に基づいて物質の電子構造や物理的性質を理論的に計算する手法。
スピン軌道相互作用:
電子の軌道角運動量と電子のスピンとの相互作用。結晶磁気異方性を創り出す起源でもあります。
磁化容易軸:
内部エネルギーが最も低くなる(磁化が向き易い)結晶軸の方向。他方、内部エネルギーが高くなる磁化方向を磁化困難軸と呼びます。
ラシュバ効果:
空間反転対称性の破れにより、電子の面内運動量と電子のスピンが相互作用する効果。
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