植物受精卵でのゲノム編集に成功~増収、耐病性、品質改良など、イネ科作物への応用に期待~

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2019-03-28  理化学研究所,首都大学東京,徳島大学

理化学研究所(理研)科技ハブ産連本部バトンゾーン研究推進プログラム植物新育種技術研究チームの戸田絵梨香リサーチアソシエイト(研究当時、現 研修生・首都大学東京大学院 理学研究科生命科学専攻 博士後期課程)、加藤紀夫チームリーダー(日本たばこ産業株式会社 主任研究員)、首都大学東京大学院 理学研究科生命科学専攻の岡本龍史教授、徳島大学大学院社会産業理工学研究部の刑部祐里子准教授らの共同研究グループは、植物受精卵を対象としたゲノム編集[1]方法の確立に成功しました。

本研究成果は、イネ科作物におけるゲノム編集を利用した育種に大きく貢献すると期待できます。

植物のゲノム編集は、遺伝情報を担うDNA配列の狙った箇所を育種上望ましいと考えられる配列に改良することを可能にする技術で、作物の増収や耐病性の付与、品質の改良などに非常に有効であることが実証されつつあります。

今回、共同研究グループは、イネ卵細胞と精細胞を電気融合させる「イネin vitro受精」で作製したイネ受精卵に、新たにポリエチレングリコール(PEG)[2]を用いることで、ゲノム編集ツール[3]などのさまざまな物質を高効率で導入する方法を確立しました。この方法は、ゲノム編集ツールとしてDNAまたはリボ核タンパク質[4]のどちらも適用できる点や、編集された細胞を選抜するマーカー遺伝子が不要という点でも優れています。

本研究は、英国の科学雑誌『Nature Plants』(3月25日付け:日本時間3月26日)に掲載されます。

※共同研究グループ

理化学研究所 科技ハブ産連本部 バトンゾーン研究推進プログラム
植物新育種技術研究チーム
リサーチアソシエイト(研究当時) 戸田 絵梨香(とだ えりか)
(現:植物新育種技術研究チーム 研修生、首都大学東京大学院 理学研究科生命科学専攻 博士後期課程)
チームリーダー 加藤 紀夫(かとう のりお)
(日本たばこ産業株式会社 植物イノベーションセンター 主任研究員)
副チームリーダー 松井 南(まつい みなみ)
(理化学研究所 環境資源科学研究センター 合成ゲノミクス研究グループ グループディレクター)
副チームリーダー(研究当時) 木羽 隆敏(きば たかとし)
(現:客員主管研究員、名古屋大学大学院 生命農学研究科 准教授)
テクニカルスタッフ(研究当時) 竹林 有理佳(たけばやし ありか)
客員研究員 榊原 均(さかきばら ひとし)
(名古屋大学大学院 生命農学研究科 教授)

首都大学東京大学院 理学研究科生命科学専攻
教授 岡本 龍史(おかもと たかし)
(理化学研究所 客員主管研究員)
博士前期課程 古磯 成美(こいそ なるみ)

徳島大学大学院 社会産業理工学研究部
准教授 刑部 祐里子(おさかべ ゆりこ)
(理化学研究所 客員主管研究員)
教授 刑部 敬史(おさかべ けいし)

背景

近年、CRISPR-Cas9[5]を用いたゲノム編集技術の研究開発が盛んに行われています。農業分野でも、この技術を用いることで育種年限の大幅な短縮が見込まれることから、種苗会社を中心に注目を集めています。また、この技術によって、上市の際の規制解除に要する費用が従来の組換え作物に比べて低くなることが期待されるほか、社会的受容が進みにくい遺伝子組換え技術と比べて消費者の心理的な障壁も低くなる可能性があります。

しかし多くの場合、植物にゲノム編集技術を適用するには、種や品種によって大きく難易度が異なる「組織培養」の技術を利用する必要があり、培養技術の改良が求められています。

そうした中で首都大学東京の岡本教授らは、顕微鏡下で単離したイネ卵細胞と精細胞と電気融合させることで受精卵を得る試験管内受精法(イネin vitro受精系)を、2007年に開発しました注1)。今回共同研究チームは、この方法に、受精卵に核酸やタンパク質を導入する技術を組み合わせることを試みました。

注1)Takao Uchiumi, Isao Uemura, Takashi Okamoto Establishment of an in vitro fertilization system in rice (Oryza sativa L.) Planta (2007) 226:581–589

研究手法と成果

共同研究グループは、イネ受精卵の試験管内受精法と、今回新たに開発した受精卵に核酸やタンパク質を導入する技術を組み合わせることで、植物受精卵からゲノム編集個体を作出する方法を確立し、処理した受精卵の4~64%でゲノム編集に成功しました。

まず、イネ受精卵の試験管内受精法を用いて得られた、細胞壁が未発達の状態である受精・融合直後の受精卵に、ポリエチレングリコール(PEG)を作用させることで、ゲノム編集ツールなどのさまざまな物質を導入する方法を開発しました(図1)。

次に、試験的に緑色蛍光タンパク質遺伝子を導入した受精卵でも、高頻度で植物体にまで生育することを確認しました。また、赤色蛍光タンパク質を発現する組換え遺伝子を導入した受精卵に対して、その遺伝子を失活させるように設計したゲノム編集ツールを導入したところ、赤色蛍光タンパク質で赤く光って見えた受精卵が光らなくなりました。

さらに、ゲノム編集ツールとしては、ゲノムの特定の場所を切断できるように設計されたDNA、またはタンパク質-RNA複合体(リボ核タンパク質)のどちらにも有効であることが分りました。リボ核タンパク質を用いた場合は、DNAに比べて染色体に組み込まれる可能性が極めて低く、数日で分解されてしまうことから、導入先の染色体に遺伝子が組み込まれない状態でのゲノム編集となります。

最後に、ゲノム編集の効果を視覚的に確認するために、葉を立たせる働きをもつことが知られるdl遺伝子を標的としたところ、図2のように垂れ葉の表現型を持つイネを作出できました。

今後の期待

本研究では、植物受精卵への物質導入方法を確立し、その方法を用いて近年開発されたゲノム編集ツールを導入することにより、実験区によっては、処理した14個のイネ受精卵から9個体のゲノム編集体を作出することに成功しました(編集効率約64%)。この結果は、イネにおいては、既に育種の現場にも適用可能な技術水準にあると考えられます。

また、本技術は消費者の懸念対象となりやすいDNAではなく、リボ核タンパク質によるゲノム編集が可能なこと、さらにゲノム編集個体の作出効率が高いことから、ゲノム編集個体を選抜するためのマーカー遺伝子も不要であることが示されています。そのため、社会的にも受容されやすい可能性があります。

さらに、分化、発生の方向が定まっている受精卵を培養する方法は、胚や葉などに由来するカルス[6]を培養する方法に比べて、種、品種の違いによる培養効率の差が生じにくい可能性があります。本技術による物質導入はイネ以外の作物でも可能なことが確認できており、今後、トウモロコシやコムギの育種にも貢献すると期待できます。

原論文情報
  • Erika Toda, Narumi Koiso, Arika Takebayashi, Masako Ichikawa, Takatoshi Kiba, Keishi Osakabe, Yuriko Osakabe, Hitoshi Sakakibara, Norio Kato, Takashi Okamoto, “An efficient DNA- and selectable-marker-free genome-editing system using zygotes in rice”, Nature Plants, 10.1038/s41477-019-0386-z
発表者

理化学研究所
バトンゾーン研究推進プログラム 植物新育種技術研究チーム
チームリーダー 加藤 紀夫(かとう のりお)
(日本たばこ産業植物株式会社 イノベーションセンター 主任研究員)
リサーチアソシエイト(研究当時) 戸田 絵梨香(とだ えりか)
(現 研修生、首都大学東京大学院 理学研究科生命科学専攻 博士後期課程)

首都大学東京大学院 理学研究科生命科学専攻
教授 岡本 龍史(おかもと たかし)
(理化学研究所 科技ハブ産連本部 客員主管研究員)

徳島大学 大学院社会産業理工学研究部
准教授 刑部 祐里子(おさかべ ゆりこ)
(理化学研究所 科技ハブ産連本部 客員主管研究員)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

補足説明
  1. ゲノム編集
    核酸分解酵素を部位特異的に作用させることで、遺伝情報を改変する技術。
  2. ポリエチレングリコール(PEG)
    無毒とされる高分子化合物で、その特性を生かしさまざまな分野で利用されている。生物学の分野では細胞融合や、細胞にDNAを導入する際に利用される。
  3. ゲノム編集ツール
    ゲノム編集を行う際に用いる核酸やタンパク質などの物質。代表的なものとしてTALENやCRISPR-Cas9などがある。
  4. リボ核タンパク質
    リボ核酸(RNA)とタンパク質の複合体。ゲノム編集に利用する場合は、RNAにゲノム上の特定部位を認識させ、核酸分解酵素(タンパク質)により特定部位を切断させる。
  5. CRISPR-Cas9
    化膿性レンサ球菌(Streptococcus pyogenes)などの細菌が持つ、ウイルスなどの病原体に対する免疫機構。ウイルスDNA配列と相補的な配列を持つRNAにより、Cas9タンパク質が標的部位に運ばれ、標的DNAを切断することでウイルスを排除する。この機構を利用して、標的ゲノムDNAに相補的なsingle-guide RNA(sgRNA)とCas9タンパク質を細胞内に発現させると、標的ゲノムDNAが切断され、その後のDNA修復経路を利用してゲノムDNAにさまざまな編集を加えることが可能となった。CRISPRはClustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats、Cas9はCRISPR associated protein 9の略。
  6. カルス
    さまざまな植物部位から誘導される細胞塊。脱分化の状態にあり、培養環境に反応し、根、シュート、胚などに分化しうるが、その反応には、種、品種間で大きな違いがあることが知られている。

イネ受精卵へのCas9タンパク質-gRNA複合体の直接導入によるゲノム編集法の図

図1 イネ受精卵へのCas9タンパク質-gRNA複合体の直接導入によるゲノム編集法

イネ受精卵からゲノム編集個体を作出する一連の工程を示した。単離した卵細胞と精細胞を電気的に融合し作製した受精卵にポリエチレングリコール(PEG)を作用させ、リボ核タンパク質からなるゲノム編集ツール(CRISPR/Cas9)を導入した。処理した受精卵は分裂を続け、植物体へと再分化した。受精卵あたり4~64%の効率でゲノム編集個体が得られた。

DL遺伝子の遺伝情報を改変したゲノム編集体(右)と野生型(左)の図

図2 DL遺伝子の遺伝情報を改変したゲノム編集体(右)と野生型(左)

今回開発したゲノム編集方法を用いて、イネの葉を立たせる働きをもつDL遺伝子を標的にしたゲノム編集個体(dl変異体)を作出した。その結果、垂れ葉型の個体に成長したことから、この方法の有効性が確認できた。

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