量子コンピューティングの最新動向[前編]~量子アニーリングが社会を変革する~

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FUJITSU JOURNAL 2019-01-09

2018年11月20日、AI、IoTをテーマとした「Fujitsu Insight 2018」を開催しました。「デジタルアニーラが切り拓く新しい未来とは ~量⼦コンピューティング領域における最新動向と富士通の取り組み〜」と題したセミナーでは、「量子アニーリングに関する最新動向と富士通の研究開発の展望」「デジタルアニーラへの期待」「デジタルアニーラの進化と未来」という3つのセッションで、デジタルアニーラが創り出す未来を紹介しました。
【Fujitsu Insight 2018「AI・IoT」セミナーレポート】

量子アニーリングに関する最新動向と、活用のカギ

最初に登壇した早稲田大学の田中 宗 氏が、量子アニーリングに関する最新動向と、富士通との共同研究開発の展望について語りました。

IoT社会、Society5.0に向けてニーズが高まる量子アニーリング
早稲田大学 グリーン・コンピューティング・システム
研究機構 准教授
科学技術振興機構さきがけ
「量子の状態制御と機能化」 研究者(兼任)
情報処理推進機構 未踏ターゲット
プロジェクトマネージャー
モバイルコンピューティング推進コンソーシアム
AI&ロボット委員会 顧問
田中 宗 氏

現在、量子コンピュータに対する注目が高まっています。新しい技術が登場するときに大事になるのは「どこに使うのか」であり、量子コンピューティングについても多くの企業が着手しているところです。

世の中で量子コンピューティングと呼ばれているものは、ゲート型(量子回路型)と量子アニーリング型に分けられると言われています。ゲート型は素因数分解、データの探索、パターンマッチング、シミュレーションアルゴリズムなどに対する計算方法が理論的に確立されています。一方、量子アニーリングは高精度な組合せ最適化処理を高速で実行することが期待されています。

量子アニーリングマシンに何ができて、何が期待されているのでしょうか? 量子アニーリングは、高精度な組合せ最適化処理を高速に実行する計算技術であると期待されています。組合せ最適化処理とは、膨大な選択肢から良い選択肢を選び出すことです。

例えば、たくさんの場所をもっとも短く、効率的に回れるルートを探し出す巡回セールスマン問題や配送計画問題、たくさんの人間が働く職場でのシフト表作成問題などです。シフトでいえば、「どうやって作るのが効率的か」「一人ひとりの働き方に合わせたシフトをどうやって作るか」を探索することは非常に難しいことです。

巡回セールスマン問題でいえば回る都市の数、シフトでいえば従業員の数といった、場所や人、ものなどの要素の個数が少なければ簡単に処理することができます。しかし、これらの要素の数が100、1000と増えていったらどうなるでしょう。選択肢が増え、次第に最適な答えを導き出すのは困難になります。

この手の問題は、実はみなさまのビジネスの中、私たちの実生活の中ではごくありふれています。人間が手作業で試行錯誤する、あるいは全ての選択肢をリストに書き出してベストな選択肢を探すという正攻法を放棄して、精度の高いベターな解を高速に得るにはどうすれば良いのか、というアプローチが大切になります。そこに量子アニーリングが期待されているのです。

そして現在、組合せ最適化処理はさまざまなニーズがあるといえます。日本ではSociety5.0が提唱されています。これは、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させた社会によって経済発展と社会的課題解決の両立を図る人間中心の社会と規定されています。

そしてこのSociety5.0の世界観では、現在、顕在化されている組合せ最適化問題だけでなく、潜在化された組合せ最適化問題に対する解決が必要となってくるでしょう。それらの問題を解決し、世の中をより良くしていくことが大切になります。そのための計算技術を作ることは、これまで以上に喫緊の課題になるといえます。

日本発祥の量子アニーリング、活用のカギは「組合せ最適化問題」に気付く目

量子アニーリングの歴史を振り返ると、実はこの技術の始まりは日本にあります。この理論は、1998年東京工業大学の門脇氏、西森氏によってなされました。1990年代には超電導エレクトロニクスの研究が日本のさまざまなところで研究されました。

2011年になってカナダのベンチャー企業D-Wave Systemsが世界初の商用アニーリングマシンを開発。その後、2013年、15年、17年と、ビット数、つまり解ける問題の大きさを表す指標が倍々で増加してきました。

量子アニーリングに関する論文も年々増え、特に近年は急に増加しています。このことからも非常に注目されていている技術だとわかります。つまり、量子アニーリングは、継続して進化しているテクノロジーなのです。将来の成長を考えると、今からでも着手すれば大きなアドバンテージになるでしょう。

量子アニーリングの歴史 2010年代に入ってから急激に進化している

量子アニーリングの使い方を簡単にいうと、「社会課題から組合せ最適化問題を抽出して量子アニーリングマシンに突っ込むと答えが出る」という仕組みです。ここで重要なのは、それぞれのビジネス領域に深く根差した適用ドメインに対する知識が大事だということです。

例えば、高速道路の航空ムービーがあったとします。それを見ても、交通や自動車の素人である私には、せいぜい「配送ルート探索、ガソリンスタンド出店計画、車載機器の機械学習処理、道路埋め込み機器の機械学習処理」などの組合せ最適化問題がある、というくらいしか思い浮かびません。しかし、交通や自動車のドメイン知識を持つ方々がこの映像を見ると、もっと多くの、そして直ぐに解決すべき組合せ最適化問題があると気がつくでしょう。つまり、その分野のプロが参入することこそが非常に大事なのです。

ここで言いたいのは量子アニーリングを活用しようとしたとき、必要になるのは量子力学や物理の知識ではないということです。「そこに組合せ最適化問題がある」と気がつく目を持っていること。それがあれば、どんどん量子アニーリングを活用できるようになるはずです。

いま、これらの計算技術についてさまざまな領域でPoCが始まり、ハード、ソフト、アプリ探索の面で研究が進められています。しかし、新しいハードウェアが出たとしてもソフトが整備されていなければ、世の中で使われる技術にはならないでしょう。どんなに優れたハードウェアでも、ポテンシャルを引き出すソフトがなければ「そんな難しそうなハードウェアを作られてもどう使えばいいの?」となってしまいます。それを解決するために私たちは、ソフトウェアや使いやすいイジングマシンの開発に取り組んでいます。

これから、どのようにアニーリング技術を実現していくか、そして世の中を変えていこうと考えていくかという中長期的な戦略も必要です。私は情報処理推進機構 未踏ターゲット事業でプロジェクトマネージャを任されており、アニーリングマシンを使ったアプリケーション探索、あるいはアニーリングマシンを使いやすくするソフトウェアの開発を志す方々を育てるプロジェクトに携わっています。このプロジェクトでソフトウェア開発者を育成し、様々な方々がアニーリングに興味を持っていただく土壌を作り上げていきたいと考えています。

また、こうした取り組みをさらに進展させるため、早稲田大学は富士通研究所と包括的典型活動協定を締結しました。早稲田大学には、人文科学、社会科学、自然科学の様々な領域で活躍している専門家がたくさんいます。セキュリティ、医療、交通、物流、金融などに対して、デジタルアニーラを使って実社会の課題を解決する組合せ最適化問題への適用を推進していこうとしています。

富士通のデジタルアニーラの研究開発の展望

田中氏に続いて、富士通研究所の岩井 大介が、デジタルアニーラの研究開発の現状と展望を紹介しました。

株式会社富士通研究所
デジタルアニーラプロジェクト
副プロジェクト長
岩井 大介

さまざまなモノがインターネットに接続されるIoTデバイスは、2020年には500億台に達し、そこで収集されるデータも爆発的に増えるとされています。ここで増えるのは、構造的データではなく、非構造的データであり、それに対応するにはどうすればいいのでしょうか?

従来のようなシリコンの半導体で処理するという手もありますが、自ずと限界があります。そこで富士通が注力しているのが、ドメイン志向コンピューティングです。従来のコンピュータは汎用性が高く並列に処理して厳密な答えを出すのに対して、ドメイン志向コンピューティングは、シンプルな専用コアをもちいて超並列で処理を行い、厳密ではなく、だいたいあっているという答えを導き出します。デジタルアニーラもこの分野に含まれます。

デジタルアニーラの共同研究・実証事例も増えてきています。例えば創薬では、中分子創薬で用いられています。中分子は副作用を減らせるという利点がありますが、その探索の計算には膨大な計算が必要となります。そこにデジタルアニーラを活用し、短時間で答えを出す取り組みが進められています。

医療分野ではガンを対象とした放射線治療への応用研究に取り組んでいます。放射線は、がん細胞だけを狙い、正常な細胞にはなるべく当てないようにしたいものです。しかし、がん細胞だけを狙う照射パターンの計算量は膨大で、治療計画に影響していました。その計算を高精度かつ高速に行うための計算の技術をデジタルアニーラを活用して研究しています。

デジタルアニーラの活用で肝になるのはアプリケーションの開発です。現在、大学などの研究機関とは将来を見越したアプリケーション開発に取り組んでいます。そして喫緊の課題は、企業のお客様との共創で実現していきたいと考えています。組合せ最適化の課題は、お客様が持っています。私たち富士通だけでは解決できませんから、ぜひ一緒になって取り組んでいただきたいと考えています。

刻々と変わる社会と現場。それに対応するにはアニーリングのスピードが欠かせない

次に、デロイト トーマツ コンサルティングの長谷川 晃一 氏がコンサルティング会社の立場から、最先端テクノロジーの最新動向と活用方法について説明しました。

ビジネスのデータ活用は、「説明的」・「診断的」用法から「予測的」・「処方的」用法へ
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
パートナー 長谷川 晃一 氏

デロイト トーマツでは、ビジネスコンサルティングという立場から、量子コンピューティングやAIといった、いわゆるディスラクティブなテクノロジーを使ったビジネスのトランスフォーメーションを支援しています。デジタルアニーラについてもどういうビジネス応用があるのかという観点でビジネス領域を検討しています。

このようなテクノロジーがどういうところで使われるのでしょうか。またなぜ使わなくてはいけないのでしょうか。

ビジネスのデータ活用は、過去の説明的、診断的な用法から、予測的、処方的な用法へと拡大しています。1990年代は「いま何が起こっているのか」を理解するための用法、2000年代前半になって「何故起こったのか」を分析することに利用されるようになります。2000年代後半から「何が起こるのか」という予測、2011年以降は「何を行うべきなのか」というアクション、処方的な使い方が期待されています。

例えばパブリックセーフティ。どこで犯罪が起こっているのかという犯罪予測システムです。数年前は、どこで犯罪が起こるかという予測に用いられていました。しかし今は警察官の派遣システムに組み込んで警察官を巡回させています。犯罪が行われそうなところに警察官を巡回させているわけです。ここでの大きな変化は、業務システムに組み込まれて、業務の中のアクションに直接つながっていることです。そうなると予測だけではなく、行動の最適化が必要となり、そこに組合せの最適化という処理があります。

犯罪予測のみだったころは分析アナリストが必要でしたが、業務システムのなかに組み込まれると、分析アナリストは不要です。システムが示した場所に警察官が向かうだけですから、今はエンドユーザーだけで使えるようになったわけです。

ここで何が変わってきているのでしょうか。その答えは「リアルタイム化」です。指示をするのが一日一回であり、「この日は、こういう行動を取ってください」と計画を立てるのではなく、リアルに現場で起こっている変化に対応しつつ指示を出していくという使われ方に広がっています。これが私たちが直面しているもっとも大きな課題といえます。このようなリアルタイムの処理に現状のコンピューティング能力が追いつかなくなっているのは、深刻な問題です。

最先端テクノロジー導入の3つの成功要因

私たちは、新しく登場した量子コンピューティングがどのような領域で使われるかを着目しながら、本当にビジネスで役に立つのかを見てきました。複数のテクノロジーの中で、デジタルアニーラが頭一つ抜けていると思えるのが、商用化に向けたスピードの速さです。様々な領域での活用も進んでいます。

従来の技術でできることをデジタルアニーラでもやることだけはなく、新アーキテクチャだからこそやるべきことを探索し、やるからには投資対効果に見合うだけのインパクトを創出できる領域かどうかが、ビジネスで取り組む際には重要となります。

なお、このような先端テクノロジー導入の際に大きな課題があります。これはAIの例ですが、日本では先端テクノロジーの導入が遅い、関心が薄いという特徴があり、そこに大きく3つの阻害要因が見て取れます。
1つは結果が見えないと動かないため、他社の事例やベンチマークがないと始まらないこと。2つめはチャレンジする人材不足、対応能力が低いことです。最後が、変化への抵抗です。「そもそもやる意味があるのか」と反対する声がすぐに上がります。

日本の企業はまだデータドリブンになり切っていないことから来る阻害要因と言えるでしょう。どう解決するか、どう向き合っていくかが非常に重要で、新しいテクノロジーを導入するだけではなく、定着化して回していくための組織づくりが大きな課題になっています。
やはり、将来を見ると同時に、足元を固める作業も欠かせません。それには小さく始めて大きく育てるスモールスタートの方法論を構築することも重要になるでしょう。

先端テクノロジー導入の成功のための3つの取り組み

後編では、主に自動車業界における量子コンピューティングの最新動向について説明します。

登壇者

早稲田大学 グリーン・コンピューティング・システム
研究機構 准教授
科学技術振興機構さきがけ
「量子の状態制御と機能化」
研究者(兼任)
情報処理推進機構
未踏ターゲット プロジェクトマネージャー
モバイルコンピューティング推進コンソーシアム
AI&ロボット委員会 顧問田中 宗 氏
株式会社富士通研究所デジタルアニーラプロジェクト
副プロジェクト長岩井 大介
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
パートナー長谷川 晃一 氏
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