放射性廃棄物は何へ、どれだけ変換されるか?

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重陽子による核変換のメカニズムを解明

2018/10/12  日本原子力研究開発機構,九州大学,科学技術振興機構,内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)

【発表のポイント】

  • 放射性廃棄物である長寿命核分裂生成物(LLFP)の有害度低減に向け、重陽子による核破砕反応でLLFPを他の原子核へと変換する手法が注目されている。
  • この手法の詳細な検討に向け、重陽子による核破砕反応でLLFPがどのような原子核にどれだけ変換されるかを高精度に予測する計算手法を開発した。
  • 医療応用や加速器施設での放射能発生量の評価など、様々な分野への貢献も期待される。

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:児玉敏雄、以下「原子力機構」という。)原子力基礎工学研究センター核データ研究グループの中山梓介研究員らは、国立大学法人九州大学(総長 久保千春)の渡辺幸信教授と共同で、重陽子1)による核破砕反応2)から生成される原子核の種類や量を高精度に予測する計算手法を開発しました。本研究は、内閣府 総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「核変換による高レベル放射性廃棄物の大幅な低減・資源化(藤田玲子プログラム・マネージャー)」の一環として行われました。

放射性廃棄物である長寿命核分裂生成物(LLFP)3)を安定もしくは短寿命な原子核へと変換して有害度を低減させる「核変換処理4)」の方法として、加速器で発生させた粒子をLLFPに照射し、そこで起きる核破砕反応を利用するものがあります。近年、この際の粒子として重陽子を用いると陽子等の他の粒子を用いたときよりも核変換処理の効率が良くなることが示唆され、注目されています。

最適な照射条件の探索など、こうした核変換処理システムの詳細な検討をする上では、重陽子による核破砕反応によってLLFPがどのような原子核にどれだけ変換されるのか、様々な条件において事前に予測しておくことが不可欠です。しかし、これまではその予測精度は高くありませんでした。これは、重陽子は陽子と中性子がゆるく結合した粒子であるため他の原子核と反応する中で容易に分解するにもかかわらず、この効果を十分に考慮した核破砕反応の計算手法が確立されていなかったためです。

本研究では、重陽子による核破砕反応の計算において、重陽子が陽子と中性子に分解する効果を厳密に考慮できる手法を開発しました。実測値との比較により本手法の有効性を検証した結果、核破砕反応から生成される原子核の種類や量を高精度で予測できることが分かりました。

本研究によって、今後、重陽子を用いた核変換処理システムの研究が大きく前進すると期待されます。さらに、重陽子照射による医療用の放射性同位体の製造や、重陽子加速器施設における放射能発生量の評価など、重陽子による核反応が関わる様々な分野への貢献も期待されます。

本研究は、米国物理学会誌「Physical Review C」に2018年10月11日(現地時間)付でオンライン掲載されました。

本成果は、以下のプログラム・研究開発課題によって得られました。

内閣府 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)

プログラム・マネージャー:藤田 玲子

研究開発プログラム:核変換による高レベル放射性廃棄物の大幅な低減・資源化

研究開発課題:長寿命核分裂生成物の標準的核反応評価データベースの構築

研究開発責任者:岩本 修

研究期間:平成26年度~平成30年度

LLFPを効率的に核変換処理するためには、LLFPに対する低エネルギーから高エネルギーまでの核反応に関する予測値が必要とされます。実測値が少ないLLFPについて精度良い予測値を提供するには、従来の核反応計算の精度を高める必要があります。本研究開発課題では、計算パラメータや計算手法の改良を行い、LLFPに対する核反応から生成される原子核の量などを予測して、そのデータを提供します。また、最新の実測値との比較により、計算値の予測精度や計算手法の妥当性を検討します。

<藤田 玲子 プログラム・マネージャーのコメント>
ImPACT「核変換による高レベル放射性廃棄物の大幅な低減・資源化」プログラムでは、高レベル放射性廃棄物に含まれる長寿命核分裂生成物(LLFP)を分離回収し、核変換を行うことにより、廃棄物をリサイクルして資源化する日本独自の技術を提案することを目指しています。

本プログラムでは、LLFPの核変換に関して、原子力機構のJ-PARCの核破砕中性子源による中性子核反応実験や国立研究開発法人理化学研究所のRIビームファクトリー(RIBF)を用いた重陽子による核破砕反応実験を行っています。核破砕反応実験にLLFPを用いることは難易度が高いため世界的に例がほとんどありません。加速器による核変換処理を効率的に行うためには、重陽子による核破砕反応からの原子核生成を精度良く予測する必要があります。今回開発した計算手法は重陽子の分解過程を考慮することにより予測精度を向上させることに成功しました。

本成果は高レベル放射性廃棄物の低減・資源化へ向けた大きな1歩になると考えています。

【研究の背景と経緯】

原子力発電所などで生じる放射性廃棄物の有害度低減と資源としての再利用は、日本のみならず世界的な課題です。この課題を解決するために、廃棄物から有用元素を回収し資源として利用する方法や、長寿命の原子核を取り出して安定もしくは短寿命な原子核へと変換し放射能を低減する方法が検討されています。

原子力発電所の使用済核燃料からウランとプルトニウムを分離回収した後に残る廃液には、高レベルの放射能をもつマイナーアクチノイド(MA)5)やLLFPが含まれています。MAを高レベル放射性廃棄物から取り出す技術や、高速炉等を用いて核変換処理する技術は長年にわたって研究されていますが、LLFPを分離回収・核変換処理する技術は、まだあまり研究が進んでいません。

こうした中、LLFPの核変換処理方法として、加速器で発生させた粒子をLLFPに照射し、そこで起きる核破砕反応を利用するものがImPACT藤田プログラムの中で検討されています。本プログラムでこれまでに実施された基礎的な実験やシミュレーションによる見積もりからは、LLFPに照射する粒子として重陽子を用いると陽子等の他の粒子を用いたときよりも核変換処理の効率が良くなることが示唆されており、重陽子を用いた核変換処理システムが注目されています。

最適な照射条件の探索など、こうした核変換処理システムの詳細を検討する上では、重陽子による核破砕反応によりLLFPがどのような原子核にどれだけ変換されるのか、様々な条件において事前に予測しておくことが不可欠です。しかし、これまではその予測精度は高くありませんでした。これは、重陽子は他の原子核と反応する過程で陽子と中性子に容易に分解するにもかかわらず、この効果を十分に考慮した核破砕反応の計算手法が確立されていなかったためです。そこで本研究では、重陽子による核破砕反応から生成される原子核の種類や量の予測精度向上を目指して新たな計算手法の開発を行いました。

【研究の手法】

前述のとおり、重陽子は陽子と中性子がゆるく結合した粒子であるため、他の原子核と反応する中で容易に分解します。この分解過程は重陽子による核破砕反応に大きな影響を及ぼすと考えられます。しかしながら、従来の核反応計算システム(CCONE)では主に陽子や中性子による核反応が対象とされているため、入射粒子は1つの塊であり決して分解しないと仮定されています。

一方、当研究チームではこれまでに、重陽子を用いた加速器中性子源の設計等に資するため、重陽子核反応から放出される中性子の特性(放出量、エネルギー分布など)に着目して重陽子用の計算システムDEURACSを開発してきました。本研究では、重陽子による核破砕反応について、放出される中性子の特性だけではなく分解過程において吸収される陽子や中性子のエネルギーを厳密に考慮できるようDEURACSを改良しました(図1)。そして、改良したDEURACSで予測した原子核の生成量を藤田プログラムで測定された実測値と比較することで、予測精度を検証するとともに核破砕反応における重陽子の分解過程の役割を調べました。

放射性廃棄物は何へ、どれだけ変換されるか?

図1 重陽子による核反応からの原子核生成のイメージ図
(ある原子核が生成される際、DEURACSでは3つの経路がある。従来のCCONEでは1つ。)

【得られた成果】

代表的なLLFPであるパラジウム107等について実測値との比較を行いました。その結果、改良したDEURACSでは従来の計算に比べて予測精度が大きく向上することがわかりました。例として、図2にパラジウム107にエネルギー236MeVの重陽子を照射した際の核種生成断面積(どのような種類の原子核がどれだけ生成されるかを示す量)を示します。図には銀(Ag、原子番号47)からモリブデン(Mo、原子番号42)までの原子核の生成について、Wangらによる理化学研究所RIビームファクトリー6)での最新の実測値、改良したDEURACSの計算値、従来利用されてきたCCONEの計算値がそれぞれ示されています。図2から分かるように、重陽子の分解を厳密に考慮できるよう改良したDEURACSは従来のCCONEと比較して、幅広い範囲にわたって核種生成断面積を精度良く予測しています。

また、図2には核破砕反応における重陽子の分解過程の役割を調べるため、d+A, p+A, n+A(図1参照)の3成分に分けた量も示しています。ここで、d+Aは重陽子(d)がそのまま標的核(A)に吸収されてできた原子核の崩壊からの寄与、p+Aは重陽子が分解し重陽子中の陽子(p)が標的核に吸収されてできた原子核からの寄与、n+Aは同様に重陽子中の中性子(n)が吸収されてできた原子核からの寄与、をそれぞれ示します。

図2 パラジウム107に236MeVの重陽子を照射した際の核種生成断面積
(丸がWangらによる実測値、黄色の実線がCCONE計算値、黒の実線がDEURACS計算値を示す。破線はDEURACS計算値を図1中の各d+A, p+A, n+Aからの寄与に分けたものであり、黒の実線は3成分の和である。)

図2から、質量数100以上の原子核の生成において、p+Aやn+A成分が大きく寄与していることがわかります。銀(Ag)にいたってはほぼ全てがp+A成分です。つまり、これらの原子核はパラジウム107と重陽子の反応から生成されるものの、そのほとんどは重陽子(d)ではなく重陽子が分解して生じた陽子(p)や中性子(n)がパラジウム107に吸収された後に生成されるということです。この物理的過程はこれまでの実験だけではわからなかったことで、本研究で初めて明らかになりました。

他方、質量数100以下の原子核の生成では、d+A成分が支配的であり、p+Aやn+A成分の寄与はあまりありません。しかし、このケースでも、分解を考慮しないCCONEの値は実測値を過大評価している一方、分解を厳密に考慮できるよう改良したDEURACSの値は実測値と良い一致を示しています。このように、ここでも分解の効果が表れています。

以上のように、今回改良したDEURACSは数多くの原子核の生成量を精度良く予測しており、重陽子による核破砕反応という物理現象を適切に計算していると考えられます。このため、実測値がない範囲を含む様々な条件において、高精度の予測ができると期待されます。また本研究によって、重陽子による核破砕反応を高精度に予測するためには分解過程の考慮が本質的に重要であることが明らかになりました。このことも特筆すべき成果です。

【今後の予定】

核破砕反応により生成される原子核の種類や量を高精度に予測できるようになったことは、重陽子を用いた核変換処理システムの研究を進める上での大きな進展です。今後、LLFPの核変換処理のための基礎研究として、さらに多くの標的核や重陽子エネルギーに対して実験が行われる予定です。そこで取得される実測値との比較を通じて今回改良したDEURACSのさらなる検証や改良を進め、精度の良い予測値を提供することでLLFPの核変換処理の研究に貢献していきます。

また、今回改良したDEURACSは高エネルギーの重陽子による核破砕反応だけでなく、より低いエネルギーの重陽子による核反応全般へも拡張可能です。今回の成果を発展させ、核変換処理だけでなく、重陽子照射による医療用の放射性同位体の製造や重陽子加速器施設における放射能発生量の評価など、重陽子による核反応が関わる様々な分野へも貢献していきます。

<論文名>

Role of breakup processes in deuteron-induced spallation reactions at 100–200 MeV/nucleon

Shinsuke Nakayama,1 Naoya Furutachi,1 Osamu Iwamoto,1 and Yukinobu Watanabe2

1) Nuclear Data Center, Japan Atomic Energy Agency, Ibaraki 319-1195, Japan

2) Department of Advanced Energy Engineering Science, Kyushu University, Fukuoka 816-8580, Japan

DOI:10.1103/PhysRevC.98.044606

【用語解説】

1)重陽子

重水素の原子核。陽子1個と中性子1個から構成される。

2)核破砕反応

約100 MeV以上の高エネルギー粒子を原子核に照射した際に起こる、原子核から陽子や中性子等の粒子が多数放出される反応

3)長寿命核分裂生成物(LLFP)

核分裂生成物とは、原子炉内でのウラン235等の核分裂により生成される原子核であり、代表的なものにストロンチウム90やセシウム137がある。その中で半減期の長い原子核のことを特にLLFP(long lived fission products) と呼ぶ。原子力発電所の使用済み核燃料を再処理した残りの高レベル放射性廃棄物には、LLFPとして、セレン79(半減期: 32.7±2.8万年)、ジルコニウム93(161±5万年)、テクネチウム99(21.11±0.12万年)、パラジウム107(650±30万年)、スズ126(23.0±1.4万年)、ヨウ素129(1570±40万年)、セシウム135(230±30万年)等が含まれる。

4)核変換処理

長寿命の原子核に陽子や中性子等の粒子を照射して核反応を起こし、安定ないし短寿命の原子核に変換すること。

5)マイナーアクチノイド(MA)

アクチノイドとは、アクチニウム(原子番号89)からローレンシウム(原子番号103)までの元素の総称である。ウラン(原子番号92)よりも原子番号の大きなアクチノイド元素のうち、プルトニウム(原子番号94)を除いたものをマイナーアクチノイドと呼ぶ。

6)RIビームファクトリー

理化学研究所が所有するRIビーム発生施設と独創的な基幹実験設備群で構成される加速器施設。なお、RI(Radio Isotope)とは放射線を出して他の原子核に変化する放射性同位体のことを指す。RIビームファクトリーではこれまでの世界最多となる約4,000種類のRIを生成できる。

2002原子炉システムの運転及び保守2003核燃料サイクルの技術
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