光合成生物に窒素固定酵素を導入
2018-05-09 名古屋大学 科学技術振興機構(JST)
ポイント
- 作物に窒素固定の能力を与えることができれば“空気を肥料とする”農業が実現できると考えられていますが、その実現には技術的に克服すべき課題が数多く立ちはだかっています。
- 今回、窒素固定酵素の遺伝子をシアノバクテリアに導入し、光合成生物として初めて窒素固定酵素の移植に成功しました。
- この研究成果は、作物に窒素固定能力を与えるという最終目標への大きな一歩となります。
名古屋大学 大学院生命農学研究科の藤田 祐一 教授の研究グループは、窒素固定注1)酵素の遺伝子をシアノバクテリア注2)に導入することにより、光合成生物で窒素固定酵素を働かせることに初めて成功しました。今後、作物に窒素固定の能力を与え、窒素肥料がいらない“空気を肥料とする”農業の実現に向けた大きな一歩となる成果です。
窒素肥料は工業的窒素固定注3)によって作られ、その過程で大量の化石燃料を消費します。さらに、作物の収穫量は窒素肥料に大きく依存しているため、収穫量を増やそうと過剰に与えることによる環境汚染も深刻化しています。微生物の中には酵素によって空気中の窒素を窒素肥料に変える能力を持つものがいます。作物にその酵素を作らせることができれば、作物自身が空気中の窒素を窒素肥料に変える、まさに“空気を肥料とする”農業が実現できるかもしれません。ところが、この酵素は酸素に弱いことや、多くの遺伝子が必要となるなど、技術的に大変難しいと考えられています。
本研究グループは、窒素固定酵素とその関連遺伝子(26個)をシアノバクテリアに導入し、初めて光合成生物で窒素固定酵素を働かせることに成功しました。
この研究成果は、植物への窒素固定酵素の導入に役立つことが期待され、肥料がいらない“空気を肥料とする”農業の実現への大きな一歩となります。
なお、この研究成果は、2018年5月9日付(日本時間18時)英国科学雑誌「Scientific Reports」に掲載されます。
この研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)、JST 未来社会創造事業、日本学術振興会 科学研究費助成事業(基盤B)の支援のもとで行われたものです。
<研究背景と内容>
窒素は、肥料の三要素(窒素・リン酸・カリウム)の筆頭にあげられ、作物の栽培で高い収穫量を得るためには十分な窒素肥料を与えることが必須となっています。現在、ほとんどの窒素肥料は、工業的窒素固定によって作られています。私たちが十分な食料を得ることができるのは、工業的窒素固定によって十分な窒素肥料が作られているからです。ところが、工業的窒素固定には大量の化石燃料が使われ、二酸化炭素を大量に排出します。その上、耕作地から過剰な窒素肥料成分が環境に流出し、深刻な環境汚染を引き起こしています。
微生物には、ニトロゲナーゼ注4)とよばれる酵素を使って空気中の窒素を肥料成分に変える能力を持つものがいます。作物などの植物にはそのような能力はありませんが、もし、作物がニトロゲナーゼを作ることができれば、作物自身が空気から窒素肥料を作れるようになり、もはや、窒素肥料を与える必要がなくなるかもしれません。その上、工業的窒素固定に使われる大量エネルギー消費やそれに伴う環境汚染からも解放されます。このような“空気を肥料とする”作物を作ることは、植物・微生物学者にとっての大きな夢です。
自分で窒素固定をする植物を作るには、ニトロゲナーゼの遺伝子を導入して植物でニトロゲナーゼを作らせればよいと考えられます。ところが、ニトロゲナーゼは、空気中に含まれる酸素に触れるとすぐに壊されてしまうという性質を持っています。植物は光合成によって自分で酸素を作っているため、植物にニトロゲナーゼを作らせても、空気中の酸素や光合成で作る酸素によってすぐに壊されてしまいます。その上、ニトロゲナーゼを正常に作らせるためには、多くの遺伝子(おそらく10個以上。どれだけ必要かははっきりとわかっていません)が必要だと考えられています。植物にこれだけ多くの遺伝子を適切な形で導入することは技術的に容易ではありません。
英国と中国の研究グループは、大腸菌などの微生物でニトロゲナーゼを働かせることに成功しています。また、スペインの研究グループは、酵母菌でニトロゲナーゼの一部を作らせたと報告しています。しかし、植物を含め、光合成をする生物でニトロゲナーゼを働かせることは、まだ実現していませんでした。
シアノバクテリアは、植物と同じ光合成をする微生物で、植物の葉緑体の祖先と考えられています。シアノバクテリアの中には、光合成を行いつつニトロゲナーゼを働かせて窒素固定を行うことができる種と、もともと窒素固定の能力を持たない種があり、その中には遺伝子を自在に操作することができる種もあります。そこで、シアノバクテリアに注目して、窒素固定の能力を持たないシアノバクテリアに、窒素固定の遺伝子を導入することでニトロゲナーゼを作らせて窒素固定の能力を付与することを考えました。
本研究グループはこれまでの研究で、窒素固定を行うことができるシアノバクテリア(図1A、プレクトネマ注5))で窒素固定に必要とされる遺伝子を見つけ、さらに、ニトロゲナーゼを作れという指令を出すタンパク質(CnfRタンパク質注6))も見つけました。今回の研究では、プレクトネマの窒素固定の遺伝子を含む全部で25個の遺伝子とCnfRの遺伝子を、窒素固定をしないシアノバクテリア(図1B、シネコシスティス6803注7))に導入して窒素固定の能力を付与することを試みました。導入したいDNA断片が20.8kbと長いため、5つのDNA断片に分けて、最初の断片を導入した株を作り、その株に次の断片を導入するという操作を繰り返し、最後にCnfRの遺伝子を導入して、目的とする株(CN1株)を作りました(図1B)。また、CN1から遺伝子の数を1つ増やし26個の遺伝子を導入した株(CN2株)、4つの遺伝子を加えて29個導入した株(CN3株)も作りました(図1B)。
これらの株が、実際にニトロゲナーゼを作っているかどうかを調べたところ、3つの株すべてでニトロゲナーゼ活性注8)が検出されました。しかし、その活性は非常に低く、最も高い活性を示すCN1株注9)でもプレクトネマが示すニトロゲナーゼの活性を100%とすると0.3%程度の活性でした(図2)。さらに、CN1株がニトロゲナーゼを構成するタンパク質をどれだけ作っているのかを調べると、プレクトネマと比べ6~23%のニトロゲナーゼタンパク質を作っていることが分かりました(図3)。活性の割合と合わせて考えると、CN1株で作っているニトロゲナーゼタンパク質のわずか1~4%程度しか活性のあるニトロゲナーゼとなっていないことがわかりました。その原因として、酸素に対する防御が十分ではないこと、あるいは、ニトロゲナーゼへの電子やエネルギーの供給が不十分であることなどが考えられます。また、これらの株は窒素固定で生育することはできません(図4)。これはニトロゲナーゼの活性が低すぎるために、自分で十分な窒素肥料を作ることができないためだと考えられます。
<今後の展開>
今後、今回作った新たな株を使って、光合成生物に窒素固定の能力を付与するためには、さらに何個の遺伝子が必要なのか、それらの遺伝子をどのように制御したらよいのか、といった知見の獲得が期待されます。その研究成果は、植物に窒素固定能力を付与するための重要な手がかりとなります。今回の研究成果は、窒素肥料を必要とせず“空気を肥料とする”作物を作りだすという夢に向かう大きな一歩となります。
<参考図>
図1 窒素固定能を持つシアノバクテリアとその窒素固定の遺伝子(A)を、窒素固定能を持たないシアノバクテリアに遺伝子を導入して作った新しい3つの株(B)
シアノバクテリアには窒素固定能を持つ種(A、プレクトネマ)と窒素固定能を持たない種(B、シネコシスティス6803)があります。プレクトネマの窒素固定の遺伝子を含むゲノムの一領域(20.8kb)を5つの断片(Ⅰ~Ⅴ)に分けてシネコシスティス6803に段階的に導入し、さらにCnfRタンパク質の遺伝子を導入してCN1株を作りました。CN1株にもう1つの遺伝子を導入したCN2株、4つの遺伝子を導入したCN3株も作りました(今回紹介する論文より改変して転載)。
図2 ニトロゲナーゼ活性の検出
アセチレンからのエチレンを生成する活性としてのニトロゲナーゼ活性を調べたところ、シネコシスティス6803の元の株ではまったく活性が見られないのに対し、CN1株では明瞭なエチレン生成が認められました(A、B)。CN2株とCN3株についてもニトロゲナーゼ活性が認められました(C)。なお、DTHはジチオナイトという酵素を除去する試薬です(今回紹介する論文より改変して転載)。
図3 ニトロゲナーゼタンパク質の比較
CN1株が作っているニトロゲナーゼタンパク質(NifH、NifD、NifK)の量をプレクトネマと比較しました。NifHで17%、NifDで6%、NifKで23%という結果が得られました(今回紹介する論文より抜粋)。
図4 窒素固定条件での生育の比較
嫌気的条件で窒素肥料成分を含む寒天培地(A)と含まない寒天培地(B)での生育を比較しました。プレクトネマが窒素肥料成分を含まない寒天培地上でも窒素固定によって生育しましたが、CN1~CN3株はいずれもシネコシスティス6803の元の株と同様に生育が認められませんでした(今回紹介する論文より改変して転載)。
<用語解説>
- 注1)窒素固定
- 大気に含まれる窒素分子をアンモニアに変換する過程。アンモニアは、植物をはじめ多くの生物にとって窒素源となる。
- 注2)シアノバクテリア
- 植物と同じ光合成を行う一群の微生物。藍藻とも呼ばれるが、藻の仲間ではなく細菌(原核生物)である。植物の葉緑体の起源となったと考えられており、いろいろな観点で植物の葉緑体と非常によく似ている。約半数のシアノバクテリアが窒素固定の能力を持つ。酸素に弱い窒素固定と酸素を作る光合成とを両立できる唯一の生物である。
- 注3)工業的窒素固定
- 金属触媒を使って高温・高圧で窒素に水素を反応させることでアンモニアを生産する過程。この方法は、フリッツ・ハーバーとカール・ボッシュによって20世紀初頭に開発されたことからハーバー・ボッシュ法と呼ばれる。工業的窒素固定の開発により窒素肥料が豊富に供給されることで作物の生産が飛躍的に増大し、20世紀以降の人口の増加を支えてきた。現在、人類は工業的窒素固定に大量のエネルギー(大型の原子力発電所150基に相当)を投入して窒素肥料を生産している。
- 注4)ニトロゲナーゼ
- 窒素をアンモニアに変換する窒素固定反応を触媒する酵素。この酵素は常温・常圧で窒素固定反応を触媒する。ニトロゲナーゼは、Feタンパク質とMoFeタンパク質という2つのタンパク質複合体から構成される。Feタンパク質は、鉄と硫黄からなる金属クラスターを、MoFeタンパク質は、鉄、硫黄、モリブデンからなる特殊な金属クラスターを活性中心とする。ニトロゲナーゼの酸素に弱い性質は、これらの金属クラスターが酸素に触れると速やかに破壊されてしまうことによる。
- 注5)プレクトネマ
- 窒素固定の能力を持つシアノバクテリアの一種。均質な細胞が連なった糸状性の形態を持つ。種名Plectonema boryanum(プレクトネマ ボリアナム)は、現在Leptolyngbya boryana(レプトリンビア ボリアナ)と改名されている。
- 注6)CnfRタンパク質
- ニトロゲナーゼを動かすためには大量のエネルギーが消費されるので、窒素固定をする生物は、必要のない時にはニトロゲナーゼは作らないようにしている。プレクトネマでは、窒素源が足りなくなり、さらに酸素の濃度が十分に低いときにようやく「ニトロゲナーゼを作れ」という指令を出す。CnfRタンパク質は、その指令を下す役割を担っており、窒素源不足と低酸素を感知するセンサーとしての役割も兼ねている。
- 注7)シネコシスティス6803
- もともと窒素固定能力を持たないシアノバクテリアの一種。単細胞性の形態で、遺伝子操作が容易であることから、シアノバクテリアで最も広く研究されてきた種である。千葉県のかずさDNA研究所が、1996年に光合成生物として初めてゲノム(生物の設計図全体)を解読したことで有名である。正式種名は、Synechocystis sp. PCC 6803である。
- 注8)ニトロゲナーゼ活性
- 活性とは酵素の働きを定量的に示す指標である。ニトロゲナーゼは、窒素分子をアンモニア分子に変換する働きが本来の機能であるが、アセチレン分子をエチレン分子に変換する働きも合わせ持つ。エチレンは簡単に定量することができるので、本研究では、ニトロゲナーゼ活性としてエチレンの生成量を測定した。
- 注9)CN1株
- プレクトネマの窒素固定に関わる25個の遺伝子とニトロゲナーゼを作れという指令を出すCnfRタンパク質の遺伝子をシネコシスティス6803に導入することで作られた株の名前。本研究では、CN1株からさらに1つの遺伝子および4つの遺伝子を導入し各々CN2株とCN3株という株も作った(図1B)。
<論文情報>
タイトル:“Functional expression of an oxygen-sensitive nitrogenase in an oxygenic photosynthetic organism.”
(酸素を作る光合成生物での酸素に弱いニトロゲナーゼの機能的発現)
著者名:Ryoma Tsujimoto, Hiroya Kotani, Konomi Yokomizo, Hisanori Yamakawa, Aoi Nonaka, Yuichi Fujita
doi:10.1038/s41598-018-25396-7
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
藤田 祐一(フジタ ユウイチ)
名古屋大学 大学院生命農学研究科 教授
<JST事業に関すること>
江森 正憲(エモリ マサノリ)
未来創造研究開発推進部 低炭素研究推進グループ 調査役
<報道担当>
名古屋大学 総務部 総務課 広報室
科学技術振興機構 広報課