2018-05-01 金沢大学 産総研
金沢大学理工研究域電子情報通信学系の德田規夫准教授、大学院自然科学研究科電子情報科学専攻博士後期課程の長井雅嗣氏らの研究グループ(薄膜電子工学研究室)は、国立研究開発法人産業技術総合研究所先進パワーエレクトロニクス研究センターダイヤモンドデバイスチームの牧野俊晴研究チーム長、山崎聡招聘研究員、加藤宙光主任研究員との共同研究(平成29年7月に包括連携協定を締結)により、究極のパワーデバイス材料であるダイヤモンドの高速・異方性エッチング(※1)技術を開発しました。
省エネルギー・低炭素社会の実現のためのキーテクノロジーとして次世代パワーデバイスの開発が求められています。ダイヤモンドは、パワーデバイス材料の中で最も高い絶縁破壊電界(※2)とキャリア移動度(※3)、そして熱伝導率を有することから、究極のパワーデバイス材料として期待されています。ダイヤモンドは最も硬い物質であることから、これまでエッチングにはプラズマプロセス(※4)が用いられていましたが、エッチング速度が低いことやエッチング表面近傍に形成されたプラズマダメージがデバイス特性を劣化させること、そして半導体シリコンのプロセスに用いられている結晶の異方性エッチングがなかったことなどから、非プラズマプロセスによるダイヤモンドの高速・異方性エッチング技術の開発が期待されていました。
今回、研究グループはプラズマを用いないニッケルの炭素固溶反応(※5)によるダイヤモンドエッチングに着目し、ダイヤモンドの高速・異方性エッチング技術を開発しました。
将来、本技術を応用することで省エネ・低炭素社会の実現に資する超低損失なダイヤモンドパワーデバイスの創製が期待されます。
本研究成果は、2018年4月27日午前10時(英国時間)に国際学術誌「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されるとともに、「ダイヤモンドの加工方法」として特許も出願しております。なお、本研究の一部は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金および金沢大学が独自に行う戦略的研究推進プログラム(先魁プロジェクト)「革新的省エネルギーデバイスの創製」の支援を受けて実施されました。
研究の背景
世界のエネルギー消費量は年々増加傾向にあり、地球規模のエネルギー不足が懸念されています。このため、発電により生み出したエネルギー(電力)の利用の更なる高効率化が求められており、その鍵は電力制御を担っているパワーデバイス(※6)が握っています。現在主流であるSi(シリコン)パワーデバイスは高度に発展を遂げてきましたが、その性能は既に限界に近付きつつあり、Siパワーデバイスの更なる高性能化は極めて困難です。それ故、Siよりも優れた物性を有するSiC(シリコンカーバイド)、GaN(窒化ガリウム)、Ga2O3(酸化ガリウム)、ダイヤモンドなどのワイドバンドギャップ半導体(※7)が近年注目されています。特にダイヤモンドは半導体材料において最大の絶縁破壊電界、キャリア移動度に加え、物質中最大の熱伝導率を有しています。このことはパワーデバイスに要求される高耐圧化・低損失化・高速化・小型化を実現する上で大変有利に働くため、ダイヤモンドは究極のパワーデバイス材料として期待されています。しかし、最高水準の硬度と化学的安定性を有するダイヤモンドをエッチングし、デバイス構造を作製することは容易ではありません。現在のダイヤモンドデバイス構造の作製にはプラズマプロセスが用いられていますが、エッチングが低速である上に、ダイヤモンドのエッチング面近傍にプラズマ起因のダメージが生じ、デバイス性能を劣化させてしまいます。このため、ダイヤモンドを高速にエッチングできる非プラズマプロセスの開発が望まれていました。そこで、ニッケルへの炭素の固溶反応に着目し、ダイヤモンドエッチングプロセスの開発に取り組みました。
研究成果の概要
本研究では、高温水蒸気雰囲気下におけるニッケルへの継続的な炭素固溶反応を用いることにより、世界最速の異方性ダイヤモンドエッチンングプロセスを実現しました(図1参照)。高温水蒸気雰囲気を用いることで、ニッケル表面が酸化し、ニッケル中の固溶炭素はその酸化ニッケルとの酸化還元反応により、二酸化炭素および一酸化炭素として排出されます。これによりニッケル中の炭素の不飽和状態が維持され、高速かつ継続的なダイヤモンドのエッチングが可能です(図2参照)。さらに、高温水蒸気は酸素とは異なり、ダイヤモンドを直接エッチングする作用がないため、ダイヤモンドのニッケルと接触する部分のみを選択的にエッチングすることが可能となりました。また、プラズマを用いないためデバイス性能を劣化させるプラズマダメージはありません。
今後の展開
本技術を用いて、ダイヤモンドのトレンチ構造を形成することで低損失かつ高耐圧の縦型トレンチゲートダイヤモンドパワーデバイスが実現できると考えています。また、デバイス構造の作製だけでなく、ダイヤモンドの平坦化や切断などの加工プロセスへの応用も期待されます。
図1
(左)高速エッチング技術を用いて穴をあけた単結晶ダイヤモンド
(中)異方性エッチング技術を用いて周期的なトレンチ(※8)構造を形成した単結晶ダイヤモンド基板と(右)そのトレンチ構造の上面図と断面模式図
図2 高温水蒸気雰囲気下におけるニッケルとダイヤモンドの熱化学反応によるダイヤモンドエッチングのメカニズム
掲載論文
雑誌名:Scientific Reports
論文名:Anisotropic diamond etching through thermochemical reaction between Ni and diamond in high-temperature water vapour
(高温水蒸気中におけるニッケルとダイヤモンドの熱化学反応による異方性ダイヤモンドエッチング)
著者名:M. Nagai, K. Nakanishi, H. Takahashi, H. Kato, T. Makino, S. Yamasaki, T. Matsumoto, T. Inokuma, N. Tokuda(長井雅嗣、中西一浩、高橋開、加藤宙光、牧野俊晴、山崎聡、松本翼、猪熊孝夫、德田規夫)
用語解説
- ※1 異方性エッチング
- ある方向のエッチング(薬品等によって化学的に、またはイオン衝突によって物理的に材料を除去することで目的の形状を得る加工方法)速度が、他の方向に比べて異なるエッチングのこと。結晶面によってエッチング速度が異なることを用いる方法とプラズマ中の垂直方向に加速したイオンを用いる方法がある。一方、等方性エッチングは、あらゆる方向のエッチング速度が等しいエッチングのこと。
- ※2 絶縁破壊電界
- 絶縁体に電圧をかけた際、絶縁状態が保てなくなる電界のこと。
- ※3 キャリア移動度
- 固体中で電流に寄与するキャリア(電子、正孔)の動きやすさの指標のこと。
- ※4 プラズマプロセス
- プラズマ(気体分子を電離することで正の電荷をもつイオンと電子に分離した状態となった電離気体)を用いたプロセスのこと。化学反応ではエッチングが難しい材料でも、プラズマ中の加速したイオンやラジカルによりエッチングが可能となる。
- ※5 炭素固溶反応
- 炭素がある金属の中に溶け込む反応のこと。その際、金属は元の結晶構造を保った状態である。溶け込める量には限界があり、それを固溶限という。
- ※6 パワーデバイス
- 電力変換を担うインバータやコンバータなどを構成する半導体素子のこと。送電システムや生産設備、輸送機器、家電など世の中のあらゆる製品に組み込まれている。
- ※7 ワイドバンドギャップ半導体
- バンドギャップがSiのバンドギャップ(1.1 eV)よりも大きい半導体材料のこと。
- ※8 トレンチ
- 基板表面に形成する溝(トレンチ)のこと。