井上 寛康 (兵庫県立大学)/戸堂 康之 (経済産業研究所研究員)
本稿は、実際の自然災害、特に地震を例にとり、その直接的な被害がサプライチェーンを通じてどのように間接的に広がっていき、また回復していくのかを、実際の日本の企業レベルのサプライチェーンデータを用い、ミクロなシミュレーションによって分析している。このテーマは経済学と政策の現場で近年大きな話題となっているが、多くの研究は産業連関表に代表される産業ごとのデータに依存している。一方で本稿は、最近の多くの論文と同様に企業レベルのモデルとデータを利用しているが、特に全企業のシミュレーションを大型の並列計算機(京コンピュータ)により行っているところが特徴的である。
実際のサプライチェーンは非常に大きなハブを持っており、このことがネットワークの直径を著しく小さくしている。また、企業が相互につながっている最大連結成分が実に半数の企業を覆っている。このことから、極めて速い波及や振動性を生み出すことが予測され、実際のシミュレーションにおいても観察された。
東日本大震災の被害について、公表されているデータから企業レベルへの被害へ忠実に反映した上で、シミュレーションを行った。また、東日本大震災後のマクロな振る舞いとして鉱工業生産指数に着目し、その振る舞いを再現するようにしてモデルのパラメータを網羅的に推定した。そのパラメータを用いたシミュレーションの様子が図1および図2になる。このシミュレーションの動画についてはそれぞれ
において公開している。
南海トラフ地震のサプライチェーンにおける直接的被害は、東日本大震災の約12倍と推定されたが、1年間の間接的被害の総和の推定値は4.5倍となった。単純に間接的被害も12倍とならない理由は、サプライチェーン上を被害が波及していく際に、その波及先企業の多くが共通しているためである。すなわちそのような重複がないならば線形的に被害は大きくなるが、重なっていることでその被害はある程度に抑えられる。この重複性は、サプライチェーンの特性、すなわち大きなハブがあること、それゆえに波及は著しく速く広がることと併せ、被害がドミノ的に広がるのを防ぐ意味では要衝となるような企業に重点的に予防を敷いておくことが、効率的な施策となりうる可能性を示唆している。
図1:災害直後に受けた企業の被害の様子。生産能力の低下が0から1の割合で示されている。
左が東日本大震災、右が南海トラフ地震である。
図2:災害後15日目の様子。左が東日本大震災、右が南海トラフ地震である。
15日という極めて短い間に地理的に離れた企業に生産力の低下が伝播している様子がわかる。