2018-03-07 名古屋大学,九州大学,大阪大学,産業科学研究所,科学技術振興機構(JST),内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)
ポイント
- 従来の技術では達成が困難であった持ち運び可能な微生物センサーを開発した。
- 本センサーを用いれば屋外での微生物計測が可能となる。
- 本技術の活用により、超微量のバイオエアロゾルを簡便に検出することができ、環境汚染、感染症対策の分野で安全・安心を見守る計測センサーへの展開が期待される。
内閣府の総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)で、宮田 令子 プログラム・マネージャーが担当している研究開発プログラムの一環として、名古屋大学 大学院工学研究科の馬場 嘉信 教授、安井 隆雄 准教授、矢崎 啓寿 大学院生らが、九州大学 先導物質化学研究所の柳田 剛 教授、大阪大学 産業科学研究所の川合 知二 特任教授との共同研究により、持ち運び可能な微生物センサーを開発しました。これにより、今後、バイオエアロゾル注1)のオンサイト計測注2)が可能になることが期待されます。
今後開発した微生物センサーに用いられている電流計測システム注3)は、電気シグナルに応じたサイズ検出機能があるため、さまざまな分野において、効率良く物質のサイズ計測を実現する計測技術として期待されています。しかし、従来の電流計測システムは堅牢性が乏しく可搬性が乏しいため、バイオエアロゾルを屋外で計測するのが困難であるという問題が生じていました。
そこで、本研究では、ブリッジ回路注4)を用いたバックグラウンド電流注5)抑制技術(μA(マイクロアンペア)からpA(ピコアンペア)注6)まで)を用いて、従来の電流計測システムより格段に堅牢性の高い(外部環境・ノイズに対して)電流計測技術の開発に成功し、微生物センサーとしての次世代の電流計測センサーの基盤技術を確立しました。特に、環境測定デバイス注7)の分野への貢献が期待できます。
今回の研究成果は、2018年3月6日発行の米国国際学術誌『ACS Sensors』誌(電子版)に掲載されました。
本成果は、以下のプログラム・研究開発課題によって得られました。
内閣府 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)
プログラム・マネージャー
宮田 令子
研究開発プログラム
進化を超える極微量物質の超迅速多項目センシングシステム
研究開発課題
大気中からの物質捕捉・濃縮の研究開発
研究開発責任者
馬場 嘉信
研究期間
平成26年度~平成30年度
本プログラムでは、誰もが健やかで快適な生活を実現するために、ウイルスや細菌、揮発性有害物質、バイオエアロゾル、PM2.5などの身の回りに存在する有害・危険物質から身を守る簡便で効果的な方法の開発に取り組んでいます。
<宮田プログラム・マネージャーのコメント>
本プログラムでは、迫り来る脅威、危険の予兆を検知できるセンシングシステムeInSECT®(本プログラムにより商標登録)を開発しています。検知対象物質は、粒子状のものとしては、感染症の原因となる細菌、ウイルス、これらの大気中浮遊物であるバイオエアロゾルです。今回、名古屋大学の研究グループにより、ブリッジ回路を搭載した新しい電流計測センサーが開発されました。これまでの計測技術では、高電圧を使用する際に生じるバックグラウンド電流の影響により、屋外での使用が制限されてしまうという問題がありましたが、本研究で開発されたセンサーは持ち運びが可能で、オンサイト計測が可能となりました。この成果は、本プログラムの開発目標であるオンサイトセンシングデバイスの実現に向けて大きな進歩と言えます。今回、開発された計測装置を最適化することで、バイオエアロゾルに含まれる微生物の計測分野の発展へ貢献する新しい環境測定デバイスの提供が可能となります。
<研究の背景と経緯>
環境測定デバイスの分野では、効率良く物質のサイズ計測を実現する計測センサーとして、最近、電流計測センサーが注目されています。そのセンサーは低ノイズな実験室において広く使われています。しかし、屋外におけるバイオエアロゾルなどの実サンプル計測は、実験室のような理想の環境下とは異なり、サンプルの分析や検出が正しく行えない欠点があります。そこで、本研究チームは、これまでに開発してきたバックグラウンド電流を抑制する技術に着目しました。バックグラウンド電流抑制技術によって、高電圧を使用する際に生じるシグナルの増強が可能となり、ある程度、ノイズが入る条件下でも微粒子検出に影響が無くなったことから計測系が壊れにくく頑丈になり、薄く軽いシールドによるどこにでも持ち運び可能な電流計測センサーを開発することに成功しました。
<研究の内容>
今回の研究では、ブリッジ回路を搭載した電流計測システムをベースとした持ち運び可能な電流計測センサー(装置の大きさ:高さ18cm、奥行き21cm、横幅35cm、重さ:4kg以下)を開発しました。また、このセンサーは屋外や極限環境(温度4℃・湿度20%~温度40℃・湿度100%)でも動作することが確認され、壊れにくく頑丈なことも実証しました。このセンサーを用いることで、再現性良く、直径500nm~1000nmの粒子を計測できることが明らかとなりました。また、このセンサーによって計測した黄色ブドウ球菌の直径分布は、電子顕微鏡によって得られる分布と高い精度で一致することが確認されました。さらに、さまざまな研究室や屋外などのノイズが入る条件下でも、微粒子を計測することが可能となりました。
<今後の展開>
本センサーを最適化し、実用化に結びつけることで、環境中のさまざまな微粒子を簡便、かつ、オンサイトに検出することが可能となります。例えば、食品工場、製薬工場、病院、車内等の環境汚染、養鶏場、空港等における感染症対策の分野において、我々の身の回りの安全・安心を見守る計測センサーへと発展することが期待されます。
<参考図>
図 持ち運び可能な微生物センサーとそのセンサーを用いた実験風景及び細菌細胞検出結果
<用語解説>
- 注1)バイオエアロゾル
- 細菌やウイルスの大気中浮遊物。
- 注2)オンサイト計測
- 実験室に持ち帰るのではなく、その場で計測すること。
- 注3)電流計測システム
- 電流値の変化より、対象物の計測をする装置一式。
- 注4)ブリッジ回路
- 2つの直列回路が交差するように橋渡し回路を持つ回路。
- 注5)バックグラウンド電流
- 電圧を印加した際に必ず生じる電流。電圧を大きくすると、この電流値も大きくなる。
- 注6)μA(マイクロアンペア)からpA(ピコアンペア)
- mA(ミリアンペア)の1000分の1から1000000000分の1アンペア。
- 注7)環境測定デバイス
- 大気中に浮遊するバイオエアロゾルを計測するデバイス。
<論文情報>
タイトル:“Robust Ionic Current Sensor for Bacterial Cell Size Detection”
著者名:Yasaki, Hirotoshi; Shimada, Taisuke; Yasui, Takao; Yanagida, Takeshi; Kaji, Noritada; Kanai, Masaki; Nagashima, Kazuki; Kawai, Tomoji; Baba, Yoshinobu
掲載誌:ACS Sensors, 2018, in press
doi:10.1021/acssensors.8b00045
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
矢崎 啓寿(ヤサキ ヒロトシ)
名古屋大学 大学院工学研究科 博士後期課程3年
安井 隆雄(ヤスイ タカオ)
名古屋大学 大学院工学研究科 准教授
馬場 嘉信(ババ ヨシノブ)
名古屋大学 大学院工学研究科 教授
柳田 剛(ヤナギダ タケシ)
九州大学 先導物質化学研究所 教授
金井 真樹(カナイ マサキ)
九州大学 先導物質化学研究所 学術研究員
長島 一樹(ナガシマ カズキ)
九州大学 先導物質化学研究所 准教授
加地 範匡(カジ ノリタダ)
九州大学 大学院工学研究院 教授
川合 知二(カワイ トモジ)
大阪大学 産業科学研究所 特任教授
<ImPACTの事業に関すること>
内閣府 革新的研究開発推進プログラム担当室
<ImPACTプログラム内容およびPMに関すること>
科学技術振興機構 革新的研究開発推進室
<報道担当>
名古屋大学 総務部 総務課 広報室
九州大学 広報室
大阪大学 産業科学研究所 広報室
科学技術振興機構 広報課