~天然ガスからエチレン合成、低コストに~
平成30年1月22日 早稲田大学,科学技術振興機構(JST)
ポイント
- メタン酸化カップリングは従来700℃以上の高温が必要であった。
- Ce2(WO4)3触媒に電場を印加することで、150℃という低温で酸化還元サイクルが回ることを発見。
- 天然ガスを原料としたエチレン合成の低コスト・高効率化が期待される。
JST 戦略的創造研究推進事業において、早稲田大学 理工学術院の小河(おごう)脩平 助教と関根 泰 教授らの研究グループは、低温下でメタン酸化カップリング注1)が起こる反応メカニズムを、世界で初めて明らかにしました。
現在、シェールガス革命を背景とした天然ガスの供給増加や価格の適正化により、天然ガスを原料とする新たな化学品製造技術が望まれています。天然ガスの主成分であるメタン(CH4)は炭素を1原子含みますが、石油化学の基幹原料であるエチレン(C2H4)は炭素を2原子含み、C−C結合を有します。メタンからエチレンに直接転換できるメタン酸化カップリングは、天然ガス有効利用法の1つとして注目されています。しかし、従来メタン酸化カップリングは700℃以上の高温条件下で行われており、高い耐熱性を持つ高価な反応器材料が必要であること、高温にさらされることによる触媒の劣化、反応性の高いエチレンが逐次的に酸化されることによる選択性の著しい低下などが問題となり、実用化には至っていません。
本研究グループは、メタン酸化カップリングのような従来高温を必要とする反応を、電場中で触媒反応を行うことで、150℃という画期的な低温で進行させ、天然ガスの主成分であるメタンと空気中の酸素から効率的にエチレン等のC2炭化水素を合成することに成功しております※)。この反応メカニズムとして、電場印加注2)によって触媒の格子酸素が活性化されることで活性酸素種となり、この活性酸素種の消費と再生を繰り返す酸化還元型の機構で触媒反応サイクルが回ることを見いだしました。150℃という低温で酸化還元サイクルが回るという現象はこれまでに報告がなく、世界で初めての発見といえます。
本研究で見いだした反応メカニズムは、高温の熱源や大規模な熱交換器が不要であるため、設備導入コストや運転コストを抑えた実用化可能なプロセスとなりえます。低コスト化により、スケールメリットの出にくい中小規模のガス田の利用も可能になります。また、酸化還元型で進行するさまざまな触媒反応に応用展開が可能であり、低温駆動ゆえに高い選択性や安定性、エネルギー効率が期待できます。
本研究成果は、2018年1月22日(月)(米国東部時間午前1時)発行のアメリカ化学会『Journal of Physical Chemistry C』オンライン版に掲載予定です。
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
JST 戦略的創造研究推進事業(さきがけ)
研究領域 | 「革新的触媒の科学と創製」 (研究総括:北川 宏 京都大学 大学院理学研究科 教授) |
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研究課題名 | 「多電子レドックス触媒による電場中での低温メタン直接転換」 |
研究者 | 小河 脩平(早稲田大学 理工学術院 助教) |
研究期間 | 平成28年10月~平成32年3月 |
<これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)>
現在、シェールガス革命を背景とした天然ガスの供給増加や価格の適正化により、天然ガスを原料とする新たな化学品製造技術が望まれています。メタン酸化カップリングは式(1)に示すように、天然ガスの主成分であるメタンと空気中の酸素から石油化学の基幹原料であるエチレンに直接転換できるため、天然ガス有効利用法の1つとして注目されています。原料のメタンが非常に安定な分子であるため、一般的にこの反応は700℃以上の高温条件下で行われます。
式(1) CH4 + 1/2O2 → 1/2C2H4 + H2O
このような高温環境では、高い耐熱性を持つ高価な反応器材料が必要であること、高温にさらされることによる触媒の劣化、反応性の高いエチレンが逐次的に酸化されることによる選択性の著しい低下などが問題となり、実用化には至っていません。メタン酸化カップリングにおいて高い収率や選択性、永い触媒寿命を実現するためには、低温でメタンを活性化することが望まれていました。
<今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと>
本研究グループは、電場中で触媒反応を行うことで、メタン酸化カップリングのような従来高温を必要とする反応を、150℃という画期的な低温で進行するメカニズムを見いだしました。
従来、特にCe2(WO4)3触媒注3)が低温・電場中で高い活性を示すことがわかっていましたが、その活性発現メカニズムについては不明でした。本研究では、なぜCe2(WO4)3触媒においてこのような低い温度で、電場中でのメタン酸化カップリングが選択的に進みうるのかを探求しました。
この結果、電場印加によってCe2(WO4)3触媒中のCeカチオン注4)が酸化を受けることをきっかけとして格子酸素(O2−)が活性化され、メタンのC−H引き抜きに高い活性を持つ活性酸素種が生成すること、この活性酸素種の消費と再生を繰り返す酸化還元型の機構で反応が進行することがわかりました。150℃という低温で酸化還元サイクルが回るという現象はこれまでに報告がなく、世界で初めての発見といえます。
<今回の研究で得られた結果及び知見>
今回、Ce2(WO4)3触媒に電場をかけることにより、150℃という低温で、メタンと酸素から効率的にエチレン等のC2炭化水素へ直接転換される反応が、電場で活性化された格子酸素の消費と再生を繰り返す酸化還元型の機構で進行することがわかりました。
また、本研究で見いだした反応メカニズムは一般化が可能であり、酸化還元型の機構で進行するさまざまな反応を低温化させることができるようになります。これにより、従来高温で駆動せざるを得ず選択性やエネルギー効率を犠牲にしてきた反応においても、低温で高効率に進めることが可能となります。
<研究の波及効果や社会的影響>
触媒への電場印加によって触媒反応を低温で駆動できる本反応系は、酸化還元型で進行するさまざまな触媒反応に応用展開が可能です。また、低温駆動ゆえに高い選択性や安定性、エネルギー効率が期待できます。
本研究では、電場中の触媒の構造・電子状態を知るために、その場計測・解析技術や計算化学的手法を用いました。これらの手法は、燃料電池などの外部電場を用いる触媒反応系に対しても展開でき、関連分野に与える影響は大きいと考えられます。
本触媒反応プロセスは、従来の流通型の触媒反応器に電極を挿入して外部から電場を印加するだけで実施でき、その消費電力も非常に小さいため、設備導入コストや運転コストを抑えた実用化可能なプロセスとなりえます。高温の熱源や大規模な熱交換器が不要であることから、スケールメリットの出にくい中小規模のガス田の利用も可能になります。
<今後の課題>
新たに見出した反応メカニズムと、電場中の触媒の構造・電子状態を知るためのその場計測・解析技術や計算化学的手法の応用展開により、さらなる高活性な触媒開発が可能になります。
<参考図>
図 低温・酸化還元型でメタン酸化カップリングが進む反応メカニズム
酸化還元型でメタン酸化カップリングが進行するイメージを示す。下の薄黄色の部分はバルクのCe2(WO4)3を示し、上のクラスターは表面に露出しているCe2(WO4)3の局所構造を示す。
以下の4つの過程を経て酸化還元型で反応が進行:
- (i) 電場印加によって、Ce3+がCe4+に酸化される
- (ii) Ceカチオンのイオン半径の減少に伴う構造の歪み(Ce−O結合長が減少)と、格子酸素(O2−)からCe4+への電子供与による活性酸素種(Oδ−)の生成
- (iii) 活性酸素種によるメタンのC−H引き抜きが進行し、CH3ラジカルが生成、CH3ラジカル同士のカップリングが気相で進行
- (iv) 気相酸素による格子酸素の埋め戻し
<用語解説>
- 注1) メタン酸化カップリング
- 2分子のメタン(炭素を1原子含む)同士が酸素による酸化をきっかけに重合し、炭素を2つ含むエチレンなどになる反応。
- 注2) 電場印加
- 粉体である触媒に、電極を用いて電圧をかけ、微弱な電流を流すこと。電気化学的な反応とは異なる。
- 注3) Ce2(WO4)3触媒
- セリウムとタングステンの2種の元素からなる複合酸化物。
- 注4) Ceカチオン
- 自動車触媒などによく用いられる希土類元素であるセリウム(Ce)の陽イオン。
<論文情報>
タイトル | “Electron-hopping brings lattice strain and high catalytic activity in low temperature oxidative coupling of methane in an electric field” |
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著者名 | S. Ogo, H. Nakatsubo, K. Iwasaki, A. Sato, K. Murakami, T. Yabe, A. Ishikawa, H. Nakai and Y. Sekine |
掲載誌 | Journal of Physical Chemistry C |
doi | 10.1021/acs.jpcc.7b08994 |
<参考文献>
- ※)K. Sugiura, S. Ogo, K. Iwasaki, T. Yabe and Y. Sekine, Scientific Reports, 6 (2016) 25154 (doi: 10.1038/srep25154).
S. Ogo, K. Iwasaki, K. Sugiura, A. Sato, T. Yabe, Y. Sekine, Catalysis Today, 299 (2018) 80-85 (doi: 10.1016/j.cattod.2017.05.013).
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
小河 脩平(オゴウ シュウヘイ)
早稲田大学 理工学術院 助教
関根 泰(セキネ ヤスシ)
早稲田大学 理工学術院 教授
<JST事業に関すること>
中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
<報道担当>
早稲田大学 広報室 広報課
科学技術振興機構 広報課