2021-08-24 産業技術総合研究所
ポイント
- 液晶と高分子の分子配向を維持したまま高分子を架橋して安定な相分離構造を形成
- 熱安定性を高め、透明/白濁切り換えの繰り返し耐久性を向上
- 10年以上相当の繰り返し耐久性の達成で、調光ガラスの実用化を促進
概要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)極限機能材料研究部門【研究部門長 松原 一郎】光熱制御材料グループ垣内田 洋 主任研究員、山田 保誠 研究グループ長は、神戸市立工業高等専門学校【校長 末永 清冬】(以下「神戸高専」という)電子工学科 荻原 昭文 教授、大阪有機化学工業 株式会社【代表取締役 社長 安藤 昌幸】(以下「大阪有機」という)と共同で、透明と白濁の切り換え繰り返しで高い耐久性をもつ液晶と高分子の複合材料を開発した。
液晶と異方構造を有する高分子(以下、異方性高分子)の複合材料は、生活温度付近で、低温で透明、高温で白濁に切り換わる機能をもち、調光ガラスなどへの応用が期待されている。しかし、透明/白濁の繰り返し耐久性に課題があった。今回、異方性高分子を架橋剤で網目構造化したことで、材料の熱安定性が高まり、繰り返し耐久性が大幅に向上した。この耐久性の向上で当該技術の実用化に近づいた。なお、この技術の詳細は、2021年8月24日(米国東部標準時)にACS Applied Materials & Interfaces誌に掲載される。
温度の繰り返し変化にともなう可視光の直進透過率の変化
50 ℃で加熱5分と自然冷却5分を切り換えの一周期として繰り返し耐久試験を行った。昇温すると白濁(下の写真)して透過率が赤丸で示す値まで下がり、降温すると透明状態(上の写真)に戻って再び透過率は青丸で示す85 %以上まで上がる。(a)網目化されていない従来の構造では、初期状態で高温白濁時に6 %まで下がった透過率は、繰り返し変化とともに徐々に高まって1000回で10 %程度になる。(b)架橋剤を添加し網目化した今回開発の構造では、1000回以上の繰り返しでも高温白濁時の透過率は初期と変わらず1 %以下を維持している。
開発の社会的背景
近年、建物や移動体の省エネ化とユーザーの快適性の両立が着目され、有用な部材の開発が進んでいる。窓は、太陽光を外から取り込むために必須であるが、太陽熱は暖冷房負荷や快適性に大きく影響する。とくに、温暖地では、夏に太陽光を遮り、冬にできるだけ取り込むことが理想的である。調光ガラスは、太陽光の入射量を制御する部材で、さまざまな方式が提案されている。たとえば、電気や雰囲気ガスで動作させるタイプは、ユーザーが切り換えたり自動化したりできる点で利便性が高く、とくに電気方式はすでに上市されている。しかし、施工時の配線など設置条件や導入・運用費用にまだ課題がある。これに対し熱応答型は電源を必要とせず、施工後の後貼りや必要に応じ剥がすといった取扱いの容易さなど、有利な面がある。
研究の経緯
産総研は、多様なニーズに応えるため、電気、ガス、温度に応じて光の反射、吸収、透過が変わるさまざまな調光ガラスの開発を進め、それぞれの特徴を生かした提案を行ってきた。そして、近年、液晶複合材料を用い、電源もガス供給も不要で、生活温度付近で透明と白濁が切り換わり、可視光の直進透過率を80 %以上かつ太陽光の透過率を20 %以上制御する熱応答型の調光材料を、神戸高専、大阪有機と共同で開発した(2019年9月30日産総研プレス発表)。一方、温度変化の繰り返しに対する耐久性は、調光幅の拡大とともに実用化への重要な性能であり、その向上が課題であった。今回、液晶と高分子の配向性を維持しながら高分子を架橋する技術を開発し、その課題である耐久性の向上に成功した。
なお、本研究開発の一部は、独立行政法人日本学術振興会 科学研究費補助金「液晶/高分子の異方的・階層的に不均一なメゾ相分離創製と熱応答型光波制御素子の開発(2019~2021年度)」および「自律的制御機能を有する感温型赤外線反射フィルタの開発(2020~2022年度)」による支援を受けて行ったものである。
研究の内容
液晶と高分子の相分離からなる複合構造は、調光ガラスだけでなく、透明/白濁化する特徴を用いた表示機器、センサー、情報処理デバイスなどに応用される光学基幹材料である。我々は、液晶と異方性高分子が同じ方向に配向(以下、同一配向)し微細に相分離した複合構造を有する高分子ネットワーク液晶(以下、PNLC)を開発した。これは、材料内の光学的な不均一さが温度とともに変わることで、低温で透明状態、高温で白濁状態に切り換わり、従来のタイプとは逆の温度依存性を有する。本PNLCは、表面を配向処理した二枚のガラス基板に混合原料を挟んで薄い層とし、紫外光を照射することで容易に作ることができる。調光ガラスとしての性能面で優れ、高温時の白濁状態では入射方向と反対側(室外側)に多く光散乱し、省エネ窓として良好な調光特性が得られることをすでにプレス発表した。今回、実用化する際に重要な課題となる、透明/白濁切り換えの繰り返し耐久性の向上に取り組んだ。
PNLCを調光ガラスとして使用すると、昼夜や季節の変化にともなう温度変化に繰り返しさらされることになり、その耐久性の向上がユーザーに受け入れられるための鍵となる。従来のPNLCの構造は、図1(a)に示すように、液晶と異方性高分子とが同一配向した状態で相分離し、異方性高分子が互いに絡み合うことだけで相分離構造を維持していた。この構造は、概略説明で示した図(a)のように、高温時の白濁状態での直進透過率は、回数を重ねるとともに徐々に増加し調光幅の減少が見られた。本研究では、大阪有機が改良した材料を使い、神戸高専での計算から光学構造の設計指針を得ながら、産総研の光重合誘起相分離(PPIPS)技術を用いて開発を進めてきた。そして今回、可視光の直進透過率で80 %以上、太陽光の透過率で20 %以上変化する調光性能と良好な耐久性を両立したPNLCの創製に成功した。図1(b)に示すように、架橋剤を加えて異方性高分子を網目化することで構造を強化し、繰り返しの温度変化にともなう性能劣化を抑えることに取り組んだ。一般的に、架橋剤は高分子構造を熱的に安定化する役割を果たすが、異方性高分子は網目化されることで異方性を失う傾向がある。液晶と異方性高分子の配向秩序は本PNLCの調光に必要不可欠で、今回、異方性高分子を配向したままで架橋し、網目構造化することに成功した。概略説明で示した図(b)のように、架橋剤を添加して構造を網目化した場合、5分加熱+5分自然冷却を一周期とする温度変化を1000回以上繰り返した後も、低温と高温での直進透過率は初期値を維持し、劣化の傾向がない。図1(b)の光学偏光顕微鏡像に示すように、架橋剤により異方性高分子が網目化したことで相分離構造は微細化しているが、光学異方性は維持されており、これにより調光性能が下がることなく耐久性が向上したと考えられる。
我々が開発を進めるPNLCは、以前報告したように、省エネ窓ガラスとして有効であり、作製工程や動作原理も単純であるため、性能・製造・施工の面で有利である。そして、今回、温度変化の繰り返し耐久性の向上を達成したことで、実用化につながると期待される。窓の構造や特性、立地環境によって変わるが、晴天日に太陽光を受けた窓の表面温度は外気温より10 ℃以上高くなり、真夏日(気温30 ℃以上)では、白濁する40 ℃以上に昇温すると見込まれるが、夜間など太陽光を受けなくなると透明に戻る外気温程度まで下がる。気象庁の統計データによると、国内での真夏日は多く見積もって年間100日程度(東京では60日程度)あり、1000回以上の繰り返しは、10年(東京では16年)以上の耐久性に相当し、今回の結果では劣化を示さなかったことから、さらに長期にわたり性能を維持すると見込まれる。これは、Low-E複層ガラスなど、一般普及している窓ガラスのメンテナンス保証期間より長いため、十分な繰り返し耐久性であると考える。
図1 PNLC構造の模式図および光学偏光顕微鏡像
本PNLCは、液晶(赤楕円)と異方性高分子(青曲線で示す主鎖に青楕円で表す液晶性の側鎖が付随した構造)が、それぞれ領域を形成し相分離した構造を有する。低温では、液晶と異方性高分子がもつ側鎖が同じ方向に配列し、全体として光学的に均一な構造となり透明状態となる。高温になると、この側鎖の向きは変わらないが、液晶の方向が乱れるため、光学的に不均一化して光散乱がおき白濁する。従来のタイプは、(a)異方性高分子の絡み合いだけで領域を形成し相分離構造を維持していたため、繰り返し温度変化により相分離構造が徐々に歪み、概要の図(a)に示したように、透明/白濁切り換えでの透過率変化の幅が徐々に減少したと考えられる。これに対し、(b)開発したタイプでは、架橋剤(緑実線)を加え、液晶と側鎖の配向を同じ方向に維持したままで異方性高分子を網目化して、相分離構造の熱的安定化を図ったことで、概要の図(b)に示したように、耐久性が向上したと考えられる。
偏光顕微鏡像の視野は、光学異方性が強くなると明るくなり、逆に光学等方性(光学異方性がない状態)が強くなると暗くなる。低温の写真では、(a)と(b)どちらも真っ暗にならず、ある程度の明るさで均一に見え、光学異方性が一様であることから、液晶と側鎖は同一配向していると考えられる。高温になると、顕微鏡像視野の明るさにムラが生じ、コントラスト分布として現れている。これは、液晶の配向が乱れ液晶領域が光学等方性に近づくのに対し、異方性高分子中の側鎖は配向を維持し高分子領域は光学異方性のままとなっているためと考えられる。これらの分布が相分離領域に対応し、その大きさが(a)に比べて(b)で小さくなっているのは、分子配向が維持された状態で異方性高分子が架橋されていることを示唆している。
今後の予定
今回の成果で、窓ガラスのメンテナンス保証期間(10年程度)に相当する回数で温度変化を繰り返しても持ちこたえる耐久性向上を達成し、実用化の目途がついた。次の段階では、耐久性と並ぶ実用化の課題であるコスト削減に着手する。一方、ガラス基板を用いた調光ガラスは、新築建物などの窓ガラス施工時の導入が想定される。国内には既に窓が設置された既築物件が多くあり、本技術を普及させるため、今後、後貼りできる柔軟性のある透明基材を用いた調光フィルムの開発に取り組む。
用語の説明
- ◆異方性高分子
- 異方性は、物質の物理的性質が方向により異なることで、ここでは、光学的な性質で異方性を有する高分子を意味する。今回の異方性高分子は、高分子の主鎖に付随する液晶性の側鎖が同じ方向に配向することで異方性を発現させている。
- ◆調光
- ここでは、電気や光、熱、あるいはガスなどの外部刺激によって、光の透過量や反射量を制御することを意味する。また、調光ガラスは、前述のように、外部刺激により光学特性が変わり、省エネ効果やユーザーの快適性を向上する窓の総称。
- ◆直進透過率
- 対象物に入射した光のうち直進して透過する光量の割合。本研究では、下記のように試料後方に透過する光のうち、光検出器の手前に置いたアパーチャ(光を通す開口部)を通して、広がり角10°の範囲で検出した光強度の入射光強度に対する割合としている。
- ◆生活温度
- 日常生活で経験する温度。気温だけでなく、窓や建築物の外表面の温度も含む。
- ◆太陽光の透過率
- 地上で受ける太陽光は、人間の眼で見える可視光の他に、より波長の短い紫外光と、より波長の長い近赤外光を有し、これらの光強度は可視光を最大として下図のように分布している。ここで述べる太陽光の透過率は、各波長での透過率を太陽光の光強度に応じて重みづけし平均した値を意味する。
- ◆高分子ネットワーク液晶(PNLC)
- 液晶と高分子の二相からなる微細構造を持つ複合材料。液晶と高分子の配分比率によっては、高分子分散液晶(PDLC)や高分子安定化液晶(PSLC)と呼ぶこともある。液晶の電気応答性を利用し、表示機器、センサー、情報処理素子に利用されてきた。
- ◆配向処理
- 液晶分子の向きを基板上で特定方向にそろえる処理技術。液晶ディスプレイ等の作製で使われてきた。
- ◆光重合誘起相分離(PPIPS)
- 光反応性モノマーと非重合性分子との混合原料に光照射することで、重合が進むにしたがって、局所的に重合する領域としない領域に相分離し複合構造が形成される現象。本研究では、光反応性モノマーと液晶との混合原料を光重合することにより生じる微細な相分離現象を利用している。
- ◆気象庁の統計データ
- 真夏日日数の長期変化傾向(グラフ)より求めた。
気象庁 | ヒートアイランド現象 - ◆Low-E複層ガラス
- 複数枚の板ガラスを、隙間を持たせて重ね、その隙間に乾燥空気や希ガスを封入したり、真空(減圧)にしたりして、屋内と屋外の間の熱伝導率を抑えた断熱性の窓ガラスを複層ガラスと言う。Low-E複層ガラスは、複層ガラスの板ガラスの表面に金属薄膜などを成膜して、遠赤外波長域での熱放射を抑えることで、断熱性をより高めた窓ガラス。Low-Eは、Low-Emissivity(低放射率)の略である。