酸性環境で駆動する非貴金属水電解触媒~固体高分子型(PEM)水電解を用いた水素製造へ~

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2022-02-15 理化学研究所

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理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター生体機能触媒研究チームの李愛龍特別研究員、孔爽特別研究員、中村龍平チームリーダーらの国際共同研究グループは、水の電気分解[1]の効率化に向け、酸性環境で駆動する非貴金属[2]材料としては世界最高の活性と安定性を兼ね備えた触媒「Co2MnO4(Co:コバルト、Mn:マンガン、O:酸素)」の開発に成功しました。

本研究成果は、今後の水の電気分解による水素製造(2H2O→2H2 + O2)の脱貴金属化を促進し、環境親和性のさらなる向上につながると期待できます。

固体高分子(PEM)型水電解[3]は、高いエネルギー効率と水素製造速度を誇る一方、酸素が発生する陽極[4]では触媒が酸性環境[5]にさらされるため劣化しやすいという欠点があり、現在は資源量の乏しい貴金属が触媒に使われています。

今回、国際共同研究グループはコバルトとマンガンの2種類の元素を組み合わせることで、活性と安定性を兼ね備えた触媒開発に成功しました。開発したCo2MnO4触媒は、強酸性環境においても200mA/cm2の電流密度で1,000時間以上機能します。また、既存の非貴金属触媒と比較し、おおよそ100倍程度の量の水を電気分解できます。

本研究は、科学雑誌『Nature Catalysis』オンライン版(2月14日付:日本時間2月15日)に掲載されました。

触媒の構造と電解の実験データ(左)と水の電気分解で触媒から発生する大量の酸素

背景

近年、水の電気分解(水電解)による水素製造(2H2O→2H2 + O2)が注目されています。太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギー由来の電源と組み合わせることで、二酸化炭素を排出せずに水素を作れます。

特に、固体高分子(PEM)型水電解は高いエネルギー効率と水素製造速度に加え、電圧変動に対する迅速な応答性があることから、環境調和型の水電解技術として大きな期待が寄せられています。しかし、電解槽内部の触媒は過酷な酸性環境にさらされており、水電解と同時に触媒自体が分解されるという難点があります。特に、陽極に用いる酸素発生触媒[6](2H2O→4H+O2+4e)の劣化は深刻な問題です。

これまで、活性だけでなく安定性も兼ね備えた酸素発生触媒として、酸化イリジウム(IrO2)という貴金属材料が開発されており、現在運用されているPEM型電解槽のほとんどで使われています。しかし、イリジウムは白金(Pt)よりも10倍も希少な貴金属元素であり、大規模な水素製造を行うにはより安価で豊富な代替材料の開発が不可欠です。このため、鉄(Fe)やマンガン(Mn)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)などの3d金属元素[7]を活用した新材料が世界中で研究開発されています。

中村龍平チームリーダーらは、2019年に酸化マンガンが非貴金属材料の中で群を抜いて高い安定性を持つことを発見しました注)。当時、安定な3d金属触媒でも活性を1週間維持することが困難だったのに対し、酸化マンガン(MnO2)は8,000時間(11か月)以上、安定して水を電気分解できました。ただし、酸化マンガンが安定して機能する電流密度は10mA/cm2程度でした。水素製造速度が電流に比例すること、そして工業的には1A/cm2相当の水素製造速度が要求されることを踏まえると、活性と安定性を両立するための改良が必要でした。

注)2019年3月19日プレスリリース「水を電気分解し続けるマンガン触媒の動作条件を発見

研究手法と成果

国際共同研究グループは酸化マンガンの改良に向けて、コバルトを導入することにしました。酸化コバルトは数十年以上も前から、酸化イリジウムに匹敵する活性を持つことが知られていましたが、安定なマンガンとは逆に、数時間程度ですぐに分解してしまうことが大きな欠点でした。そこで、活性が高いコバルトと、安定性が高いマンガンを同時に焼成[8]することで、両者を均一に混合し、触媒特性の向上を目指しました。その結果、コバルトとマンガンを2:1の比率で含むスピネル材料[9]「Co2MnO4」が、高い活性と安定性を兼ね備えていることを見いだしました。

強酸環境中におけるCo2MnO4の酸素発生触媒としての特性を図1に示します。触媒が塗布されていない、白金メッキチタン(Pt/Ti)メッシュ基板のみの場合は、水電解が進行せず、ほとんど電流は流れませんでした(ピンク線)。しかし、触媒を塗布すると、電流密度が大幅に増加し、電気抵抗による電圧ロスがあるにもかかわらず、可逆水素電極(RHE)に対し2Vの電位で1A/cm2の電流密度を実現できました。3d金属材料で工業スケール(1A/cm2)の電流密度を実現する活性を示したのは、本研究が初めてです。

電極上に塗布したCo2MnO4触媒とその活性の図

図1 電極上に塗布したCo2MnO4触媒とその活性

(a)白金でメッキしたチタン(Pt/Ti)のメッシュ基板(左)と、それにCo2MnO4触媒を塗布した基板(右)の写真。
(b)Co2MnO4の触媒活性を示したグラフ。Pt/Tiメッシュの基板のみ(ピンク線)に対し、Co2MnO4を塗布すると電流密度が増大する(青・緑線)。なお、青線は実験の生データであり、電気抵抗による電圧降下(iR)が含まれているため、触媒そのものの活性が過少評価されている。緑線はこの電圧降下を補正した、触媒そのものの活性である。


引き続き、Co2MnO4触媒の酸素発生反応に対する安定性を評価するため、100mA/cm2から1A/cm2までさまざまな電流密度や電解液(電解質が溶解した液)で水電解を行いました。その結果、いずれの電流密度でも、Co2MnO4触媒は既存の触媒よりも安定性に優れることが分かりました(図2)。特に、200mA/cm2においては1,500時間にわたり持続的に水を電気分解し、既存の非貴金属触媒と比較して、おおよそ100倍程度の量の水から酸素を作り出すことできました。

開発したCo2MnO4と既存の3d金属触媒の比較の図

図2 開発したCo2MnO4と既存の3d金属触媒の比較

(a)電解時間に対する電解電圧の変化。触媒が劣化すると電解電圧が上昇するため、電解電圧を一定に維持できる時間が長いほど安定な触媒である。例えば、一番下の赤い線は、200mA/cm2において1,500時間にわたり持続的に水を電気分解したことを示す。各実験データの上には、電解時の電流密度(mA/cm2)、および電解液組成(H2SO4とH3PO4、全てpH 1)を示した。
(b)電流密度や電解時間を評価基準とし、既存の材料と比較した。ピンクの菱形のデータはCo2MnO4であり、ローマ数字はaの生データに由来する。また、青のデータは既存材料のものである。既存材料のうち、当研究グループで開発した材料は青の菱形、他グループ由来の材料は青逆三角で示した。グラフの右上に位置するものほど、高い電流密度で長時間機能できる安定性に優れた材料であり、斜めの線は分解できる水の量を示す。Co2MnO4の寿命が尽きるまでにおおよそ106C/cm2相当の水を分解できる。これは、既存の触媒(青逆三角)の104C/cm2に対し、約100倍程度の進歩である。


このCo2MnO4触媒の高い安定性は、水電解後の材料解析からも分かります。図3は、水電解前後の触媒について、大型放射光施設「SPring-8」[10]でX線回折[11]を行った結果です。触媒の構造は反応中に常に変化し続けるため、たとえ安定な材料でも数分単位でX線回折パターンに変化が見られることが通常です。しかし、Co2MnO4の場合、100mA/cm2で23時間水分解しても、電解前後でX線回折パターンにほとんど変化は見られませんでした。高感度のSPring-8でも構造変化が観測されなかったことは、Co2MnO4の安定性をよく支持しているといえます。

大型放射光施設「SPring-8」で測定したCo2MnO4の構造変化の図

図3 大型放射光施設「SPring-8」で測定したCo2MnO4の構造変化

(a)電解前(上)と23時間電解を行った後(下)のX線回折パターン。実測値は灰色、理論解析で得られた曲線を赤で示した。電解前後で回折ピークの位置に差が見られないことから、Co2MnO4は安定であることが分かる。グラフ右上には、Co2MnO4が取るスピネル構造を示した。
(b)高分解能透過電子顕微鏡(HR-TEM)像(b1、b3)と、各点線領域に対してフーリエ解析を行った結果(b2、b4)。電解後もスピネル構造が維持されており、Co2MnO4は安定といえる。


最後に、量子化学計算[12]により、Co2MnO4の優れた特性の起源を特定することを試みました。図4aは、理論計算から予測される活性を示したものです。Co2MnO4はCo3O4と並び、高い活性を持つ赤い領域に位置することが読み取れます。また、触媒の溶出に対して二つの異なる反応機構を仮定し、そのいずれに対してもCo2MnO4が最も熱力学的に安定であり、高い耐久性を持つことが分かりました(図4b)。

量子化学計算によるコバルト・マンガン酸化物の比較の図

図4 量子化学計算によるコバルト・マンガン酸化物の比較

(a)活性に関する検討。横軸と縦軸は中間体の吸着エネルギーに対応し、暖色領域ほど触媒の理論活性が高い。Co2MnO4はCo3O4と並び、暖色領域の中心に位置する。
(b)安定性に関する検討。触媒溶出に関して二つの反応機構(赤と黒)を仮定し、それぞれに対しコバルト・マンガン酸化物の安定性の序列を評価した。いずれの反応機構でも、Co2MnO4が比較候補の中で最も熱力学的に安定であり、溶出しにくいことが分かった。

今後の期待

本研究では、コバルトとマンガンという2種類の非貴金属元素を組み合わせることで、活性と安定性を兼ね備えた酸素発生触媒を開発しました。これにより、コバルトが持つ高い活性を維持した状態で、酸性環境における触媒の長寿命化に成功しました。これは、水電解による大規模水素製造に向けた進歩であり、国際連合が2016年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[13]」のうち「7.エネルギーをみんなにそしてクリーンに」に貢献する成果です。

補足説明

1.水の電気分解
中学の教科書に載っているほど有名な電気分解であるが、理論的に必要な電圧(1.23V)に対し、実際の電気分解には2V以上必要である。この電圧ロスを抑制し、エネルギー効率を上げるためには、反応を効率化するための触媒が必要である。水電解と略されることも多い。

2.非貴金属
本研究では、鉄やマンガンなど、周期表の4段目(第4周期)にある金属元素を非貴金属と呼んでいる。3d金属元素と同義。

3.固体高分子(PEM)型水電解
膜の両側に電極触媒を塗布することで電極同士を極限まで近づける。これにより、電気抵抗が抑制されるだけでなく、反応物の供給も促進され、水素製造効率が上がる。PEMはPolymer Electrolyte Membraneの略。

4.陽極
水を電気分解する際に水素と酸素は別々の電極で発生する。酸素が発生する電極を陽極、水素が発生する電極を陰極と呼ぶ。

5.酸性環境
水の電気分解を高速で行うと、酸素が発生する陽極の近くは酸性に、水素が発生する陰極の近くはアルカリ性になる。このため、仮に中性の真水を供給したとしても、触媒そのものは酸性耐性・アルカリ性耐性が必要となる。

6.酸素発生触媒
水の電気分解において、陽極で酸素を発生させる触媒を酸素発生触媒と呼ぶ。これに対し、陰極の触媒は水素発生触媒と呼ぶ。水の電気分解では水素と酸素がセットで発生するため、電解効率を上げるためには2種類の高活性触媒が必要となる。この数十年間、より活性が低い酸素発生触媒の材料開発が盛んに行われてきた。

7.3d金属元素
元素の性質は、どのような電子配置を持つかで大きく左右される。3d金属元素とは、3d軌道まで電子が入っている元素を指す。これに対し、パラジウムや白金などの貴金属元素は4d軌道や5d軌道まで電子が入っている。電子がd軌道まで埋まることにより、金属特有の光沢や導電性などが現れる。

8.焼成
一般的には、試料粉末をるつぼに入れて数百℃で焼く実験操作を指すが、本研究では、硝酸マンガンや硝酸コバルトの水溶液を250℃まで加熱して水分を蒸発させ、残った金属イオンを電極触媒とした。

9.スピネル材料
スピネルとは、尖晶石(せんしょうせき)とも呼ばれる鉱物。そこから転じて、尖晶石と同様の結晶構造を持つ材料をスピネル材料と広く呼ぶようになった。

10.大型放射光施設「SPring-8」
理研が所有する、世界でもトップクラスの放射光を生み出す大型放射光施設。兵庫県の播磨科学公園都市にあり、利用者支援等はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVの略。放射光を用いた構造解析はナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。

11.X線回折
固体材料の構造を評価する上で最も広く活用されている研究手法。本研究のような無機材料だけでなく、有機薄膜太陽電池、タンパク質の結晶構造を明らかにするためにも使われてきた。

12.量子化学計算
化学反応のシミュレーション手法の一つで、触媒活性以外にも磁性や耐熱温度、透明度など、さまざまな材料特性を予測できる。シュレーディンガー方程式と呼ばれる量子論の基礎方程式があり、それを解くことで予測する。

13.持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる。(外務省ホームページから一部改変して転載)

国際共同研究グループ

理化学研究所
環境資源科学研究センター 生体機能触媒研究チーム
チームリーダー 中村 龍平(なかむら りゅうへい)
(東京工業大学 地球生命研究所 教授)
特別研究員 李 愛龍(り あいろん)
特別研究員 孔 爽(こう そう)
研究員 大岡 英史(おおおか ひでし)
創発物性科学研究センター 物質評価支援チーム
チームリーダー 橋爪 大輔(はしづめ だいすけ)
テクニカルスタッフⅠ 足立 精宏(あだち きよひろ)

大連化学物理研究所 Dalian National Laboratory for Clean Energy
教授 ホンジョン・ハン(Hongxian Han)
(理研 環境資源科学研究センター 生体機能触媒研究チーム 客員研究員)
教授 ジャンピン・シャオ(Jianping Xiao)
研究員 チェンシ・グオ(Chenxi Guo)
技術員 チケ・ジャン(Qike Jiang)

研究支援

本研究は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務「非貴金属触媒を利用した固体高分子型水電解の変動電源に対する劣化解析と安定性向上の研究開発」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(B)「新規活性予測モデルに基づく3d元素を用いた酸素発生電極触媒の開発(研究代表者:中村龍平)18H02070」、中国国家重点研究開発事業(2017YFA0204804、2021YFA1500702)、中国国家自然科学基金(21761142018、91845103、91945302、21802124)、中国科学院クリーンエネルギーイノベーション研究所協力基金(DNL202003)、中国科学院戦略的先導科学技術事業 (XDB36030200)、遼寧省興遼事業 (XLYC1907099)、および触媒基盤研究国家重点実験室開放基金(N-19-13)からの支援も受けて行われました。また、材料構造の評価には大型放射光施設「SPring-8」のビームラインBL14B2、BL44B2を用いました(高輝度光科学研究センター2021A2013、理化学研究所20210064)。

原論文情報

Ailong Li, Shuang Kong, Chenxi Guo, Hideshi Ooka, Kiyohiro Adachi, Daisuke Hashizume, Qike Jiang, Hongxian Han, Jianping Xiao, Ryuhei Nakamura, “Enhancing the stability of cobalt spinel oxide towards sustainable oxygen evolution in acid”, Nature Catalysis, 10.1038/s41929-021-00732-9

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 生体機能触媒研究チーム
特別研究員 李 愛龍(り あいろん)
特別研究員 孔 爽(こう そう)
チームリーダー 中村 龍平(なかむら りゅうへい)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

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