窒素汚染と食料増産への解決策「アンモニウムの活用」

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硝化の制御で窒素汚染と食料増産を図る生産システムを

2021-06-01 国際農研,プリンストン大学

ポイント

  • 国際農研は、米国プリンストン大学公共国際問題大学院と共同で、農業の生産力向上と持続性の両立に資する技術を提案
  • 生物的硝化抑制(BNI)技術の活用により、少ない肥料投入で食料生産が可能になり、農地の汚染も同時に削減
  • アンモニウムの有効利用により、温室効果ガスである亜酸化窒素発生を抑制し、各国のパリ協定国別目標達成への貢献を期待

概要

国際農研は、米国プリンストン大学公共国際問題大学院と共同で、窒素汚染の低減と作物の生産性向上のための、アンモニウムを活用した解決策を提案しました。「アンモニウムの活用」とは、植物自身が根から物質を分泌して硝化を抑制する生物的硝化抑制1)(BNI)や、合成硝化抑制剤2)(SNI)を活用することです。作物が窒素肥料を有効利用できるよう、土壌中にアンモニウム3)を保持・活用することによって、窒素利用効率4)を向上させ、食料増産に応えるとともに、CO2の310倍強力な温室効果ガスである亜酸化窒素5)の発生や、水圏への硝酸、亜硝酸の流出を防止できます。土壌中の微生物の働きによる硝化6)を制御する技術にはSNIが知られていますが、国際農研はBNIの現象に着目し、世界各国の17機関とBNI国際コンソーシアムを形成して、世界のBNI研究を主導して進めています。BNIはSNIの限界を克服し、アンモニウムを効率よく活用する作物品種の併用により、食料生産システムの窒素利用効率を向上させる可能性を持っています。「アンモニウムの活用」が世界の食料生産システムの中で有効利用されることで、窒素汚染の低減と食料増産に応える新たな解決策になることが期待されます。

本研究成果は、「Proceedings of the National Academy of Sciences of United States of America (PNAS)」電子版に掲載されました<?XML:NAMESPACE PREFIX = “[default] http://www.w3.org/2000/svg” NS = “http://www.w3.org/2000/svg” />

<関連情報>
予算
運営費交付金プロジェクト「生物的硝化抑制(BNI)技術の活用による低負荷型農業生産システムの開発」
参考
Keeping More Ammonium in Soil Could Decrease Pollution, Boost Crops(プリンストン大学)
発表論文
論文著者
GV Subbarao and Timothy D Searchinger
論文タイトル
A “more ammonium solution” that mitigates nitrogen pollution, boosts crop yields
雑誌
Proceedings of the National Academy of Sciences of United States of America (PNAS),
DOI: https://doi.org/10.1073/pnas.2107576118
問い合わせ先など

国際農研(茨城県つくば市大わし1-1)理事長 小山 修
研究推進責任者:プログラムディレクター 林 慶一
研究担当者:生産環境・畜産領域 グントゥール V. スバラオ
生物資源・利用領域 吉橋 忠
広報担当者:情報広報室長 大森 圭祐

本資料は、農政クラブ、農林記者会、農業技術クラブ、筑波研究学園都市記者会に配付しています。

※国際農研(こくさいのうけん)は、国立研究開発法人 国際農林水産業研究センターのコミュニケーションネームです。
新聞、TV等の報道でも当センターの名称としては「国際農研」のご使用をお願い申し上げます。

開発の社会的背景

現代農業は、大気中の窒素を人工的に固定した合成肥料の施用による収穫量の増大に依存しています。食料生産は、地球生態系の中で行われてます。農作物は施肥された窒素の半分以下しか吸収できないため、利用されない窒素は環境に放出され、強力な温室効果ガスである亜酸化窒素や、地下水に溶脱し水圏を汚染する硝酸、亜硝酸などの物質になります。地球生態系におけるこれらの反応性窒素の90%は、農地に散布された窒素に由来するとされています。作物の窒素利用効率は、地域によっては近年向上が見られるものの、世界平均では、1980年以降停滞しています。旺盛な食料需要を満たすためには、今後更なる食料増産が必要ですが、現状の窒素利用効率のまま増産すると、地球環境への窒素損失による負荷は許容できないレベルとなることが予想されています。

これまで、収穫量の増加は、作物の品種改良と管理方法の向上との相乗効果によってもたらされてきましたが、収穫量の増加を図るには、より地球生態系を意識した方法が必要です。

研究の経緯

土壌中には、施肥された窒素を微生物の働きにより、アンモニウムから硝酸を生成する硝化が、亜酸化窒素、硝酸、亜硝酸などの反応性窒素生成の第1段階となっています。アンモニウムは陽イオンとして、粘土や有機物などほとんどの土壌に吸着するため、地下水へ浸透する恐れがありません。そして、窒素がアンモニウムとして残っている限り、亜酸化窒素は発生しません。また、アンモニウムの量が多すぎるとほとんどの作物には有害ですが、アンモニウムと硝酸を混合して使用すると、一般的に畑で見られる硝酸のみの状態に比べて、穀物の収量が増加することがわかっています。硝化を抑制する合成硝化抑制剤(SNI)は、費用対効果などの面から用途と効果が限定されており、「アンモニウムの活用」を検討する選択肢の1つです。

一方、国際農研は、作物自身が根から物質を分泌し硝化を抑制する現象「生物的硝化抑制(Biological Nitrification Inhibition: BNI)」に着目して、熱帯牧草であるBrachiaria humidicolaの他、ソルガム、小麦、トウモロコシ、イネなどの多くの主食用作物でこの形質を確認しています。BNI国際コンソーシアムを主導するなど、これを活用した地球に優しい食料生産システムの確立に向けた研究を進めています。

研究の内容・意義

本論文では、土壌の硝化の制御による「アンモニウムの活用」が、窒素汚染と食料増産を図る生産システムを確立するための重要な解決策であると提案しています。土壌微生物の働きである硝化を完全に止めることは事実上不可能ですが、BNI研究の進展や、BNIとSNIの組合せによる現場での活用により、作物の窒素利用効率を高め食料を増産しつつ、農地からの窒素汚染を低減する地球に優しい食料生産システムを確立することが可能になりつつあります。

本論文は、2018年に国際農研が主催し、つくば市で開催された第3回BNI国際会議の成果をもとにしています。

今後の予定・期待

国際農研は、BNI形質を主食用作物に導入する研究以外にも、高いBNI能を持つ別の作物を輪作体系に組み合わせる研究も進めています。

これらBNI技術を活用した食料生産システムの開発は、政府の2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略(⑨食料・農林水産業の成長戦略「工程表」:令和2年12月25日・成長戦略会議)にも記載されており、国際農研は地球に優しく高効率なBNIを活用した食料生産システムの開発を今後も推進していきます。

用語の解説
1) 生物的硝化抑制(BNI)
植物自身が根から物質を分泌し硝化を抑制する現象のこと。自然生態系や熱帯牧草で1970-80年代に観察されていた現象について、国際農研は1995年から研究を開始し、2003年に科学的裏付けを公表しました。作物へのBNI現象の応用を目指し、現在では世界各国の17機関とBNI国際コンソーシアムを形成して、研究を主導しています。
2) 合成硝化抑制剤(SNI)
硝化を行う土壌の細菌の活動を抑制する人工的に合成された物質のこと。1960年代から使用され、窒素肥料に混合された形で使われますが、費用対効果などの面から、用途と効果は限定されています。
3) アンモニウム
化学式NH4+の分子イオンのこと。植物は、窒素源としてアンモニウムと硝酸の両方を利用することができます。作物により、アンモニウムと硝酸に選好性があることが知られています。
4) 窒素利用効率
作物への窒素の総投入量(肥料)と、回収量(収穫物)の関係を理解するパラメーターで、作物が根から取り込んだ窒素を収穫可能な生産物に変換する際の効率のこと。作物に使用されない窒素は、余剰分として、窒素汚染を引き起こすこととなります。
5) 亜酸化窒素
化学式N2Oの気体のこと。CO2の310倍の温室効果を持つ強力な温室効果ガスです。人間活動による亜酸化窒素発生の2/3は農業由来で、その6割は肥料として使われた窒素の余剰分に由来します。(年間CO2換算で7億トン程度;ドイツの年間排出量に匹敵)
6) 硝化
土壌の細菌がアンモニウムを酸化し、亜硝酸、硝酸を順次生成する過程のこと。硝化により、アンモニウムは変換され、土壌粒子に吸着できなくなり、土壌から溶脱します。
1202農芸化学
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