根圏 植物の根と微生物が土の中で繰り広げる営みを観る

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2020-06-11  量子科学技術研究開発機構

発表のポイント

  • 地中の根が分泌物の放出を介して築き上げた「根圏」を画像として観察する革新的手法を考案。
  • 根圏内で根が土と微生物に働きかけて生育環境を最適化しようとする生命活動が分析可能に。
  • 植物の養分獲得/生存戦略を解明し、農業の革新と持続的な発展に貢献。

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫)量子ビーム科学部門高崎量子応用研究所プロジェクト「RIイメージング研究」の尹永根主任研究員と河地有木プロジェクトリーダーらは、環境科学技術研究所(理事長 島田義也)の海野佑介研究員、北海道大学(総長 名和豊春)大学院農学研究院の信濃卓郎教授、農業・食品産業技術総合研究機構(理事長 久間和生、以下 農研機構)北海道農業研究センターの中村卓司グループ長らと共同で、これまで目では見ることができなかった、地中の根が積極的に土と微生物に働きかけて周辺の生育環境を最適化して養分を獲得しようとする生命活動を、量子技術を活用した新しい観察手法により、画像としてとらえることに世界で初めて成功しました。

植物の根とその周辺の環境が互いに影響し合う空間を合わせて「根圏」といいます。根圏では、根が分泌物を介して土と微生物に働きかけ、自身の生育環境を最適化しながら養分を獲得していることが知られています。つまり、「根圏」こそ食糧危機を救うカギなのです。しかし、地中の様子をうかがい知ることは難しく、さらに肝心な分泌物は極めて少なく、そのままでは見ることができないため、誰も観察したことはありませんでした。そこで私たちは、植物体内の目に見えない元素の動きを追跡できるRIイメージング技術という量子技術に着目し、根が周りの土に放出した分泌物を観察する「根圏イメージング」という手法を開発しました。これを用いて、地中の根が土と微生物に分泌物を介して働きかけている様子を撮影することに世界で初めて成功しました。さらに、ここで得られた画像を手掛かりに根圏を採取し、養分吸収の促進などの分析が可能となりました。本手法を用いて、同じマメ科植物のダイズとルーピンを比べたところ、ダイズでは、根が張っている範囲の土にほぼ均一に分泌物が分布したのに対し、ルーピンではわずか数ミリメートルの範囲に分泌物を集中的に放出する部位が多数存在していることが分かりました。これは、ルーピンが他の植物では利用できない土の中の難溶性のリン栄養を吸収できる特殊な能力をもっていることと関係があると考えています。

このように、私達が開発した革新的な観察手法は、地中の根圏を形成する各要素である「根、土、微生物」の栄養分をめぐる相互作用と植物の生存戦略を明らかにすることができます。今後はルーピンの特殊な養分獲得能力の解明を進め、その養分獲得能力を他の作物の栽培に応用することで、少ない化学肥料でも十分な生産性が確保できる栽培技術を実現し、環境にやさしい持続的な農業の発展に貢献したいと考えています。なお、この成果はネイチャー出版グループが発行する世界最大の学術誌「サイエンティフィック・リポーツ」に、2020年6月11日(木)18:00(日本時間)に掲載されます。本研究は文部科学省科学研究費による補助を受けて実施されたものです。

研究の背景

人の目に触れることのない、地中の植物の根のまわり数ミリメートルの根圏と称される空間では、微生物やウィルス、虫など様々な生物が生息しています。植物は動物と違って自由に動くことができません。したがって、常に地中の生物やその他のストレスにうまく対応するため、根から分泌物を放出して土や微生物に働きかけ、根圏で自身の生育環境を最適化しようとするなど、私達が考えつかないような素晴らしい生存戦略を持っています。例えば、根は有機酸などをまわりに分泌することで、そのままでは吸収がむずかしい鉄やリン酸などを溶解して取り込もうとします。また分泌物は、病原性の菌類に対して抗菌性を持っている一方、有益な微生物に対して餌となり、良好な共生関係を築いて病害虫の抵抗性を植物に獲得させる機能を果たしています。このように根圏における分泌物を介した植物と土、微生物との相互作用を解明し、これを活かした栽培技術を開発することは非常に重要で、化学肥料に頼ることのない環境にやさしい持続的な農業の発展に繋がると考えられています。

開発目標

上述した植物の生存戦略において分泌物は非常に重要な役割を果たしていますが、根圏において分泌物が放出される正確な位置やタイミングなど、地中での実際の様子がほとんど分かりませんでした。なぜなら、従来の分析方法では根の周りに付着した土をまるごと集めて分析していたため、その分泌物が根のどの部位に由来するか、または根圏と非根圏のどちらに由来するかの区別ができないからです。これらを解決するには、1)地中の根は不規則に成長するため、狙った位置情報を得るのは困難であること、2)根圏は微小な空間であるため、根と土を正確に分離することは困難であること、3)分泌物は非常に微量であるため、計測が困難であること、以上の3つの課題を克服する必要がありました。そこで我々は、「根圏イメージング」という手法を考案しました。

「根圏イメージング」の開発

根箱の構造

まず、課題1と2を解決するため、新しく「根箱」という栽培容器を作製しました。図1で根箱の構造を示しています。まず実験に用いる植物を栽培する際に、図1の左側の絵にあるような四角のナイロンメッシュ袋で根を包むことで、撮像対象がはみ出ないように根の生長する範囲を限定させます。また、二つのプラスチック容器も、それぞれに土を入れてからナイロンメッシュ袋で包み、撮像対象となる土の形が崩れないようにします。これを、図1の右側の絵で示すように、根をサンドイッチ状に挟み植物を育てます。植物は、根箱内の土から養分と水分を吸収し、土や微生物と根圏を形成しながら成長します。この根箱は、立体的で複雑に成長する根を、平面的かつシンプルに成長させ、狙った位置の情報を簡単に得ることができるようにデザインしています。さらに、根と根箱を構成する2枚の容器それぞれがナイロンメッシュ袋に包まれて構造が独立しているため、根と土の構造を破壊することなく正確に分離することができます。

次に、課題3を解決するために、放射性同位元素(Radioisotope: RI)を体内に送り込み、それを計測することで生体内元素の動きをとらえるRIイメージング技術に着目しました。私たちはこれまでにこのRIイメージング技術を用いて、植物体内の目に見えない微量な元素の動きを追跡し、その機能を解明する研究を進めてきました。図2では、分泌物の観察を行うために、根箱で育てた実験植物体を、RIの動きをとらえるためのイメージング装置にセットした実験風景を示しています。

分泌物を観察するための実験セットアップ

図2 分泌物を観察するための実験セットアップ

実験植物として同じマメ科であるダイズとルーピンを用いました。ダイズは世界中で広く栽培されている作物としてよく知られていますが、ルーピン(ルピナス族)は主にルピナスという名前の園芸観賞用の花として知られており、一部の地域では食用、飼料用としても栽培されています。これらは、マメ科植物としての共通の特徴として、根が放出した分泌物を利用して根粒菌と共生関係を築き、根に瘤のような根粒を形成します。これによって空気中の窒素ガスを栄養に変える共生的窒素固定を行い、植物の生育に必須な窒素栄養(N)を作る能力を持っています。これに加えて、ルーピンは放出した分泌物で直接土壌に働きかけ、リン酸(P)などの養分の吸収効率を上げて貧弱な土壌でもよく育つというユニークな養分獲得能力を持っており、根圏研究のモデル植物として使われています。

実験では、これらの植物の葉を密閉容器内に入れて、炭素の放射性同位体である炭素11(11C)で標識した二酸化炭素(11CO2)を空気と一緒に与えると同時に、RIをとらえるイメージング装置で撮像を始めました。炭素11は光合成によって生成された炭素栄養(11C-炭素栄養)の一部に目印として組み込まれ、葉から根に輸送された後、根から土に分泌物(11C-分泌物)として放出されます。この炭素栄養の目印である炭素11のシグナルをこのイメージング装置で追跡すれば、根に到達した11C-炭素栄養と土の中の11C-分泌物を可視化することができます。しかしながら、隣接した根と土の空間内において、根に届いた豊富な11C-炭素栄養によって土の中の極微量な11C-分泌物のシグナルが打ち消されてしまうため、この二つを分けて可視化することは困難でした。そこで我々は、新たに開発した「根箱」の特徴を利用し、根と土を分離してから別々に計測することでこの問題点を解決してきました。実際には、炭素11のシグナルが根の隅々まで行きわたったことを確認してから根箱を開けて、すぐに根を含む植物体を取り除き、土に残った炭素11のシグナルを分泌物として観測しています。

根圏イメージング実験によって得られた画像

図3 根圏イメージング実験によって得られた画像

図3に「根圏イメージング」で得られた画像データを示します。上の行はルーピン、下の行はダイズを用いた実験結果を示しています。左側の写真のように根箱の中の根は肉眼では見えませんが、中央の画像のようにイメージング装置を用いることで根の形にそって運ばれる光合成産物の動きを可視化することができました。ルーピンとダイズにおいて、光合成産物は概ね1時間以内に根の隅々まで運ばれることが分かりました。さらに、右の画像で示したように根が土に放出した分泌物の様子を可視化することができました。ルーピンとダイズは同じマメ科であるにもかかわらず、前者は数か所の土に対して約数ミリメートル範囲のスポット状に分泌物を集中的に放出しているのに対し、後者は土の全体にほぼ均一に分泌物を放出しているという異なる分泌特性を画像として明確に捉えました。ルーピンは個別の根の分泌物を増やすことでほかの植物には利用できない土の中の難溶性のリン栄養を吸収できる特殊な能力をもっていることが知られています。このようにルーピンの根が土に働きかけている活発な活動の位置やタイミングを正確に捉えた本手法は、その特殊な能力の核心に迫るための強力なツールであると言えます。

私達が開発した「根圏イメージング」という新しい手法を用いることで、根が放出した分泌物を利用して周辺の土壌や微生物とともに形成した根圏の実態、つまり土の中のミラクルワールドを画像としてとらえることに世界で初めて成功しました(図3の右の画像)。

今後の展開

本手法を用いて観測した分泌物の分布を手がかりとして各部位に対する採取を行い、現在、根と土におけるミネラルの組成や微生物の群集構造の特性などに対して詳細な解析を進めています。これによって、根が放出した多種多様な分泌物の中から、土中の栄養元素を吸収・利用しやすくするための物質や、植物にとって有益な微生物と共生関係を築くために重要な物質の特定が可能になり、これらの相互作用の実態についての探索が容易になります。今後、このような植物根が持つすぐれた生存戦略を明らかにすれば、少ない化学肥料でも植物自身の能力だけで十分な食糧生産の確保が可能な栽培技術の開発に繋がります。これによって、環境にやさしく持続的な農業の発展への貢献が期待されます。

本研究の成果

尹 永根a, 鈴井 伸郎a,栗田 圭輔a, 三好悠太a, 藤巻 秀a, 海野 佑介b, 中村 卓司c, 信濃 卓郎d, 河地 有木a, “Visualising spatio-temporal distributions of assimilated carbon translocation and release in root systems of leguminous plants”, Scientific Reports (2020).

a量子科学技術研究開発機構, b環境科学技術研究所, c農研機構, d北海道大学)

1202農芸化学
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