2020-02-19 名城大学,三重大学科学技術振興機構,旭化成
名城大学の赤﨑 勇 終身教授の研究グループの岩谷 素顕 准教授らは、三重大学、旭化成株式会社の共同研究により世界初の中波長紫外線(UV-B波長領域)半導体レーザを発明しました。
レーザ光はLEDや太陽光など自然界に存在する光とは異なり波長・位相注1)が制御された究極的な光源であり、医療・工業・家電・情報通信・計測・フォトニクスなどさまざまな新しい産業・学問分野が創造されています。レーザ光を生み出す装置のうち、半導体レーザは小型・高効率・低消費電力など優れた性能を有していることから、レーザ光の社会実装に大きく貢献しています。これまで赤外線・赤色・緑色・青色レーザが実用化され社会実装されており、より波長が短くエネルギーの大きな紫外線(UV)領域のレーザの実現が強く望まれていました。紫外線は長波長紫外線(UV-A:光の波長が380~320nm)、中波長紫外線(UV-B:320~280nm)、短波長紫外線(UV-C:280nm以下)の3種類に分類されます。既に、名城大学や浜松ホトニクス㈱などのグループから長波長紫外線領域の半導体レーザが、旭化成㈱および名古屋大学のグループから短波長紫外線領域の半導体レーザの実現が報告されていました。本成果により、紫外線領域全域にわたって半導体レーザが実現できることが実証されました。
中波長紫外線領域の半導体レーザが実現できない理由はその領域の高品質な結晶が得られないことに起因していました。本グループでは、赤﨑 勇 終身教授が青色LEDの発明でノーベル賞を受賞した窒化物半導体を用いました。基板にはサファイア基板を用い、三重大学の三宅 秀人 教授が開発した高品質な窒化アルミニウム(AlN)テンプレート上に、赤﨑方式によって高品質かつ格子緩和した窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)を開発しました。これは長波長紫外線や短波長紫外線領域のレーザとは異なる方法であり、本グループ独自の手法です。さらに絶縁体に相当する同材料の大電流密度動作を達成し、未踏領域の半導体レーザを発明しました。
紫外レーザは、医療・バイオサイエンス・化学・殺菌・工業用途など多くの分野での応用が期待できます。特に中波長紫外線は生体に対しての影響が大きいため、DNAシーケンサーや皮膚治療など他の波長域ではできないような新しい応用が期待できます。また、既存のガスレーザや固体レーザの紫外領域の市場が1,000億円/年以上あるとされていることから、優れた特性を持つ半導体レーザでそれが実現できることから従来の市場価値に加えてイノベーションの創出が期待できます。
本研究成果は、2020年2月17日(英国時間)に英国物理学会(The Institute of Physics)発行の科学誌「Applied Physics Express」で掲載されました。
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST「新たな光機能や光物性の発現・利活用を基軸とする次世代フォトニクスの基盤技術」(研究総括:北山 研一)における研究課題「深紫外領域半導体レーザの実現と超高濃度不純物・分極半導体の研究(研究代表者:岩谷 素顕 准教授)」などによる支援を受けて行われました。
<研究の背景と経緯>
レーザ光は、コヒーレント(光の波長・位相などが揃っている)で指向性と収束性に優れた自然界には存在しない制御された究極的な光源です。そのうち半導体レーザは、既存のレーザ光源に比べ小型・高効率・長寿命・高生産性など優れた性能を有しています。半導体レーザは歴史的に光のエネルギーが小さい(波長の長い)赤外領域で実現され、その後、赤色、緑色、青色と光のエネルギーが大きい(波長の短い)領域に拡大してきました。これらの半導体レーザは、CD、DVDやBlu-ray Discなどの光ディスク、レーザプリンタ、光通信、レーザ加工機、計測器、レーザディスプレイなど多くの分野で社会実装が進められています。
一方、紫外線は光の波長が10~380nmと可視光よりも短い波長域を呼びます。この波長域の光源は医療、環境、バイオサイエンス、殺菌、金属などのレーザ加工や微細加工など多くの応用分野があることから、紫外領域の半導体レーザの実現は長年の課題とされてきました。紫外線は、光の波長が長い方から長波長紫外線(UV-A領域:波長320nm~380nm)、中波長紫外線(UV-B領域:波長280nm~320nm)、短波長紫外線(UV-C領域:波長280nm以下)の3種類に分類されます。このうち長波長紫外線領域の半導体レーザにおいては2003~2008年頃にかけて名城大学、日亜化学工業㈱、浜松ホトニクス㈱、パラアルト研究所、CREEなどから報告されました。また、短波長紫外線領域においては、昨年11月に旭化成㈱および名古屋大学のグループから波長271.8nmの半導体レーザが報告されました。したがって、残された中波長紫外領域の実現も嘱望されていました。中波長紫外線は紫外線硬化および紫外線接着・乾燥(UVキュアリング)、アトピー治療などの医療分野、DNAシーケンスなど多くの応用分野があります。しかしながら、その波長域でレーザ発振する高品質AlGaN結晶を作製することが困難であること、レーザ発振に必要な電流注入が難しいなどの課題があったことから実現されていませんでした。本グループでは、長年にわたってレーザ発振に必要な高品質なAlGaN結晶を実現すること、2段組成傾斜の分極ドーピング法という電流注入法を適用すること、さらにはプロセス技術の改善などを行うことによって室温で動作可能な298nmの中波長紫外線領域の半導体レーザを発明しました。
<研究の内容>
中波長紫外線領域のレーザを実現するためにはバンドギャップエネルギー注2)が3.8~4.4eVの半導体材料が必要であり、特に高品質な結晶が必要という課題があります。これまで青色よりも短波長な半導体レーザは、2014年にノーベル物理学賞を受賞した「青色LED」材料である窒化物半導体が用いられてきました。しかしながら、このバンドギャップエネルギーを用いた窒化物半導体は適切な基板がないため、高品質な結晶が得られないという課題がありました。また、半導体レーザを実現するためには、数kA/cm2(キロアンペア毎平方センチメートル)以上という大電流動作を実現させる必要があります。しかしながら、従来の電子物性工学ではバンドギャップエネルギーが3eVを超える材料は絶縁性が高く、大電流注入が極めて困難であるという課題がありました。本グループでは、これらの課題に対して以下の2つのアプローチを適用することによって問題を解決しました。
まず三重大学の三宅 秀人 教授の研究グループが開発した手法であるサファイア基板上に、スパッタ法注3)で作製したAlNテンプレート上に3次元成長を用いることによってバンドギャップが3.8~4.4eVの高品質AlGaNを実現しました。この方法は、高輝度青色LEDの発明で用いられているサファイア基板上へのGaNの作製法を踏襲することによって得られました。AlNとこのバンドギャップエネルギーを持つAlGaNの間には1パーセント以上の大きな格子不整合が存在します。従来の結晶工学では1パーセントを超える格子不整合を持つと高品質な結晶が得られませんでした。しかし青色LEDの発明時にそれを打ち破るために低温バッファ層を用いた手法(赤﨑方式)が発明されました。その際に効果を発揮したのが3次元成長です。3次元成長させることによって、成長層上部に高品質なGaNを得ることができ、それが青色LEDの発明に直結しました。本研究グループでは、スパッタ法で作製したAlN上にAlGaNを成長させることによって3次元成長させることが可能であり、それによって高品質なAlGaNを得ることが可能であることを見いだしました。
次に電流注入による手法においては、分極ドーピング法注4)を適用しました。従来の半導体では不純物を添加することによって自由電子と自由正孔を形成し、電流注入する方法が広く用いられてきました。しかしながら、ワイドギャップ半導体であるAlGaN材料では、この方法ではレーザ発振レベルの大電流注入は実現できませんでした。これは、従来の電子物性工学ではバンドギャップエネルギーが3eVを超える材料は絶縁体(電流を流すことができない)とされていましたが、紫外領域の半導体レーザを実現するためには、バンドギャップエネルギーは5eVを超える材料を用いることが必須であることに起因しています。本グループでは、米国ノートルダム大のグループが提案した分極ドーピング法をAlGaN材料に適用することによってレーザ発振が可能なレベルの電流注入を実現しました。ノートルダム大のグループは分極ドーピングを青色発光素子に適用しましたが、本グループでは紫外発光素子に対して有用であると考え研究を進めてきました。その結果、2019年5月にApplied Physics Letters(https://aip.scitation.org/doi/10.1063/1.5095149)にレーザ発振レベルの大電流注入を実現できることを報告しました。
これらの手法を適用することによって、298nm波長の電流注入による中波長紫外線領域のレーザを発明しました。
作製した試料の構造を以下に示します。試料は上述のような方法で作製した高品質AlGaN上に一般的な半導体レーザで用いられている分離閉じ込めヘテロ構造注5)によってデバイスを試作しました。デバイスプロセスを行い室温パルス下で電流を注入することによって評価を行いました。その結果、電流-光出力特性に明確な閾値が確認できたこと、自然放出スペクトルからレーザ発振特有の急峻な半値幅が極めて細いスペクトルが得られていること、明確な偏光特性が現れていることからレーザ発振に到達していることを確認し、本サンプルはレーザ発振に到達していると結論づけました。添付図はレーザ発振の様子とスペクトルを示しており、半導体レーザ特有の発光パターンやスペクトルが得られていることが確認されました。
<今後の展開>
紫外領域の光はさまざまな化学結合を切断したり融合したりすることが可能であることから、紫外線硬化および紫外線接着・乾燥(UV キュアリング)、アトピー治療などの医療分野、DNAシーケンスなど多くの応用分野があります。これまで、この波長域のレーザはガスレーザや固体レーザの高調波などが用いられてきており、応用分野の発展の足かせになっていました。半導体レーザは小型・高効率・長寿命など優れた特性があること、またAlGaNのAl組成を変えることによって中波長紫外線領域の全ての波長域のレーザ光を実現できることなどから、今後さまざまな光応用が広がることが期待されます。これらによって、光科学分野のさらなる発展が期待され、この分野において日本がイニシアティブを取っていけることが期待できます。
<参考図>
図1 光の種類と光の波長域の関係及び半導体レーザの未実現領域
図2 高品質AlGaN結晶を得る方法の概略図
図3 本研究課題で開発した分極ドーピング法
図4
図5
<用語解説>
- 注1)波長・位相
- 物理学で、波動などの周期運動の過程で、空間を伝わる波の周期的な長さを表すのが波長、どの点にあるかを示す変数を位相と表す。光は電磁波と呼ばれる波動で表されることが知られており、半導体レーザは波長だけでなく周期運動の過程でどの点にあるか示す変数も揃っていることが特長である。
- 注2)バンドギャップエネルギー
- バンド間遷移の際に吸収・放出されるエネルギーのことである。
- 注3)スパッタ法
- 薄膜を生成する手法の1つで、アルゴンガス粒子をターゲット(薄膜にしたい物質)に衝突させ、その衝撃ではじき飛ばされたターゲット成分を基板上付着させて薄膜を作る方法のことである。
- 注4)分極ドーピング法
- 一般的に半導体結晶は、原子を形成することによって中性な性質を有している。しかしながら窒化物半導体は対称性が低いことから大きな分極電荷を有している。この分極電荷を活用することによって電気伝導する電荷担体を発生させるという方法が分極ドーピング法であり、従来の半導体工学では用いられていない方法である。
- 注5)分離閉じ込めヘテロ構造
- 半導体レーザにおいては、電荷担体と光を活性層内部で閉じ込める必要があるため、ヘテロ構造と呼ばれる異種材料を組み合わせる方法が用いられる。しかしながら電荷担体と光を閉じ込める最適な膜厚が異なることから、本構造を適用することによって高い光出力と光変換効率を実現できる。
<論文タイトル>
- “Room-temperature operation of AlGaN ultraviolet-B laser diode at 298 nm on lattice-relaxed Al0.6Ga0.4N/AlN/sapphire”
(格子緩和したAl0.6Ga0.4N/AlN/サファイア上に作製した298nmでのAlGaN系UV-Bレーザダイオードの室温動作) - DOI:10.35848/1882-0786/ab7711
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
岩谷 素顕(イワヤ モトアキ)
名城大学 理工学部 准教授
<JST事業に関すること>
中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
<報道担当>
名城大学 渉外部 広報課
三重大学 企画総務部 総務チーム 広報室
科学技術振興機構 広報課
旭化成株式会社 総務部 広報室報道グループ