銀河の「電波指紋認証」の試み〜銀河系近くにある3つの銀河における分子のカタログが完成!〜

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2019-12-12 国立天文台

[概要]
野辺山45 m電波望遠鏡を用いた観測によって、中心に超巨大ブラックホールを擁するNGC 1068(M77)と、 多数の重い星が多く生成しているNGC 253およびIC 342という有名な3つの渦巻銀河について、 その中心領域(銀河核)周辺に存在する分子のカタログが完成しました。野辺山45 m望遠鏡は世界最大級の口径を誇るミリ波望遠鏡であり、 これらの銀河の単一望遠鏡を用いた分子カタログとしては、これまでで最も空間分解能の高い(最も視力が高いことに相当)データになります。 今回作成された分子カタログは、銀河核領域がどのような物理状態(温度や密度)であるか、またそれが化学組成とどのように関連しているのか、 などを探る上で基礎的なデータとなる重要な成果です。

[研究背景]
宇宙には形状や物理状態の異なる様々なタイプの銀河が存在していますが、 望遠鏡で観測すると特に強烈な電磁波を放射して明るく輝いている銀河があります。 そのひとつは「活動銀河核(Active Galactic Nucleus、略してAGN)」を持つ銀河で、 銀河の中心部の非常に狭い領域(銀河核)から莫大なエネルギーを放射している銀河です。 このエネルギー源は、銀河の中心に超巨大ブラックホールが隠れていることによると考えられています[1]。 もうひとつは「爆発的星生成(スターバースト)銀河」と呼ばれる銀河で、 大量の大質量星(太陽の8倍程度以上の質量をもつ重い星)が短期間に生まれている銀河です。 この二つのタイプの銀河は、全く異なる物理現象をエネルギー源として光っていますが、 銀河進化の上では両者はリンクしているという考えもあり、まだその関連性はよく分かっていません。 その原因の一つは、AGNもスターバースト銀河もその中心の銀河核領域には多量の星間物質(ガスや塵)が存在しているために、 可視光線(我々が目で見ることのできる光)では内部を見通すことができず、観測が困難なことが挙げられます。 一方、波長のより長い電波を用いることで、中心核付近に存在する分子ガスが発する電波(分子スペクトル線)を観測すれば、 AGNやスターバースト銀河の心臓部で何が起こっているかという謎に迫ることができると期待されます。

[ラインサーベイ観測]
日本大学の高野 秀路教授(観測当時は国立天文台野辺山宇宙電波観測所・助教)と名古屋大学の中島 拓助教(同・研究員)を中心とする研究グループは、 中心に超巨大ブラックホールを擁するAGNであるNGC 1068(M77)のほか、 典型的なスターバースト銀河として有名なNGC 253とIC 342という銀河系の近くにある有名な3つの渦巻銀河について、 野辺山45 m電波望遠鏡を用いて観測を行いました[2]。 この観測は、2007年12月から2012年5月にかけて「野辺山レガシープロジェクト“Molecular Line Survey”」のサブプロジェクトの1つとして実施され、 約500時間の観測時間が割り当てられました。
観測の手法は、「ラインサーベイ」といって、45 m電波望遠鏡に搭載された受信機[3]で観測可能な波長3 mm帯(周波数84~116 GHz)で、 周波数方向に連続的にデータを取得し、そこに含まれる分子スペクトル線を網羅的に捉えるというものです。 これは、ターゲットの銀河の分子組成を明らかにするとともに、そこでの物理状態(温度や密度)を探る上で、非常に強力な観測方法の一つです。

[観測成果]
ラインサーベイ観測の結果、NGC 1068で25本、NGC 253で34本、IC 342で31本の分子および水素原子スペクトル線が検出されました(図1)。 NGC 1068とNGC 253に対する単一望遠鏡のラインサーベイ観測は過去にも例がありましたが、世界最大級の口径を持つ野辺山45 m望遠鏡を用いた観測によって、 この周波数帯の観測としては、これまでで最も空間分解能の高い(最も高い視力に相当する)データが得られました[4]。 さらに、IC 342に対してこのようなラインサーベイ観測が行われたのは、世界初の成果です。

fig1

これらの検出されたスペクトル線を詳細に解析したところ、NGC 1068ではシクロプロペニリデン(環状C3H2)、エチニルラジカル(C2H)、 シアン化水素の同位体(H13CN)が初めて検出され、IC 342でも環状C3H2のほか、一酸化硫黄(SO)、 一酸化炭素の同位体(C17O)が初めて検出されたことが分かりました。
さらに今回、45 m電波望遠鏡の高い視力で見たことによって、シアンラジカル(CN)とその同位体(13CN)、 さらにシアン化水素(HCN)とその同位体(H13CN)が、 AGNを持つNGC 1068の中心部において、スターバースト銀河であるNGC 253やIC 342よりも顕著に多く存在することが分かりました。 このようなシアンやその化合物は人体にとっては毒ガスですが、私たちの太陽系が存在する天の川銀河の中心部や、 他のAGNを持つ銀河の中心領域にも多く存在することが知られています。 一方、少し複雑な分子であるメチルアセチレン(CH3CCH)はNGC 1068では全く検出されませんでしたが、NGC 253と IC 342でははっきりと検出されました(図2)。

fig2

この観測結果は、AGNでは中心の超巨大ブラックホール周辺からの激しいエネルギー放射(紫外線やX線放射)のために、 銀河核付近では複雑な分子が壊されてしまうために存在しにくい環境である一方、スターバースト銀河では星の生成に伴って化学反応が進行し、 より複雑な分子が生成され得ることを示唆しています。従って、これらの分子はそれぞれのタイプの銀河の物理状態と密接に関係している可能性が高く、 今後各タイプの銀河を見分けるプローブとなる分子であると期待されます。

(用語説明)
[1] AGNは、大質量ブラックホール(その質量は太陽のおよそ一億倍)を取り巻く高温の降着円盤が、エネルギーの発生機構と考えられています。 中心のブラックホールに落ち込む物質の重力エネルギーが落下によって運動エネルギーとなり、さらに降着円盤で熱エネルギーとなって高温で輝くとされています。
[2] NGC 1068(M77)は、くじら座の方向にある渦巻銀河(セイファート銀河)で、地球からおよそ4,700万光年の距離にあり、 AGNを持つ銀河としては最も近傍にある銀河の一つです。NGC 253とIC 342は、それぞれちょうこくしつ座ときりん座の方向にある渦巻銀河で、 どちらも典型的なスターバースト銀河です。
[3] 今回のラインサーベイ観測には、当時世界で初めて電波望遠鏡に搭載された100 GHz帯の導波管型両偏波両サイドバンド分離受信機と、 一度に32 GHz幅の信号が観測可能な広帯域電波分光計が使われました。この受信機は、 本研究グループの中島助教が中心となって開発されたものです(Nakajima et al. 2008; Kuno et al. 2011)。
[4] この周波数帯でのNGC 1068やNGC 253に対する単一鏡のラインサーベイ観測としては、 例えばスペインに設置されたIRAM 30 m電波望遠鏡による観測例があります(Aladro et al. 2013; 2015)。 IRAM 30 m電波望遠鏡が見分けられる最小の角度(角度分解能)は21~29秒角ですが、野辺山45 m電波望遠鏡はこれよりも望遠鏡の口径が大きく、 15~19秒角になります。これは野辺山45 m電波望遠鏡では、よりAGNの中心核付近を見分けられることを意味します。
[5] 柱密度とは、望遠鏡が観測している方向(視線)に沿って足し合わせた単位面積当たりの分子数のことです。

[論文・研究メンバー]
この研究成果は、以下の内容で日本天文学会欧文論文誌に掲載されました。 論文の題目および研究メンバーは、以下の通りです。
論文名:
Takano et al., “A molecular line survey toward the nearby galaxies NGC1068, NGC253, and IC 342 at 3mm with the Nobeyama 45m radio telescope: The data”, Publications of the Astronomical Society of Japan (in press)
Nakajima et al., “A molecular line survey toward the nearby galaxies NGC1068, NGC253, and IC 342 at 3mm with the Nobeyama 45m radio telescope: Impact of AGN on 1 kpc Scale Molecular Abundance”, Publications of the Astronomical Society of Japan, vol.70, id.7, 2018
研究メンバー(所属は論文発表時):
高野 秀路(日本大学 教授)
中島 拓(名古屋大学 助教)
河野 孝太郎(東京大学 教授)
原田 ななせ(Project Researcher, Academia Sinica Institute of Astronomy and Astrophysics)
Herbst, Eric(Professor, University of Virginia)

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