「量子多体系」に関するさまざまな物理現象の謎の解明に期待
2019-10-03 近畿大学,科学技術振興機構
ポイント
- 物理学の定番現象である、「近藤効果」の厳密な数値シミュレーションに成功。
- 多くの量子が影響し合う「量子多体系」の研究に幅広く応用が可能。
- 物理学最大の謎の1つである高温超伝導の発現機構の解明につながる可能性に期待。
近畿大学 理工学部(大阪府東大阪市) 理学科物理学コース研究員の後藤 慎平と准教授の段下 一平は、コンピューターを用いた厳密な数値シミュレーションによって「近藤効果」を再現することに成功しました。「近藤効果」とは、通常は温度低下に伴って一方的に下がる金属の電気抵抗が、ある一定の温度以下で逆に上昇するという現象です。近藤効果の起こる原因の要点は、昭和39年(1964年)に物理学者の近藤 淳によって理論的に解明されましたが、現在に至ってもこの現象の厳密な数値シミュレーションがなされないままでした。今回の研究で新たに開発した計算法は近藤効果以外にも幅広く応用可能で、原子や分子といったナノサイズ(1mの10億分の1)あるいはそれよりも小さな世界である「量子」が影響し合う「量子多体系」に関するさまざまな物理現象の謎が解明される可能性があります。具体的には、物理学最大の謎の1つである高温超伝導の発現機構の解明に新たな一石を投じる可能性があり、エネルギーロスのない送電技術の開発などが期待されます。本件に関する論文が2019年10月3日(米国東部夏時間)、アメリカ物理学会の発行する学術論文誌「Physical review letters」に掲載されます。
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CREST「量子状態の高度な制御に基づく革新的量子技術基盤の創出(研究総括:荒川 泰彦)」の研究課題「冷却原子の高度制御に基づく革新的光格子量子シミュレーター開発(研究代表者:高橋 義朗)」、文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)量子情報処理技術領域の基礎基盤研究「アト秒ナノメートル領域の時空間光制御に基づく冷却原子量子シミュレータの開発と量子計算への応用(研究代表者:大森 賢治)」、日本学術振興会(JSPS) 科学研究費基盤研究S「光格子中超低温原子気体の軌道及びスピン自由度を駆使した新量子物性の開拓(研究代表者:高橋 義朗)」、同じく科学研究費基盤研究C「ホログラフィー原理と光格子中の冷却気体の協奏による量子重力実現の提案」による支援を受けて行われました。
<研究内容>
近藤効果を説明するためにまず金属の電気抵抗について説明します。ここでいう電気抵抗とはオームの法則V=RIのRのことです(Vは電圧、Iは電流)。図(a)の破線で示すように、通常の金属では温度Tを下げると電気抵抗は下がります。これは、温度の減少とともに、電気抵抗の主因となる電子と音子あるいは電子同士の相互作用の効果が小さくなるためです。対照的に、希薄磁性不純物注1)を含む金属では、温度を下げると、近藤温度TKと呼ばれる温度を境に電気抵抗は上昇に転じます(図(a)実線)。現在では近藤効果と呼ばれるこの現象は1930年代から知られていましたが、現象が起こる理由は長年未解明でした。それが、1964年に近藤 淳によって、電気伝導を担う電子と不純物電子の間に働く強いスピン交換相互作用注2)によって引き起こされる現象であることが理論的に示されました。
近藤効果が起こる金属のように、強く相互作用する数多くの量子力学的な粒子(例えば電子)から構成される系は強相関量子多体系と呼ばれます。そのような系は非常に複雑で、一般的に適用可能で厳密な理論手法は現在のところ存在しません。そのため、近藤効果のような古くから知られている現象ですら、その有限温度注3)の動的性質に関する厳密な数値シミュレーションがなされないままでした。
本研究では、空間一次元注4)における有限温度の量子多体系を数値的に厳密にシミュレーションする手法を劇的に改良し、近藤効果を再現することに初めて成功しました(図(b))。具体的には、行列積状態で表した最小量子もつれを持つ典型的な熱状態アルゴリズムの計算速度を大幅に向上しました。
本研究で開発した手法は、空間一次元の量子多体系に幅広く適用可能であるため、今後の強相関量子多体系の研究に大きく貢献することになると考えられます。例えば、銅酸化物高温超伝導体と類似する物質の有限温度相図を描くことで、物理学最大の謎の1つと言われる高温超伝導の発現機構の解明に新たな一石を投じる可能性があります。また、本研究の手法で電気抵抗を計算する手順が光格子中の冷却気体を用いたアナログ量子シミュレーター注5)でも同様に利用できるという意味で、近年急速に進展している量子シミュレーション研究にも有用であると考えられます。
<参考図>
図
<用語解説>
- 注1)希薄磁性不純物
- 銅や金や白金などの金属物質中に混入した微量の磁性元素(鉄やコバルト、マンガンなど)の総称。
- 注2)スピン交換相互作用
- 電子はスピンという自転に似た自由度を持っていて、そのスピンの状態は右回り、左回りの2つだけに限られている。金属中に広がった右回り電子と磁性不純物中の左回り電子がぶつかった結果、前者の電子が左回りで後者の電子が右回りになることがある。このように2つの電子のスピン状態を入れ替えるような相互作用がスピン交換相互作用である。
- 注3)有限温度
- 温度には下限があり、摂氏温度ではおおよそ-273.16℃がその下限にあたる。一方、下限を0ケルビンと設定した温度を絶対温度という。有限温度とはこの絶対温度で考えたときに、0ケルビンでない(つまり有限の)温度を意味する。
- 注4)空間一次元
- 我々の住むこの宇宙における空間は三次元だが、カーボンナノチューブや有機導体などの特殊な物質中では電子が空間の一方向にしかほとんど運動できないような状況が生まれる。そのような系は空間一次元系と呼ぶ。
- 注5)光格子中の冷却気体を用いたアナログ量子シミュレーター
- 物質中で起きる複雑な量子多体現象を、人工的に作成した制御性の高い別の物理系を使ってシミュレートする実験は、アナログ量子シミュレーションと呼ばれている。光格子中の冷却気体という系は、レーザー光の定常波(光格子)を固体中のイオン結晶、ナノケルビン程度まで冷却した原子気体を固体中の電子に見立てたアナログ量子シミュレーターである。
<論文タイトル>
- “Quasiexact Kondo Dynamics of Fermionic Alkali-Earth-Like Atoms at Finite Temperatures”
- 著者名:後藤 慎平、段下 一平
<お問い合わせ先>
<JST事業に関すること>
中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
<報道担当>
近畿大学 総務部 広報室
担当:髙橋、村尾
科学技術振興機構 広報課