2019-09-05 東京大学
井出 哲(地球惑星科学専攻 教授)
発表のポイント
- 大量地震データの比較から、大きさの違う地震でも同じように始まる例を多数発見した。
- ほぼランダムと考えられていた地震の始まり方には一定のルールがあることが分かった。
- 緊急地震速報の改良限界を示すと同時に、地震発生プロセスの正しい理解に近づいた。
発表概要
イントロクイズの得意な人は、音楽のほんの出だしだけで曲名を当てる。大地震の発生を警告する緊急地震速報の仕組みにはこれと似た部分もある。地震観測点で観測する揺れの始まりの瞬間に、どこで地震が起こったか推定するのである。では、その地震の大きさを推定することはできるだろうか。これは実は簡単ではない。東京大学大学院理学系研究科の井出教授は、大きさが違うのにまったく同じように揺れ始めることが意外に多いことを示した。北海道東北沖の沈み込み帯(注1)の15年にわたる大量地震波データを精査すると、比較的大きな(マグニチュード4.5以上の)地震と、小さな(マグニチュード2~4の)地震で、その地震波の始まりが極めてよく似たペアが多数発見される。類似ペアは特にプレート境界に発生する沈み込みタイプの地震に多い。つまり、これらの地震の破壊すべり(注2)の最終サイズは現象の進行中にはわからず、もちろん揺れ始めからはわからない。この事実は残念ながら緊急地震速報の限界を示すが、同時にランダムに見える地震発生プロセスが、実はプレート境界にある階層構造(注3)に制約された一定のシナリオに従っていることを示唆し、地震予測に異なるアプローチを提供する。
発表内容
大地震は滅多にないが、中小規模の地震は頻繁に発生する。大きな地震と小さな地震は何が違うのか。特に地震の揺れの始まり方に違いがあるのだろうか。もし、大きな地震と小さな地震に何らかの違いがあるならば、それをいち早く検出することで、緊急地震速報をより早く出すことができるだろう。一方で大きな地震と小さな地震がまったく同様に始まるのなら、緊急地震速報はもちろん、一般的な地震の予測可能性が大きく制限される。これまでの研究からは、違いがあったとしても、統計的なばらつきまで考慮すると検出するのは困難であるといわれてきた。さらに昨年、東京大学大学院理学系研究科の井出教授たちは、茨城県沖において、大きさの違う地震の始まりが、ほぼ同一とみなせる例を発見した(Okuda and Ide, Nat. Comm., 2018)。この興味深い発見も、一例だけなら単なる偶然の可能性が大きい。そこで今回井出教授はより地域と期間を広げた網羅的探索を行い、この発見が偶然でなく普遍的であることを示した。
具体的には北海道から関東までの千島日本海溝の約1100キロメートルにわたって、海溝軸から日本列島方向へ250キロメートルの解析範囲を設定し、この範囲に発生した深さ70キロメートルより浅く、マグニチュードが4.5以上の地震を抽出する(図1)。
図1:解析地域と大きめの地震(大きな丸:赤=極めて似ている、オレンジ=良く似ている、黒と灰色=その他)、観測点(緑の小さな丸)の分布を表す図。極めて似ている地震とよく似ている地震は陸地のそばに多い。
地震は全部で約2500個あり、約半数は2011年の東北地方太平洋沖地震と同様のプレート境界の破壊すべりとして発生する地震(沈み込みタイプ地震)、残りはプレート境界周囲でプレート自体が破壊するなど、その他のタイプの地震である。これら一つ一つの大地震に対して、気象庁地震カタログより周囲で発生したマグニチュード2以上4未満の小地震を抽出する。小地震の数は約10万個になり、大小地震のペアは34万ペアにもなる。このすべてのペアに対し地震波形の類似性を、近傍の地震観測点10点の相互相関係数(注4)を用いて評価した。地震観測点は防災科学技術研究所Hi-net(注5)のものがほとんどであるが、一部に気象庁、北海道大学、弘前大学、東北大学、東京大学の観測点を含む。
その結果、規模が大きく異なる地震でも、すべての観測点で同時に同じような地震波が観測される、つまり揺れの始まり方が極めてよく似た地震のペアが多数発見された(図2)。
図2:大きさは異なるが揺れ始めが極めて似ている2つの地震の例。それぞれ緑の三角で示した観測点で観測された。
沈み込みタイプの地震の場合、解析可能な大地震のうち実に2割近くに、始まり方がほぼ同一の小地震が見つかる。この割合はその他のタイプの地震では4%へ下がるので、沈み込みとその他のタイプの地震の発生メカニズムに大きな違いがあることを示唆している。
そもそも地震とは地下の岩盤が破壊しながらすべる(「破壊すべり」する)ことで、岩盤に蓄積されたエネルギーを地震波として放出する現象である。地震のガタガタした揺れは複雑に見えるが、ほぼ同じ場所に発生した同じ規模の破壊すべりからは、区別の出来ないほどよく似た地震波が観察される。解析範囲では、このような同一の破壊すべりが繰り返す現象として、小繰り返し地震(注6)が多数検出されている。小繰り返し地震のペアでは、相互相関係数の値はとても大きいが、今回発見された大きさの異なる地震のペアの場合でも、その類似性ほぼ同等である。これらのペアの場合、ほぼ同じ場所で同じように発生した破壊すべりの、一方は小地震で終わり、他方はその後大地震になったということである。
今回の発見は、ある観測点で観測した地震波の始まりから地震の規模を推定して緊急地震速報を高速化するという戦略には見込みがないことを示唆する。一方で、かなりランダムに見える地震の発生にも、ある程度のパターンがあることも意味している。大地震はまったくランダムではなく、プレート境界の決まった場所から、同じような破壊すべりとして始まる。真のプレート境界は平坦な面ではなく、凸凹や分岐のある複雑な構造である(図3)。
図3:本研究から示唆される地震の階層性と、破壊すべりの連鎖的進展、観測される地震波の始まりのイメージ図。
破壊すべりは複雑な構造に止められることも、複雑な構造を破壊して巨大化することもある。この構造はフラクタル構造のようなもので、様々なスケールが入れ子となった階層構造をなすと考えられている。本研究成果は、この地震の階層性が地震現象の理解とその予測可能性の検討にとって重要であると示唆している。
発表雑誌
- 雑誌名 Nature
論文タイトル Frequent observation of identical onsets of large and small earthquakes
著者 Satoshi Ide
DOI番号 10.1038/s41586-019-1508-5
用語解説
注1 沈み込み帯
海洋プレートが他のプレートの下に沈み込む場所。沈み込むプレートと上盤プレートの間で大小さまざまな地震が発生する。2011年東日本大震災は、本研究地域のプレート境界で発生したマグニチュード9の巨大地震が引き起こした。
注2 破壊すべり
地震は岩盤中の破壊を伴う摩擦すべり運動が、岩盤にたまったエネルギーを地震波として解放することで発生する。この破壊を伴う摩擦すべり運動のこと。
注3 階層構造
地震の断層は、折れ曲がり、分岐、飛びなどが多数存在する複雑な形状をしているが、一部には比較的単純な区間もある。比較的単純な区間は、数キロメートルの地図スケールから、数メートルの露頭スケール、数ミリメートルの顕微鏡スケールでも見つけることができ、入れ子状になっている。このような入れ子状になった断層の構造を、ここでは階層構造と呼んでいる。
注4 相互相関係数
2つのデータの類似性を示す数値、全く同一な場合1、正反対の場合−1という値をとる。本研究では地震波形の最初の類似性を判定するために、通常とは異なる規格化方法を用いているが、−1から1という範囲は変わらない。
注5 Hi-net
防災科学技術研究所が運用する高感度地震観測網。全国に約20 km間隔で設置されているボアホール型の地震観測点約800点からなる。2002年6月よりデータが提供されている。
注6 小繰り返し地震
ほとんど同じ場所で同じような時間間隔で発生する地震。東北地方の沈み込み帯のプレート境界では多数発生していることが知られている。
―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―