暖かい海水が白瀬氷河を底面から融かすプロセスを解明

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海洋観測と数値モデル,測地・雪氷学分野との融合研究

2020-08-24 北海道大学,国立極地研究所,海洋研究開発機構

● 厚い海氷に閉ざされた昭和基地沖での大規模な広域海洋観測の実現に初めて成功。
● 暖かい海水の流入による白瀬氷河域の顕著な底面融解プロセスを解明。
● 知見が圧倒的に乏しい東南極における氷床変動の理解向上へ貢献。

北海道大学低温科学研究所の平野大輔助教、国立極地研究所の田村岳史准教授、海洋研究開発機構の草原和弥研究員らの研究グループは、現場観測と数値モデルの手法を融合し、暖かい海水の流入によって生じる白瀬氷河の顕著な融解プロセスを解明しました。

近年、西南極(*1)では氷床(*2)の融解が加速していることが観測され、地球の海水準上昇への影響が危惧されています。一方、東南極(*1)ではその実態は未だよく分かっていません。南極・昭和基地のあるリュツォ・ホルム湾の奥には、南極で最大級の流動速度を持つ白瀬氷河が存在しますが、氷河融解の鍵となる海洋の観測は、厚い海氷に阻まれてほとんど行われていませんでした。しかし、第58次南極地域観測隊(2016-17年)では、過去約60年にわたる日本の南極観測で初めて、湾口から白瀬氷河の前面海域にいたるエリアでの大規模な海洋観測に成功しました。本研究では、この海洋観測データの解析を軸に、数値モデルや測地・雪氷学分野との融合研究を行い「白瀬氷河の下(底面)に、沖合起源の暖かい海水が流入することで顕著な融解が生じていること、また、その融解強度は卓越風の季節変動によってコントロールされる」という一連のプロセスを提唱しました。これは、西南極と比べて圧倒的に知見が乏しい東南極における氷床質量変動の理解向上に貢献すると期待されます。

本研究は、平野助教が中心となり、南極地域観測の第Ⅸ期重点研究観測プロジェクト「氷床・海氷縁辺域の総合観測から迫る大気−氷床−海洋の相互作用」(2016〜2021年度)のもとで、国立極地研究所、海洋研究開発機構、英国南極観測局との共同研究として実施されました。なお、本研究成果は、2020年8月24日(月)公開のNature Communications誌に掲載されました。

暖かい海水が白瀬氷河を底面から融かすプロセスを解明

図1: 沖合の暖かい海水の流入によって生じる、白瀬氷河の底面融解プロセス

背景

地球上の約9割もの氷が存在する南極は、いわば地球最大の淡水(氷)貯蔵庫です。南極の氷が全て融解すると全球の海水準は約60m上昇し、そのうち50m分に相当する大部分の氷は東南極に存在します(図2)。今後の南極氷床の融解によって、全球の海水準は2100年までに1m以上、2500年までに15m以上も上昇するという予測結果もあります。南極氷床の融解が人間社会に与える影響の予測や、対応を行うためには海水準変動予測の精度向上が求められますが、未だ大きな不確実性が指摘されています。これは、南極氷床の融解プロセスの理解の遅れが起因しています。

氷床末端部の海洋に浮いている棚氷(氷舌)は、氷床や氷河(*3)の流動をせき止める働きをしています。そのため、棚氷の下に流れ込んだ暖かな海水により底面が融解して棚氷が薄くなると、せき止め効果が弱くなり、海への大陸氷の流出が促進されます(図2右)。つまり、「周りの海」を知らずして、氷床の質量変動を正しく理解することはできないのです。大陸にあった氷(淡水)が海に流出してしまうと、海水準の上昇に直結するだけでなく、世界を巡る海洋大循環を弱めてしまいます。このように、南極氷床の融解は、全球規模の海水準変動や気候システムに対し、極めて大きなインパクトを与えると考えられています。

図2: 南極氷床の厚さ(Morlighem et al., 2020)。氷床量は海水準相当。右:海洋による氷床末端部・棚氷(氷舌)の融解プロセスを示す模式図。

暖かい海による棚氷の融解加速が相次いで報告されている西南極とは対照的に、東南極の沿岸域は基本的に「冷たい海」という特徴を示します。それゆえ、東南極に分布する棚氷の融解強度は総じて低いのですが、衛星観測データ等から、局所的に白瀬氷河域では高い融解強度(領域平均で年間7mの融解率)が推定されていました。白瀬氷河が存在する東南極のリュツォ・ホルム湾は、年間を通して厚い海氷に閉ざされ、世界屈指の砕氷能力を有する南極観測船「しらせ」でさえも航行に困難を伴う難所です。そのため、白瀬氷河の「周りの海」を知る上で不可欠な湾内での船舶観測例は非常に乏しく、白瀬氷河域の融解プロセスに関する海洋学的な証拠は全くありませんでした。

研究手法

わずかに存在する過去の越冬隊による海氷上からの海洋観測資料を唯一の手かがりとして、海洋による白瀬氷河域の融解プロセスの実態を解明する上で効果的な観測点の配置をデザインしました。第58次南極地域観測隊では、「しらせ」により2017年1月から2月にかけてリュツォ・ホルム湾の湾口から白瀬氷河の前面海域にいたる、計31地点での水温、塩分、溶存酸素などの広域海洋観測データの取得に成功しました(図3)。また、白瀬氷河氷舌の上には、氷の厚さの変化を直接計測することができるアイスレーダーを設置し(図2右、図3右)、測地・雪氷学的に白瀬氷河氷舌の底面融解強度を推定しました。取得した海洋観測データの解析結果を軸とし、数値モデルやアイスレーダー観測結果を比較・統合することで、白瀬氷河域における融解プロセスを多角的に調べました。

図3:
左:白瀬氷河の末端付近で観測中の南極観測船「しらせ」。
右:リュツォ・ホルム湾(昭和基地沖)の海底地形図(数字は水深を示す)と,湾内で実施した海洋観測点の位置(ピンク及び灰色の丸印,計31点)。
ピンクで示す観測点は,図4の深い海底峡谷(トラフ)に沿った南北方向の水温分布で使用される測点。

研究成果

海洋観測、数値モデル、測地・雪氷学分野との融合研究により「白瀬氷河の下(底面)に、沖合起源の暖かい海水が流入することで顕著な融解が生じており、また、その融解強度は卓越風の季節変動によってコントロールされる」というプロセスを提唱しました(図1)。このプロセスは以下の3ステップに分かれています。

1)沖合からリュツォ・ホルム湾内へ流れ込んだ暖水が、湾内の深い海底峡谷(トラフ)に沿って白瀬氷河氷舌の下へと輸送される(図4)
2)流入した暖水が白瀬氷河の氷舌を底面から融かし、融解水は表層から北へと流出する(図1)
3)融解強度の明瞭な季節変動(図5)は、卓越風の変動が湾内に流入する暖水の厚さをコントロールすることで決まる。

また、推定された融解強度(年間7〜16m)は南極全体で見ても大きな値であり、まさに海洋による顕著な融解プロセスが生じていることを、海洋学の裏付けをもって証明しました。リュツォ・ホルム湾の沖合は、時計回りの大きな海洋循環であるウェッデルジャイヤの東端付近に位置しており(図1、図2)、南向きの流れが生じています。こういった背景要因によって、沖の暖かい海水がリュツォ・ホルム湾内へと流入しやすい状況が作り出されていると考えられます。

図4: 海洋観測により得られた,深い海底峡谷(トラフ)沿いの南北水温断面図。湾口から流入した沖合の暖かい海水は,海底峡谷に沿って南へ輸送され,白瀬氷河の下へと流れ込む様子が捉えられた。

図5: 数値モデル(黒線)とアイスレーダー観測(赤線)の結果から推定された白瀬氷河舌における底面融解強度の季節変動。白瀬氷河域では,年間7-16mの融解が生じていると推定され,これは南極全体で見ても大きな融解強度である。卓越風の変動に連動して(図1),白瀬氷河域の融解強度は南半球の夏に強くなり,秋に弱くなる。

今後への期待

本研究は、日本として初めて、海洋による南極氷床の融解プロセスを示した観測研究成果であるとともに、西南極と比べて圧倒的に知見が乏しい東南極における氷床質量変動の理解向上に貢献すると期待されます。また、南極沿岸域を網羅的に観測することは現実的に不可能です。沖合循環と氷床の位置関係で融解強度が決定されることを示唆した本研究の成果は、東南極沿岸域における優先的な観測域の決定にも貢献すると考えられます。今後も、観測研究による継続的な基礎的知見の積み上げとともに数値モデルとの融合研究を加速させ、さらなる数値モデルの検証・精緻化を図ることで、海水準や気候変動の将来予測研究の発展に寄与するものと考えられます。

用語解説

*1 西南極、東南極:南極大陸の西経領域および東経領域のこと。

*2 氷床:降り積もった雪が、長い年月をかけて押し固められて形成された氷の塊のこと。南極大陸上の氷床を南極氷床と呼び、地球最大の氷の塊である。

*3 氷河:南極やグリーンランド、山岳地では陸上に降り積もった雪が自身の重みで氷塊となり、重力によってゆっくりと流動する。この流れを氷河という。最終的に海へと流れ出して浮いている領域を棚氷や氷舌と呼ぶ。図2右も参照。なお、海水が凍った海氷とはいずれも異なる。

発表論文

掲載誌: Nature Communications
タイトル: Strong ice-ocean interaction beneath Shirase Glacier Tongue in East Antarctica(東南極・白瀬氷河氷舌での海洋による顕著な底面融解)
著者
平野大輔1、田村岳史2、草原和弥3、大島慶一郎1、Keith W. Nicholls4、牛尾収輝2、清水大輔2、小野数也1、藤井昌和2、野木義史2、 青木茂1
1. 北海道大学低温科学研究所
2. 国立極地研究所
3. 海洋研究開発機構
4. 英国南極観測局
DOI: 10.1038/s41467-020-17527-4.
URLhttps://www.nature.com/articles/s41467-020-17527-4
論文出版日:日本時間2020年8月24日(月)午後6時(オンライン公開)

1702地球物理及び地球化学
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