2019-09-03 京都大学
鄭臨潔 化学研究所助教、宗林由樹 同教授は、独自に開発した多元素一括分析法を用いて、海水中の全可溶態鉄(tdFe)、溶存態鉄(dFe)、および置換活性粒子態鉄(lpFe)の濃度の北太平洋における鉛直断面分布をはじめて明らかにしました。
鉄(Fe)は地殻中の主要成分ですが、酸素を含むpH8の現代の海水中ではきわめて微量な成分です。この原因は、 海水中のFeが水酸化鉄として沈殿し、また粒子に吸着・除去されやすいからです。一方、Feは海洋生物にと って必須の栄養元素です。そのため海水中Feについて多くの研究が報告されてきましたが、Feの海洋生物地球化学の理解はまだ不完全です。
本研究によって、lpFeはtdFeの約7割を占め、置換活性粒子態アルミニウム(lpAl)と強い相関があり、陸源物質の供給に支配されていることを見い出しました。また、北太平洋におけるtdFeの現存量を620億キログラムと推定しました。
本研究成果は、海水中Feの研究に大きく貢献することが期待されます。
本研究成果は、2019年8月12日に、国際学術誌「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されました。
図:本研究の研究海域と試料採取点
詳しい研究内容について
北太平洋における海水中の鉄の化学形と分布を解明
―鉄の海盆規模の供給源と現存量―
概要
京都大学化学研究所 鄭臨潔 助教、宗林由樹 同教授は、独自に開発した多元素一括分析法を用いて、海水 中の全可溶態鉄(tdFe)、溶存態鉄(dFe)、および置換活性粒子態鉄(lpFe)の濃度の北太平洋における鉛 直断面分布をはじめて明らかにしました。その結果、lpFe は tdFe の約 7 割を占め、置換活性粒子態アルミニ ウム(lpAl)と強い相関があり、陸源物質の供給に支配されていることを見い出しました。また、北太平洋に おける tdFe の現存量を 620 億キログラムと推定しました。
Fe は地殻中の主要成分ですが、酸素を含む pH8 の現代の海水中ではきわめて微量な成分です。この原因は、 海水中の Fe が水酸化鉄として沈殿し、また粒子に吸着・除去されやすいからです。一方、Fe は海洋生物にと って必須の栄養元素です。そのため海水中 Fe について多くの研究が報告されてきましたが、Fe の海洋生物地 球化学の理解はまだ不完全です。本研究の結果は国際共同研究計画 GEOTRACES の一環であり、海水中 Fe の 研究に大きく貢献するものです。
本研究成果は、2019 年 8 月 12 日に、国際学術誌 Scientific Reports」のオンライン版に掲載されました。
図:本研究の研究海域と試料採取点
1. 背景
海洋における鉄(Fe)の分布は、その海洋内部サイクル、および供給と除去のメカニズムをあきらかにする上で重要です。2000 年代から国際共同研究計画 GEOTRACES(International Study of the Marine Biogeochemical Cycles of Trace Elements and Their Isotopes)が始動しました。この計画は、Fe を含む海水中微量元素の地球規模の分布を明らかにしようとしています。
Fe は上部地殻に平均濃度 39 g/kg(地殻 1 キログラム中に 39 グラム)で豊富に含まれます。しかし、酸素 を含む pH8 の現代の海水では、海水 1 キログラムあたりに 10 億分の1mol レベルでしか含まれず、極めて微 量です。過去 20 年の研究で、Fe は世界の海洋表面積の約 50%において植物プランクトンの成長の制限元素で あることがあきらかにされました。Fe は他の栄養元素と同様に表層で植物プランクトンに取り込まれ、深層 で沈降粒子から再生されます。加えて、Fe は海洋の水柱全体で粒子によって吸着・除去(スキャベンジ)さ れ、さらに海底熱水系や大陸棚堆積物内で起こる還元反応によって供給されるため、Fe の海洋循環はたいへ ん複雑です。また、これまではおもに溶存態鉄(dFe)の濃度分布が調べられてきました。しかし、海水中に は粒子態鉄(pFe)が多く存在し、dFe と pFe の相互作用があり、さらに pFe の一部は直接生物に利用される ので、pFe に関する情報もきわめて重要です。
北太平洋は世界海洋の面積の 21%、体積の 25%を占め、海洋大循環の終点に位置しています。亜寒帯北太 平洋と赤道東太平洋の表層では Fe 濃度が低く、植物プランクトンの成長が制限されています。しかし、これ まで海盆規模・全深度の Fe の分布は報告されていませんでした。
2. 研究手法・成果
研究手法
私たちの研究グループは、国立研究開発法人 海洋研究開発機構の研究船 白鳳丸」を用いた 3 回の GEOTRACES Japan 航海 (KH-05-2、 KH-11-7、 KH-12-4)で海水試料をクリーン採水しました。KH05-2 航海(2005 年 8~9 月)は、GEOTRACES Japan の先行調査で、西経 160 度南北測線の南緯 10 度 から北緯 54 度までの航海です。KH-11-7 航海(2011 年 7 月)と KH-12-4 航海(2012 年 8~9 月)は、 GEOTRACES Japanの正式な調査で、それぞれ東経165度南北測線 (GP18)と北緯47度東西測線 (GP02) の航海です。私たちは、独自に開発した多元素一括分析法を用いて、未ろ過およびろ過海水を分析し、海水中 の全可溶態鉄(tdFe)、溶存態鉄(dFe)濃度を求めました。置換活性粒子態鉄(lpFe)濃度は tdFe 濃度と dFe 濃度の差と定義しました。lpFe は海水を塩酸酸性 pH2 で長期間保存するうちに、アルミノケイ酸塩、鉄 マンガン酸化物、生物起源粒子などから溶け出した Fe です。
成果
① 北太平洋全体で lpFe の割合 (lpFe/tdFe)は 0.64 ± 0.23 (平均 ± 標準偏差、 n = 625)であり、 lpFe が tdFe の支配的な化学形であることを示しました。lpFe/tdFe 比を制御する主な要因には、Fe の 植物プランクトンによる取り込みおよび粒子への吸着が考えられます。Fe は重要な必須元素であり、ま た海水中で三価の陽イオンを形成し、粒子に吸着されやすいため高い lpFe/tdFe 比を示すと考えられま す。
lpFe の分布(図 1a)は、置換活性粒子態アルミニウム(lpAl)と似ており、lpFe と lpAl には強い相関が 見られます(lpFe [nmol kg−1 ] = (0.544 ± 0.005) lpAl [nmol kg−1 ] + 0.11 ± 0.04、 r 2 = 0.968、 n = 432; 図 1c)。
② dFe は深さ 400〜2000 m で極大を示します。特に北緯 47 度に沿う側線では、大陸に最も近い西と東の測 点で強い極大が観察されます(図 1b)。過去の研究では、西北太平洋の Fe の中層極大はオホーツク海中層水 の生成に関連していることが示唆されました。本研究の結果は、大陸斜面からの Fe の供給はより一般的な現 象で、それは還元的堆積物からの Fe の溶出、植物プランクトンによる Fe の豊富な取り込み、その後の沈降粒 子および大陸斜面からの Fe の再生が原因であることを示しています。
③ 海水中溶存態微量金属の濃縮係数(enrichment factor、EF)は次式で定義されます: EF(dM) = (dM/dAl)seawater /(M/Al)upper crust
(dM/dAl)seawaterは海水中溶存態金属とアルミニウム(Al)の濃度比、(M/Al)upper crustは上部地殻の金属と Al の濃度比です。EF(dFe)の中央値は 7.1 であり(n = 436)、また置換活性粒子態 Fe の濃縮係数 EF(lpFe) は 2.9 です (n = 435)。これらは報告されたエアロゾル中の Fe の濃縮係数 (1~2)と同程度です。この結果 も陸源物質が海水中 Fe の主要供給源であることを示します。
④ 私たちは各測点において、表層から底層までの tdFe と dFe の積分濃度を求めました。西経 160 度に沿う 測線では、tdFe と dFe の積分濃度はアリューシャン列島の大陸棚から 500 km 以内で急激に減少します。tdFe と dFe の積分濃度の自然対数は、大陸棚からの距離に対して直線的に減少し、tdFe と dFe が除去されている ことを示します。したがって、私たちはバウンダリ・スキャベンジ・ゾーンが大陸棚から 500 km の幅を持つ ことを提案し、北太平洋においては、バウンダリ・スキャベンジ・ゾーンと外洋が、それぞれ体積の 16%と 84%を占めると見積もりました。そして、これを用いて、北太平洋における tdFe、dFe、および lpFe の現存 量はそれぞれ 620 億キログラム、160 億キログラム、および 460 億キログラムであると推定しました。
3. 波及効果、今後の予定
本研究は、海洋 Fe サイクルにおける lpFe の重要性を示唆しました。また、微量元素循環における北太平洋 の特徴を明らかにしました。今後は、白鳳丸による KH-14-6 航海において南太平洋の西経 170 度南北測線で採取したろ過海水および未ろ過海水試料の微量金属 9 元素 (Al、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Cd、Pb)の分 析を完成し、北太平洋のデータと比べ、南太平洋における微量金属の分布の特徴を解明します。さらにインド 洋の南北測線の研究を進めます。南太平洋とインド洋は観測が乏しい海域です。これらの結果は全球的な微量 金属の分布、供給源、および除去源の解明に大きく貢献すると期待されます。
4. 研究プロジェクトについて
本研究は JSPS 科研費(JP16204046、JP21350042、JP24241004、JP15H0127、19H01148)、公益財団法人 鉄鋼環境基金の助成を受けて実施されました。
<用語解説>
バウンダリ ・スキャベンジ ・ゾーン :大陸縁辺で沈降粒子のフラックスの高い海域。海水から吸着 ・除去され やすい元素が速やかに除去される。
<論文タイトルと著者>
タイトル:Major lithogenic contributions to the distribution and budget of iron in the North Pacific Ocean (陸源物質が北太平洋における鉄の分布と収支に及ぼす大きな影響)
著 者:Linjie Zheng, Yoshiki Sohrin
掲 載 誌:Scientific Reports DOI:10.1038/s41598-019-48035-1