ピアニストの巧みな指さばきを叶える生体機能の仕組みを発見 ~技能に個人差を生む要因の解明へ~

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2019-07-26 科学技術振興機

ポイント

  • ピアニストの巧みな指さばきなどに体性感覚が果たす役割は未解明だった。
  • 電気刺激と外骨格ロボットハンドを用いた研究から、皮膚感覚と固有感覚がピアニストの素早く正確な指の動きの制御に果たす役割を明らかにした。
  • 個人差を考慮したテイラーメイド訓練法、脳神経疾患の診断法、リハビリテーション法などの開発に役立つと期待される。

JST 戦略的創造研究推進事業において、株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所の平野 雅人 博士らは、ピアニストの巧みな指さばきを叶える感覚運動統合機能の仕組みを発見しました。

皮膚が感じる皮膚感覚と筋肉や関節などが感じる固有感覚(深部感覚)は、合わせて体性感覚と呼ばれます。体性感覚情報が運動に重要な役割を果たすことは古くから指摘されていました。しかし、ピアニストなどの巧緻運動や技能獲得に体性感覚がどのように寄与するかは未解明でした。

研究グループは定電流刺激装置や外骨格ロボットハンド注1)で手指に皮膚感覚と固有感覚を生じさせ、各情報の大脳皮質における処理過程を、脳波測定や脳への磁気刺激注2)を用いて評価するシステムを開発しました。この感覚機能評価システムを用いたところ、熟達したピアニストでは、皮膚感覚と固有感覚が大脳皮質一次運動野注3)の活動を抑制する仕組み(体性感覚運動統合機能)が変化していることが分かりました。

この発見はピアノ演奏のような技能の熟達に必要な要因を同定する手法や、個人差を考慮したテイラーメイド訓練法、過剰な訓練によって手指の機能が低下する脳神経疾患を早期に発見する診断法、リハビリテーション法などの開発に役立つことが期待されます。

本研究成果は2019年7月25日(英国夏時間)、国際科学誌「Cerebral Cortex」にオンライン掲載されました。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域
「人間と情報環境の共生インタラクション基盤技術の創出と展開」
(研究総括:間瀬 健二 名古屋大学 大学院情報学研究科 教授)

研究課題名
「技能獲得メカニズムの原理解明および獲得支援システムへの展開」

研究代表者
小池 英樹 東京工業大学 情報理工学院 教授

研究期間
平成29年10月~令和5年3月

JSTはこの領域で、人間、機械、情報環境が共生する社会での相互作用に関する理解を深め、人間同士から環境全体まで多様なインタラクションを高度に支援する情報基盤技術の創出と展開を目指します。上記研究課題では、手指の巧みな動きを生み出す仕組みの解明と熟達支援に取り組んでいます。

<研究の背景と経緯>

皮膚や筋肉の受容器から得られる皮膚感覚と固有感覚(深部感覚)は、合わせて体性感覚と呼ばれます。体性感覚情報は、手足の位置、関節の角度、筋肉の緊張状態、触った物の形状など、さまざまな情報を大脳皮質へ伝えます。人はこれらの情報を基に運動を計画し、目的との誤差が大きい時には運動指令を修正することで、意図した運動を正確に実行しています(図1)。

体性感覚情報が運動の生成や学習と密接に関連していることは古くから知られていましたが、その多くはコーヒーカップに手を伸ばすような腕到達運動や歩行などの粗大な運動が対象でした。ピアニストの指さばきや熟練工の技術などに見られる手指の巧緻運動にはさまざまな感覚が活用されていますが、体性感覚情報がどのように貢献しているかは明らかではありませんでした。

<研究の内容>

研究グループは、ピアニストと特に訓練を受けていない一般の人を対象に、手指の巧緻運動と体性感覚機能の関連を調べました(図2、3)。

まず、皮膚感覚がどのように脳で処理されているかを明らかにするために、人差し指の先に定電流刺激装置で微弱な電気刺激を与えました。そのときの脳神経活動を脳波計で測定したところ、皮膚感覚の入力によって大脳皮質一次体性感覚野周辺に反応(体性感覚誘発電位:SEP)が観察されました。しかし、SEPの振幅はピアニストと一般人で同程度でした。

さらに、SEPが生じるタイミングに、一次運動野において人差し指の筋肉を支配している領域を磁気刺激し、反応(運動誘発電位:MEP)を測定したところ、単に一次運動野だけを磁気刺激したときよりもMEPが小さくなりました。この結果から、皮膚感覚は一次運動野の活動に抑制(ブレーキ)をかけているといえます。

興味深いことに、ピアニストは一般人と比較して抑制量が小さく、また巧みなピアニストほど抑制量が小さいことが分かりました。これらの結果は、ピアニストは皮膚感覚によるブレーキを弱めることで巧みな指さばきを実現していることを示唆しています。

次に、固有感覚に関して同様の実験をしました。外骨格ロボットハンドを被験者の手に装着し、人差し指を一定の速度で伸ばさせることで固有感覚を生じさせました。そのときの脳活動を測定したところ、大きく分けて3つの反応が観察されました。最大振幅はピアニストと一般人で同程度だったものの、伸ばし始めから反応が生じるまでの時間がピアニストは一般人と比べて短いことが分かりました。ピアニストはより早く効率的に固有感覚情報を処理しているといえます。

さらに、各反応が生じるタイミングで一次運動野を磁気刺激し、得られたMEPを観察したところ、固有感覚の入力による抑制現象がピアニストでは主に見られた一方、一般人では顕著な抑制が見られず、抑制も促進も起こっていました。関節を素早く滑らかに伸ばすためには、その関節に付いている筋肉の活動を抑制し、関節を柔らかくする必要があります。関節が硬くならないように、固有感覚が一次運動野を調整する機能がピアニストは発達していると考えられます。

この仮説をさらに検証するために、ピアニストの手指の素早さ、正確さと関連する生理データ(体性感覚入力によって生じる脳波反応の振幅、潜時、体性感覚入力がMEPを抑制する量など)を機械学習で解析したところ、固有感覚による一次運動野の抑制が強いピアニストほど、より素早く正確に手指の動きを制御できることが分かりました。

<今後の展開>

ピアニストのように卓越した運動技能を持つ集団でも、技能には大きな個人差があるものです。その個人差は、練習量や早期訓練だけでは説明できないことが近年指摘されています。

本研究から、素早く正確に手指を制御する能力と体性感覚機能の間に密接な関連があることが分かり、脳神経系が巧緻運動に最適化されているかが、熟達者の個人差を生む要因となっていると考えられます。

本研究結果は、熟達者の運動技能の個人差を生む機序の解明だけでなく、生体機能の個人差を考慮して運動技能を向上させる新たなテイラーメイド練習法や、過剰な訓練によって巧緻運動機能が低下する脳神経疾患の早期発見、リハビリテーション法の開発など、さまざまな分野への波及効果が期待されます。

<参考図>

ピアニストの巧みな指さばきを叶える生体機能の仕組みを発見 ~技能に個人差を生む要因の解明へ~
図1 体性感覚と運動出力の関係(感覚運動統合)

皮膚や筋肉の受容器から得られる体性感覚情報は中枢神経系へ送られ、運動出力へと統合される。

図2 実験方法
図2 実験方法

指先へ微弱な電気刺激を与えることで皮膚感覚を、外骨格ロボットハンドで指を伸ばさせることで固有感覚を生じさせる。それぞれの感覚情報が大脳皮質に届いて脳波上に体性感覚誘発電位(SEP)が生じるタイミングで、脳の最終出力層である一次運動野を磁気刺激し、体性感覚情報が運動出力に統合される働きを評価した。

図3 本研究の成果
図3 本研究の成果

皮膚感覚と固有感覚による一次運動野の抑制機構で、ピアニストは一般人と異なる特徴が見られた。皮膚感覚による一次運動野の抑制は弱く、ブレーキを外すかのように手指の敏捷性と関連していた。一方、固有感覚による一次運動野の抑制は強く、より素早く正確に指先の力を調節することに貢献していた。

<用語解説>
注1)外骨格ロボットハンド
エクソスケルトンとも呼ばれ、装着した人の手指をモーターの駆動で機械的に動かす機器。
注2)磁気刺激
生体を傷つけずに頭蓋を透過する磁気で大脳皮質を刺激すること。運動野を刺激して生じた神経活動は筋肉に伝わり、筋肉に誘発される電位(MEP)から、運動野の興奮性を推定する。
注3)一次運動野
脳の最終出力層であり、皮質脊髄路を介して筋肉へ運動指令を送る。一次体性感覚野から興奮性と抑制性の入力を受ける(感覚運動統合)。
<論文タイトル>
“Specialized somatosensory-motor integration functions in musicians”
(音楽家の特別な感覚運動統合機能)
DOI:10.1093/cercor/bhz154
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

平野 雅人(ヒラノ マサト)

株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所 ポストドクトラルフェロー

<JST事業に関すること>

舘澤 博子(タテサワ ヒロコ)

科学技術振興機構 戦略研究推進部 ICTグループ

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課

 

 

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