南西諸島向け、国内で自生する野生種を用いて育成
2019-03-06 農研機構
農研機構は、黒穂病1)抵抗性が極強で耐倒伏性に優れる飼料用サトウキビ2)新品種「やえのうしえ」を育成しました。本品種は、土地面積が限られる南西諸島の畜産農家に向けた自給飼料の増産に役立ちます。
概要
肉用牛の繁殖経営が盛んな南西諸島では、畑の面積が限定されることや、台風や干ばつなどの被害を頻繁に受けることが粗飼料確保の上で課題となっています。これまでに農研機構は、南西諸島で普及している既存の飼料作物(牧草)であるローズグラスよりも多収となる飼料用サトウキビ「KRFo93-1」「しまのうしえ」を育成し、普及を進めてきました。しかし、「KRFo93-1」はさび病類3)の発生、「しまのうしえ」は収穫時期が遅れた際の倒伏が課題となっていました。また、特に沖縄県についてはサトウキビ最重要病害である黒穂病の発生地帯であるため、罹病した株からの黒穂病菌が他のサトウキビ畑へ拡散する懸念は常にあります。こうしたなかで両品種とも黒穂病への抵抗性をさらに高めることが求められていました。
そこで今回、耐病性と耐倒伏性に優れる飼料用サトウキビ新品種「やえのうしえ」を育成しました。「やえのうしえ」は製糖用サトウキビ品種「農林8号」を母(種子親)、黒穂病抵抗性が極めて高い国内自生のサトウキビ野生種「西表いりおもて8」を父(花粉親)とする品種です。黒穂病やさび病などの主要病害に強く、収穫時期に倒伏しにくいことが特徴であり、機械収穫に要する時間が短縮されることが期待できます。
栽培適地は南西諸島全域であり、現在沖縄県南城市で栽培が開始されています。
関連情報
予算:運営費交付金
品種登録出願番号:「第33006号」(平成30年4月6日出願、平成30年8月14日公表)
お問い合わせ
研究推進責任者
農研機構 九州沖縄農業研究センター所長 大黒 正道
研究担当者
同 種子島研究調整監 安達 克樹
同 作物開発利用研究領域 さとうきび育種グループ 早野 美智子
広報担当者
同 企画部産学連携室長 樽本 祐助
本資料は筑波研究学園都市記者会、農政クラブ、農林記者会、農業技術クラブ、九州各県の県政記者クラブ、日本農業新聞九州支所、食品産業新聞社、日刊経済新聞社等に配布しています。
※農研機構(のうけんきこう)は、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構のコミュニケーションネーム(通称)です。新聞、 TV 等の報道でも当機構の名称としては「農研機構」のご使用をお願い申し上げます。
詳細情報
新品種育成の背景と経緯
肉用牛の繁殖経営が盛んな南西諸島では、島の畑の面積が限定されることや、台風や干ばつなどの被害を頻繁に受けることが粗飼料確保の上で課題となっています。
これまでに農研機構は、粗飼料増産に向けて、南西諸島で普及している既存飼料作物ローズグラスより生草収量が多い飼料用サトウキビ品種として、種子島などの鹿児島県熊毛地域向けに「KRFo93-1」、鹿児島県奄美地域及び沖縄県向けに「しまのうしえ」を育成し普及を進めてきました。しかし、「KRFo93-1」は多回株出し栽培4)5)圃場ほじょうでのさび病類の発生、「しまのうしえ」は収穫時期が遅れた際の倒伏が課題となっていました。さらに両品種ともサトウキビの最重要病害である黒穂病への抵抗性を高めることが求められていました。
そこで農研機構は、黒穂病については国内自生のサトウキビ野生種「西表8」の抵抗性が極強であることを見出し、その花粉を貯蔵・利用した交配により抵抗性の導入を成功させるとともに、さび病類やモザイク病6)への抵抗性と耐倒伏性も付与した飼料用サトウキビ新品種を開発しました。耐倒伏性の向上は機械収穫に要する時間短縮に貢献することが見込まれます。
新品種「やえのうしえ」の特徴
<来歴>
糖含有量が高く多収な製糖用サトウキビの主要品種「農林8号」を母(種子親)、黒穂病抵抗性に極めて優れるサトウキビ野生種「西表8」(正式名称COL/IRIOMOTE/1990/TARC/S8、沖縄県西表島等に自生)を父(花粉親)とした種間交雑7)により作出された品種「やえのうしえ」を育成しました(図1)。「西表8」は、糖含有量は低いものの株出し能力に優れた遺伝資源です。「やえのうしえ」が「農林8号」と「西表8」の種間交雑であることはトヨタ自動車が開発したマーカー技術を用いた親子鑑定により裏付けられました。
<主な特徴>
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- 黒穂病抵抗性が「KRFo93-1」「しまのうしえ」よりも優れる「極強」、さび病やモザイク病に対する抵抗性が「強」を示します(表1)。
- 育成地の種子島(鹿児島県熊毛地域)において「KRFo93-1」よりも高い生草収量が得られます。また沖縄本島において「しまのうしえ」より生草収量が低いものの、既存牧草よりも多収です(表2)。
- 鹿児島県奄美地域及び沖縄県向け品種「しまのうしえ」に比べ、耐倒伏性に優れています(表1、図2)。
- 栽培適地は南西諸島全域です。
- 耐倒伏性に優れていることから、機械収穫に要する時間が短縮されることが期待できます。
- 国内に自生するサトウキビ野生種を利用して育成した初めての品種です。
- 栄養価を示すIVDMD8)(インビトロ乾物分解率)は、育成地では「KRFo93-1」および「しまのうしえ」と同程度です。沖縄でのIVDMDは「しまのうしえ」よりもやや低い値となります(表1)が、肉用繁殖牛への給餌において「やえのうしえ」は「しまのうしえ」と同様に利用できます。
<その他の特徴と栽培上の注意点>
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- 新植時の初期生育がやや遅いので、除草剤を使用する等雑草害を受けないように気を付ける必要があります。
- 葉鞘ようしょうの毛群もうぐん9)が多いため、手刈り収穫には適しません。
- 飼料用であり製糖用原料としては利用できません。
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品種の名前の由来
交配地が石垣島(八重山諸島)であること、花粉親の出身地が西表島(八重山諸島)であることから八重山諸島の「やえ」と、牛のエサ用サトウキビ品種であることから「牛のえさ」を示す「うしえ」をあわせて既往品種の「しまのうしえ」にならい、「やえのうしえ」と命名しました。
今後の予定・期待
沖縄県南城市において平成30年7月から栽培が始まりました。今後、種子島などの鹿児島県熊毛地域においては「KRFo93-1」の代替品種として、奄美・沖縄地域では機械収穫を前提とする大規模営農組織を中心に「しまのうしえ」の代替品種としての利用が期待されます。また、黒穂病やさび病などの病害抵抗性に優れるため、病害発生が懸念される畑での活用が期待されています。
種子入手先に関するお問い合わせ先
農研機構九州沖縄農業研究センター 企画部 産学連携室 産学連携チーム
利用許諾契約に関するお問い合わせ
農研機構連携広報部 連携広報部 知的財産課 種苗チーム
用語の解説
1)黒穂病
正式にはサトウキビ黒穂病と称します。黒穂病菌(Sporisorium scitamineum)の寄生によって起こる植物の病気で、サトウキビ最重要病害です。病気が発生すると茎の先端から薄い灰色の膜につつまれた黒色の鞭状物を抽出し胞子を飛散させます。感染した株は枯死するため大幅な減収をもたらします。胞子の飛散による被害の拡大を防ぐためには、株の抜き取り作業を行う必要があり多大な労力が必要となります。
2)飼料用サトウキビ
牛の飼料専用に開発されたサトウキビのことです。これまでに「KRFo93-1」と「しまのうしえ」の2品種が育成されており、「やえのうしえ」は3番目の品種となります。
3)さび病類
さび病は葉身に鉄さびが付着したような病徴を示すサトウキビの重要病害です。2種類のさび病菌によって褐色を呈する場合と黄色を呈するものがあり、両者を併せてさび病類としています。さび病による病斑の密度が高くなると葉は枯れます。
4)株出し栽培
前作の収穫後に再生する萌芽茎を仕立て、再度、収穫する栽培法のことです。
5)多回株出し栽培
複数回にわたり株出し栽培を実施する栽培法です。
6)モザイク病
正式にはサトウキビモザイク病と称します。アブラムシ類の媒介によって発病するウイルス性病害であり、サトウキビ栽培地帯では広範囲にみられる病気の種類です。モザイク病が広がるとかなり減収します。病徴はウイルスの種類やサトウキビの品種により異なりますが、一般には緑色の葉に淡黄色や濃緑色をした、長さが不揃いな病斑を生じます。
7)種間交雑
同属異種間の植物を人工的に交配し雑種をつくることです。「やえのうしえ」は「農林8号」(Saccharum spp. Hybrid)と「西表8」(Saccharum spontaneum)を交配した雑種から選抜・育成されました。
8)IVDMD
in vitro(インビトロ)での乾物分解率の略語で栄養価を示します。インビトロとは生体の機能や反応を試験管内で行う試験や実験の総称を意味します。牛の第一胃の胃液を用いた培養法で乾物サンプルの消化のしやすさを測定します。
9)葉鞘の毛群
葉の基部が鞘状になり茎を包む部分(葉鞘)に生えている細かい毛のこと。生育旺盛期に多くみられます。
発表論文
Takeo Sakaigaichi, Yoshifumi Terajima, Makoto Matsuoka, Shin Irei, Seiji Fukuhara, Takayuki Mitsunaga, Minoru Tanaka, Yusuke Tarumoto, Takayoshi Terauchi, Taiichiro Hattori, Shoko Ishikawa, and Michiko Hayano (2018) :Evaluation of sugarcane smut resistance in wild sugarcane (Saccharum spontaneum L.) accessions collected in Japan. Plant Production Sciencehttps://doi.org/10.1080/1343943X.2018.1535834
参考図
図1 種間交雑により育成された「やえのうしえ」
表1 「やえのうしえ」の主な特性
黒穂病抵抗性は有傷接種試験による判定、さび病類、モザイク病抵抗性の評価は圃場自然発生調査の判定に基づきます。耐倒伏性は弱(倒伏程度(直立角)0°~15°)、中(16°~45°)、強(46°~90°)として判定しました。耐倒伏性は、種子島ではH29年1月末、沖縄ではH29年9月中旬に評価し、両結果を踏まえて判定しました。栄養価を示すIVDMD(インビトロ乾物分解率)は試験期間中(表2参照)の平均値を示します。IVDMDは数値が高いほど栄養価が高いことを示します。
表2「やえのうしえ」多回株出し栽培による収量の他品種との比較(種子島及び沖縄)
試験期間は種子島、沖縄それぞれ4年間、2年間。収穫は飼料用サトウキビ向けの年2回収穫体系で実施しました。植付時期は種子島、沖縄それぞれH25年3月、H27年3月。
参考値として、育成地でのローズグラスの生草収量は600kg/a・年(寺島・境垣内2007、日本草地学会九州支部会報37より引用)、沖縄県での牧草の生草収量は1030kg/a・年(内閣府沖縄総合事務局農林水産部「飼料作物作況調査」よりH25年度の数値を引用)。
図2 一番草収穫期における「しまのうしえ」(左側)と「やえのうしえ」(右側)の草姿
この写真では「しまのうしえ」の耐倒伏性が「中」に対し、「やえのうしえ」耐倒伏性は「強」です。撮影時は表2の沖縄(南城市)株2の収穫時期に相当します。(H28年8月30日撮影)