アルファ核種可視化検出器を用いたスミヤ試料の測定を実施
2019-02-22 日本原子力研究開発機構
【発表のポイント】
- 福島第一原子力発電所(1F)の廃炉作業を進めるうえで、内部被ばくをもたらすアルファ線放出核種の検知は非常に重要となるが、従来のサーベイメータでは核種の判別、アルファ線を放出する粒子の位置や分布の特定が不可能であったため、アルファ線を計数してもそれが核燃料によるものかその場で判別できず、作業員の放射線防護上の課題となっていた。
- 今回、原子力機構が研究開発を進めている「アルファ核種可視化検出器」を用いて1F原子炉建屋内で採取された試料の測定を試みたところ、エネルギー分布から核燃料由来と考えられるアルファ線放出核種を検知することに成功した。
- この測定結果と、原子力機構が保有するアルファ線放出核種の試料(プルトニウム粒子)のエネルギー分布を比較したところ、両者は良く一致した。
- 今回、アルファ線放出核種が核燃料由来であり、その位置分布も特定できたことから、迅速なアルファ線放出核種の分布状況の把握が簡便に可能となり、作業環境の放射線管理や作業員の放射線防護などへの応用が期待できる。
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉 敏雄、以下「原子力機構」という。)廃炉国際共同研究センター遠隔技術ディビジョンの森下祐樹研究員、宇佐美博士研究員、鳥居建男ディビジョン長は、東京電力ホールディングス(株)福島第一原子力発電所(以下「1F」という。)の円滑な廃炉作業に向けて、アルファ線放出核種による汚染を高い精度で検出可能なアルファ核種可視化検出器を開発してきました。今回、東京電力ホールディングス(株)と共同で、1Fの建屋内で採取されたスミヤ試料の測定を行い、核燃料由来と考えられるアルファ線放出核種の分布状況を高い精度で検知しました。今後の廃炉作業においてこの測定技術が役立つと期待されます。
図1 開発したアルファ核種可視化検出器(左) 及びアルファ核種可視化検出器の原理(右)
(検出面は上向き。測定時は暗箱の中に封入される)
[研究の背景と目的]
1F事故により、放射性物質が1Fの原子炉建屋の内外に放出されました。これまで関心を集めていたのは主に放射性セシウムから放出されるガンマ線ですが、放射性物質の中にはアルファ線を放出するものがあります。代表的なものとして原子炉内で生成されるプルトニウム、ウラン等があります。これらが体内に摂取されると体内の組織・臓器が継続的にアルファ線にさらされることになり、内部被ばくをもたらします。そのため、これらアルファ線放出核種の検知は、廃炉作業に従事する作業者にとって非常に重要となります。しかし、現場で用いられている市販のZnS(Ag)サーベイメータではアルファ線の強さ(計数率)の情報のみしか測定できず、エネルギー測定ができないため、自然界に存在するラドン等の天然核種とプルトニウムやウランとの区別ができませんでした。また、アルファ線などの放射線を放出する粒子の位置やその分布も特定することができませんでした。今回、原子力機構で開発を進めてきた「アルファ核種可視化検出器」を用いて1F原子炉建屋内で採取されたスミヤ試料を測定することにより、ZnS(Ag)サーベイメータでは不可能であったアルファ線放出核種の位置分布及びエネルギー分布検知への有用性を実証しました。
[研究内容と成果]
原子力機構で開発してきたアルファ核種可視化検出器を図1に示します。アルファ線はベータ線・ガンマ線に比べて飛ぶ距離(飛程)が極めて短いという性質を持つため、アルファ線を精度よく計測するため、薄膜(厚さ50ミクロン)のGAGGシンチレータとライトガイド、光検出器である位置敏感型シリコン光電子増倍管を用いました。アルファ線がGAGGシンチレータに入射すると発光し、その光がライトガイドを介して位置敏感型シリコン光電子増倍管へと導かれます。位置敏感型シリコン光電子増倍管から出力される電気信号を処理することにより、アルファ線が入射した位置が面的(2次元的)に可視化されます(図2)。本検出器はアルファ線のエネルギー情報も同時に測定できることから、アルファ線放出核種が天然核種か人工核種かの識別が可能です。
今回、東京電力ホールディングス(株)の協力により、1F原子炉建屋内の床面での拭き取りにより採取されたスミヤ試料に付着した放射性物質の測定を行いました。アルファ線とベータ線のスペクトルを識別するため、検出器とスミヤ試料間に紙を置いての測定を行いました。紙を置くことによりアルファ線のみが遮蔽され、ベータ線は通過するので、紙ありなしの差分を取ることにより、アルファ線のみのスペクトルが得られます。本検出器を用いて1Fで採取されたスミヤ試料を測定した結果、以下のことが分かりました。
(1)このスミヤ試料と原子力機構の核燃料施設で採取したサンプルのアルファ線のエネルギースペクトルを比較したところ、両者が非常によく一致していることが分かりました(図3)。
(2)さらに、アルファ線を放出している粒子の面的な広がり(アルファ線イメージング結果)をみると、局所的な分布(粒状)と一様分布(微粒子状)が混在していることが分かりました(図2)。この原因はまだ不明ですが、これまで市販の検出器では粒子分布の把握が困難であり、アルファ線放出核種がどのように分布しているか分かりませんでした。今後、その原因や詳細な粒子分布の調査を行っていきます。
今般原子力機構で開発した本検出器はアルファ線放出核種を含む粒子の位置分布とアルファ線のエネルギー分布を同時に検知するため、廃炉作業を円滑に進める上で重要となるアルファ線放出核種の分布状況の把握や作業環境の放射線管理、作業員の放射線防護などへの応用が期待できることから、1F廃炉作業の進展に貢献したいと考えています。今後、現場作業に迅速に適用できるよう鋭意改良を行っていきます。
本測定で得られた結果は、Nature.comで発行されている論文誌Scientific Reports誌(オープンアクセス電子ジャーナル)に掲載されました(1月24日)。
[https://www.nature.com/articles/s41598-018-36962-4]
図2 1F原子炉建屋で採取されたスミヤ試料と測定の手順
①スミヤろ紙を使って、原子炉建屋の床面のふき取りを行う、
②採取後のスミヤろ紙をアルファ核種可視化検出器の検出面上にセットし測定、
③アルファ線イメージング結果:スミヤろ紙上のアルファ線放出核種を含む粒子の2次元分布が得られる。同時にエネルギースペクトルが得られる。
図3 スミヤ試料とプルトニウム試料のアルファ線エネルギースペクトルの比較
(プルトニウムのアルファ線エネルギー(5.5MeV)付近において両者のスペクトルが一致している)
【論文情報】
雑誌名:「Scientific Reports」
タイトル:Detection of alpha particle emitters originating from nuclear fuel inside reactor building of Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant
著者:Yuki Morishita1, Tatsuo Torii1, Hiroshi Usami1, Hiroyuki Kikuchi2, Wataru Utsugi2 and, Shiro Takahira2
所属:1日本原子力研究開発機構, 2東京電力ホールディングス株式会社
DOI番号:10.1038/s41598-018-36962-4
【用語解説】
1)プルトニウム
放射性物質であり、アルファ線放出核種の一つ。一般的に酸化物(PuO2)として存在する。吸入や経口摂取することにより人体に侵入する。吸入することが最もリスクが高く、吸入すると体内の組織がアルファ線に曝され続けることになる。
2)アルファ線
アルファ線は電離放射線の一種で、ヘリウムの原子核。空気中で数cm、体内組織中では数十㎛の距離しか飛ばない。したがって、その短い距離に大きなエネルギーを付与するため、体内に取り込んだ場合に人体に与える影響(内部被ばく)が大きい。
3)シンチレータ
放射線によって発光(シンチレーション光)する蛍光物質。シンチレーション光を電気信号に変換して、入射放射線数、エネルギーを計測する。
4)GAGGシンチレータ
シンチレータ結晶のひとつ。組成は、ガドリニウム、アルミニウム、ガリウム、ガーネットである。発光量が大きく、発光波長もシリコン光電子増倍管と相性が良いため、アルファ線に対して高いエネルギーの分解能が得られている。また、潮解性もなく空気中の水分による劣化の心配もないため、長期間安定して使用することができる。
5)スミヤ試料
表面汚染を採取するための円形のろ紙。これで対象物の表面を擦り表面汚染を採取する。