磁気渦を情報担体とする磁気記憶素子の実現に期待
2018/11/17 理化学研究所,北海道大学
理化学研究所(理研)創発物性科学研究センタースピン創発機能研究ユニットの高木里奈特別研究員、関真一郎ユニットリーダー、強相関物性研究グループの十倉好紀グループディレクター、北海道大学大学院理学研究院物理学部門の速水賢助教らの国際共同研究グループ※は、外部磁場がない状態でも磁気渦が生成していることを発見し、その生成機構を解明しました。
本研究成果は、磁気渦を示す物質の探索・設計のための新しい指針を与えるとともに、磁気渦を情報担体[1]とする磁気記憶素子の実現に向けた足掛かりになると期待できます。
磁気構造体を情報担体として利用する磁気記憶素子の高密度化・省電力化に向けて、ナノスケールの磁気渦構造が近年注目を集めています。従来、こうした磁気渦の生成には特殊な対称性の結晶構造と外部磁場が必要であるとされ、物質設計が難しいという問題がありました。
今回、国際共同研究グループは、中性子小角散乱測定[2]により、「Y3Co8Sn4(Y:イットリウム、Co:コバルト、Sn:スズ)」という物質は外部磁場がなくても磁気渦構造を生成していることを発見しました。その起源としては、動き回る電子が媒介する多体の磁気的相互作用に由来した新しい機構によって、磁場がない状況で磁気渦が生成されていることが考えられます。
本研究は、米国のオンライン科学雑誌『Science Advances』(11月16日付け:日本時間11月17日)に掲載されます。
図 磁性金属中を動き回る電子(黄色の球)が媒介する磁気的相互作用によって生じる磁気渦格子の概念図
※国際共同研究グループ
理化学研究所 創発物性科学研究センター
スピン創発機能研究ユニット
特別研究員 高木 里奈(たかぎ りな)
ユニットリーダー 関 真一郎(せき しんいちろう)
(科学技術振興機構 さきがけ研究者)
計算物質科学研究チーム
チームリーダー 有田 亮太郎(ありた りょうたろう)
(東京大学大学院 工学系研究科 教授)
強相関物性研究グループ
グループディレクター 十倉 好紀(とくら よしのり)
(東京大学大学院 工学系研究科 教授)
スイス ポール・シェラー研究所
研究員 ジョナサン・ホワイト(Jonathan S. White)
北海道大学大学院 理学研究院 物理学部門
助教 速水 賢(はやみ さとる)
フランス ラウエ・ランジュバン研究所
研究員 ダーク・ホネッカー(Dirk Honecker)
スイス連邦工科大学ローザンヌ校
教授 ヘンリック・ロノー(Henrik M. Ronnow)
※研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究A「磁気構造のトポロジー・対称性に由来した新しいマグノン・熱輸送現象の開拓(研究代表者:関真一郎)」、同研究活動スタート支援「スピン軌道相互作用が強い磁性体に潜むトロイダルモーメントの理論的探索・制御(研究代表者:速水賢)」、同科学研究費助成事業新学術領域研究「ナノスピン変換科学(領域代表:大谷義近)」の研究課題「キラル物質を用いた新しい選択則のスピン流・電流変換現象の開拓(研究代表者:関真一郎)」、JST戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)「トポロジカル材料科学と革新的機能創出(領域総括:村上修一)」の研究課題「磁気構造と電子構造のトポロジーを利用した巨大創発電磁場の生成と制御(研究代表者:関真一郎)」、同個人型研究(さきがけ)「新物質科学と元素戦略(領域総括:細野秀雄)」の研究課題「磁気バブルメモリの刷新に向けた、スキルミオンの結晶学と電磁気学の構築(研究代表者:関真一郎)」による支援を受けて行われました。
背景
電子は、電気的な性質である「電荷」と磁気的な性質である「スピン」[3]という二つの性質を持っています。スピンの集まりである磁気構造体を情報担体として利用する磁気記憶素子を高密度化・省電力化する方法として、近年注目を集めているのが渦状の磁気構造です。粒子としての性質を持つナノスケール(1~100nm、1nmは10億分の1メートル)の磁気渦構造は、新しい情報担体の候補として有望視されています。渦状のスピン配列を作るためには、隣り合うスピンの向きを傾ける力が必要です。バルクの物質でこのような力が働くのは、特殊な結晶構造を持つ物質に限られると考えられていたため、物質設計が難しいという問題がありました。
このため、より多彩な物質群で磁気渦を生成できる新しい機構を見いだすことが期待されていましたが、実際のバルク物質において実証されていませんでした。
研究手法と成果
国際共同研究グループは、磁性金属Y3Co8Sn4(Y:イットリウム、Co:コバルト、Sn:スズ)に着目し、スピンの配列を詳しく調べました。まず、Y3Co8Sn4の単結晶バルク試料を作製し(図1)、スイスのポール・シェラー研究所およびフランスのラウエ・ランジュバン研究所の中性子ビームラインを用いて、中性子小角散乱実験を行いました。
その結果、温度17K(約-256℃)以下、磁場がない状態において、六つのスポットパターンが観測されました(図2a)。また、磁場を試料面に平行な方向にかけても、強磁性状態[4]になる直前まで、六つのスポットパターンが保たれることが分かりました。これらの結果は、磁気渦が規則正しく整列して三角形の格子を組んでいることを表しています。従来知られている物質では、磁場がない状態で通常、らせん型のスピン配列(らせん磁性)が現れるのに対して、Y3Co8Sn4では磁場がなくても磁気渦を生成できることが分かりました(図3)。
次に、この磁気渦の起源を調べるため、磁性金属に特有な多体の磁気的相互作用を取り入れた理論モデルを用いて、六方晶の結晶格子上におけるスピン配列のシミュレーションを行いました。その結果、磁場がない状態でも磁気渦が現れるという、実験とよく一致する結果が得られました(図2b)。すなわち、動き回る電子が媒介する多体の磁気的相互作用という磁性金属に内在する性質が今回発見した磁気渦生成の鍵となっていることが強く示唆されます。
今後の期待
今回発見した新しい磁気渦の生成機構は、動き回る電子が媒介する多体の磁気的相互作用という、多くの磁性金属に内在する性質であることから、新物質だけでなくこれまで見落とされていた物質も磁気渦を形成する物質の候補となり、磁気渦を示す物質の探索・設計に新しい指針を与えます。また、磁場がない状態でも磁気渦を生成できるという特徴は、磁気渦を情報担体とする磁気記憶素子の実現に向けた足掛かりとなると期待できます。
原論文情報
R. Takagi, J. S. White, S. Hayami, R. Arita, D. Honecker, H. M. Ronnow, Y. Tokura, S. Seki, “Multiple-q non-collinear magnetism in an itinerant hexagonal magnet”, Science Advances
発表者
理化学研究所
創発物性科学研究センター 統合物性科学研究プログラム スピン創発機能研究ユニット
特別研究員 高木 里奈(たかぎ りな)
ユニットリーダー 関 真一郎(せき しんいちろう)
創発物性科学研究センター 強相関物性研究グループ
グループディレクター 十倉 好紀(とくら よしのり)
北海道大学大学院 理学研究院 物理学部門
助教 速水 賢(はやみ さとる)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
北海道大学 総務企画部広報課 広報・渉外担当
補足説明
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- 情報担体
- 情報の書き込みや読み出し、保持ができる構造や状態。
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- 中性子小角散乱測定
- 中性子は磁気モーメントを持っており、これを磁性体に照射すると、磁性体中で整列したスピンが作る構造の周期や向きを知ることができる。ナノスケールの周期的な構造を測定する場合、照射した中性子は、散乱されて数度以下の角度だけ傾いた方向に出てくる。このように小さい散乱角を測定するためには、特別なビームラインが必要となる。
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- スピン
- 物質中の電子は小さな磁石としての性質(磁気モーメント)を持っている。磁気モーメントは、電子が原子核の周りを回転運動することで生じる他、自転に相当する「スピン」と呼ばれる自由度に伴って生じる。
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- 強磁性
- 電子のスピンがすべて同じ方向に配列した状態。
図1 作製したY3Co8Sn4の単結晶バルク試料
図2 Y3Co8Sn4で観測された中性子小角散乱パターンとスピン配列
(a)温度2K(約-271℃)、磁場がない状態で観測された中性子小角散乱パターン。六つのスポット(赤)は、磁気渦が三角形の格子を組んでいることを表している。磁気渦の間隔はおよそ8nmである。
(b)シミュレーションによって得られたスピン配列。各矢印は電子が持つ磁気モーメントの向きを示す。このスピン配列は、六角形(青)で囲まれた領域を単位として、周期的な構造を持っている。
図3 中性子小角散乱測定で決定したY3Co8Sn4の磁気相図
中性子小角散乱測定の結果、温度や磁場を変化させると、磁気渦格子(赤い領域)、らせん磁性(灰色の斜線)、強磁性が現れることがわかった。赤と灰色が重なっている領域では磁気渦格子とらせん磁性が共存している。赤で示しているように、磁場がない状態でも磁気渦格子が観測された。