資源のリサイクル技術を進化させる新たな視点~「超分子集合体」による希少金属の選択性と抽出速度のコントロール~

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2024-04-12 日本原子力研究開発機構,総合科学研究機構,高エネルギー加速器研究機構,J-PARCセンター,フランス原子力・代替エネルギー庁,フランス国立科学研究センター

【発表のポイント】

  • 持続可能な未来を目指す社会では資源のリサイクルが重要です。その中で、様々な金属を溶かした溶液から有用な金属を選択的に分離する技術として「溶媒抽出法」が注目されています。
  • どの金属がどれだけ抽出分離されるかは、抽出剤と金属イオンの相性のみで決まるのがこれまでの常識でした。ところが今回、抽出剤が同一であるにもかかわらず、油相にトルエンを使用した場合とヘプタンを使用した場合とで、金属イオンの抽出に大きな違いが生じる現象を発見しました。
  • この現象を明らかにするため、日本とフランスの国際共同研究チームは、溶媒抽出法の中でつくられる「超分子集合体」に注目し、この超分子集合体が金属を選び出す役割をどのように果たしているのか、X線と中性子線を利用した分析を進めました。
  • その結果、油相に使う溶媒の違いによって、抽出剤(マロンアミド)がつくる超分子集合体の特性が変化し、金属イオンのサイズ認識性能に差が生じることがわかりました。これにより、パラジウムとネオジムを識別する新たな性質を見つけました。
  • 本成果は、超分子集合体の特性を理解し、それを利用することで、どの金属をどれだけ早く、そして効率良く選び出すかをコントロールするための「新たな視点」を提供しています。

資源のリサイクル技術を進化させる新たな視点~「超分子集合体」による希少金属の選択性と抽出速度のコントロール~

【概要】

溶媒抽出法は、水と油のように混ざり合わない2つの液体の相の間で、物質がどちらの液体相に溶けやすいかを利用した分離・精製方法です。この技術は、石油の精製、薬品製造、食品加工、有用金属のリサイクルなど、私たちの生活のさまざまな場面で利用されています。今回、溶媒抽出法において、特定の金属イオンを認識し、分離する速さをコントロールする新たな「超分子集合体」を発見しました。この発見は、資源のリサイクルや放射性廃液の処理技術の進歩に寄与することが期待されます。

なお、本研究は国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 小口正範)物質科学研究センターのMICHEAU Cyril研究員、上田祐生研究員、元川竜平研究主幹、一般財団法人総合科学研究機構の阿久津和宏副主任技師、大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所の山田悟史准教授、山田雅子助教、フランス原子力・代替エネルギー庁のMOUSSAOUI Sayed Alii博士、MAKOMBE Elizabeth 博士、MEYER Daniel研究員、BERTHON Laurence研究部長、フランス国立科学研究センターのBOURGEOIS Damien研究部長による日仏の国際共同研究チームによるものです。

本研究では、抽出剤として使われるマロンアミド[1]がパラジウムとネオジムの2種類の金属を分離するときに、これまでに見たことのない性質を示すことを発見しました。通常、どの金属がどれだけ抽出分離されるかは、抽出剤と金属イオンの相性のみで決まります。ところが今回、油相にトルエンを使った場合にはパラジウムだけが抽出され、ヘプタンを使った場合にはパラジウムとネオジムの両方が抽出されました。さらに、トルエンを使った場合にはパラジウムの抽出速度が極端に遅くなることが分かりました。

研究チームは、複数の金属イオンや抽出剤が油相や油と水の界面でつくるナノスケールの「超分子集合体」と呼ばれる構造に注目しました。そして、この超分子集合体が金属イオンの分離にどのように影響を与えるかを調べました。抽出剤は、分子内に親水的な部分と疎水的な部分を併せ持つことから、界面活性剤のようにミセルやエマルション[2]に似た集合体をつくることが予想されます。しかし、これらの集合体についての理解はほとんど進んでいません。そこで、X線と中性子線を用いた分析を進めた結果、マロンアミドの超分子集合体によるパラジウムイオンとネオジムイオンの認識能力や界面での集合体の分散状態の違いが、このような現象を引き起こすことがわかりました。

この発見は、超分子集合体が抽出に与える影響を明示的に示した初めての例です。今後、超分子集合体の特性を考慮に入れた金属イオンの分離システムの設計など、新しい視点による溶媒抽出法の技術発展に繋がる可能性があり、我が国の資源セキュリティに貢献することが期待されます。

本成果は、国際学術誌「Journal of Molecular Liquids」のオンライン公開版(4月12日(現地時間))に掲載されました。

【これまでの背景・経緯】

私たちの社会は、持続可能な未来を目指しており、資源のリサイクルに対する関心が高まっています。その一環として、溶液から有用な金属を選択的に取り出すことができる「溶媒抽出法」に注目が集まっています。現在この技術は、自動車の排出ガスを浄化する触媒や電子機器から貴金属[3]やレアアース[4]を回収する手法として利用されています。また、原子力産業における再処理や放射性廃液処理の基盤技術としても活用されています。

溶媒抽出法は、水と油のように混ざり合わない2つの液体間で物質がどちらに溶けやすいかを利用するシンプルな分離方法です。しかし、この方法の効率や抽出速度、そして金属イオンの選択性などの特性を理解することは簡単ではありません。その一因として、従来の溶媒抽出法が1つの金属イオン、1つの抽出剤分子の物性にしか着目していないことが挙げられます(図1左)。1しかし、抽出剤分子は、界面活性剤のように複数の抽出剤が集まることで、ミセルやエマルションに似た「超分子集合体」を形成する可能性があります(図1右)。したがって、分離プロセスにおける「超分子集合体」の構造を明らかにし、金属イオンの分離に果たす役割を明らかにすることが、溶媒抽出法のより深い理解につながり、技術の発展にとって重要な視点になると考えられています。2-4

「超分子集合体」は、抽出剤や複数の金属イオンによってつくられ、ナノスケールの大きさをもっています。中性子線やX線は、これらのミクロな構造の観察に極めて有効です。そこで本研究では、X線小角散乱測定[5]と中性子反射率計測[6]を用いて、油相内と界面で形成される超分子集合体の構造を決定し、それらが金属イオンの分離特性に与える影響を明らかにすることを目指しました。

【今回の成果】

本研究では、触媒や永久磁石などに使われるパラジウム(Pd)とネオジム(Nd)という2種類の金属を分離する溶媒抽出法に焦点をあてました。抽出剤には、レアアースや白金族金属[7]を分離できるマロンアミドを用いました。研究を進めるなか、研究チームはマロンアミドがパラジウムとネオジムの分離において、これまでに見たことのない性質を示すことを発見しました。油相にトルエンを使った場合にはパラジウムだけが抽出され、ヘプタンを使った場合にはパラジウムとネオジムの両方が抽出されます。さらに、トルエンを使った場合にはパラジウムの抽出速度が非常に遅くなります。すなわち、油相に使う溶媒の種類を変えることで、抽出できる金属と抽出速度を変えることができるのです。

この原因をつきとめるため、ナノスケールの構造を分析できるX線小角散乱測定を行いました。その結果、マロンアミドは、トルエン中で2、3分子が寄り集まった小さな超分子集合体をつくり、その内側のポケットにはパラジウムイオンのみがフィットして、ネオジムイオンは取り込まれにくいことが明らかになりました(図2左)。超分子集合体によるサイズ認識効果がパラジウムとネオジムの選択性に影響を与えていることがわかります。一方、ヘプタン中では約100分子のマロンアミドが集まった大きな集合体がつくられます(図2右)。この場合、パラジウムとネオジムを識別することができません。さらに、界面のミクロな状態を調べるために、J-PARC MLFに設置されている中性子反射率計(ソフト界面解析装置 SOFIA, BL16)を用いた分析を進めました。その結果、油相にヘプタンを使った場合は、界面付近にマロンアミドの密な層が形成されました。一方、油相にトルエンを使った場合にはマロンアミドが界面に密集せずに、界面から数ナノメートル離れた領域に拡がった希薄な層が形成されることがわかりました。この希薄な層は、パラジウムとマロンアミドが界面で衝突する確率を減らし、結果として抽出速度を遅くすると考えられます。

今回、溶媒抽出プロセスでの超分子集合体の構造を決定するとともに、その構造が金属イオンの分離に与える影響を初めて明らかにしました。また今回の結果は、従来の溶媒抽出法に超分子集合体の視点を加えた新しい金属イオンの分離方法や、新しい抽出剤の設計につながる可能性を示しています。

【まとめ・今後の展望】

本研究は、金属イオンの抽出技術を進化させる可能性を秘めた超分子集合体の機能についての新たな視点を提供しています。超分子集合体の存在を認識することで、金属イオンの抽出技術を進化させることができると考えています。研究をさらに進めるためには、溶液内や界面のミクロな状態を詳しく調べる必要があります。今回の成果を通じて、中性子線とX線を活用した分析が強力なツールになることが示されました。今後は、様々な貴金属やレアアースの抽出技術の向上だけでなく、原子炉の使用済燃料の再処理や高レベル放射性廃液処理に関する抽出技術の高度化にも貢献できる可能性があります。さらに、本研究における日仏間での協力関係を基に、多国間での協力体制を構築し、資源セキュリティに寄与する研究を推進します。この研究が、私たちの未来をより持続可能なものにするための一歩となることを期待しています。

【論文情報】

雑誌名:Journal of Molecular Liquids
タイトル:Organization of malonamides from the interface to the organic bulk phase
著者名:Cyril Micheau1, Yuki Ueda1, Ryuhei Motokawa1, Kazuhiro Akutsu-Suyama2, Norifumi L. Yamada3, Masako Yamada3, Sayed Ali Moussaoui4, Elizabeth Makombe4, Daniel Meyer4, Laurence Berthon4, Damien Bourgeois5
所属:1 日本原子力研究開発機構(原子力機構)、2 総合科学研究機構(CROSS)、3 高エネルギー加速器研究機構(KEK)、4 フランス原子力・代替エネルギー庁(CEA)、5 フランス国立科学研究センター(CNRS)

<付記>

各研究者の役割は以下の通りです。

  • MICHEAU、上田、元川(原子力機構)、BOURGEOIS(CNRS):溶媒抽出法における超分子集合体の影響を明らかにするための実験デザイン
  • MICHEAU、上田、元川(原子力機構)、阿久津(CROSS)、山田(悟)、山田(雅)(KEK)、MOUSSAOUI、MAKOMBE、MEYER、BERTHON(CEA):本研究にかかるデータの収集と分析
  • MICHEAU、上田、元川(原子力機構)、BOURGEOIS(CNRS):論文執筆
  • 元川(原子力機構)、BOURGEOIS(CNRS):研究総括

本研究は、日本学術振興会の科学研究費助成事業基盤研究(B)(22H02010)、学術国際交流事業二国間交流事業日仏共同研究(SAKURA Program)(JPJSBP120223211)、国際共同研究加速基金(海外連携研究)(23KK0096)などの助成を受けて実施されました。

【参考文献】
  1. Leroy, M.; Hengé-Napoli, M.-H.; Zemb, T., Complex fluids, divided solids and their interfaces: Open scientific questions addressed at the Institute of Separation Chemistry of Marcoule for a sustainable nuclear Energy. C. R. Chimie, 2007, 10, 1042-1049.
  2. National Academies of Sciences, A research agenda for transforming separation science. The National Academies Press: Washington, DC, 2019.
  3. Clark, A. E., Amphiphile-based complex fluids: The self-assembly ensemble as protagonist. ACS Cent. Sci., 2019, 5, 10-12.
  4. Motokawa, R.; Kobayashi, T.; Endo, H.; Mu, J. J.; Williams, C. D.; Masters, A. J.; Antonio, M. R.; Heller, W. T.; Nagao, M., A telescoping view of solute architectures in a complex fluid system. ACS Cent. Sci., 2019, 5, 85-96.
【用語の説明】

[1] マロンアミド
原子力産業における化学分離プロセスや電子廃棄物からの有用金属の回収など、さまざまな分離・精製・触媒プロセスで重要な役割を果たす抽出剤として広く使用されています。

[2] ミセルやエマルション
ミセルは、界面活性剤やリン脂質分子が液体中に分散し、コロイド状の粒子を形成した状態を指します。エマルションは、二つの液体が混ざり合わない状態を微細に分散させたものを指します。例えば、油と水のように普通は混ざり合わない液体を、界面活性剤などを用いて安定化させたものはその典型例です。

[3] 貴金属
化合物をつくりにくく、希少性のある金属の総称です。金、銀、白金、パラジウム、ロジウム、ルテニウム、オスミウム、イリジウムの8つの元素が該当します。化学的に安定で、酸やアルカリにも侵されにくい特性を持っています。

[4] レアアース
周期表上の希土類元素(17種類)を指します。これらは電子機器や電気自動車、風力発電などの先端技術に不可欠で、特にネオジムは強力な永久磁石の製造に使われます。レアアースの採掘と精製は環境負荷が高いため、その供給は限られています。

[5] X線小角散乱測定
物質のミクロな構造を観察・分析するための技術です。物質内部のナノスケールの構造を詳しく調べることが可能です。

[6] 中性子反射率計測
物質の界面で反射された中性子を計測する分離技術です。中性子線の干渉を利用することでナノスケールの深さ方向に対する構造を精度良く決定することが可能です。本研究で扱われた液体試料に適用できる装置は、国内ではJ-PARC MLFに設置されているソフト界面解析装置(SOFIA, BL16)のみに限られます。(https://mlfinfo.jp/ja/bl16/)

[7] 白金族金属
白金、パラジウム、ロジウム、ルテニウム、イリジウム、オスミウムの6種類の元素を指します。優れた触媒性能を持つため工業的に広く利用されており、希少性と高価格が資源セキュリティの観点で課題にされています。

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