2022-10-17 国立極地研究所,北海道大学,北見工業大学
国立極地研究所の猿谷友孝特任研究員を中心とする研究グループは、南極ドームふじ基地で掘削された深層アイスコアに含まれる氷の結晶の主軸方位分布を高精度で計測し、気候変動に伴った変化や含有不純物との関係性を明らかにしました。
これまでに掘削された様々なアイスコアでも結晶主軸方位分布の解析は行われてきましたが、測定方法の制約から細かい変動の検出は困難でした。研究グループは結晶主軸方位分布を解析する新たな手法として「誘電異方性計測法」を世界で初めて開発し(図1)、これまでに類を見ない水準の高空間分解能かつ統計的信頼性をもった結晶主軸方位分布データが取得可能となりました。
氷の結晶の軸の方位は、氷床の浅い部分のアイスコアではばらつきが大きく、深くなるほどばらつきが小さくなって鉛直方向に揃っていくことが知られています。本研究では、高分解能での計測が可能な「誘電異方性計測法」を用いることにより、結晶主軸方位分布の深さ方向の変化は直線的ではなく、ばらつきが大きくなったり小さくなったりという“ゆらぎ”を繰り返しながら変化することを明らかにしました。さらに、深い部分のアイスコアほど“ゆらぎ”が大きいことや、今からおよそ13万年前や24万年前の間氷期から氷期へ移り変わる時期に、結晶の方位のばらつきが大きくなること、また、アイスコアの中に含まれる塩化物イオンの濃度や固体微粒子の数もばらつきの変化に関与していることが分かりました。
結晶主軸方位分布は、南極氷床の流動のしやすさに直接影響します。本成果は、将来の海面上昇予測に不可欠な、今後の氷床流動の予測に重要な知見です。
図1:誘電異方性計測法によるアイスコアの結晶主軸方位分布測定の様子。
研究の背景
南極大陸の内陸部は厚さが2000mを超える氷床で覆われています。この氷床は、表面に降り積もった雪が長い年月をかけて少しずつ押し固まり、氷へと変化してできたものです。そのため、氷床を掘削して得られるアイスコアの分析によって、気温や二酸化炭素濃度など、過去数十万年にわたる気候変動を知ることが可能となります。2003年~2007年には、日本の南極地域観測隊が、南極内陸部のドームふじ基地で、70万年以上の年代をカバーする深さ3035mのアイスコアの掘削に成功しました。
また、南極内陸の氷床は長い時間をかけて沿岸部へと流動し、やがて海洋に流れ出ていきます。氷床流動の状態を知ることは将来の海水面上昇を予測する上で重要な情報となるため、アイスコアを用いた詳細な調査が求められています。
氷床は、粒径が数mmから数cmの単結晶が集まった多結晶氷であり、氷床の流動特性には、氷の結晶の状態が大きく影響しています(図2)。氷の結晶は方位により変形のしやすさが約100倍も異なる、すなわち、力学的な異方性が極めて強い物質で(図3a)、多結晶氷では、個々の単結晶の主軸の向きが全体としてどのような分布をしているかによって、氷の流動のしやすさが大きく変わります(図3b)。この結晶方位の分布は「結晶主軸方位分布」と呼ばれており、アイスコアの物理解析で得られる氷の物性の中でも特に重要なパラメータの1つです。
図2:ドームふじアイスコア(深度1900m付近)の偏光写真。各結晶粒の結晶方位によって色が変わって見える。写真の上側がアイスコアの表層側。
図3:(a)氷結晶の模式図。氷は六角形が積み重なった構造(六方晶)をしており、方位によって変形のしやすさが100倍異なる。(b)アイスコアの結晶主軸方位分布。浅部では各結晶粒の主軸はランダムな分布をしているが、深くなると鉛直方向に集中するようになる。
特に、各結晶粒の主軸がどれくらい鉛直方向に集中しているか(主軸集中度)は氷床の力学特性を特徴づける指標となります。これまでに南極やグリーンランド氷床で掘削されたアイスコアにおいても結晶主軸方位分布の解析が行われており、深くなるにつれて各結晶粒の主軸が鉛直方向に集中する様子が確認されていました。
結晶主軸方位分布解析の一般的な方法としては、氷薄片を使った光学的手法が挙げられます。掘削したアイスコアを厚さ0.5mm以下になるまで薄く削って氷薄片を作成し、解析装置にかけて結晶主軸方位分布を計測します。この手法では氷の結晶粒一つ一つの細かい特性まで調べることができる一方で、大量の薄片を計測するのに多大な労力がかかり、また、貴重なアイスコアを削って薄片を作成するため測定数が限られてしまい、結晶主軸方位分布の細かい変動を調べることが困難でした。そのため、酸素同位体や不純物など、アイスコアの他の分析で得られた結果との比較が十分にできておらず、結晶主軸方位分布の発達に影響する要因の同定には至っていませんでした。
研究手法
そこで、研究グループは新たな結晶主軸方位分布解析の手法として、誘電異方性計測装置を開発しました(文献1、図1)。この手法では厚さ数cm程度の分厚いアイスコア試料を用いて、2方向の誘電率(注1)の差、すなわち誘電異方性を測定することで、結晶主軸方位分布を非破壊かつ連続的に計測します。
従来の氷薄片を用いた分析方法と比較して厚い試料での計測が可能なことから、測定領域内により多くの結晶粒を含んでおり、その深さでのより正確な結晶方位分布を計測することができます。また、連続計測により、深さ方向の高い空間分解能を持つデータを取得することが可能となります。すなわち、従来の氷薄片を用いた光学手法のデータと比べて、本計測で取得されるデータは高い空間分解能および統計的信頼性をもっているのが最大の特徴です。
研究成果
研究グループはこの最新の計測手法を用いて、南極ドームふじ基地にて掘削されたアイスコアの結晶主軸方位分布解析を行いました。解析の結果、研究グループは、ドームふじアイスコアの結晶主軸の集中度がゆらぎながら深部に向かって変化していくこと、そのゆらぎが深くなるほど大きくなることを発見しました(図4)。ゆらぎの大きさや空間スケールは過去の変形に関する重要な情報を持っています。従来の光学手法では検出が困難であった細かいゆらぎを計測できたことにより、これまで難しかった化学成分との比較や気候変動における変化を見ることが可能になりました。
過去の気温の指標となる酸素同位体比との比較から、大きな気候変動のタイミングである間氷期から氷期初めにかけて、ドームふじアイスコアの主軸の集中度が大きく低下する(すなわち、結晶の主軸のばらつきが大きくなる)ことを発見しました。この変化はドームふじアイスコア全層において最も大きなものです。また、過去の化学分析によって得られた結果との比較から、結晶主軸方位分布に影響していると考えられる2つの要素を特定しました。1つは氷中に溶存している塩化物イオンの濃度、もう1つは氷結晶中に介在物として存在している固体微粒子です。これらの要素は以前から氷床氷の物理特性への影響が考えられていましたが、実際のアイスコアの結晶主軸方位分布変化との関連性が検証されたのは本研究が初めてです。
図4: (上)誘電異方性の深さ方向の変化。誘電異方性が大きくなるほど、主軸集中度は高くなり、力学異方性(変形のしやすさの方向による差)は大きくなる。(中)誘電異方性のゆらぎ。(下)酸素同位体比(δ18O)。データはアイスコアコンソーシアムより。灰色の影は間氷期から氷期初めを表す。
今後への期待
アイスコアの結晶主軸方位分布は氷床流動動態を知る上で非常に重要です。特に、氷床の頂部であるドームふじは氷床流動の起点となっており、この地点の結晶主軸方位分布は下流域の流動特性を決定します。本研究で得られた高精度の結晶主軸方位分布データは、今後、氷床流動モデルへの入力データとして活用されることが期待されます。
注
注1:誘電率
物質に電場を印加したときに生じる分極の程度を表す。氷のように結晶構造の異方性をもつ物質の場合、電場の向きによって値が異なる。
文献
文献1:
Saruya T, Fujita S, Inoue R (2022). Dielectric anisotropy as indicator of crystal orientation fabric in Dome Fuji ice core: method and initial results. Journal of Glaciology 68(267), 65–76.
発表論文
掲載誌:The Cryosphere
タイトル:Development of crystal orientation fabric in the Dome Fuji ice core in East Antarctica: implications for the deformation regime in ice sheets(東南極ドームふじアイスコアのファブリックの発達:氷床変形機構への推察)
著者:
猿谷 友孝(国立極地研究所 気水圏研究グループ 特任研究員)
藤田 秀二(国立極地研究所 気水圏研究グループ 教授)
飯塚 芳徳(北海道大学 低温科学研究所 准教授)
宮本 淳(北海道大学 大学院教育推進機構 特任准教授)
大野 浩(北見工業大学 准教授)
堀 彰(北見工業大学 准教授)
繁山 航(総合研究大学院大学、現所属:日本電子株式会社)
平林 幹啓(国立極地研究所 アイスコア研究センター 特任助手)
東 久美子(国立極地研究所 気水圏研究グループ 教授)
DOI:10.5194/tc-16-2985-2022
URL:https://tc.copernicus.org/articles/16/2985/2022/
論文公開日:2022年7月27日
研究サポート
本研究はJSPS科研費(基盤研究S、JP18H05294)の助成を受けたものです。
お問い合わせ先
国立極地研究所 広報室
北海道大学社会共創部広報課