超伝導量子コンピュータの高速化と精度向上に寄与するキーデバイスである可変結合器の新構造「ダブルトランズモンカプラ」を考案~高性能な量子コンピュータ実現への道を拓き、多様な社会課題解決に貢献へ~

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2022-09-16 株式会社東芝

概要

東芝は、超伝導量子コンピュータの高速化と精度向上の鍵を握るデバイスである可変結合器の新構造として、「ダブルトランズモンカプラ」を考案しました。
可変結合器は量子計算を行う2つの量子ビットをつなぐために用いられるデバイスで、量子ビット間の結合を「オン」/「オフ」することで演算の実行と停止をスイッチングします。

従来技術は、超伝導量子コンピュータで標準的に用いられている量子ビットである「トランズモン量子ビット(*1)」において、量子ビットが持つ周波数が近い2つの量子ビットに対してその結合を「オフ」にすることはできましたが、この場合、一方の量子ビットに照射した操作用電磁波が他方に伝わって生じるエラー(クロストークエラー)が発生しやすいという課題がありました。一方、クロストークエラーを抑制できる周波数が大きく異なる2つの量子ビットに対しては結合を完全に「オフ」にすることができず、残留結合によるエラーが発生してしまうという課題がありました。

東芝が今般考案した「ダブルトランズモンカプラ」は、周波数が大きく異なる量子ビット間の結合を完全に「オン」および「オフ」することができることが特長です。完全に「オン」にすることで強い結合による高速な量子計算が実行できると同時に、完全に「オフ」にすることで残留結合によるエラーを低減することができ、量子計算の計算速度と精度の向上に貢献します。本技術を用いてシミュレーションを行った結果、量子計算の基本操作である2量子ビットゲート(*2)を24nsという短い処理時間で99.99%という高精度で実現できることが示されました(*3)。
量子ビットには、安定性が高く設計がしやすい「周波数固定トランズモン量子ビット」が用いられますが、周波数が大きく異なる周波数固定トランズモン量子ビット間の結合を完全に「オン」/「オフ」し、高速かつ高精度な2量子ビットゲートを実現する特性を確認したのは世界で初めてとなります(*4)。

本技術は、より高性能な量子コンピュータの実現に寄与するものであり、カーボンニュートラル、パンデミック等の社会課題の解決への貢献が期待できます。本技術の成果は、2022年9月15日付(米国東海岸時間)の米国物理学会の学術論文誌「Physical Review Applied」に掲載されました(*5)。

開発の背景

量子力学は、原子や分子といった目に見えないミクロな世界を正確に記述することで知られ、1つの物理系が全く異なる2つの状態にあたかも同時にいるような「量子重ね合わせ状態」を用います。量子コンピュータは、この量子の不思議な特性を生かして、従来のコンピュータでは事実上不可能な計算を可能にする次世代のコンピュータで、近年注目を集めています。
量子コンピュータは、0と1の重ね合わせの状態をとる「量子ビット」を操作して演算を行います。演算は、2つの基本操作「1量子ビットゲート」と「2量子ビットゲート」を組み合わせて行い(*6)、高性能な量子コンピュータの実現には、これらの量子ゲート操作を高速・高精度に実行することが重要です。
また、量子コンピュータには複数の方式があります。単一の原子やイオンを操作するものから、超伝導回路や半導体などの固体素子を用いるものまで様々な方式が提案されており、現在国内外で活発に開発が進んでいますが、中でも超伝導回路は、原子やイオンと比べて回路という大きなサイズで量子重ね合わせ状態が実現できるという特長があります。また、2量子ビットゲートの高速実行に必要な量子ビット間の強い結合を比較的容易に実現することができ、現在有望な方式の1つとなっています。

この量子ビット間の結合に使用する素子が結合器(カプラ)です(図1)。従来は結合強度が一定の「固定結合器」が主流でしたが(*7)、最近は結合強度が“調整可能”な「可変結合器」が盛んに研究され、性能向上のキーデバイスとなっています。「可変結合器」は、強い結合による高速な2量子ビットゲートの実現と、結合の「オフ」による残留結合由来のエラーの低減という相反する条件を両立することができます。一方で、計算に使用する量子ビットとしては、安定性が高い上に構造がシンプルで作りやすい周波数が“固定”の「周波数固定トランズモン量子ビット」が望ましいとされています。また、結合される2つの量子ビットの周波数は大きく異なっている方が、クロストークエラーを抑えられる、周波数の設計値からのずれに対してロバストでデバイス作製の歩留まりを向上することができるなど、有利になる特長があります。しかし、周波数が大きく異なる2つの「周波数固定トランズモン量子ビット」に対して、結合の完全な「オフ」と高速な2量子ビットゲート操作を両立できる可変結合器はこれまでありませんでした。

本技術の特長

そこで東芝は、周波数が大きく異なる2つの「周波数固定トランズモン量子ビット」に対して、結合の完全な「オフ」と、高速な2量子ビットゲート操作を両立できる可変結合器「ダブルトランズモンカプラ」を世界で初めて考案しました。
「ダブルトランズモンカプラ」(図2)は2つの「周波数固定トランズモン量子ビット」で構成されています。両側に計算用の「周波数固定トランズモン量子ビット」があり、中央のカプラとキャパシタを介して結合しています。「ダブルトランズモンカプラ」は1つのループを有し、ループ上にある3つの×は2つのトランズモンのジョセフソン接合(*8)と付加的なジョセフソン接合を表しています。このループ内の磁束Φex​を外部磁場で調整することにより、両側の量子ビット間の結合強度を厳密にゼロにすることができ、結合を完全に「オフ」にできます(図3)。また、磁束Φexを増加させることで結合強度を数10MHzまで大きくすることができ、これを利用することで高速な2量子ビットゲートも実現することができます。数値シミュレーションによると、24 nsという短いゲート時間で99.99%という高い精度のゲート操作が可能となります。
本方式により、量子ゲート操作の更なる高精度化が可能になるため、量子コンピュータの高性能化への貢献が見込めます。

超伝導量子コンピュータの高速化と精度向上に寄与するキーデバイスである可変結合器の新構造「ダブルトランズモンカプラ」を考案~高性能な量子コンピュータ実現への道を拓き、多様な社会課題解決に貢献へ~

図1: 超伝導量子コンピュータの概念図

図2: 今回考案した超伝導量子ビット間可変結合器「ダブルトランズモンカプラ」の回路図

図2: 今回考案した超伝導量子ビット間可変結合器「ダブルトランズモンカプラ」の回路図

図3: 「ダブルトランズモンカプラ」における結合強度の磁束依存性

図3: 「ダブルトランズモンカプラ」における結合強度の磁束依存性

今後の展望

東芝はオープンイノベーションを活用し、「ダブルトランズモンカプラ」の試作と実証実験を今年度中に開始する予定です。東芝は今後も研究開発を進め、計算速度と精度の両面で世界最高レベルの性能の量子コンピュータの実現を目指します。


*1 トランズモン量子ビットとは、ジョセフソン接合(2つの超伝導体を薄い絶縁膜で接合したもの)とキャパシタからなる最もシンプルな超伝導量子ビットのこと。通常、数GHzの周波数を有する。1つのジョセフソン接合を用いる周波数固定トランズモンと、2つのジョセフソン接合を用いる周波数可変トランズモンがある。

*2 2つの量子ビットに対して実行する量子ゲート操作のこと。1つの量子ビットに対して実行する1量子ビットゲートと組み合わせることで、任意の量子計算を実行することができる。

*3 デコヒーレンスがない場合。実際には、量子ビットが有する有限のコヒーレンス時間のために量子重ね合わせ状態が壊れるデコヒーレンスが起こり、それによる精度の低下が予想される。

*4 東芝調べ。2022年9月16日現在。数値シミュレーションによって理論的に実証。2022年7月に掲載された論文(Z. Ni et al., Phys. Rev. Lett. 129, 040502 (2022))において、結合器に電磁波を照射することでこの残留結合を除去できるという方法が提案されましたが、高速かつ高精度な2量子ビットゲート実現についての検証結果の公表なし。

*5 H. Goto. Physical Review Applied 18, 034038 (2022): https://doi.org/10.1103/PhysRevApplied.18.034038(Editors’ Suggestion)

*6 汎用型量子コンピュータであるゲート方式量子コンピュータにおいて。組合せ最適化問題に特化した量子アニーリング方式においては、ゲート操作による演算は行わない。

*7  固定結合器を用いる場合は、量子ビットの周波数を制御することによって実効的に結合のオン・「オフ」を実現する。その場合、量子ビットは周波数可変である必要があり、コヒーレンス時間が比較的短くなる。

*8 2つの超伝導体が薄い絶縁膜を介して接合されたもの。超伝導体中のクーパー対が量子トンネル効果によって絶縁膜を行き来することで、ジョセフソン効果と呼ばれる量子効果を発現する。

1601コンピュータ工学
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