世界初、「有機潮解」現象を実証~VOC(揮発性有機化合物)回収技術への発展に期待~

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2022-06-29 東京大学

〇発表者:
石井 和之(東京大学 生産技術研究所 教授)
横森 慶 (研究当時:東京大学 大学院工学系研究科 修士課程2年)
村田 慧 (東京大学 生産技術研究所 助教)
中村 誠司(東京大学 生産技術研究所 学術専門職員)
榎本 恭子(東京大学 生産技術研究所 技術専門職員)

〇発表のポイント:
◆塩化カルシウム(CaCl2)などの物質が、空気中の水蒸気を取り込んで自発的に水溶液となる「潮解現象」は知られていたが、物質がVOC(揮発性有機化合物)を取り込んで液体に変化する「有機潮解」現象を世界で初めて実証した。
◆化合物の結晶や粉末とVOCのさまざまな組み合わせを検討した結果、「似たモノ同士はよく溶ける」という原理に従って、有機潮解現象が起きていることが明らかとなった。
◆大気汚染物質の原因の1つとされているVOCの回収技術への発展などが期待される。

〇発表概要:
潮解は、物質が空気中の水蒸気を取り込んで自発的に水溶液となる現象である。身近では、ニガリ(塩化マグネシウム)を含む食卓塩が、大気中の水蒸気を取り込んで硬化することでも知られている。一方、水蒸気の代わりにVOC(揮発性有機化合物)が物質に取り込まれて物質が液体に変化する潮解現象は、これまで報告されていなかった。
東京大学 生産技術研究所の石井 和之 教授らの研究グループは、VOCに曝露されている分子性塩の粉末が徐々に液体に変化する特異な現象を見出した。系統的な研究から、この現象はVOCによる潮解現象と実証され、有機潮解と名付けられた。この有機潮解性は、化学で良く知られている「似たモノ同士はよく溶ける」という原理に従ってコントロールできる。
今回得られた研究成果は、固体と蒸気分子の間の相互作用に関する新たな知見を提供するだけでなく、有機潮解現象を利用したVOC回収剤開発への発展も期待できる。

〇発表内容:
潮解は、クエン酸、水酸化ナトリウムや炭酸カリウム、塩化マグネシウムや塩化カルシウムなどの物質が、空気中の水蒸気を取り込んで自発的に水溶液となる現象である。身近では、ニガリ(塩化マグネシウム)を含む食卓塩が、大気中の水蒸気を取り込んで硬化することでも知られている。また、塩化カルシウムの潮解現象は、乾燥剤に利用されている。一方、水蒸気の代わりにVOC(揮発性有機化合物)が取り込まれる潮解現象は報告されていなかった。
本研究グループは、VOCに曝露されている分子性塩の粉末が徐々に液体に変化する特異な現象を見出した。系統的な実験から、この現象はVOCによる潮解現象と実証され、有機潮解と名付けられた。
実験では、容器内に化合物の結晶や粉末を置き、別途、有機溶媒を隔離して加え、密閉し、VOCに曝露された後の粉末の状態変化を追跡した。有機溶媒の減少とともに、化合物の粉末が徐々に液体に変化する現象が観測された(図1)。粉末から液体となることで、その質量が上昇することを確認し、VOCによる潮解現象であることを実証した。
化学工業で溶媒として広く使用されているクロロホルムを用いた場合、クロロホルムへの溶解性が高い分子性塩ヘキサフルオロリン酸テトラブチルアンモニウム((n-Bu4N)PF6)では有機潮解が観測されるのに対し、溶解しない無機塩ヘキサフルオロリン酸アンモニウム(NH4PF6)、テトラフルオロホウ酸アンモニウム(NH4BF4)、塩化ナトリウム(NaCl)では観測されなかった(図2、表1)。
湿式紡糸に大量に使用され、さまざまな種類の塩を溶解できる高極性ジメチルホルムアミド(DMF)を用いた場合、DMFに溶解しないNaClでは有機潮解が観測されなかったが、DMFに溶解する(n-Bu4N)PF6、NH4PF6、NH4BF4では、有機潮解が観測された。この際、収集された溶媒の量が塩の量よりもはるかに多かったことは、従来の吸着現象と比較して有機潮解の重要な特長である。非アンモニウム塩テトラフェニルホスホニウムブロミド((Ph4P)Br)でも有機潮解現象は観測され、アンモニウム塩特有の現象ではなく、一般的な現象であることが実証された。
塗料溶剤として使用され、極性が低いトルエンを用いた場合、トルエンに溶解しない(n-Bu4N)PF6、NH4PF6、NH4BF4、NaClでは、有機潮解を観測できなかった。そこで、化学で良く知られている「似たモノ同士はよく溶ける」という原理に従って安息香酸テトラブチルアンモニウム((n-Bu4N)Bz)を用いたところ、有機潮解を示すことが明らかとなった。
この有機潮解のメカニズムは、結晶・粉末へのVOCの吸着(図3左)、VOCによる分子性塩の溶解、蒸気圧効果によるVOCの凝縮(図3右)によって説明される。本研究により有機潮解は実証され、「似たモノ同士はよく溶ける」という原理に従って特定のVOCを標的とするように設計できることが明らかとなった。塩化カルシウムが乾燥剤として活用されていることから類推すると、有機潮解の現象を利用したVOC回収剤の開発などへの発展が期待できる。

本研究は、JSPS科学研究費補助金(JP17H06375、代表:石井 和之)の助成を受けて、新学術領域研究「ソフトクリスタル:高秩序で柔軟な応答系の学理と光機能」(領域代表:加藤 昌子 教授、関西学院大学)の一環として実施されたものである。
ソフトクリスタルHP:https://www.softcrystals.iis.u-tokyo.ac.jp/
YouTubeビデオ:https://www.youtube.com/watch?v=1eOmNQyCzPY

〇発表雑誌:
雑誌名:「RSC Advances」(オンライン版:6月29日)
論文タイトル:Organic deliquescence: organic vapor-induced dissolution of molecular salts
著者:Kazuyuki Ishii*, Kei Yokomori, Kei Murata, Seiji Nakamura, Kyoko Enomoto
DOI番号:10.1039/D2RA03390A

〇問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
教授 石井 和之(いしい かずゆき)

〇添付資料:

世界初、「有機潮解」現象を実証~VOC(揮発性有機化合物)回収技術への発展に期待~
図1 有機潮解の様子

石井先生2.png
図2 実験に用いた分子性塩の分子構造

表1 有機潮解現象のまとめ(〇:有機潮解を観測、×:観測されず)

トルエン クロロホルム ジメチルホルムアミド
(n-Bu4N)Bz
(n-Bu4N)PF6 ×
NH4PF6 × ×
NH4BF4 × ×
NaCl × × ×

*クロロホルム、ジメチルホルムアミドにおいては、(Ph4P)Brの有機潮解も観測された。

石井先生3.png
図3 有機潮解のメカニズム

0500化学一般
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