量子コンピュータの実用化を見据えたアプリケーション開発を加速
2022-03-30 富士通株式会社
当社は、このほど、スーパーコンピュータ「富岳」のCPU「A64FX」(注1)を搭載した「FUJITSU Supercomputer PRIMEHPC FX700」(注2、以下 「PRIMEHPC FX700」)で構成するクラスタシステム上で36量子ビットの量子回路を扱うことができる世界最高速の量子コンピュータシミュレータ(以下、量子シミュレータ)を開発しました。
本量子シミュレータは、量子シミュレータソフトウェア「Qulacs」(注3)を高速に並列分散実行可能にすることで、36量子ビットの量子演算において、他機関の主要な量子シミュレータ(注4)の約2倍の性能を実現しており、数十年先の実用化が見込まれる量子コンピュータのアプリケーションを先行開発することが可能となります。
これを受けて当社は、2022年4月1日より、富士フイルム株式会社(注5、以下 富士フイルム)様と共同で、材料分野における量子コンピュータアプリケーション(以下、量子アプリケーション)の研究を開始します。
今後当社は、2022年9月までに40量子ビットのシミュレータを開発し、金融や創薬をはじめとする様々な分野のお客様と共同で量子アプリケーションの研究開発を進めるなど、量子コンピュータの実用化を見据えた取り組みを加速させていきます。
開発の背景
複雑化する社会課題の解決に向けて、古典コンピュータと比較して指数的な計算速度の向上が期待される量子コンピュータの開発が急がれる中、現状はハードウェアの計算におけるエラー率の高さやスケーラビリティに課題があり、実用的な量子コンピュータの実現は数十年先になるとも言われています。 そこで、古典コンピュータ上で動作する量子シミュレータへの注目が集まっており、これにより、量子コンピュータ上で利用可能なアプリケーションの開発が加速すると期待されています。
開発した量子シミュレータについて
当社は、自社のスーパーコンピュータ「PRIMEHPC FX700」64ノードで構成したクラスタシステムで稼働する並列分散型の量子シミュレータを開発しました。「PRIMEHPC FX700」は、スーパーコンピュータ「富岳」のCPU「A64FX」を搭載しており、倍精度浮動小数点演算で理論ピーク性能3.072テラフロップス(以下、TFLOPS)の計算が可能です。また、毎秒1,024ギガバイト(以下、GB)の広帯域なバンド幅を持つメモリを32GB搭載するとともに、各ノード間を「InfiniBand(インフィニバンド)」(注6)で接続することで毎秒12.5GBの高速通信が可能です。
量子シミュレータソフトウェアには、国立大学法人大阪大学(注7)と株式会社QunaSys(注8)が開発した世界最高速レベルの「Qulacs」を採用し、「A64FX」へ移植する際にSVE(Scalable Vector Extension)命令(注9)を活用して複数の計算を同時に実行することで、メモリバンド幅の性能を最大化しました。また、MPI(Message Passing Interface)(注10)により、「Qulacs」を並列分散実行可能とし、計算と通信をオーバラップさせることでネットワーク帯域を最大限引き出すデータ転送を実現しました。さらに、クラスタ上の分散メモリに展開される量子ビットの状態情報を量子回路とその計算の進捗に合わせて適宜効率良く再配置する新たな方式を開発し、通信コストを削減しました。本方式は、「Qulacs」以外の量子シミュレータソフトウェアにも適用可能です。これにより、36量子ビットの量子シミュレータとして、他機関が開発した主要な量子シミュレータと比較し、約2倍の性能を達成し、世界最高速の処理速度を実現しました。
今回、本量子シミュレータを、量子コンピュータソフトウェア(以下、量子ソフトウェア)の主要な開発ツールの1つである「Qiskit」(注11)に対応させ、量子ソフトウェア開発者にとって利便性の高い開発環境も整えました。加えて、QunaSysとの提携(注12)により、今後、本量子シミュレータ上で同社が提供する量子化学計算ソフトウェア「Qamuy」(注13)を利用可能とすることで、多岐にわたる高速な量子化学計算の実現を目指します。
注釈
注1A64FX:
Armv8.2-A命令セットアーキテクチャをスーパーコンピュータ向けに拡張したSVE(Scalable Vector Extension)を、世界で初めて実装したプロセッサー。48個の演算コアを持ち、倍精度浮動小数点演算で最大3.3792TFLOPSの理論ピーク性能を実現。加えて、単精度/半精度浮動小数点演算や、8bit/16bit整数演算も512bit幅のSIMDによる高いスループットで演算でき、AIなどの処理において高い効果を発揮。
注2PRIMEHPC FX700:
スーパーコンピュータ「富岳」に採用されたCPU「A64FX」搭載の高性能ARMアーキテクチャを採用した当社製スーパーコンピュータ。
注3Qulacs:
大阪大学基礎工学研究科藤井研究室を中心に開発され、QunaSysによる新機能の開発とメンテナンスが行われているオープンソースの量子回路シミュレータソフトウェア。
(論文)
注4他機関の主要な量子シミュレータ:
Intel社の「Intel Quantum Simulator(Intel-QS)」、Forschungszentrum Jülich(ユーリッヒ研究センター)の「JUQCS」、IBM の「Qiskit Aer」。
注5富士フイルム株式会社:
本社 東京都港区、代表取締役社長・CEO 後藤禎一。
注6インフィニバンド:
主にスーパーコンピュータで用いられるサーバ間を接続するネットワーク。複数のチャネルを束ねて利用することで高速な帯域を実現することができる双方向シリアル接続通信方式。
注7国立大学法人大阪大学:
所在地 大阪府吹田市、総長 西尾章治郎。
注8株式会社QunaSys:
本社 東京都文京区、CEO 楊天任。
注9SVE(Scalable Vector Extension)命令:
複数の演算を1つの命令で並列に実行するCPU命令。
注10MPI(Message Passing Interface):
スーパーコンピュータ上で並列処理を実現するための通信処理を記述する通信API。
注11Qiskit:
IBMが開発し、オープンソースとして公開されている量子ソフトウェア開発ツール。
注12QunaSysとの提携:
「量子コンピュータベンチャーのQunaSys、シリーズB総額12.4億円の資金調達を実施」(2022年3月28日QunaSysプレスリリース)
注13Qamuy:
QunaSysが提供する量子化学計算ソフトウェア。量子化学計算のインプットを量子回路に翻訳し、シミュレータや実機上でのシームレスな計算が可能。
本件に関するお問い合わせ
富士通株式会社研究本部
ICTシステム研究所、量子コンピューティング研究センター