2021-12-07 量子科学技術研究開発機構
発表のポイント
- 高性能リチウム分離膜であるイオン伝導体20枚を積層し装荷したリチウム回収装置を開発し、使用済リチウムイオン電池を処理して得られる水浸出液から電池原料の超高純度(99.99%)リチウムを、輸入価格1,287円/kgの半分以下の製造原価で回収できる見通しを得ました。
- 本成果は、電気自動車(EV)社会の推進や電池製造のみならず、廃電池リサイクル時のCO2排出低減を通じてカーボンニュートラルの実現へ貢献するとともに、国内リチウム資源循環構築にもつながります。
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫。以下「量研」という。)量子エネルギー部門六ヶ所研究所増殖機能材料開発グループの星野毅上席研究員らの研究チームは、開発した高性能イオン伝導体1)をリチウム(Li)2)分離膜とした超高純度(99.99%)Li回収技術、イオン伝導体リチウム分離法(LiSMIC3)技術)を用いて、車載用リチウムイオン電池(LIB)4)から電池原料の超高純度リチウムを低コストで回収できることを示しました。本成果は、Liを100%海外輸入に頼る日本に、今後の国内資源循環への展望を拓くものです。
2050年カーボンニュートラル5)に向け、EVの早期普及が日本の戦略となっていますが、国際エネルギー機関の報告書等からは、2027~2030年頃までには国内における十分なLiの確保が困難になると予測されます。一方、国内で使用済LIBのリサイクルを実現すればLiの安定確保は見込めますが、電池原料に必要な超高純度Li回収技術の事業採算性の検証が喫緊の課題でした。
そこで、研究チームは、開発したLiイオン伝導体によるLi回収コストの評価を行いました。
評価にあたり、イオン伝導体20枚を積層し、数週間の連続運転ができ、Li回収の最適な諸条件の探索も可能とする新たなLi回収装置を開発しました。
このLi回収装置を用いた試験では、使用済LIBを加熱処理(焙焼)して得られたブラックパウダー(電池灰)を水に浸し、その水浸出液50Lを原液として、当該装置における印加電圧、溶液温度及び流速について最適条件を導出しました。さらに、Li回収速度を高める効果を有する表面Li吸着処理を施した高性能イオン伝導体を用い、Li回収速度が安定する14日間の連続Li回収を行った結果、従来のイオン伝導体を大幅に上回るLi回収速度を達成できました。
以上の結果に基づき水浸出液からの製造原価を試算すると、電池原料となる水酸化リチウム量(2,000t/年)の製造は、輸入価格(2020年度貿易統計 輸入価格平均1,287円/kg)を下回る製造原価で可能であり、さらにブラックパウダー中のLiが溶ける最大濃度まで水浸出液のLi濃度を高めてLi回収速度を向上させることにより、輸入価格の半分以下の製造原価で回収できる見通しを得ました。
本成果は、国内リチウム資源循環への展望を拓き、電気自動車(EV)社会の推進や電池製造のみならず、廃電池リサイクル時のCO2排出低減を推進し、カーボンニュートラルの実現へも貢献するものです。
本研究の一部は、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構の委託事業「イオン伝導体分離法による使用済LIBからの高純度原料生成に関するコスト実証試験」による成果です。
研究の背景と目的
走行時にCO2を排出しないEVの普及は、2050年カーボンニュートラルに向けた重要施策の一つと考えられています。EVは大型のLIBを使用するため、その原料であるLiの安定供給が必要不可欠です。しかしながら、我が国はLiの確保を輸入に頼っているため、EVの普及によってLiの需要が世界的に急増することにより、確保が困難になっていくことが予想されます。現状のままでは、2027~2030年頃までに需要の急増に対応できない、という試算結果が得られています。
Liを輸入に頼らずに安定確保するためには、使用済の車載用LIBのリサイクルが最も有力な手法となりえます。しかしながら、既存技術を用いた車載用LIBのリサイクルは高コストであるため、現在のところLiは回収されていません。そのため、Liのリサイクルの実現には、事業採算性を有するコストを実現できる新たな技術が必要となります(図 1)。 量研では核融合の燃料にLiが必要であることから、Liイオン伝導体を分離膜に用いたLi回収技術LiSMICを開発していました。当該技術は、特長として、Liを高純度の水酸化リチウム水溶液として回収できることに加えて、副産物としての水素発生、排CO2ガス吹き込みで電池原料となる炭酸Liを生成できるという点から、環境負荷の低い技術としての可能性を有しています。また、これまでにイオン伝導体1枚を用いた実験装置を用い、イオン伝導体Li0.29La0.57TiO3(LLT)の表面に酸によるLi吸着処理を施すことで、アルカリ性Li含有溶液からのLi回収速度が実用域にまで高められる成果を得ていました。
図 1 使用済LIBからのLi回収の現状及び新提案
量研ではLiSMICの早期社会実装を目指し、「超高純度Li資源循環アライアンス6)」を設立し、LiSMICによる使用済LIBのリサイクルの実現(図2)を目指してきました。このLiSMICが事業採算性を有するLi回収技術であることを確認するため、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構の委託事業「イオン伝導体分離法による使用済LIBからの高純度原料生成に関するコスト実証試験」において、LiSMIC装置のスケールアップを通じて使用済の車載用LIBのリサイクルのコスト実証を試みました。
図 2 LiSMICによるLIBリサイクル
研究内容と成果
これまでの試験では、イオン伝導体を1枚用いた小型の装置におけるLi回収についてデータ取得を行ってきましたが、コスト実証を行うには装置をスケールアップし、よりLi回収プラントの実操業形態に近づける必要があります。そこで、イオン伝導体を20枚装荷でき、長期間の試験中、高度に印加電圧、温度及び流速等の制御が可能なプラント設計検討用Li回収装置(図3)を新たに開発しました。
図 3 新たに開発したプラント設計検討用Li回収装置
使用済車載LIBを加熱処理(焙焼)して得られた電池灰(ブラックパウダー)を水に浸すことによって、Liを含んだ溶液(水浸出液)を得ることができます。LiSMICでは原液をアルカリ性にする必要があるため、水酸化ナトリウムを添加してpH7)を13以上に調整した水浸出液50Lを原液に用いました。プラント設計検討用Li回収装置に表面Li吸着処理を施した5cm角のイオン伝導体LLT20枚を装荷し、最適条件でLi回収試験を実施したところ、14日間で原液に含まれているLi約30gの8割を回収することに成功しました。このLi回収速度は、表面Li吸着処理を施していないLLTにて同じ試験を行った場合の約13倍に相当しており、表面吸着処理が水浸出液からのLi回収に非常に有効であることが明らかになりました。
上記の実験結果に基づき、電池原料となる水酸化リチウムを、2025年に廃EV等から回収可能なLi量に相当する年間2,000tを使用済LIB水浸出液から製造した場合のコストを試算したところ、輸入価格(2020年度貿易統計 輸入価格平均1,287円/kg)を下回るコストとなりました。さらに、水浸出液のLi濃度をブラックパウダー中のLiが水浸出液に溶ける最大Li濃度まで高めることによって、輸入価格の半分以下の製造原価で回収できることがわかりました。加えて、本技術で得られるLiは輸入で得られるものよりも高純度(99.99%)であるという原理的な優位性を有しています。また、EVには製造時のCO2排出が決して少なくないという問題がありますが、本技術は低CO2排出技術であるだけでなく、排CO2ガスを用いて電池原料となる炭酸Liを直接製造することが可能であることから、製造からリサイクルまでに排出するCO2をゼロにすることが求められるライフサイクルアセスメントCO2ゼロにも貢献できます。
研究成果の意義及び波及効果
本成果は、これまでコスト面から困難とされてきた車載用大型LIBの工業的なリサイクルを可能にするものです。高純度電池原料の安定供給を通じて、カーボンニュートラルに向けて鍵を握るEVの普及に大きく貢献が期待されます。また、Li資源の確保は、核融合開発においても必須です。核融合原型炉9)の燃料は、リチウムに中性子を当てて生産するため、Li資源の安定確保は核融合エネルギーの早期実現に向けた重要な課題です。
本技術はLi含有溶液には広く適用可能であることから、量研ではLiの供給源となっている塩湖かん水8)からのLi回収の実用化を目指して、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の大学発新産業創出プログラム(START)による補助を受けて研究開発を遂行しています。さらに、Liは海水に豊富に含まれています。海水のLi濃度は水浸出液や塩湖かん水よりも遥かに低い点が実用化へのハードルとなりますが、量研では課題解決への取り組みを行い、海水からのLi回収技術確立、すなわち無尽蔵のLi資源の確保を目指して研究開発を進めてまいります。
用語説明
1)イオン伝導体
融点よりかなり低い温度においてある特定のイオン(伝導イオン)が拡散する 固体物質のことで、主にセラミックスや高分子シート等の、イオンを伝導させる性質を有する材料です。本研究ではペロブスカイト型リチウムイオン伝導性酸化物の1つであるLa2/3-x Li3xTiO3(LLT)を用いました。他のイオン伝導体としては、NASICON型結晶構造のセラミックスのイオン伝導体等、様々なイオン伝導体が存在します。
2) リチウム
リチウム(元素記号:Li)は、希少な31種類のレアメタルの中の一つです。携帯電話、ノートパソコン等の充電用電池である小型リチウムイオン電池、電気自動車、家庭用蓄電池用の大型リチウムイオン電池の原料です。リチウム資源は、南米、オーストラリア、中国、アメリカなどに偏在し、地上埋蔵量は約3000万トンと推定されています。
3) LiSMIC
イオン伝導体リチウム分離法(Li Separation Method by Ionic Conductor)を表します。リチウムを含む原液とリチウムを含まない回収溶液間をイオン伝導体の分離膜で隔離し、原液と回収溶液間に電圧を印加することで、原液に含まれるリチウムを回収溶液へ選択的に移動させて濃縮回収する量研独自の方法です。使用済みリチウムイオン電池の処理溶液のほかに、海水、塩湖かん水、にがりなどからリチウムを回収する革新的な方法として期待されています。
4) リチウムイオン電池
リチウムイオンによって充電や放電を行う二次電池です。電極には、リチウムイオンを可逆的に出し入れできる材料が使われ、正極の代表的な材料にはニッケル酸リチウム、コバルト酸リチウム、マンガン酸リチウムの3種類があります。負極の材料としては炭素系素材やチタン酸リチウムが使われます。電極間でのリチウムイオンのやり取りを担うため、電池内部は有機材料の電解質で満たされています。
5) 2050年カーボンニュートラル
2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにし、脱炭素社会の実現を目指すことが、2020年に菅内閣総理大臣によって宣言されました。
6) 超高純度Li資源循環アライアンス
産業界に存在する技術的課題を解決し、そのブレークスルーによって当該業界にイノベーションを創出するため、量研と特定分野の企業群が共同で研究開発を行うアライアンス事業を行っております。その事業の一つとして、2018年12月に超高純度リチウム資源循環アライアンスを設立し、高品位なリチウムイオン電池用原材料を使用済リチウムイオン電池から再資源化する、リチウム資源循環技術の社会実装を目指した研究開発を行っています
7) pH
水素イオン指数であり、溶液の酸性・アルカリ性を示す尺度です。7より小さいと酸性、大きいとアルカリ性であり、pHが1増加すると水素イオン濃度は10分の1となります。
8) 塩湖かん水
塩湖とは、水1L中に 0.5g以上の塩類を含む湖を指し、かん水とはその水のこと。リチウム産出の塩湖では、チリのアタカマ湖、アルゼンチンのオラロス塩湖、ボリビアのウユニ湖が有名。
9)核融合原型炉
核融合反応は、太陽が光輝きエネルギーを放射している原理です。核融合原型炉は、この核融合を用いた発電炉の技術的な実証と経済的な実現性を明らかにするためのものです。エネルギーの長期的な安定供給と環境問題の克服を両立させる将来のエネルギー源として期待されています。