わずか2分子の厚みの超極薄×大面積の半導体を開発

生体センシングデバイスの開発に期待

2018/04/25 産総研

発表のポイント

  • 細胞膜と同じ2分子膜1層のみからなる超極薄×大面積×高性能な有機半導体の開発に成功した。
  • 異なる長さの2種の分子を用いた新たな製膜法が単層・高均質化の鍵となる。
  • 超高感度な分子センサーの実用化に向けた超極薄TFT開発への展開が期待される。

発表概要

国立大学法人 東京大学 【総長 五神 真】(以下「東大」という)大学院工学系研究科物理工学専攻 荒井 俊人 講師、長谷川 達生 教授(兼)国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)フレキシブルエレクトロニクス研究センター【研究センター長 鎌田 俊英】総括研究主幹らは、簡易な塗布法を用いて、手のひらサイズ(10センチメートル×10センチメートル)の面積全体にわたって分子が規則正しく整列し、かつ有機分子わずか2分子分(約10ナノメートル)の厚みをたもつ、超極薄×大面積×高性能な有機半導体(注1)デバイスを構築する技術を開発しました。

印刷や塗布によりフレキシブルな電子機器を製造するプリンテッドエレクトロニクス技術は、大規模・複雑化したこれまでの半導体製造技術を格段に簡易化できる革新技術として期待されています。常温での塗布により性能を発揮する有機半導体はこのための素材として有力ですが、従来技術では、分子レベルで厚みが均質な半導体の形成は困難でした。そこで極限的に薄い生体の細胞膜にならい、分子を基板上に整然とならべた2分子膜(注2)1層のみからなる半導体を形成する新たなしかけを考案することで、今回の成果が得られました。この超極薄半導体の結晶性は、大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構【機構長 山内 正則】(以下「KEK」という)物質構造科学研究所 熊井 玲児 教授と協力し、KEKの放射光科学研究施設(フォトンファクトリー)を用いて確認しました。

本研究成果はドイツの科学誌Advanced Materialsに2018年4月25日(中央ヨーロッパ夏時間)掲載されます。

発表内容

①研究の背景

人間とコンピュータがより心地よく繋がった未来社会の実現に向けて、身体にフィットしたウエアラブルでフレキシブルなエレクトロニクスの開発が求められています。既存のシリコン技術が不得手とするこれらデバイスの実現には、常温・常圧付近の塗布や印刷により金属配線や半導体を形成し様々な電子回路を構築する、プリンテッドエレクトロニクス技術が有利になると期待されています。

これまでの研究により、印刷による高精細な金属配線は製品化の目途が立ってきました。しかし、これと組み合わせる半導体の印刷には、いまだ課題が多く残されています。基本素子であるTFT(注3)向け半導体を塗布や印刷で形成するには、常温で溶解するπ(パイ)電子系(注4)の有機分子からなる有機半導体が適しています。近年、溶液中で有機分子(図1(1))がみずからジグザグ状に規則正しく整列(図1(2))して層を形成しやすい層状結晶性材料が見いだされ、構造の不規則性が大幅に抑えられることで、有機TFTの高性能化が進んできました。しかし、得られる薄膜の厚みや広がりを分子レベルで制御することはいまだ難しく、このための新たな製膜技術の開発が求められていました。

②研究の経緯

東大・産総研の共同研究グループは、溶液中におけるπ電子系有機分子の自己集積により得られる機能性分子集合体を用いた、新たなエレクトロニクス応用やセンサー応用の研究を進めています。

最近、π電子骨格(注4)とアルキル鎖(メタン系炭化水素から水素1原子を除いた残りの原子団からなる鎖)を連結した非対称なある種の棒状の有機分子(例えば、図1(1))が、分子の向きを揃えて横つながりに層をなした単分子層が2つ、π電子骨格の先端どうしを互いに向かい合わせるように重なり合った2分子膜構造を形成することを見いだしました。この層状構造は、究極に薄い生体細胞膜に似た構造です。これにより高性能TFTの構築に適した、分子レベルで薄く大面積に広がった半導体薄膜が得られるようになりました。しかし従来の塗布や印刷では、2分子膜どうしがさらに積み重なる多層化の抑制は難しく、厚みが2分子膜1層から数十層に至るランダムな膜厚分布の半導体が得られていました。またこれが、デバイス特性がばらつく原因になっていました。

今回、半導体の膜厚を分子レベルで制御するため、π電子骨格に連結したアルキル鎖の長さが自由に変えられるという特長を活かす、新たな製膜法を開発しました。そこでは、究極に薄い生体細胞膜の形成メカニズムにならい、『均質な厚みの層を得るため、分子の長さをわずかずつずらす』という発想のもと、アルキル鎖長の異なる2種の分子の混合溶液による製膜を行いました。結果、従来の常識を大きく超える大面積にわたって究極の薄さをたもつ、きわめて高均質かつ高性能な超極薄半導体が得られました。

なお、本研究開発の一部は、科研費補助金・基盤研究A(26246014)、挑戦的萌芽研究(16K13661)、新学術領域研究・π造形科学(17H05144)、若手研究B(17K14370)による助成、及び、科学技術人材育成費補助事業「科学技術人材育成のコンソーシアムの構築事業Nanotech Career-up Alliance (CUPAL) 」(総括責任者:中鉢 良治(産総研 理事長))による支援を受けて開発を行いました。

③研究内容

本研究では、半導体としての性能を与えるπ電子骨格に炭素数6~14のアルキル鎖を連結した分子を用いました(図1(1))。これらの非対称な棒状分子は、前述した2分子膜構造を自己形成することが明らかになっています。このとき、π電子骨格は同じままアルキル鎖長のより長い分子を少量混合した溶液を用いて膜形成すれば、π電子骨格どうしの重なり合いによって2分子膜を形成する分子の横つながりの自己組織化はたもたれながら、アルキル鎖の長さのばらつきのため、自己組織化膜の表面にわずかな凹凸が生じると予想されます。この凹凸により、2分子膜が別の2分子膜と積層できなくなり、多層化が抑えられて、単層2分子膜が得られると考えました(図1(3))。

上記の分子混合溶液(0.1重量パーセント)を、酸化被膜(膜厚100ナノメートル)を表面層に持つシリコンウエハー(6インチサイズ)上にブレードコート法(注5)を用いて塗布製膜したところ(図1(4))、ウエハー全面(面積100平方センチメートル)にわたって膜厚が分子レベルで均質な薄膜が得られました(図2)。原子間力顕微鏡による測定から、その膜厚は2分子膜1層のみの厚みに相当する4.4ナノメートルの極薄半導体であることが分かりました(図2右)。なお、以上はアルキル鎖の炭素数6の分子と炭素数10の分子を9:1の比で混合した溶液を用いて得られた薄膜についての結果を示しています。

薄膜X線回折(注6)の実験は、KEK放射光科学研究施設(フォトンファクトリー)のシンクロトロン放射光を用い、ビームラインBL-7Cに設置された回析計により行いました。その結果、上記の超極薄半導体による明瞭な回折スポットが観測されました(図3左上)。これは、得られた半導体の高い結晶性を示しています。また回折角(図3左下)をもとに求めた結晶格子は、アルキル鎖の炭素数6の分子の結晶格子と一致していました。さらにシリコンウエハー上の超極薄半導体をクロスニコル(注7)配置で偏光観察した結果、ウエハー全面(面積100平方センチメートル)にわたって結晶薄膜が形成されていること、及び単一ドメイン(注8)の大きさは10センチメートル×1センチメートルに及ぶことが分かりました(図3右)。

さらにアルキル鎖の長さが異なる分子を混合した効果を検証するため、アルキル鎖の長い分子と短い分子の混合比(長い分子の割合をφlong)を変えた製膜を行いました。得られた薄膜の光学顕微鏡像(図4上)から、長い分子をわずかに混合(φlong = 0.03-0.5)することで、上記の超極薄半導体が効率よく得られることが分かりました。このことから、分子の横つながりの自己組織化による2分子膜形成がたもたれたまま、分子のアルキル鎖長の違いによる凹凸が2分子膜どうしの積層を抑える働きをし、2分子膜の単層化が実現していることが明らかになりました(図4下)。このような構造の不規則さに伴う秩序化の制御をフラストレーション(注9)効果と呼びます。

以上により形成した超極薄半導体によるTFTを作製し、その特性を評価しました。ゲート電圧を加えることによるドレイン電流変化をよみとる伝達特性(図5左)には、負のゲート電圧を加えることによりドレイン電流が増加するp型特性が見られました。また各ゲート電圧のもとでの電流-電圧特性(出力特性、図5右)には、一定以上のドレイン電圧を加えることでドレイン電流値が一定となる典型的なTFTの挙動が見られました。伝達特性の測定結果を解析したところ、飽和領域(注10)の移動度(注11)は6.0 cm2 V-1 s-1に達する良好な性能を持つことを確認しました。さらにこれら超極薄TFTは、電流の流れる領域が非常に薄く外部からの刺激に対し電流値が敏感に応答することが確認されました。このような特徴を活かせば、超高感度な分子センサーとしての応用が期待されます。

④今後の予定

今後は超極薄半導体の形成に適した分子材料の設計と製膜法のさらなる最適化により、フレキシブルな電子機器や超高感度分子センサーの実用化に必要な仕様を満たす超極薄TFTの開発を進めていきます。さらに生体細胞膜に似た単層2分子膜の特徴を活かし、分子レベルの表面吸着や化学反応を制御できる究極の機能性人工超薄膜への展開を推進します。

発表雑誌

雑誌名:「Advanced Materials」(オンライン版:4月25日)
論文タイトル:Semiconductive Single Molecular Bilayers Realized Using Geometrical Frustration
著者:Shunto Arai, Satoru Inoue, Takamasa Hamai, Reiji Kumai, and Tatsuo Hasegawa
DOI番号:10.1002/adma.201707256

添付資料

図1

図1 超極薄半導体の分子構造と製膜方法の概念図

(1)用いた棒状の有機半導体分子の分子構造(上が短鎖分子、下が長鎖分子、いずれも環状の部分がπ電子骨格)(2)分子が向きを揃えてジグザグ状に規則正しく整列する様子(分子軸方向から見たパッキング構造)(3)単層2分子膜の(層を横から見た)概念図(4)ブレードコート法の概念図(左)と、ブレードの先端から溶媒が蒸発し単層2分子膜が得られる様子の概念図(右)。

図2

図2 シリコンウエハー上に形成した超極薄半導体

左:6インチウエハー上に製膜した超極薄×大面積半導体(ウエハー中央の縦方向に広がった濃紺部分)の写真。右:薄膜端の原子間力顕微鏡像(挿入図)と、図内の白線に沿った膜厚プロファイル。

図3

図3 超極薄半導体の結晶性

左:薄膜X線回折、右:6インチウエハー上の大面積薄膜(図2)の偏光顕微鏡(クロスニコル)観察。 基板を45°回転(図上→図下)すると、基板上の薄膜の明るい部分が一様に暗く変化し、暗い部分が一様に明るく変化していることから、薄膜全面が光学異方性を持った結晶であること、明るい(または暗い)部分が単一ドメインであることが分かる。

図4

図4 超極薄半導体の形成メカニズム

上:長鎖分子と短鎖分子の混合比(φlong)を変えた薄膜の顕微鏡像(スケールバーは1ミリメートル)。下:フラストレーション効果の概念図。アルキル鎖の長さの違いによって形成される凹凸には2つの場合がある。左図はアルキル鎖の長い分子がわずかに混入した場合、右図はアルキル鎖の短い分子がわずかに混入した場合を模式的に示している。積層を抑える効果は、前者でより有効に働く。

図5

図5 超極薄TFTの特性
左:飽和領域の伝達特性(図内:作製したTFTの模式図)、右:出力特性。

用語解説

(注1) 有機半導体
有機物質からなる半導体。低分子系と高分子系があり、いずれもベンゼン環構造などに由来し、光に対する応答性や分子集合体内の輸送に適したπ(パイ)電子と呼ばれる活性の高い電子を含む材料が利用される(注4参照)。なかでも有機溶剤に溶解し、溶液法による常温・常圧下での製膜によってデバイス加工ができる物質は、プリンテッドエレクトロニクス技術のための有力な候補となっている。
(注2) 2分子膜
棒状の非対称な有機分子が分子の向きを揃えて横つながりに単分子層をなし、これと分子が全て逆向きに層をなした単分子層が一組の対として互いに向かい合わせてできた層構造。その多くは脂質分子や界面活性剤などの、親水基と疎水基を持つ分子から形成され、これまでに膨大な研究が行われてきている。生体をかたちづくる細胞膜も2分子膜の1種である。
(注3) TFT
Thin Film Transistor(薄膜トランジスタ)。半導体層内を流れるキャリア(電子または正孔)の流れを電界により制御する能動素子の一種で、半導体がガラス基板などの上に形成された薄膜からなるものを指す。液晶ディスプレーや有機ELディスプレーなどで、各画素の表示を制御するために用いられる。
(注4) π(パイ)電子、π電子骨格
炭素原子などが二重結合や三重結合で結ばれるとき、原子間の軸方向に平行な電子軌道の重なりによって形成されるσ(シグマ)結合に加えて、原子間軸に垂直な電子軌道の重なりによるπ結合が生じる。このπ結合に属する電子はπ電子と呼ばれる。二重結合と一重結合が交互に現れる(これを共役系と呼ぶ)ベンゼン環などの分子では、π電子は共役系全体に広がっている。ベンゼン環などが多数連結し固定した分子面と、分子面全体に広がった共役系を持つものをπ電子骨格という。
(注5) ブレードコート法
塗布法による薄膜形成法の一種。刃のような先端を持つ平板(ブレード)を基材に対して傾けて配置し、基材との間を溶液で濡らす。基材とブレードの距離を一定にたもったまま、基材またはブレードを水平方向に一定速度で動かすことで、ブレードの先端から溶剤が蒸発し塗膜が得られる。本研究では、表面を撥水処理したガラス平板をブレードとして用いた。
(注6) 薄膜X線回折
結晶性の薄膜に0.1ナノメートル程度の波長をもつ電磁波であるX線を入射すると、結晶の周期性のために回折現象が生じる。この現象を利用し、得られた薄膜の格子間隔や結晶性を調べる実験法である。既知の結晶構造を持つ分子を用いた場合、結晶面の方位を調べることもできる。
(注7) クロスニコル
光源から試料までの光路内に偏光板を差し込み直線偏光させた光を試料に入射させ、試料から検出器までの光路内に、さらに1枚目の偏光板と直交した向きの偏光板を差し込んで観察する方法。試料を置かずに観察したり等方的な材料を置いて観察すると、2つの偏光板によって光線が遮断され、視野は暗く見える。一方、試料として結晶や液晶などの物質内部の原子や分子の配列の向きの揃った材料を置いて観察すると、試料からの偏光が回転し、試料の向きに応じて明るく見えたり、暗く見えたりする。この効果を用いることで、結晶の光学異方性を調べる手法をクロスニコルという。
(注8) 単一ドメイン
結晶配列における単一ドメインとは、試料のどの位置においても構成元素の配置や向きが等しい領域をいう。これに対し、試料が数多くの異なる方位を持つ結晶からなる場合、多結晶、あるいはマルチドメインという。
(注9) フラストレーション
結晶は、原子や分子が周期的にならんだ長距離的な秩序を持っており、結晶内の各位置において、この秩序構造が安定化されるとき、はじめて結晶化が進行する。これに対し、局所的に異なる構造が安定化されるとき、長距離秩序の成長は阻害され、結晶化の進行が著しく遅くなったり、ガラス状態になる。これを結晶成長に対するフラストレーションという。
(注10) 飽和領域
TFTにおいて、ドレイン電圧がゲート電圧を上回るとドレイン電極付近にはキャリアが蓄積されなくなるため、ドレイン電流が飽和するようになる。この領域を飽和領域という。
(注11) 移動度
荷電した粒子が電場下で移動するときの平均の移動速度を示す値。半導体デバイスの特性を示す代表的な指標として用いられる。