2次元トポロジカル絶縁体を使ったジョセフソン接合~デバイス構造でマヨラナ粒子を探索~

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2023-07-25 理化学研究所

理化学研究所(理研)開拓研究本部 石橋極微デバイス工学研究室のラッセル・ディーコン専任研究員(理研創発物性科学研究センター 量子効果デバイス研究チーム 専任研究員)、マイケル・ランドル 特別研究員、細田 雅之 客員研究員(研究当時)(富士通株式会社 量子研究所量子ハードウェアコアプロジェクト 研究員)、石橋 幸治 主任研究員(理研創発物性科学研究センター 量子効果デバイス研究チーム チームリーダー)らの共同研究グループは、トポロジカル絶縁体[1]である2次元物質[2]を使ったジョセフソン接合[3]デバイスの作製に成功しました。

本研究成果は、デバイス構造を使ったマヨラナ粒子[4]の探索や、マヨラナ粒子を用いた新たな量子ビット[5]への応用に貢献すると期待できます。

理論的に予言されているもののまだ発見されていない素粒子の一つに、自身とその反粒子[4]が同じであるという特徴を持つマヨラナ粒子があります。このマヨラナ粒子は、2次元トポロジカル絶縁体と超伝導[6]体を接触させた界面に現れることが理論的に予測されています。

今回、共同研究グループは、数少ない2次元トポロジカル絶縁体の一つである二テルル化タングステン(WTe2)の単層膜を用いてジョセフソン接合デバイスを作製し、基本動作を確認しました。デバイス作製過程でWTe2を空気に触れさせないようにし、また、良好な超伝導電極を得る手法を見いだしました。その結果、超伝導電流[6]の観測や、ジョセフソン接合に特有のマイクロ波応答の観測に成功しました。

本研究は、科学雑誌『Advanced Materials』オンライン版(7月24日付)に掲載されました。

ジョセフソン接合デバイスの模式図(左)と上から見た光学顕微鏡写真(右)の図

ジョセフソン接合デバイスの模式図(左)と上から見た光学顕微鏡写真(右)

背景

80年以上も前にその存在が予言されながら、いまだに発見されていないマヨラナ粒子は、自身とその反粒子が同じであるという特徴を持つ素粒子です。このマヨラナ粒子は、最近、トポロジカル絶縁体と超伝導体を接触させた界面に現れることが理論的に予測されています。また、トポロジカル量子コンピュータ[7]の量子ビットとしてマヨラナ粒子を使うことが提案されています。このマヨラナ量子ビットは量子情報を安定的に保持できると考えられるため、優れた量子ビットの候補として期待されています。

いくつかの物質でマヨラナ粒子の兆候と思われる現象が観測されていますが、実際の量子ビットに応用するには、2次元のトポロジカル絶縁体を使ってジョセフソン接合のようなデバイス構造での観測が必要です。ジョセフソン接合は二つの超伝導体を直接接触しないまま極めて近接させた構造で、直接接触していないにもかかわらず、トンネル効果[8]により超伝導電流が流れます。しかし、現在知られている2次元トポロジカル絶縁体は数少なく、その一つである二テルル化タングステン(WTe2)単層膜は空気中で容易に劣化し、また良好な超伝導電極を形成することが難しいことから、これまでジョセフソン接合デバイスの作製は困難でした。

研究手法と成果

共同研究グループは、グラフェン膜の作製に用いられる手法(スコッチテープを用いて層状物質から単層膜を剥離して得る)によってWTe2単層膜を作り、多数の端子を持つジョセフソン接合デバイスを作製しました(図1)。このデバイス作製で重要な点は、半導体で使われるリソグラフィー[9]、絶縁膜堆積[9]、エッチング[9]の各プロセスにおいて、WTe2の劣化を防ぐために、WTe2を空気に触れさせないようにすることでした。また、WTe2とパラジウム(Pd)を接触させて温度を上げると、PdがWTe2の中に拡散してできたと考えられる超伝導物質(PdTex)が、超伝導電流を流すことのできる良好な超伝導電極として働くことを見いだしました。この物質では、絶縁体(図1のデバイスでは、酸化アルミニウム[Al2O3]や六方晶窒化ホウ素[hBN]がその役割を果たす)を介してゲート電圧(Vc)をかけると、ゲート直下が超伝導状態になるため(ゲート誘起超伝導)、これを利用して、左と右のゲート(図1のVleftとVright)の間にジョセフソン接合を形成しました。

単層二テルル化タングステン(WTe2)から成るジョセフソン接合デバイスの図

図1 単層二テルル化タングステン(WTe2)から成るジョセフソン接合デバイス
(左)ジョセフソン接合デバイスの構造。六方晶窒化ホウ素(hBN)膜で挟んだ単層WTe2膜を、超伝導電流チャネルとして使用している。左(Vleft)と右の(Vright)のゲートに電圧をかけて、その直下を超伝導状態にする。ジョセフソン接合の強度は、接合直上のゲート電圧(Vc)で変えることができる。
(右)ジョセフソン接合デバイスを上から見た光学顕微鏡像。


次に、ジョセフソン接合が実際に形成されているかどうかを調べるために、0.6ギガヘルツ(Ghz、1Ghzは10億ヘルツ)のマイクロ波を照射しながら電流電圧特性を測定しました。その結果、電流電圧特性にジョセフソン接合特有の階段構造(シャピロステップ[10])が観測され、ジョセフソン接合デバイスとして動作していることを確認しました(図2)。シャピロステップは、ジョセフソン接合に特有のhf/2e(h:プランク定数、f:周波数、e:電気素量)を単位としたものであり、電圧標準にも用いられています。

マイクロ波を照射したときの電流電圧特性の図

図2 マイクロ波を照射したときの電流電圧特性
ゲート電圧を調節して形成したジョセフソン接合に0.6GHzのマイクロ波を照射して電流電圧特性を測定した。ジョセフソン接合特有の階段構造(シャピロステップ)が見られる。マイクロ波の強度を変えるとシャピロステップの階段の長さ(一定電圧に対する電流の範囲)が変わるのも、ジョセフソン接合の特徴である。


もしシャピロステップに奇数次の階段(縦軸電圧で1、3、5など)が消滅していれば、マヨラナ粒子の兆候が観測されたことになりますが、今回の実験ではそれは確認できませんでした。マヨラナ粒子の観測には、デバイスのパラメータを適切に調節し、マヨラナ粒子が現れる条件を見つける必要があります。今回開発したデバイスプロセスにはまだ十分な再現性と信頼性が得られていないことが、マヨラナ粒子の発見に至らなかった理由だと考えられます。

今後の期待

物質中でのマヨラナ粒子の探索は、基礎物理研究の観点だけでなく、トポロジカル量子ビット[7]を用いたトポロジカル量子コンピュータへの応用の観点からも非常に興味深いものです。今回、マヨラナ粒子の観測には至りませんでしたが、本成果によって2次元物質からなるデバイス構造を用いたマヨラナ粒子探索の道を開くことができ、将来的にトポロジカル量子ビット実現につながるものと期待できます。

補足説明

1.トポロジカル絶縁体
物質の中は電気を流さない絶縁体的な性質を示すが、その表面は電気を流す金属的な性質を持つ物質(3次元的な物質の場合)。薄い薄膜のような2次元トポロジカル絶縁体では、試料の周囲に沿った端が金属的な性質を持つ。

2.2次元物質
ここでいう2次元物質はグラファイトのような層状の物質のことをいう。グラファイト以外にもWTe2のような多数の2次元物質が知られている。

3.ジョセフソン接合
二つの超伝導体の間に非常に薄い絶縁体もしくは常伝導体(超伝導を示さない物質)を挟むことで、超伝導体同士を直接接触させないまま極めて近接させた構造。直接接触していないにもかかわらず、トンネル効果により電圧を発生しない超伝導電流が流れる(ジョセフソン効果)。ほかにも、超伝導体の一部を細く絞ったウィークリンクと呼ばれる構造などの接合がある。

4.マヨラナ粒子、反粒子
物質を構成する粒子には、それに対となる反粒子が存在する。例えば、電子の反粒子は陽電子、陽子の反粒子は反陽子である。マヨラナ粒子は、1937年にイタリアの理論物理学者であるエットーレ・マヨラナ博士が理論的にその存在を予言した幻の素粒子であり、自身とその反粒子が同じであるという特徴を持つ。素粒子の世界のマヨラナ粒子がトポロジカル絶縁体と超伝導体の界面に現れることが、2008年の論文で予言され、その探索が盛んに行われている。

5.量子ビット
量子コンピュータにおけるビット。通常の古典コンピュータのビットが0と1のどちらかしか取りえないのに対して、量子ビットでは、それに加えて「0でもあり1でもある」という0と1の重ね合わせ状態が可能という特徴がある。

6.超伝導、超伝導電流
超伝導はある温度を境として電気抵抗がゼロになる状態。この状態ではエネルギーの消費がなく、電流が永久に流れる。超伝導体状態では、二つの電子がクーパー対を形成する。超伝導体やそのジョセフソン接合も含めて流れる、電圧を発生しない電流を超伝導電流という。

7.トポロジカル量子コンピュータ、トポロジカル量子ビット
トポロジカル量子コンピュータは、例えばマヨラナ粒子から成るトポロジカル量子ビット(マヨラナ量子ビット)で構成された量子コンピュータの一種。通常の量子ビットの操作とは異なり、各粒子の位置を動かすことで量子ビットが操作される。各粒子を動かす道筋のパターン(トポロジー)に計算結果が依存することから、トポロジカルと呼ばれる。

8.トンネル効果
レールの上でボールを転がしたとき、ボールの持っているエネルギーを超える山をボールは乗り越えることができない。これは通常の力学における基本原理であるが、微小な粒子の運動を記述する量子力学の世界においては正しくない。粒子は山を乗り越えるのではなく、通り抜けて先に進むことができる。この現象はトンネル効果と呼ばれる。

9.リソグラフィー、絶縁膜堆積、エッチング
半導体集積回路を作るときの標準的なデバイスプロセスには、回路やデバイスのパターンを描画するリソグラフィー技術、絶縁膜(薄膜)堆積技術、そして不要な部分を削るエッチング技術などがある。

10.シャピロステップ
ジョセフソン接合に周波数fのマイクロ波を照射しながら電流電圧特性を測定すると、電圧の値がhf/2eの階段状の特性が観測される。この階段特性はシャピロステップと呼ばれる。

共同研究グループ

理化学研究所
開拓研究本部 石橋極微デバイス工学研究室
専任研究員 ラッセル・ディーコン(Russell S. Deacon)
(創発物性科学研究センター 量子効果デバイス研究チーム 専任研究員)
特別研究員 マイケル・ランドル(Michael D. Randle)
主任研究員 石橋 幸治 (イシバシ・コウジ)
(創発物性科学研究センター 量子効果デバイス研究チーム チームリーダー)
客員研究員(研究当時) 細田 雅之 (ホソダ・マサユキ)
(富士通株式会社 量子研究所 量子ハードウェアコアプロジェクト 研究員)
客員研究員(研究当時) 大伴 真名歩(オオトモ・マナブ)
(富士通株式会社 量子研究所 量子ハードウェアコアプロジェクト シニアリサーチマネージャー)
客員研究員(研究当時) 河口 研一 (カワグチ・ケンイチ)
(富士通株式会社 量子研究所 量子ハードウェアコアプロジェクト リサーチディレクター)
創発物性科学研究センター 量子効果デバイス研究チーム
基礎科学特別研究員 パトリック・ツレケンス(Patrick Zellekens)

富士通株式会社 富士通研究所 フェロー(兼)量子研究所長
佐藤 信太郎(サトウ・シンタロウ)

物質・材料研究機構(NIMS)
電子・光機能材料研究センター
特命研究員 渡邊 賢司 (ワタナベ・ケンジ)
ナノアーキテクトニクス材料研究センター
センター長 谷口 尚 (タニグチ・タカシ)

東京工業大学 科学技術創成研究院
准教授 笹川 崇男 (ササガ・ワタカオ)
大学院生(研究当時)岡崎 尚太(オカザキ・ショウタ)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(N19H00867、19H05610、19H05790、20H00354、21H05233、21H04652、21K18181、21H05236、23H02052)、理化学研究所・富士通共同研究費(代表:石橋幸治、佐藤信太郎)による助成を受けて行われました。

原論文情報

Michael D. Randle, Masayuki Hosoda, Russell S. Deacon, Manabu Ohtomo Patrick Zellekens, Kenji Watanabe, Takashi Taniguchi, Shota Okazaki Takao Sasagawa, Kenichi Kawaguchi, Shintaro Sato, Koji Ishibashi, “Gate-defined Josephson weak-links in monolayer WTe2“, Advanced Materials, 10.1002/adma.202301683

発表者

理化学研究所
開拓研究本部 石橋極微デバイス工学研究室
専任研究員 ラッセル・ディーコン(Russell S. Deacon)
(創発物性科学研究センター 量子効果デバイス研究チーム 専任研究員)
特別研究員 マイケル・ランドル(Michael D. Randle)
客員研究員(研究当時)細田 雅之(ホソダ・マサユキ)
(富士通株式会社 量子研究所 量子ハードウェアコアプロジェクト 研究員)
主任研究員 石橋 幸治(イシバシ コウジ)
(創発物性科学研究センター 量子効果デバイス研究チーム チームリーダー)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

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