グリーンランド氷床南東部高地の夏季融解量の増加を復元 ~グリーンランド南東ドームアイスコアの高精度年代の構築~

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2023-10-18 北海道大学,北見工業大学,金沢大学,国立極地研究所,東海国立大学機構,名古屋大学,弘前大学

ポイント
  • グリーンランド南東部アイスコアの1799年~2020年の年代スケールを半年という高精度で確立。
  • 北極域の温暖化に伴って過去221年間の夏季積雪融解量が増加したことを復元。
  • 融解量増加の実測は観測点の少ない内陸高地の温暖化メカニズムの解明に貢献。

北海道大学低温科学研究所の川上薫非常勤研究員、飯塚芳徳准教授、的場澄人助教、北見工業大学の堀彰准教授、金沢大学環日本海域環境研究センターの石野咲子助教、国立極地研究所先端研究推進系の藤田秀二教授、青木輝夫特任教授、川村賢二准教授、名古屋大学大学院環境学研究科の藤田耕史教授、植村立准教授、弘前大学大学院理工学研究科の堀内一穂准教授らの研究グループは、2021年に掘削したグリーンランド氷床南東部アイスコア*1の高精度年代スケールを構築し、産業革命前から現在にかけての夏季積雪融解量が北極域の温暖化に伴い増加したことを解明しました。

近年、北極域では地球全体を上回るペースで気温が上昇しています。今回研究グループは、複数の物理・化学的な解析から、グリーンランド氷床南東部のアイスコアの1799年から2020年にかけての時間スケールを、半年解像度という高精度での確立に成功しました。そして確立された年代を元に過去221年の降水量と夏季融解層の厚さを復元しました。その結果グリーンランド南東部では、年降水量は過去221年間にわたり減少も増加も示さず有意な傾向は見られませんでしたが、融解層の厚さは北極域の温暖化に伴い19世紀から21世紀にかけて増加していることが明らかになりました(下図)。本研究結果は、産業革命(1850年)前から現在において、温暖化によりグリーンランドの内陸高地で夏季積雪融解量が増加していることを実証しました。今後、得られた地上真値を用いた長期間の領域気候モデルや衛星観測データの検証から、地球気温の将来予測の精度を高めることが期待されます。

グリーンランド氷床南東部高地の夏季融解量の増加を復元 ~グリーンランド南東ドームアイスコアの高精度年代の構築~グリーンランド南東部アイスコアに含まれる1年あたりの融解層の厚さ、再解析データによる南東部の夏の平均気温、北極域の気温の偏差


なお、本研究成果は、2023年10月13日(金)公開のJournal of Geophysical Research, Atmospheres誌に掲載されました。

背景

近年、北極域の気温は地球全体の気温を上回るペースで上昇しています。グリーンランド氷床の内陸高地では、気温の高い日に表層の雪が融け、その雪解け水が積雪中に浸透し、再凍結して融解層となります(図1)。融解層の数と厚さが近年の温暖化に伴って増加していることは、氷床を掘削して得られたアイスコアを用いて1990年代から研究されてきました。しかしながら、融解層の厚さの経年変化を復元することは、アイスコアの年代に不確実性があり得るため、困難でした。

アイスコアの年代スケールは、アイスコアに含まれる古環境指標物質(プロキシ*2)の解析によって決定されます。例えば、季節的なサイクルを持つプロキシを利用することで、年層を数えることができます。また、火山噴火など発生年月が既知のプロキシを利用することで、そのプロキシを含むアイスコアの深度に対する年代を特定できます。これまでの代表的なグリーンランドアイスコアの掘削地点の降水量は0.12~0.23m yr-1と低降水量でした(例えば東京の降水量は約1.5m yr-1)。そのため、堆積したプロキシが氷床表面に長時間さらされてしまい、日射による分解や雪の変態によってプロキシの保存状態が悪くなり、精度の良い年代スケールを構築できずにいました。

そこで本研究では、2021年に高降水量地域であるグリーンランド南東部のドーム(北緯67.19°、西経36.47°、標高3160.7m)で約250m長のアイスコア(南東ドームアイスコア)を掘削し、高精度年代の構築と、温暖化による夏季積雪融解層の解析を行いました。このドーム域は極めて高い降水量を持つため、高い時間分解能とプロキシの良保存性の両方を備えています。よって南東ドームアイスコアは、過去の降水量や夏季積雪融解量を精度よく決定するのに最適なアイスコアと言えます。

研究手法

研究グループは、グリーンランド南東ドームアイスコアの融解層の厚さ、電気伝導度、トリチウム濃度の分析を行いました。融解層の厚さからは夏季の積雪融解量を、電気伝導度からは火山噴火によってもたらされる酸性物質を、トリチウム濃度からは過去(1960年代)の核実験の痕跡を復元できます。これらの分析結果からそのプロキシがピークとなるアイスコアの深度と年代を特定しました。

次に、研究グループはアイスコアに含まれる過酸化水素の濃度を測定しました。降水中の過酸化水素は大気中の紫外線量が多いと高濃度になる傾向があり、北極域では夏に高濃度、冬に低濃度となる特性を持ちます。この季節的なサイクルを持つ特性を利用して、アイスコアの夏と冬の層を数えました。ここまでの分析結果から、南東ドームアイスコアの年代スケールを構築しました。

さらに研究グループは南東ドームアイスコアの密度を測定しました。時間スケールと密度が分かると各年に堆積した当時の積雪の量を算出することができ、南東ドーム域における年降水量を復元しました。また、各年の融解層の厚さを夏季積雪融解量の指標とし、再解析気温データ*3と比較しました。

研究成果

250mのグリーンランド南東ドームアイスコアから、約半年の時間解像度で過去221年間の年代スケールを構築することができました(図2)。半年の時間解像度はこれまで最も良いとされたグリーンランドアイスコア年代(100年間で1年の誤差)よりも高精度であり、過去221年間においては世界で最も確度の高いグリーンランドの年代スケールを構築できました。

復元された1799年から2020年までの年降水量の平均値は1.04m yr-1で、過去221年間で有意な増加や減少の傾向を示しませんでした(図3)。グリーンランド氷床では南西部の降水量は増加傾向にあり、北東部の降水量は一定の傾向にあります。今回復元した南東部の降水量の傾向は、北東部の傾向とよく似ていることが分かりました。

復元された1799年から2020年までの夏季積雪融解量は増加傾向を示し、具体的な平均融解量はそれぞれ、温暖な1940~1950年代には3.6mm、寒冷な1960年代には1.8mm、急激な温暖化が進行した2000年以降は17.3mmとなり、近年は最も夏季積雪融解量が高くなっています。この夏季積雪融解量の221年間の変化は、1961~1990年の基準期間に対する世界の過去の地表面温度の平年差のデータセット(https://www.metoffice.gov.uk/hadobs/hadcrut5/)で見られる北極域の温暖化傾向と同調しており、北極域の温暖化の影響がグリーンランド内陸高地でも夏季の積雪融解量の増加という形で明瞭に示されました。また、再解析気温データによる南東ドーム地域の夏の平均気温とアイスコアの夏季積雪融解量に有意な相関が見られました(p1図)。そこで、夏季積雪融解量が少なかった1845年から1919年までの夏季平均気温と融解量が多かった2000年から2020年までの夏季平均気温の差を求めたところ、0.81℃であることが分かりました。したがって、グリーンランド氷床南東部の内陸高地では産業革命直後に比べて直近20年間の夏季平均気温は0.81℃上昇したことが推定されました。

今後への期待

1年のずれもない時間解像度で復元された産業革命前から現在までの降水量と夏季積雪融解量の構築は、地上真値として衛星観測、再解析気温データ、気候モデル分野など他分野の多くの領域で利用可能な実測データを提供できます。本研究の成果からグリーンランド南東ドームの降水量は1.04m yr-1であることが分かりましたが、この地域の気候モデルによる降水量の推定には誤差が2m yr-1もあるのが現状です。今後は、このアイスコアで提示された降水量や夏季融解量の地上真値を用いた計算を進めていくことで、気候モデルの精度向上と地球温暖化のメカニズムの理解向上につながり、地球温暖化の将来予測の精度を高めることが期待されます。

参考図

図1:グリーンランド南東ドームアイスコアの融解層の例(白く明るい部分)

図2:グリーンランド南東ドームアイスコアの年代決定

図3:グリーンランド南東ドームアイスコアから復元した年降水量 (m yr-1

用語解説

*1:アイスコア
極地氷床などで鉛直方向にくり貫かれる円柱状の氷試料のこと。

*2:プロキシ
過去の環境を知るための代理的な指標のこと。

*3:再解析気温データ
最近の気候予測モデルと過去の観測データを組み合わせて解析し、過去の気温を再現したデータのこと。

論文情報

論文名:SE-Dome Ⅱ ice core dating with half-year precision: Increasing melting events from 1799 to 2020 in southeastern Greenland(SE-Dome Ⅱアイスコアの半年精度の年代構築:グリーンランド南東部における1799年から2020年までの融解イベントの増加)
著者名:
川上 薫1、飯塚芳徳1、捧 茉優2、松本真依2、斎藤 健1、堀 彰3、石野咲子4、藤田秀二5,6、藤田耕史7、高杉啓太3、畠山 匠8、浜本佐彩7、渡利晃久2、江刺和音7、大塚美侑2、植村 立7、堀内一穂8、箕輪昌紘1、服部祥平9、青木輝夫5,6、平林幹啓5、川村賢二5,6,10、的場澄人1
(¹北海道大学低温科学研究所、²北海道大学大学院環境科学院、³北見工業大学、⁴金沢大学環日本海域環境研究センター、⁵国立極地研究所、⁶総合研究大学院大学、⁷名古屋大学環境学研究科、⁸弘前大学大学院理工学研究科、⁹南京大学、¹⁰海洋研究開発機構)
雑誌名:Journal of Geophysical Research, Atmospheres(地球物理学の専門誌)
DOI:
10.1029/2023JD038874
公表日:2023年10月13日(金)(オンライン公開)

お問い合わせ先

北海道大学低温科学研究所 准教授 飯塚芳徳(いいづかよしのり)
北海道国立大学機構北見工業大学 准教授 堀 彰(ほりあきら)
金沢大学環日本海域環境研究センター 助教 石野咲子(いしのさきこ)
国立極地研究所気水圏研究グループ 教授 藤田秀二(ふじたしゅうじ)
東海国立大学機構名古屋大学大学院環境学研究科 教授 藤田耕史(ふじたこうじ)
弘前大学大学院理工学研究科 准教授 堀内一穂(ほりうちかずほ)

配信元

北海道大学社会共創部広報課
北海道国立大学機構北見工業大学企画総務課広報戦略係
金沢大学理工系事務部総務課総務係
国立極地研究所広報室
東海国立大学機構名古屋大学広報課
弘前大学大学院理工学研究科総務グループ総務担当

1702地球物理及び地球化学
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