2022-10-27 理化学研究所,大阪大学,東北大学
理化学研究所(理研)数理創造プログラムのホワン・ヨングジア研修生、開拓研究本部長瀧天体ビッグバン研究室の長瀧重博主任研究員(理研数理創造プログラム副プログラムディレクター)、大阪大学インターナショナルカレッジのバイオッティ・ルカ准教授、東北大学大学院理学研究科の古城徹准教授らの国際共同研究グループは、連星中性子星[1]の合体に対して一般相対性理論[2]に基づいた数値シミュレーションを行い、合体後に放出される重力波[3]の波形から1cm3当たり1兆kgを超える超高密度物質の性質が詳細に読み取れることを示しました。
本研究成果は、重力波天文学において、中性子星の内部構造や超高密度物質の性質の解明に貢献すると期待できます。
中性子星の中心部のような超高圧下では、中性子や陽子からなるハドロン物質[4]が徐々に融解することで、素粒子からなる新物質(クォーク物質[5])が連続的に現れるとする「ハドロン−クォーク連続性[6]」という理論予想があります。
今回、国際共同研究グループはこの理論予想に基づき、連星中性子星合体の一般相対論に基づいた数値シミュレーションを世界で初めて実行し、合体後高速回転する中性子星から放出される重力波を詳細に解析しました。合体後の超高圧状態が(1)ハドロン物質のままとどまる、(2)ハドロン物質が一次相転移[7]を経て、クォーク物質が突然現れる、(3)ハドロン物質が徐々にクォーク物質に変化する、という3パターンのシミュレーション結果には、高速回転運動を特徴付ける重力波の周波数に明らかな違いが出ることを突き止めました。
本研究は、科学雑誌『Physical Review Letters』オンライン版(10月26日付)に掲載されました。
連星中性子星合体のイメージ図(Credit: University of Warwick/Mark Garlick)
背景
2017年8月17日、人類は連星中性子星が合体する過程を重力波によって捉えることに初めて成功しました[8]。この画期的な観測により、合体した二つの中性子星それぞれの質量や半径などの情報が得られ、中性子星内部の密度・圧力構造などに関する情報なども報告されました。しかし、重力波観測装置の特性から、二つの中性子星が接近して合体する瞬間までを捉えるところまでが限界で、二つの中性子星が衝突した後どのようになったのかは分かりませんでした。
その後も、2019年4月25日に2例目となる連星中性子星合体が観測されました(ただし、この観測は不定性な要素も多く、中性子星とブラックホール[9]の合体あるいは連星ブラックホールの合体である可能性も否定できません)が、やはり連星中性子星が合体した後どうなるかは、重力波では捉えられないまま現在を迎えています。
一方、スーパーコンピュータの発達や一般相対性理論に基づく流体計算技術の向上により、数値シミュレーションによって、連星中性子星が重力波を放出しながら合体し、一つの高速回転する中性子星が形成される様子を詳細に計算できるようになっています。特に興味深いのは、合体後の中性子星の形状が球形ではなく、ラグビーボールやダンベルのような形につぶれることが示されていることです。これに起因する重力波の周波数は、高速回転する中性子星の回転周波数の約2倍と理解されています。具体的には約3キロヘルツ(kHz)という高周波で、現在稼働している重力波検出器の感度では検出は難しく、次世代重力波検出器による観測が期待されています。
本研究では、原子核専門の研究者と天体物理学専門の研究者の分野融合的研究により、重力波天文学への新提案を試みました。
研究手法と成果
ハドロン物質を構成するハドロン同士が互いに重なり合うまで圧縮されると、ハドロン物質が連続的に融解して「クォーク物質」と呼ばれる素粒子からなる新物質に変化するという理論予想「ハドロン−クォーク連続性」があります(図1)。この変化は重い中性子星の中で発現している可能性が高く、特に合体後の中性子星で起きている可能性があります。
図1 ハドロン−クォーク連続性の概念図
低密度(低圧力)下では、クォーク(赤・青・緑の丸)は陽子や中性子(点線で囲まれたハドロン)中に閉じ込められているが、高密度(高圧力)下では、クォークがハドロンから徐々にしみ出して、最終的にはクォーク物質に変わる。
国際共同研究グループの原子核専門のメンバーはハドロン−クォーク連続性に基づく状態方程式(物質の圧力と密度の関係)を構築し、天体物理学の数値シミュレーション用に「クロスオーバー型高密度状態方程式[10]」(以下、クロスオーバー型状態方程式)として公開してきました。天体物理学専門のメンバーは、この数値テーブルを用いて、連星中性子星合体の一般相対論に基づく数値シミュレーションを実行しました。
一般的に、物質が圧縮される際に圧力上昇が大きい場合を「状態方程式が硬い」、逆に圧力上昇が小さい場合を「状態方程式が柔らかい」と表現します。得られた重力波の波形を詳細に解析したところ、合体して形成された中性子星がラグビーボールやダンベルの形につぶれることで放出される重力波の周波数が、3種類の状態方程式(柔らかいクロスオーバー型状態方程式、硬いクロスオーバー型状態方程式、ハドロン型状態方程式)の特性をよく反映していることが分かりました(図2)。
図2 異なる状態方程式に対する連星中性子星合体時の重力波波形とスペクトル
太陽質量の1.35倍を持つ二つの中性子星が合体する際に放出される重力波。左から柔らかいクロスオーバー型、硬いクロスオーバー型、ハドロン型の状態方程式を用いた連星中性子星合体からの重力波の計算結果。上段は重力波振幅の時間変化、下段は重力波周波数スペクトルの時間変化をそれぞれ示す。下段の明るい部分が重力波の強い周波数帯を示す。横軸は時間で、合体の瞬間をゼロ秒としている。
クロスオーバー型状態方程式は、密度が核飽和密度[11]の3倍程度では、ハドロン相だけで構成されるハドロン型状態方程式に比べて硬く、密度が核飽和密度の4倍程度を超えると柔らかくなるという特性があります。
軽い中性子星同士が合体して形成される中性子星は比較的軽く、中心密度が核飽和密度の3倍程度に抑えられるときに多量の重力波が放出されます。この場合、硬いクロスオーバー型状態方程式で表される合体後中性子星は半径が大きいため速く回転することができず、結果的に放出される重力波の周波数は低くなります(図3のM1.25)。
一方、重い中性子星同士が合体して形成される中性子星は比較的重く、中心密度が核飽和密度の4倍程度を超える状況が実現され、そのときに多量の重力波が放出されます。このため、柔らかいクロスオーバー型状態方程式で表される中性子星は半径が小さく、速く回転するため、放出される重力波の周波数は高くなる傾向にあります(図3のM1.30やそれより重い場合)。ただし、クロスオーバー型状態方程式が核飽和密度の関数としてどれくらい硬くなったり、柔らかくなったりするかは、現在の原子核理論では確定できず、不定性が残ります。
そこで、クロスオーバー型状態方程式が柔らかい場合(図3の青線)と硬い場合(図3の赤線)の双方を調べ、ハドロン型状態方程式(図3の黒破線)と比較しました。すると、軽い中性子星同士の合体の場合は、硬いクロスオーバー型状態方程式で表される合体後中性子星は半径が大きくなり、重力波の周波数は柔らかい状態方程式の場合よりも低くなることが分かりました。一方、合体する中性子星が重くなってくると、特に柔らかいクロスオーバー型状態方程式で表される合体後中性子星の半径は小さくなり、重力波の周波数は高くなります。硬いクロスオーバー型状態方程式で表される合体後中性子星は、ハドロン型状態方程式の場合に比べて半径が大きく保たれたままで、重力波の周波数は低めに抑えられていることが分かりました(図3)。
図3 異なる状態方程式・中性子星質量に対する、合体後に現れる特徴的な重力波周波数
横軸は二つの中性子星の質量和(太陽の質量で規格化)。縦軸は、合体後に放出される特徴的な重力波の周波数。図中の数字(M1.25、M1.30、M1.35、M1.375)は、合体前の中性子星一つの質量を太陽質量で規格化した数字を示している。例えば、M1.25は太陽質量の1.25倍の中性子星二つが連星を組み、合体がするケースに相当する。重力波の周波数は、合体後中性子星の半径が小さいほど高くなる。
これらの結果から、ハドロン-クォーク連続性(ハドロン物質が徐々にクォーク物質に変化する)に伴う重力波の特性は、密度とともに単調に硬くなるハドロン型状態方程式(ハドロン物質のままとどまる)や、クォーク物質が現れると一気に柔らかくなる従来の一次相転移型状態方程式(ハドロン物質が一次相転移を経て、クォーク物質が突然現れる)に伴うものとは明らかに異なることを初めて確認できました。
今後の期待
2015年に連星ブラックホールからの重力波が、2017年には連星中性子星からの重力波がそれぞれ初めて検出されました。今後も重力波検出器は感度を高め、さらに多くの観測が行われる予定です。現在の重力波検出器では、今回提案した周波数帯(数キロヘルツ)の重力波の検出にはあまり感度が良くありません。しかし、現在世界最高感度を達成している米国の重力波検出器LIGOは今後もアップグレードを予定しており、数キロヘルツ帯の重力波の検出感度向上も期待されています。
さらに、次世代の重力波検出器の建設計画が欧米を中心に進んでおり(Einstein Telescope計画[12]、Cosmic Explorer計画[13]など)、2030年代には連星中性子星合体後の特徴的な重力波が次々と観測される可能性があります。これらが実現されれば、図3に観測点が次々に刻まれることになります。従って、重力波の観測から、中性子星内部の超高圧化でクォーク物質が現れるのか、現れるとすればどのようにハドロン物質からクォーク物質への変化が起きるのかについての理解が進みます。これは、地上の実験で達成できない超高密度状態における物質の特性が重力波観測によって検証されることを意味しており、宇宙における極限状態の物質の理解に新たなページが加わることになります。
補足説明
1.連星中性子星
中性子星は、太陽の1~2倍程度の質量を持つにもかかわらず、その半径が10km程度の高密度星である。その中心部は、1cm3あたり1兆kgを超える超高密度状態であると考えられている。このような中性子星二つが互いの重力により結合したものが連星中性子星で、電波観測などによって銀河系内にも20個程度の中性子星が発見されている。
2.一般相対性理論
アインシュタインが1915年に発表した重力理論。重力相互作用を時間や空間(あわせて時空と呼ばれる)のひずみとして取り扱う。ビッグバン宇宙やブラックホール、中性子星などの説明に不可欠の理論である。
3.重力波
時空のひずみが波として伝わる現象。アインシュタインが一般相対性理論を発表した直後に予言し、約100年後の2015年にブラックホールの合体からの放出が観測され、その存在が直接的に証明された。
4.ハドロン物質
私たちの体を構成する原子は、中心にある原子核とそのまわりを取り囲む電子から構成されている。原子核は陽子、中性子、中間子からなり、これら三つあるいは二つのクォークが結合してできる粒子を総称してハドロンと呼ぶ。陽子、中性子、π中間子などは、アップクォークとダウンクォークでできたハドロンの典型例であるが、他にもさまざまなハドロンが存在する。これらのハドロンが多数集まってできた物質をハドロン物質と呼ぶ。中性子星の表面から地下数kmまでは、ハドロン物質でできていると考えられている。
5.クォーク物質
クォークは物質を構成する最も基本的な素粒子で、質量の軽い順にアップ、ダウン、ストレンジ、チャーム、ボトム、トップの6種類がある。中性子星の中心部のような超高圧下では、通常の物質が融解してクォークからできた新物質(クォーク物質)が出現すると理論的に予想されている。このクォーク物質は、カラー超伝導と呼ばれる状態になっている可能性があるが、その性質は未解明である。
6.ハドロン−クォーク連続性
ハドロン物質に圧力をかけると、徐々にクォークがしみ出してきて、超高密度でクォーク物質に連続的に変化するという予想。
7.一次相転移
大気圧下で氷に熱を加えると、0℃で氷から水へ、さらに100℃で水から水蒸気に変化する。このような状態変化(相転移)が起こるとき、温度を変えずに熱の吸収や放出が起こる場合を一次相転移と呼ぶ。従来、ハドロン物質からクォーク物質への状態変化は一次相転移であると考えられてきた。
8.世界初の連星中性子星合体からの重力波検出
米国の重力波干渉計LIGOが2017年8月17日に検出した連星中性子星合体からの重力波。それまでに観測されていた連星ブラックホールからの重力波とは異なり、非常に長い時間にわたって重力波が観測された。また、中性子星が合体した直後にガンマ線バーストも検出され、さらにその後、赤外・可視光・X線・電波などさまざまな波長で発生する爆発現象が観測された。
9.ブラックホール
強い重力のために、光を含め、いかなる粒子も逃げ出すことのできない時空領域を持つ天体。一般相対性理論から理論的にその存在が予言されていたが、2015年の連星ブラックホールからの重力波観測により、その存在の決定的証拠が得られた。
10クロスオーバー型高密度状態方程式
ハドロン−クォーク連続性を考慮して作られた高密度物質の状態方程式。クロスオーバー転移では、一次相転移と異なり、潜熱の放出や吸収を伴わず、物質を特徴付ける熱力学量がすべて連続的に変化する。本研究では、”New Neutron Star Equation of State with Quark–Hadron Crossover”,G. Baym, S. Furusawa, T. Hatsuda, T. Kojo, and H. Togashi, The Astrophysical Journal, Volume 885 (2019) 442. で構築された状態方程式を計算に使用した。
11核飽和密度
陽子と中性子からなる原子核の典型的な粒子数密度。大きな原子核になるにつれ、中心の密度は一定密度(飽和密度)に近づく。ハドロン物質やクォーク物質の密度を測る単位としてよく用いられる。
12Einstein Telescope計画
ヨーロッパの次世代重力波観測計画。LIGOが基線長4kmのレーザー干渉計を用いているのに対して、10kmの基線長を計画している。さらに、日本の重力波干渉計KAGRAでも採用されている鏡の冷却や地面振動を抑えるための地下建設を計画しており、重力波検出感度としてLIGOの10倍程度の達成を目指している。2030年代の運用を計画している。
13Cosmic Explorer計画
米国の次世代重力波観測計画。40kmの基線長を計画しており、重力波検出感度としてLIGOの10倍程度の達成を目指している。2030年代の運用を計画している。
国際共同研究グループ
理化学研究所
数理創造プログラム
研修生ホワン・ヨングジア(HUANG Yongjia)
(紫金山天文台(中国)、中国科学技術大学大学院博士課程)
プログラムディレクター初田哲男(ハツダ・テツオ)
客員研究員髙見健太郎(タカミ・ケンタロウ)
(神戸市立工業高等専門学校一般科准教授)
開拓研究本部長瀧天体ビッグバン研究室
研究員祖谷元(ソタニ・ハジメ)
(数理創造プログラム研究員)主任研究員長瀧重博(ナガタキ・シゲヒロ)
(数理創造プログラム副プログラムディレクター)
大阪大学インターナショナルカレッジ
准教授バイオッティ・ルカ(BAIOTTI Luca)
東北大学大学院理学研究科物理学専攻量子基礎物理学講座原子核理論分野
准教授古城徹(コジョウ・トオル)
助教富樫甫(トガシ・ハジメ)
紫金山天文台(中国)Key Laboratory of Dark Matter and Spaces Astronomy
副ディレクターファン・イ・ゾン(FAN Yi-Zhong)
(中国科学技術大学教授)
研究支援
本研究は、日本学術新興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(S)「クォークから中性子星へ:QCDの挑戦(研究代表者:初田哲男)」、同基盤研究(A)「QCDに基づく高密度状態方程式の構築(研究代表者:初田哲男)」、同基盤研究(A)「ガンマ線バースト爆発放射機構の統一的理解(研究代表者:長瀧重博)」、同国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(A))「超新星爆発重力波の解明と原始中性子星での星震学の確立(研究代表者:祖谷元)」、同基盤研究(B)「自転を伴う超新星重力波観測から迫る爆発メカニズムの解明と恒星の最期(研究代表者:祖谷元)」、同新学術領域研究(研究領域提案型)「重力波星震学に基づく原始中性子星状態方程式の制限(研究代表者:祖谷元)」、同基盤研究(C)「Exploring magnetic properties of neutron-star matter through gravitational waves(研究代表者:バイオッティ・ルカ)」、同若手研究(B)「Accurate Modelling to Extract the Variety of Information from the Imminent Detection of Gravitational Waves from Binary Neutron Stars(研究代表者:高見健太郎)」、理化学研究所新領域開拓課題「Evolution of Matter in the Universe(代表者:坂井南美)」による助成を受けて行われました。
原論文情報
Yong-Jia Huang, Luca Baiotti, Toru Kojo, Kentaro Takami, Hajime Sotani, Hajime Togashi, Tetsuo Hatsuda, Shigehiro Nagataki, and Yi-Zhong Fan, “Merger and post-merger of binary neutron stars with a quark-hadron crossover equation of state”, Physical Review Letters, 10.1103/PhysRevLett.129.181101
発表者
理化学研究所
数理創造プログラム
研修生HUANG Yongjia(ホワン・ヨングジア)
開拓研究本部 長瀧天体ビッグバン研究室
主任研究員長瀧重博(ナガタキ・シゲヒロ)
大阪大学インターナショナルカレッジ
准教授BAIOTTI Luca(バイオッティ・ルカ)
東北大学大学院理学研究科物理学専攻量子基礎物理学講座原子核理論分野
准教授古城徹(コジョウ・トオル)
報道担当
理化学研究所広報室報道担当
大阪大学国際部国際学生交流課インターナショナルカレッジ担当
東北大学大学院理学研究科理学部広報アウトリーチ支援室