日本の2050年カーボンニュートラル実現に向けたシナリオ分析~数理モデルを用いてバックキャストにより日本の脱炭素化をシミュレーション~

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2022-10-05 産業技術総合研究所

ポイント

  • 日本が2050年カーボンニュートラルを実現するためのシナリオを提示
  • エネルギー起源CO2排出を全体としてゼロにするためには、ゼロエミッション電源とネガティブエミッション技術が必須
  • カーボンニュートラル実現に向けた技術開発の方向性の検討に貢献

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)ゼロエミッション国際共同研究センター 環境・社会評価研究チーム 小澤 暁人 主任研究員、工藤 祐揮 副研究センター長は、産総研が開発してきたエネルギーシステムをシミュレーションできる数理モデルを用いて、日本が2050年カーボンニュートラルを実現するためのシナリオ分析を行いました。日本が排出する温室効果ガスの大部分はエネルギー起源のCO2であるため、カーボンニュートラルを実現するためには、エネルギーの供給、変換、利用について分析をする必要があります。シナリオでは、2050年までのエネルギー起源のCO2排出、一次エネルギー供給、最終エネルギー消費、電源構成などの推移を、バックキャストする形で示します。本研究により、2050年までにエネルギー起源CO2排出を全体としてゼロにするためには、発電時にCO2を排出しないゼロエミッション電源とネガティブエミッション技術の導入が必須であることが明らかになりました。なお、本成果は2022年9月19日にRenewable and Sustainable Energy Reviews誌にオンライン掲載されました。

開発の社会的背景

2020年10月、日本政府は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、カーボンニュートラルを目指すことを宣言しました。日本における温室効果ガス排出の85%は、エネルギー起源CO2が占めています。CO2排出を削減してカーボンニュートラルを実現するためには、エネルギーを脱炭素化させる“道筋”(シナリオ)を検討しておく必要があります。しかし、CO2排出を大幅削減できる新規技術の多くは未成熟であり、将来の実用化と普及には大きな不確実性が存在します。この不確実性に対処するためには、さまざまな普及の度合いのケースを想定し、複数のシナリオを検討しておくことが有効です。そのため、日本のCO2排出量の変動の代表的な因子を考慮したエネルギー脱炭素化の数理モデルが必要です。

研究の経緯

産総研は、日本のCO2排出削減に向けたシナリオを検討するために、日本のエネルギーシステム全体をシミュレーションできる数理モデルを開発してきました。「産総研MARKAL」と呼ぶこの数理モデルは、国際エネルギー機関(IEA)が提供する「MARKAL」(MARKet ALlocation)というエネルギーモデルのフレームワークに基づいて、日本のエネルギーシステムを分析するために開発してきたものです。将来のエネルギーに関する条件設定を入力することで、CO2排出制約がある中で将来の需要を満たすことができる最適な一次エネルギー供給、最終エネルギー消費、電源構成の推移などをバックキャストする形で算出することができます。モデルに入力する条件設定を変化させてシミュレーションすることで、複数のシナリオを求めることができます。

産総研MARKALを用いて、私たちは2018年に、当時のCO2削減目標だった2050年CO2 の80%削減(2013年度比)を実現するためのシナリオを分析しました(産総研マガジンの記事もご参照ください。https://www.aist.go.jp/aist_j/magazine/20220921.html)。その後、日本政府の2050年カーボンニュートラル宣言を受けて、私たちは2021年から日本の2050年カーボンニュートラル実現に向けたシナリオ分析に着手しました。しかし、2050年CO2 80%削減の分析で使用した従来の産総研MARKALモデルでは、2050年カーボンニュートラルを実現できるシナリオを設定することができませんでした。そこで、モデルの改良に取り組み、2050年カーボンニュートラルを実現するシナリオの策定に至りました。

研究の内容

従来の産総研MARKALモデルは、CO2の大幅削減に必要なエネルギー技術を評価するために開発されてきており、このモデルを使ってカーボンニュートラルを実現可能なシナリオを分析しようとしたところ、答えが求まりませんでした。これは、従来想定されていたCO2大幅削減可能なエネルギー技術の導入だけでは、カーボンニュートラルは達成できないことを意味しています。一方、経済産業省のグリーンイノベーション戦略推進会議で、カーボンニュートラル達成には大気中のCO2を除去するネガティブエミッション技術が必要となることが示されました(詳細は、2021年12月24日に開催された第5回グリーンイノベーション推進戦略会議ワーキンググループ資料6をご参照ください。https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/green_innovation/pdf/005_06_00.pdf [ PDF:551KB ])。これを受け、私たちは産総研MARKALモデルにネガティブエミッション技術の一種であるDACCS・BECCSを組み入れるとともに、再生可能エネルギー(再エネ)、原子力、CCSなどに関する条件設定を最新の研究に基づいて見直しました。

この改良した産総研MARKALモデルを用いて、条件設定の異なる6つのケースを想定して2050年カーボンニュートラルに向けたシナリオを分析しました。表1に各ケースの条件設定を示します。(赤字はベースケースと異なる条件設定を表します。)すべてのケース共通で、エネルギー起源CO2削減目標は2030年 45%削減、2050年 100%削減(いずれも2013年度比)としました。

表1 シミュレーションケース設定

ケース名 再エネ発電容量上限 原子力発電容量上限 年間CO2貯留量上限 輸入水素価格
ベースケース 中位 低位(2050年 19.0 GW) 低位(300 Mt-CO2/年) 高位(2050年 30円/Nm3-H2
再エネ活用ケース 高位 低位(2050年 19.0 GW) 低位(300 Mt-CO2/年) 高位(2050年 30円/Nm3-H2
再エネ停滞ケース 低位 低位(2050年 19.0 GW) 低位(300 Mt-CO2/年) 高位(2050年 30円/Nm3-H2
原子力活用ケース 中位 高位(2050年 34.7 GW) 低位(300 Mt-CO2/年) 高位(2050年 30円/Nm3-H2
CCS活用ケース 中位 低位(2050年 19.0 GW) 高位(400 Mt-CO2/年) 高位(2050年 30円/Nm3-H2
水素活用ケース 中位 低位(2050年 19.0 GW) 低位(300 Mt-CO2/年) 低位(2050年 20円/Nm3-H2

図1にベースケースにおけるエネルギー起源CO2排出量の推移のシミュレーション結果を示します。CO2排出量の合計は2015年以降ほぼ直線的に減少して、2050年にゼロに達しています。排出量の内訳を見ると、発電部門のCO2排出量が2040年にゼロに達して、それ以降は発電部門におけるBECCSの利用によってCO2排出量がマイナスになっています。その一方、2050年においても産業部門を中心としてCO2が排出されています。このCO2排出を相殺するために、2050年に2億1500万トン(215 Mt)のCO2がDACCS・BECCSによって除去されています。

日本の2050年カーボンニュートラル実現に向けたシナリオ分析~数理モデルを用いてバックキャストにより日本の脱炭素化をシミュレーション~

図1 ベースケースにおけるエネルギー起源CO2排出量の推移

図2に6つのケースにおける2050年の電源別発電量のシミュレーション結果を示します。すべてのケースで、2050年は発電時にCO2を排出しないゼロエミッション電源(再エネ発電、原子力発電、CCS付き火力発電、水素発電)のみで構成されています。内訳を見ると、再エネ発電の割合が最も多く49~62%を占めています。また、出力が変動する再エネ発電の導入拡大に合わせて、電力の需給バランスを調整できる調整力電源も導入する必要があります。そのため、輸入水素を燃料とする水素発電が、低炭素な調整力電源としての役割を担うために導入が進みます。2050年の水素発電の割合は、総発電量の23~38%を占めています。

図2

図2 設定した6つのケースにおける2050年の電源別発電量

以上の結果から、日本のエネルギー起源CO2排出を全体としてゼロにするためにはゼロエミッション電源とネガティブエミッション技術の導入が必須であることを明らかにしました。また、これらの技術の2050年までの導入規模を定量的に評価することができました。提示したシナリオは、カーボンニュートラル実現に向けた技術開発の方向性を検討するための基礎的な情報として活用できます。

※本プレスリリースの図1と図2は、原論文Japan’s pathways to achieve carbon neutrality by 2050 – Scenario analysis using an energy modeling methodologyの図を引用・改変したものです。

今後の予定

今回は、ゼロエミッション電源やネガティブエミッション技術といったCO2排出量の変動要因に着目して、2050年カーボンニュートラルに向けたシナリオを分析しました。今後は、現在開発が進められているさまざまな低炭素技術やネガティブエミッション技術、さらに、エネルギー価格や経済成長率、人口などの社会経済的要因を考慮したカーボンニュートラルシナリオについても分析する予定です。

論文情報

掲載誌:Renewable and Sustainable Energy Reviews
論文タイトル:Japan’s pathways to achieve carbon neutrality by 2050 – Scenario analysis using an energy modeling methodology
著者:Akito Ozawa, Tsamara Tsani, Yuki Kudoh
DOI: 10.1016/j.rser.2022.112943

問い合わせ

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
ゼロエミッション国際共同研究センター 環境・社会評価研究チーム
主任研究員 小澤 暁人 E-mail:akito.ozawa*aist.go.jp(*を@に変更して送信ください。)

ゼロエミッション国際共同研究センター
副研究センター長 工藤 祐揮 E-mail:kudoh.yuki*aist.go.jp(*を@に変更して送信ください。)

用語解説
温室効果ガス
温室効果ガスの種類として、二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、一酸化二窒素(N2O)、代替フロン等4ガスが挙げられる。2020年度における日本の温室効果ガス排出量の内訳は、エネルギー起源CO2 84.1%、非エネルギー起源CO2 6.7%、CH4 2.5%、N2O 1.7%、代替フロン等4ガス 5.0%である。カーボンニュートラルを実現するためには、温室効果ガス排出の大部分を占めるエネルギー起源のCO2排出量を全体としてゼロにすることが必要となる。
ネガティブエミッション技術
大気中のCO2を除去する技術。CO2を除去する方法として、工学的手法と自然プロセスを加速させる手法がある。
バックキャスト
目標とする将来像を設定し、それを実現する道筋を未来から現在へとさかのぼって検討する手法。
DACCS
大気中のCO2を直接回収し、貯留する技術。Direct Air Carbon Capture and Storageの略。
BECCS
バイオマスの燃焼により発生したCO2を回収・貯留する技術。BioEnergy with Carbon Capture and Storageの略。
CCS
発電所や工場などから排出されたCO2を回収・貯留する技術。Carbon dioxide Capture and Storageの略。
2030年 45%削減
日本政府が国連に提出した温室効果ガス削減目標では、温室効果ガスを2030年度までに46%削減(2013年度比)するために、エネルギー起源CO2を45%削減(2013年度比)することを目指すと記載されている。この方針に基づいて、2030年のCO2削減目標を設定した。
調整力電源
電力の需給バランスを調整するための電源。電力の安定供給のためには、出力が変動する再エネ発電の導入拡大に合わせて、調整力電源も導入する必要がある。産総研MARKALでは、火力発電、バイオマス発電、水素発電を調整力電源として考慮している。
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