異なる分子軌道が混じり合うことで高い電荷輸送能を発現 ~高性能有機半導体の開発に新たな分子指針を提示~

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2022-06-17 東京大学

発表のポイント

◆有機半導体のキャリア(注1)輸送は、通常、フロンティア軌道(注2)間の相互作用だけで理解されてきました。
◆今回、フロンティア軌道に隣接する他の分子軌道(注3)が有効に混成することで,高いキャリア輸送能を示す有機半導体の開発に成功しました。
◆分子軌道混成に基づく分子設計やキャリア輸送能の理解により、今後の高性能有機半導体および有機エレクトロニクスデバイスの研究開発の加速が期待されます。

発表概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の岡本敏宏准教授、Craig P. Yu特任助教、熊谷翔平特任助教、竹谷純一教授、筑波大学数理物質系の石井宏幸准教授は、分子軌道混成を強く反映したバンド(注4)構造により高移動度(注5)を発現する有機半導体を開発しました。
パイ電子系分子(注6)からなる有機半導体は、室温付近で塗布法(注7)により成膜できることや、軽量性、フレキシビリティに優れるなどの特長から、近未来のハイエンドデバイスへの応用が期待されています。そのためには高移動度を示す有機半導体が必要であり、理論計算・デバイス評価によるキャリア輸送能の理解から分子設計の高度化が求められます。
今回、中央に窒素が導入されたピラジン縮環N字型パイ電子系分子C10Ph−BNTPを開発し、結晶構造(注8)解析、理論計算およびデバイス評価を包括的におこなうことで、フロンティア軌道である最高被占軌道(HOMO、注9)だけでなく,それに続く第二HOMO(SHOMO、注9)や第三HOMO(THOMO、注9)の混成により高移動度を示すことを明らかにしました。
この事実は、従来のようにフロンティア軌道の寄与だけでは有機半導体のキャリア輸送能を十分に理解できず、また新しい有機半導体を開発する上で重要な分子設計指針となることが予想されます。本研究成果に基づく今後の有機半導体開発において、安価で環境に優しいハイエンドデバイスの開発や、未利用エネルギーを有効活用するエネルギーハーベスト(注10)など、次世代の有機エレクトロニクス分野の研究開発の加速が期待されます。
本研究成果は、2022年6月15日付で国際科学雑誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン速報版で公開されました。

発表内容

<研究の背景と経緯>
パイ電子系分子が分子間力により集合した固体である有機半導体は、低温で塗布法による成膜ができ、かつ、フレキシビリティに優れるなどの特長から、次世代のプリンテッド・フレキシブルエレクトロニクス(注11)への応用が期待されています。しかし、原子間の共有結合を介したバンド伝導(注12)により電気を流すシリコンや金属酸化物などの無機半導体と異なり、分子間における分子軌道の小さな重なりを介してキャリアが飛び移るホッピング伝導(注12)により電気を流す有機半導体では、移動度の低さが課題です。一方で、近年の高移動度有機半導体では、共有結合が無いにも関わらずバンド伝導を示すことが知られており、それに基づいた研究開発が有望です。
有機半導体のキャリア伝導では結晶構造やトランスファー積分(注13)が重要な因子ですが、ホッピング伝導の慣習から、これまではフロンティア軌道(例えば、正孔を輸送するp型有機半導体ではHOMO)間のトランスファー積分だけが注目されてきました。しかしながら、バンド伝導の理論に立ち返ると、原子から成る無機半導体しかり、分子から成る有機半導体においてもフロンティア軌道以外の分子軌道もバンド形成に寄与するものと考えられます。

<研究の内容>
はじめに、これまで発表者らが精力的に開発を進めてきたN字型パイ電子系分子C10−DNBDT(T. Okamoto et al., Advanced Materials 2014)の価電子バンドを見直すことにしました。ここでは、強束縛近似および平面波基底の二つの方法でバンド計算をおこないました。強束縛近似によるバンド計算では、特定の分子軌道間のトランスファー積分だけを考慮しており、p型有機半導体の場合、HOMO間のトランスファー積分だけを考慮するのが通例です。一方、平面波基底では全ての軌道が取り込まれ、より現実的なバンド計算が可能です。すなわち、今回、強束縛近似に HOMO/SHOMO間やHOMO/THOMO間のトランスファー積分を取り込む(すなわち、分子軌道混成する)ことで価電子バンドに明瞭な変化が生じるかどうか、さらに平面波基底で得られる価電子バンドとの比較を検証しました。
その結果、ヘリンボーン構造(注14)を持つC10−DNBDTにおいて、SHOMOやTHOMOの混成を取り込むことで、より高精度に平面波基底の計算結果を再現することがわかりました(図1a)。特に、価電子バンド頂上の形から算出された正孔の有効質量(m*、注15)を比較すると、分子軌道混成が効果的かつプラスに影響したと言えます。この結果から、フロンティア軌道だけでなくそれに次ぐ分子軌道をうまく設計することで、有機半導体の移動度向上を図ることができることがわかりました。
さらに、DNBDTの中央のベンゼン環をピラジン環に置き換えた新規N字型パイ電子系BNTPを設計・合成しました。結晶構造解析により、置換基としてアルキル基またはフェニル基を導入することで、一次元的なパイ積層構造からヘリンボーン構造まで劇的に結晶構造制御できることが明らかとなり、とりわけフェニル置換基をさらにアルキル基で修飾したC10Ph−BNTP(図1b)に着目しました。

2204fig1.png

(図1)高性能p型有機半導体(a)C10−DNBDTおよび(b)C10Ph−BNTPの分子構造と計算により得られた価電子バンド。縦軸のエネルギーはそれぞれの価電子バンドの最大値を基準にした。m*は有効質量(単位:電子の質量)を表す。


上述と同様に価電子バンドを計算した結果、C10Ph−BNTPにはより顕著な分子軌道混成が内在しており、C10−DNBDTの約2倍効果的にはたらいていることが推定されました。分子軌道混成を考慮して計算されたm*の値2.03は、考慮無しで計算された値3.18に比べて有意に減少しており、平面波基底で計算された値1.43に近づいたことがわかります。実際に塗布法によりC10Ph−BNTPの単結晶薄膜トランジスタ(注16)を作製したところ、大気下で9.6 cm2/Vsが観測されたため分子軌道混成の影響が支持され、もし従来通りフロンティア軌道HOMOだけを考慮していてはキャリア輸送能の正しい理解に至らなかったと言えます。
今回明らかとなったHOMO/SHOMO/THOMOの分子軌道混成は、
(1)HOMO/SHOMO、HOMO/THOMO間の分子軌道エネルギーが近いこと
(2)HOMOとSHOMO、THOMOの軌道形状が似ていること
に起因するものであり、C10−DNBDTやC10Ph−BNTPの場合、特にHOMO/THOMOの軌道形状が似ていることが分子軌道混成に大きく寄与しました(図2)。

2204fig2.png

(図2)C10Ph−BNTPのHOMO、SHOMO、THOMO。緑色と赤色の楕円が分子軌道を表している。

<今後の展開>
本成果により、分子軌道混成を積極的に活用した新しい指針の下、高性能有機半導体の開発が発展し、安価で環境に優しいハイエンドデバイスや、未利用エネルギーを活用するエネルギーハーベストなど、有機エレクトロニクス分野の研究開発を加速することが期待されます。

本研究成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研究領域 「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」
(研究総括:谷口 研二 大阪大学 名誉教授、研究副総括:秋永 広幸 産業技術総合研究所 ナノエレクトロニクス研究部門 総括研究主幹)
研究課題 「有機半導体の構造制御技術による革新的熱電材料の創製」
研究者     岡本 敏宏(東京大学大学院新領域創成科学研究科 准教授)
研究期間  平成29年10月~令和3年3月

戦略的創造研究推進事業(CREST)
研究領域 「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」
(研究総括:谷口 研二 大阪大学 名誉教授、研究副総括:秋永 広幸 産業技術総合研究所 ナノエレクトロニクス研究部門 総括研究主幹)
研究課題 「バンド伝導性有機半導体を用いたハイブリッド型環境発電素子の開発」
研究者     岡本 敏宏(東京大学大学院新領域創成科学研究科 准教授)
研究期間  令和3年4月~令和5年3月

戦略的創造研究推進事業(CREST)
研究領域 「未踏探索空間における革新的物質の開発」
(研究総括:北川 宏 京都大学 教授)
研究課題 「電子閉じ込め分子の二次元結晶と汎用量子デバイスの開発」
研究者     竹谷 純一(東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授)
研究期間  令和3年10月~令和7年3月

発表雑誌

雑誌名:「Journal of the American Chemical Society」(2022年6月15日付)
論文タイトル:“Mixed-Orbital Charge Transport in N-Shaped Benzene- and Pyrazine-Fused Organic Semiconductors”
著者:Craig P. Yu, Shohei Kumagai, Tomokatsu Kushida, Masato Mitani, Chikahiko Mitsui, Hiroyuki Ishii, Jun Takeya, Toshihiro Okamoto*
DOI番号:10.1021/jacs.2c01357
アブストラクトURL:https://doi.org/10.1021/jacs.2c01357

用語解説

(注1)キャリア:電流の基となる、電荷を帯びた粒子のこと。負の電荷を帯びた電子(エレクトロン)と、半導体の中で電子が抜けて正電荷を帯びた正孔(ホール)とに大別される。主に正孔を流す半導体をp型半導体と呼ぶ。

(注2)フロンティア軌道:分子軌道のうち、電子によって占有された最もエネルギーの高い軌道(HOMO、注9)や、占有されていない最もエネルギーの低い軌道(最低空軌道:LUMO)のこと。

(注3)分子軌道:分子内を運動する電子の空間分布を表す。有機半導体では、隣接する分子との分子軌道の重なりを介してキャリアが伝導する。

(注4)バンド:固体中で原子や分子が規則的に並ぶと、隣接原子・分子間の軌道の重なりによってエネルギー準位の帯(バンド)ができる。占有軌道からできるものを価電子バンドと呼ぶ。量子化学計算などによりバンド構造を計算することで、有効質量(注15)を求めることができる。

(注5)移動度(電荷移動度):固体中におけるキャリア1個あたりの流れやすさ。値が大きいほどキャリアが伝導しやすく、デバイス応用に有利。易動度と表記される場合もある。

(注6)パイ電子系分子:炭素原子による主骨格を有し、一重結合と二重結合が交互に連なった共役二重結合を持つ化合物。共役二重結合に垂直な分子軌道に含まれる電子をパイ電子と呼び、キャリア伝導を担う。

(注7)塗布法:インクで紙に文字を印刷するように、有機溶媒に溶かした有機半導体を基板の上に印刷して半導体膜を形成する手法。有機半導体における最大の強みの一つであり、安価で大量生産が可能となる。

(注8)結晶構造:原子や分子が規則的に並んだ固体(結晶)中の原子や分子の配置構造。

(注9)HOMO、SHOMO、THOMO:電子によって占有された分子軌道のうち、最も高いエネルギーを持つ分子軌道と最高被占軌道(HOMO)と呼び、2番目、3番目に高いエネルギーを持つ占有軌道をそれぞれSHOMO、THOMOと呼ぶ。SHOMO、THOMOはそれぞれHOMO-1、HOMO-2とも呼ばれる。

(注10)エネルギーハーベスト:環境中に存在する光、熱、振動、電波などのエネルギーを電力に変換すること。

(注11)プリンテッド・フレキシブルエレクトロニクス:プラスチックのような機械的に柔軟な電子機器を、インクジェットプリンタや判子のような印刷プロセスによって作製する技術をプリンテッド・フレキシブルエレクトロニクスと呼ぶ。これを実現する材料として、有機溶媒に溶け、固体が柔らかい有機半導体が注目されている。

(注12)バンド伝導/ホッピング伝導:電子が結晶中を広がった波として伝搬する電気伝導機構。高い電気伝導性を示す金属や無機半導体中の伝導機構である。電子が有機半導体中の分子に閉じ込められた粒子のように振る舞い、断続的に分子間を飛び移りながら伝搬する電気伝導機構。

(注13)トランスファー積分:分子軌道間の    相互作用の強さを表すパラメータ。有機半導体では分子軌道の重なりを介してキャリアが移動するため、この値が大きいほど高移動度に有利に働く。強束縛近似を用いたバンド計算に必須なパラメータでもある。

(注14)ヘリンボーン構造:V字形や長方形を縦横に連続して組合せて作られる構造のこと。ニシン(Herring)の骨(Bone)の形から名付けられた。分子軌道の重なりが二次元的に広がることで高移動度に有望な結晶構造様式の一つである。

(注15)有効質量:半導体や金属などの固体中を伝導するキャリアの実効的な質量。自由電子の質量を基準として表され、値が小さい、すなわち軽いほど高移動度でキャリアが伝搬する。

(注16)薄膜トランジスタ:電界効果トランジスタの一種であり、トランジスタを構成する半導体層が塗布法などにより基板上に成膜されたもの。ゲート絶縁層や電極なども任意の方法で成膜でき、またプラスチック基板上にも作製することができるなど、構成材料の組み合わせが多彩である。

お問い合わせ

新領域創成科学研究科 広報室

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