2022-06-15 農研機構
ポイント
農研機構と山梨県が共同で育成した新品種ペレニアルライグラス「夏ごしペレ」の種子の販売が2022年5月より開始されました。 本品種は、放牧用、採草地の完全更新及び簡易更新用として、東北地域及び中部地域の中高標高地帯などの寒冷地2)で利用できます。越夏性3)・収量性に優れ、栄養価の高い牧草の生産、草地の簡易更新4)、転作田などでの飼料生産及び放牧での利用が可能です。
概要
ペレニアルライグラスは、高品質で嗜好性5)が高く初期生育6)と再生力7)に優れ、家畜の生産性8)が高まることから、世界的に最も利用されているイネ科牧草です。近年、北海道では、採草地で雑草抑制・飼料品質向上のためにペレニアルライグラスの追播(ついは)9)や放牧酪農10)のために、ペレニアルライグラスを利用する動きが広がっています。
一方、夏季高温となる本州以南の寒冷地では、十分な越夏性を有するペレニアルライグラスの品種が無かったため、数年で衰退する例が多く、優位性が発揮されていませんでした。
そこで、農研機構は山梨県と共同で課題となっている越夏性を改良し、収量性も既存品種より優れたペレニアルライグラス新品種「夏ごしペレ」を育成しました。
本品種は、主に放牧用また採草地の完全更新及び簡易更新用として、東北地域及び中部地域の中高標高地帯などの寒冷地で利用できます。また、嗜好性が高く、他草種と比べて家畜の増体量も同等以上です。特性や利用方法について詳しくご覧になりたい場合は「夏ごしペレ 栽培マニュアル寒冷地暫定版」をご覧ください。
一般社団法人日本草地畜産種子協会による種子増殖を経て、2022年5月に本格的に種子の販売を開始しました。
関連情報
予算: イノベーション創出強化研究推進事業 「寒冷地・温暖地における高品質多年生牧草の育成と利用年限延長のための技術確立」
品種登録出願番号: 「夏ごしペレ」第33135号(2018年10月25日出願公表)
詳細情報
新品種育成の背景と経緯
海外では牧草として最もよく利用されているペレニアルライグラスですが、日本での活用は限定的でした。しかし、北海道においては、飼料品質の向上のためにチモシーやオーチャードグラス草地にペレニアルライグラスが追播されるようになり、ペレニアルライグラスの種子流通量が大幅に増加しました。一方、本州では夏枯れ等で長期間の利用ができないため、その利用は限定的で越夏性を向上させた品種の育成が望まれていました。
越夏性を向上させた新品種「夏越しペレ」を使うことで、東北地域及び中部地域の中高標高地帯などの 寒冷地における飼料の高品質化が期待されます。
新品種「夏ごしペレ」の特徴
- ペレニアルライグラスの栽培限界地域11)(栃木県那須塩原市)における「夏ごしペレ」の越夏性は、既存品種の中で最も越夏性が高いとされてきた「ヤツユメ」より優れます(写真1)。 東北地域などの栽培適地での越夏性評点は「ヤツユメ」より優れ、盛夏期直後収量は、「ヤツユメ」と比べて12%多収で、越夏後収量も「ヤツユメ」より13%多収です。夏季の病害罹病程度については、「ヤツユメ」と比べて、冠さび病12)は同等かやや弱く、いもち病13)は同等かやや強いです(表1)。
- 放牧を想定した多回刈り試験の結果、「夏ごしペレ」の3年間の合計乾物収量は、「ヤツユメ」と比べて、全ての試験場で同等以上であり、5場所平均では4%多収です(図1)。「フレンド」と比べても全ての試験場で「夏ごしペレ」が優れており、平均で9%多収です(図1)。
- 越冬性評点は「ヤツユメ」と同程度で、東北積雪地での越冬に問題はありません(表1)。
- 出穂始日は「ヤツユメ」より4日早く、「ポコロ」と同程度で晩生です(表1)。
採草利用(年3回刈り)での乾物収量は、「ヤツユメ」と同程度です(表1)。
飼料成分のうち可消化養分総量(TDN)は、「ヤツユメ」と同程度です(表1)。 - 各地での導入試験の結果、「夏ごしペレ」の越夏性、嗜好性、追播適性などの優秀性が確認されています(表2、図2、図3)。
栽培上の留意点
- 夏季にいもち病などが多発する地域では、利用年限が短くなります。最初は小面積での利用をお勧めします。
- ペレニアルライグラスは、窒素施肥への反応性に優れることが知られており、生育量を確保するためには適正な施肥を必要としますので、堆肥や化学肥料を確実に施用してください。
- 放牧利用する場合は、播種翌年は草量が多いので、早期の放牧開始に心がけ、夏季までは放牧頭数を増やすなどの対策が必要です。
- 盛夏期に強放牧を行うと再生できずに枯死することがあります。一方で、夏季の放牧を完全に中止すると草量が多くなり、その場合は、病害が多発する場合があります。そのため夏季の強放牧は避け、軽い放牧により草量が多くなりすぎないような管理が適切です。
- 採草利用する場合は、倒伏しやすいので出穂する前(穂ばらみ期)に刈り取りをしてください。
- ペレニアルライグラスは乾きにくいので、乾草利用には不向きです。サイレージ発酵により、嗜好性に優れた飼料を作ることができます。
品種の名前の由来
越夏性に優れるペレニアルライグラスであることから「夏ごしペレ」と命名しました。
今後の予定・期待
普及対象は酪農や肉用牛生産の農家・法人、コントラクター等の飼料生産組織で、東北地域及び中部地域の中高標高地帯などの寒冷地を中心に、 1,000ha の普及を予定しています。
2022年5月より民間種苗会社(カネコ種苗、雪印種苗、タキイ種苗)から種子の販売が開始されました。
種子入手先
以下からご購入が可能です。まずは下記にお問い合わせください。
■カネコ種苗株式会社(緑肥部)
〒371-8503 群馬県前橋市古市町一丁目50-12
TEL 027-253-0561 | FAX 027-290-1045
■雪印種苗株式会社
〒004-853 札幌市厚別区上野幌1条5丁目1番8号
TEL 011-891-5911 | FAX 011-891-5920
■タキイ種苗株式会社
〒600-8686 京都市下京区梅小路通猪熊東入
TEL 075-365-0123(大代表) | FAX 075-365-0150(代表)
用語の解説
1) ペレニアルライグラス
栄養価が高いため世界で最も利用されている牧草ですが、本州では夏の暑さに弱いため、永続性が劣り、国内ではあまり使われていませんでした。そこで、今回越夏性を大幅に向上させた品種を育成しました。
2) 寒冷地
年平均気温が9℃~12℃の地域で、日本では東北地域や中部地域の中高標高地帯を指します。
3) 越夏性
植物が夏を越える能力があるかを示す尺度で、高温・病害・旱害・雑草などのストレスが関係します 。東北地域で利用されている牧草は主に多年生(数年間利用できる)ですが、夏の高温に弱く、様々な要因で枯死してしまうことがあります 。そのため、近年の地球温暖化と相まって、夏を越える能力である越夏性の向上が急務です。
4) 簡易更新
草地の更新には、プラウで全面耕起して播種する完全更新法と簡易な土壌処理をして播種する簡易更新法 があります 。簡易更新は、全面耕起しないで播種する方法で、牧草の定着をはかるために、経年草地のルートマット等を機械で切断等を行い、土壌を露出させて播種する方法などがあります。 前植生を生かしながら土壌を露出させ播種を行う追播も簡易更新の一つの方法となります。
5) 嗜好性
牛などの家畜が好んで食べるかどうかの指標。
6) 初期生育
種子の播種後の発芽・定着・生育のスピード。
7) 再生力
牧草は家畜により食べられますが、ペレニアルライグラスは直ぐに再生します。その再生する能力のこと。
8) 家畜の生産性
家畜による主産物(乳・肉など)を産出する効率。
9) 追播
通常はトラクター等で耕起を行って前植生を枯らしてから播種を行いますが、ペレニアルライグラスは初期生育が良いため、耕起を行わずに種をまいて鎮圧したり、不耕起播種機を使って播種を行うことがあります。この追い播きのことを「追播」と呼びます。
10) 放牧酪農
酪農は高栄養な飼料を必要とすることから、通常牛舎で濃厚飼料などを与えて搾乳を行います。放牧を活用しながら搾乳を実施する場合は、放牧酪農と呼ばれます。
11) 栽培限界地域
栽培適地とペレニアルライグラスがほとんど枯死する地域との間の地域です。ペレニアルライグラスは寒冷地(年平均気温が 9~12℃)が栽培適地で、栽培限界地域は温暖地(年平均気温が12~15℃)の比較的温度が低い地域になります。
12) 冠さび病 (Puccinia coronata Corda var. coronata)
「ライグラスの最重要病害の一つであり、被害は大きい。関東以南の比較的温暖な地域での発生が多い。初め黄色の腫れ物状の病斑であるが、やがて長さ1~2mm、幅 0.5mm程度の楕円形病斑となり、表皮が破れて中から黄色~オレンジ色の夏胞子が現れる。激発すると、葉身全体が黄色い粉を吹いたように見え、やがて枯死する(農研機構 飼料作物病害図鑑より抜粋)。」
13) いもち病 (Magnaporthe oryzae B. Couch)
「暖地で発生が多い斑点性の糸状菌病。病斑は短い紡錘形で、灰白色、周縁部は褐色となることが多い。大きさは長さ 2~5mm 程度であるが、激発すると病斑が融合し、葉全体を枯らして立枯症状を引き起こす(農研機構 飼料作物病害図鑑より抜粋)。」
近年は、東北地域においてもいもち病の発生が確認されています。
発表論文
藤森 雅博、久保田 明人、秋山 征夫、上山 泰史、保倉 勝己、岸田 諭俊、菊嶋 敬子、保倉 彩、藤村 洋子、田瀬 和浩. 越夏性に優れるペレニアルライグラス(Lolium perenne L.)新品種「夏ごしペレ」の育成. 農研機構研究報告 東北農業研究センター(2019)121:11-26
「夏ごしペレ栽培マニュアル(寒冷地暫定版)」 2020年3月公開
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/PereManual_Mid.pdf
参考図
写真1. 「夏ごしペレ」の播種翌年の越夏後の様子
(2016年9月6日 栃木県那須塩原市)
「フレンド」と「ヤツユメ」は、夏季の病気によりかなり枯れていますが、「夏ごしペレ」はその状況においても緑度を維持しています。
表1.「夏ごしペレ」の主要特性
図1.「夏ごしペレ」の3年間合計乾物収量(ヤツユメ比)
表2.各地での導入事例
図2.導入事例、放牧終了時の様子(岩手県)
オーチャードグラスは残草が多いですが、「夏ごしペレ」は低くまで食い込まれており、嗜好性の高さが明らかでした。
図3.導入事例、越夏性(宮城県)
「夏ごしペレ」は夏季以降の草勢に優れ、雑草の侵入が少ないです。
※同一調査日のフレンド(標準)と比較して有意差あり