2022-05-13 東京大学
○発表者:
吉兼 隆生(東京大学 生産技術研究所 特任准教授)
芳村 圭 (東京大学 生産技術研究所 教授)
○発表のポイント:
◆局地的な降水量や降水頻度には、周辺の地形等が大きく影響する。しかし、従来の予報モデルにその影響を組み込むには、モデルの高解像度化と大量の計算機資源が必要であり、実現が困難だった。
◆広域の気象と複雑な地形等に強く影響された局地気象の関係性をパターン認識し、バイアス補正する手法を開発した。その結果、誤差を大幅に低減し、複雑な地形に対応した降水の推定が可能となった。
◆降水の予報精度向上による水災害リスクの低減や、水資源量の推定への活用が期待される。
○発表概要:
東京大学 生産技術研究所の芳村 圭 教授と吉兼 隆生 特任准教授は、機械学習を用いて局地降水を予測する新たな手法を開発しました。数値予報モデルでは対応が困難である複雑な地形に対応した局地的な降水の推定を可能にします。
山岳などの地形は降水の形成に強く影響します。そのため、山岳周辺で地域ごとに降水特性(降水頻度分布、降水量等)が著しく変化します。例えば、季節風が卓越する冬季において、三国山脈などの複雑な山岳の影響により、10 km程度離れた地点間でも気候特性が大きく異なります。したがって、水災害リスクや水資源量を精度良く推定するためには、地域詳細の気象予測が必要です。近年のスーパーコンピュータの飛躍的な進化と数値予報モデルの発展により、気象予測の精度が大幅に向上しました。しかし、複雑な地形等に強く影響された局地気象の予測精度向上には数値予報モデルの高解像度化が必須であり、膨大な計算機資源を必要とします。また、局地気象は、海域や陸域(植生や都市など)の状況が複雑に関係するため、要因を把握して数値予報モデルを改良することが極めて困難です。
局地気象の予測は生活には欠かせないものであり、天気状況に関連したさまざまな自然現象の変化パターン(天気パターン)を利用した予測(観天望気)が古くから行われてきました。これは、局地気象が天気パターンに深く関係して形成していることを示唆しています。一方、数値予報モデルは、天気パターンに対応した広域での気象現象(例えば温暖前線や寒冷前線等に伴うメソスケール降水システム:注1)については極めて高い予測性能を有しています。そこで、数値予報モデルシミュレーションによる広域での降水形成特性とその中心地点での観測された降水(局地降水)との間に何らかの関係性があると仮定し、その関係性を機械学習でパターン認識することにより局地降水の推定を試みました。
実験結果から、本手法では、数値予報モデルシミュレーションに見られた誤差を大幅に低減し、地形に対応して形成する降水特性の推定が可能であることを示しました。また解析結果から、仮説通りに機械学習が広域でのメソスケール降水システムの形成パターンを認識していることが明らかになりました。これにより、機械学習を用いた手法が持つブラックボックス問題を軽減し、解釈可能性が向上しました。
実際の地形影響を反映した局地降水を推定できる本手法を利用することにより、河川流量や水位、土壌水分量の予測に必要な地域詳細の降水予測精度が改善され、水災害リスクを低減することが期待されます。
○発表内容:
近年のスーパーコンピュータの飛躍的な進化に伴い、数値予報モデルによる気象予測の精度が大幅に向上しました。しかし、複雑な地形等に強く影響された局地気象は正確に再現することが難しく、観測との誤差が大きくなることが問題となっていました(図1)。複雑な地形の効果を含めて精度を向上するためには数値予報モデルの高解像度化が不可欠ですが、そのためには膨大な計算機資源が必要になります。また、局地気象は、地形だけでなく海域や陸域(植生分布や都市効果など)の状況が複雑に関係して形成するため、メカニズムや形成要因の把握が難しく、過程を理解して数値予報モデルに反映することが極めて困難です。
一方で、身近な気象現象(局地気象)の予測は、災害予測はもとより農業や漁業、人や物の移動、健康影響など生活には欠かせないことから、天気状況に関連したさまざまな自然現象の変化パターンを利用した予測(観天望気)が古くから行われてきました[1]。観天望気は現在も船舶の出航判断などに利用されています。これは、局地気象が複雑で予測不可能なものではなく、低気圧の移動や季節風の強弱など広域での天気パターンに深く関係して形成していることを示唆しています。一方、数値予報モデルは局地気象の再現は難しいが、天気パターンに対応した広域での気象現象については極めて高い予測性能を示します[2](図2)。そこで、数値予報モデルシミュレーションによる広域気象特性と観測された局地気象との間に何らかの関係性があると仮定し、その関係性を機械学習でパターン認識することにより局地気象の推定を試みました。
本手法では、機械学習モデルとしてサポートベクターマシン(SVM)の回帰モデルを使用しました。SVMは学習データが少なくても高い精度で推定できる特徴があり、月毎12年間(2007年から2018年)までの時間降水データを使って効率的に学習し推定するのに適していることから採用しました。図3に目的変数(観測値)と説明変数(数値予報モデルシミュレーションによる降水分布)の関係を示します。観測はレーダー観測値をアメダス観測値で補正した雨量解析値、シミュレーションでは解像度5kmの気象庁メソ数値予報モデルによる降水量データを用いています。機械学習により降水の空間分布特性を補正した後で、従来型のバイアス補正手法である分位マッピングを適用して量的な補正を実施しました。本研究では、首都圏への水災害・水資源への影響を考慮して中部山岳地域を含む領域での局地降水推定を行いました。
実験結果から、数値予報モデルシミュレーションの誤差を大幅に低減し、地形に対応して形成する降水特性(降水頻度分布、降水量等)の推定が可能であることを示しました(図4)。従来型のバイアス補正手法では困難であった時間降水量の空間頻度分布が正確に補正され、量的にも観測値とほぼ同じ分布特性が推定されています。また、空間自己相関の解析結果から、機械学習では、観測や数値予報モデルシミュレーションでの代表的空間スケールよりも大きな空間スケールを持つ降水システムを認識して局地降水を推定していることが明らかになりました(図5)。機械学習による推定値の空間スケール(約5000km2)は、説明変数で設定した降水分布のスケールにほぼ対応していたことから、機械学習で用いた説明変数と目的変数が適切であることが示されました。数値予報モデルシミュレーションでは、個々の対流雲の時間変化や、対流雲同士が強く相互作用して形成するスコールライン(線状降水帯)を正確に再現することが極めて困難です。そのため、機械学習ではそれらの小さなスケールの降水システムは認識されず、低気圧や季節風などの広域での天気パターンに対応した比較的大きなスケールの降水システムを認識したと推測されます。また、対流雲やスコールラインは天気パターンに対応したメソスケール降水システムに伴って形成することが指摘されており、推定された局地降水の時間変化に対応して分位マッピング手法を適用することにより、間接的に対流雲やスコールラインによる降水の効果を含めて推定しています。これが、本手法により観測値にほぼ対応した推定結果が得られた理由であると考えられます。
一般に機械学習はブラックボックスであり、機械学習が何を認識して推定したのか正確に理解することは困難です。トラブルが発生した時に原因が分からず、問題を解決できないことも想定されます。パフォーマンスを効率的に改善することもできなくなるかもしれません。一方で、本手法のように観測事実に基づき説明変数と目的変数の関係を明確にすることにより、ブラックボックス問題を軽減し、手法の適用限界を示すことができます。また、入力データ(観測、数値シミュレーション)が適切でなければ、機械学習モデルが高性能であったとしても正しく推定することはできません。本研究での推定精度の高さは、入力データで使用した気象庁の観測および数値予報モデルシミュレーションのデータの品質が極めて高いことを示しています。
実際の地形影響を反映した局地降水を推定することにより、中小規模河川流域での流量予測の精度向上が期待されます。本手法で得られた推定値を陸域水循環シミュレーションシステムToday’s Earth Japan(注2)に適用し、水災害リスクの低減を目指します。
なおこの研究は、宇宙航空研究開発機構 委託研究 日本域陸面水文量モデルシステムの開発・評価および全球モデルへの適用検討(JAXA)(JX-PSPC-533980)、内閣府総合科学技術・イノベーション会議の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)、環境省環境研究総合推進費(S-20)(JPMEERF21S12020)、文部科学省統合的気候モデル高度化研究プログラム領域テーマA全球規模の気候変動予測と基盤的モデル開発(TOUGOU)(JPMXD0717935457)、JST未来社会創造事業「顕在化する社会課題の解決」領域 地表面水文量予測情報を利用した流域治水の先進的な実践(JST)(JPMJMI21I6)の成果の一部です。
参考文献
[1]Kimura, R. (2002). Numerical weather prediction. Journal of Wind Engineering and Industrial Aerodynamics, 90(12-15), 1403-1414.
[2]メソモデル・局地モデル(気象庁ホームページ).
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/whitep/1-3-6.html
○発表雑誌:
雑誌名 :「PLOS Water」(5月12日)
論文タイトル:A bias correction method for precipitation through recognizing mesoscale precipitation systems corresponding to weather conditions
著者 :Takao Yoshikane, Kei Yoshimura
DOI番号 :10.1371/journal.pwat.0000016
○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
特任准教授 吉兼 隆生(よしかね たかお)
○用語解説:
(注1)メソスケール降水システム
個々の対流雲(積乱雲など)が組織的にまとまって持続的に降水をもたらす数十から数百キロメートル四方の大きさを持つ機構。代表的なものとしてスコールライン(線状降水帯を含む)、温暖前線、寒冷前線等の前線帯に伴う降水、小型低気圧などがある。通常の低気圧よりも時空間規模が小さく天気図に表れにくいが、豪雨をもたらす主要因であり降水予測精度に大きな影響を与える。
(注2)陸域水循環シミュレーションシステムToday’s Earth Japan
陸上の水循環をより詳細に把握するためにJAXAと共同で開発されたシステム。日本域においておおよそ30時間先までの降水予報値(気象庁提供)を入力し、約1 km解像度での河川流量、水位、土壌水分量など水災害に関係した予測値を出力する。
https://www.eorc.jaxa.jp/water/index_j.html
○添付資料:
図1 機械学習による降水空間分布の補正手法。領域Aでの数値予報モデルシミュレーションによる降水分布(105km四方)を説明変数(右上図)、領域Aの中心に位置する格子での観測値を目的変数(左上図)として、対象年以外の11年間の時間降水量データを用いて学習し、対象年の数値予報モデルシミュレーションのバイアス補正を実施した(下図)。観測データは、気象庁から提供された雨量解析、メソ数値予報モデルGPVを使用。本手法では、機械学習による推定値に対し従来型の補正手法である分位マッピング手法を用いて量的補正を実施した(下図)
図2 2015年1月の領域A(図1)での観測(棒グラフ)と数値予報モデルシミュレーション(線グラフ)の領域平均降水量の時系列。数値予報モデルシミュレーションで広域での降水変動特性がよく再現されている。
図3 過去12年間(2007年から2018年)の1,4,7,10月の降水頻度の空間分布。0.1mmh-1以上を降水ありと定義して降水頻度の交差検証を実施。左から、観測、本手法による推定値、シミュレーション(気象庁メソ数値予報モデル)、従来型補正法(分位マッピング手法)の結果を示す。従来型補正法では、空間分布が補正されず、数値予報モデルシミュレーションとほぼ同じ分布特性になるが、本手法では観測にほぼ対応した空間分布特性を推定した。
図4 1,4,7,10月の月降水量の12年間平均(2007年から2018年)の空間分布。本手法により観測に対応した降水量分布が推定されているのに対し、従来型補正法では改善はみられない。
図5 降水システムの代表的空間スケール(7月)。特定地点における自己相関係数分布(上図)では、暖色は特定地点との自己相関係数が高い地点を示す。下図は、全地点において自己相関係数が0.7以上の地点を合計した面積を示す。観測では自己相関係数が高い面積が小さく、個々の対流雲や小規模の降水システム(スコールライン)が卓越していることがわかる。数値予報モデルシミュレーションでは、観測とほぼ同じスケールの降水システムの特徴は再現できるが、形成位置や時間を正確に再現することができない。そのため機械学習では、観測値に対応し数値予報モデルで再現可能な天気パターンに対応した広域での降水システム(約80km四方)を認識していることが分かる。