2022-04-22 高輝度光科学研究センター,理化学研究所
高輝度光科学研究センター(JASRI)ビームライン技術推進室の工藤統吾主幹研究員、佐野睦主幹研究員、糸賀俊朗主幹研究員、後藤俊治コーディネーター、情報技術推進室の松本崇博主幹研究員、理化学研究所放射光科学研究センター先端放射光施設開発研究部門の高橋直上級技師らのグループは、従来観測できなかった太陽光の一億倍にも達する高輝度光ビームの中心を非破壊で観察する方法の開発に成功しました。
この方法は、将来計画されている回折限界シンクロトロン放射光リングで求められる超高輝度光の精密な計測の実現につながり、放射光を利用した数多くの科学技術全体を前進させる大きな一歩となることが期待されます。
タンパク質のX線構造解析をはじめとする基礎科学のみならず産業界においても無数の成果を生み出し続けるシンクロトロン放射光※1の歴史的な未解決課題として、光源であるアンジュレータ※2から出る光ビームの中心位置の直接的な計測法の開発が待望されていました。アンジュレータ光は種々の波長の光を含む準白色であり、リング加速器特有の偏向電磁石の放射との識別の困難さもある上に、超高輝度であるが故の熱負荷の問題から、それらのモニタリングは長年の放射光技術の難問でした。今回、研究グループはこの難問に、従来に無い新しい方法で決着をつけました。
研究グループは、大型放射光施設SPring-8※3 BL05XUの光学ハッチ最上流の真空チャンバー内に単結晶ダイヤモンド薄膜を設置して、アンジュレータ光を透過させました。透過点からの散乱X線をピンホールカメラと2次元検出器による分光イメージング技術を用いて解析すると、これまで観察されたことがなかったアンジュレータ光のエネルギーごとの空間分布が可視化できることが分かりました。これは、従来の主流であった複数の金属ブレードなどを用いる方法の弱点を克服し、真の光ビーム中心の観測に初めて成功したものです。
本研究は、最先端のX線光子検出技術である2次元検出器のエネルギー分解能を用いた分光イメージングを初めてビーム計測に応用したものです。今後、放射光の性能を格段に上げる鍵となる技術として世界各国で採用されることが期待されます。
今回の研究成果は、国際科学雑誌、「Journal of Synchrotron Radiation」に5月1日(オンライン版は4月20日)に掲載されました。
【論文情報】
題名:An X-ray beam profile monitoring system at beamline front-end by combining a single-crystal diamond film and energy discrimination using droplet analysis
日本語訳:ビームラインフロントエンドにおける、単結晶ダイヤモンド薄膜とドロップレット解析によるエネルギー弁別を組み合わせたX線ビームプロファイルモニターシステム
著者:Togo Kudo, Mutsumi Sano, Takahiro Matsumoto, Toshiro Itoga, Shunji Goto and Sunao Takahashi
ジャーナル名:Journal of Synchrotron radiation
DOI: 10.1107/S1600577522002466
【研究の背景】
高エネルギー荷電粒子加速器から発生するシンクロトロン放射光が、様々な物質の研究に威力を発揮することがわかってから半世紀が過ぎました。現在では、世界各国に放射光施設が建設され、バイオや物質科学をはじめとする無数の科学技術での成果が上がっています。より小さな試料をより速く解析するために、放射光の高輝度化は世界中で進められ、90年代には輝度が太陽光の一億倍にも達する光源であるアンジュレータ主体の第3世代放射光リング加速器が登場しました。SPring-8もこうした第3世代の光源として建設され、近い将来回折限界リング加速器へと、さらなる高輝度化を目指す計画も進んでいます。このシンクロトロン放射光の長い歴史において一つの難問が存在していました。
人類にとって明るすぎて直視できない光、これがアンジュレータによるシンクロトロン放射光の現実でした。つまりその光の中心を直接見ることができないのです。なんらかの方法で光を弱めてやらなければ、「光の中心がどこを通っているか」を正確に把握することは不可能なのでした。そのため、光ビームの周辺部を計測して、中心の位置を見積もる方法などが考案されましたが、これらでは加速器の中で発生する他の光が邪魔をし、正確な位置を計測することが不可能でした。そのため出射されている光の情報が不十分なまま加速器の運転を行う他ありませんでした。
そこで研究グループは、X線の透過性に優れ、高熱負荷にも耐久するダイヤモンド薄膜のX線励起発光を用いたビーム中心の可視化に取り組んできました。しかし、ダイヤモンドの発光では、ビーム透過部が平坦に輝くだけの画像しか得られず、光ビームの中心だけを選択的に可視化する方法が望まれていました。
【研究内容と成果】
本研究では、光源であるアンジュレータからの出射ビーム(準白色光)が、2結晶分光器の下流(単色光)では容易に中心を観測できることに着目しました。しかし、分光を行わない直接の放射光には、様々な波長の成分が広く空間分布しているために、中心の識別は不可能であったのです。一方で、分光結晶の振動やドリフトがあると、正確なビーム位置を計測することは不可能となるため、光源加速器の安定性の指標となる光中心計測には、結晶分光器上流での光の観測が不可欠です。つまり分光器を使わないで波長成分を識別する方法があれば、光ビームの中心を把握することは可能だということに着目しました。
研究グループは「ダイヤモンド薄膜のX線散乱が、光源のエネルギー分布の情報を保存しているはず」と考え、その空間分布をピンホールカメラ※4で撮像することを考案しました(図1)。高い透過性のダイヤモンド薄膜は熱負荷に強く、かつビームをほとんど減衰させないため非破壊で下流の実験に用いることができます。また、用いるダイヤモンド薄膜として、ピンホールカメラ画像を劣化させる回折スポットの発生位置が正確に予想できる人工ダイヤモンド単結晶薄膜を採用しました(図2A~C)。このピンホールカメラ画像について2次元検出器SOPHIAS(注1、注2)を用いて取得後、ドロップレット解析※5の手法を用いて光子エネルギー弁別すると、任意の波長で可視化された数学的な美しさのあるアンジュレータ光の断面が現れました(図3)。これらは、光源の設計においてシミュレーションされていた形状と一致していました(図4)。これまで、光源からの光の空間分布が「どのようになっているか」は可視化確認されておらず、放射光利用が開始されて久しい今日において、初めて計算どおりの空間分布が得られている様子が可視化されました。
図1 実験のレイアウト
図2 A 水冷式ダイヤモンド薄膜 上半分の黒い部分は多結晶、下半分の透明部は単結晶
B 多結晶によるピンホールカメラ画像 (エネルギー分解無しの場合)
C 単結晶によるピンホールカメラ画像 (エネルギー分解無しの場合)
図3 計測された光の断面形状
図4 SPECTRA(注3)により計算された光の断面形状
注1)Hatsui et.al., Proc. Int. Image Sensor Workshop, Art. No. 3.05 (2013)
注2)Hatsui and Graafsma, IUCrJ, 2, (3), 371-383 (2015)
注3)Tanaka and Kitamura, J. Synchrotron Radiation, 8, 1221 (2001)
【今後の展開】
今後、よりエネルギー分解能とフレームレートの高い2次元検出器を本方法に採用することで、鮮明にシミュレーションと一致する画像が短時間で得られることが期待されます。この際、高速のエネルギー弁別アルゴリズムの開発も欠かせません。また画像情報から中心を高速で推定するAIも必要です。これらを総合することで、光中心位置データをリアルタイムに計測し続けるシステムが実現し、超安定な光源の開発につながります。本方法は、世界で初めて高輝度のアンジュレータ光を直視することで、その中心を計測した新しい手法であり、日本発のこの技術は、世界中の放射光施設に採用されてゆく可能性があります。最先端の光科学を牽引する回折限界リングでは、現在よりも厳しい光源の安定性が求められており、本技術は将来の放射光科学発展のカギとなるものです。
ここで紹介した研究は、日本学術振興会(No. 19K12654)による科学研究費助成事業 基盤研究(C)の助成を受け、SPring-8の利用研究課題として行われました。
【用語解説】
※1. シンクロトロン放射光
高エネルギー物理の研究にために建設された粒子加速器で荷電粒子の進行方向が曲がるときに放射される強力な光のこと。もともとは粒子加速の効率を妨げるやっかいな光とされたが、物質科学研究に威力を発揮する光源となりうることがわかり、この光を利用することが積極的に行われるようになりました。現在ではシンクロトロン放射光専用の加速器の建設は世界各国に広がっています。
※2. アンジュレータ
電子加速器によりほぼ光速に加速された電子ビームを、周期的な磁場を形成する強力なネオジム磁石の配列により蛇行させることで発生する電磁場を光ビームとして取り出す装置のことで、大型放射光施設SPring-8はアンジュレータ主体の放射光施設です。
※3. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等はJASRIが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。
※4. ピンホールカメラ
針穴カメラともよばれ、理科の教材としてボール紙などで製作されることもあります。内側を黒く塗った箱の一面に針で穴をあけ、反対側の面に半透明なスクリーンを貼ると、スクリーンに風景が映ります。これはレンズを用いることが難しいX線でも有効なカメラとなります。ただしピンホールを通過するX線は微弱となり、画像が暗くなります。本研究では、光子を一個ずつ分離してエネルギー解析するために、適当に暗いピンホールカメラの光学系は逆に有利です。
※5. ドロップレット解析
光子が半導体に入射して生成する信号電荷は、光子のエネルギーに比例するため、信号電荷量から入射光子一つ一つのエネルギー(波長)がわかります。しかし画像検出器の場合、画素と画素の中間付近に入射した光子が生成する信号電荷は複数の画素にまたがって回収されることになり、そのままでは光子のエネルギーがわからなくなります。ドロップレット解析は、複数画素にまたがってしまった信号電荷量を、画像解析のアルゴリズムで回復し、入射光エネルギーの情報を正確に得るものです。
《問い合わせ先》
工藤 統吾(クドウ トウゴ)
公益財団法人 高輝度光科学研究センター
ビームライン技術推進室 主幹研究員
高橋 直 (タカハシ スナオ)
国立研究開発法人 理化学研究所 放射光科学研究センター
先端放射光施設開発研究部門 上級技師
(報道に関すること)
理化学研究所 広報室 報道担当
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課