イノシシ出没ハザードマップを作成~岩手県におけるイノシシの分布拡大の変遷から出没確率を予測~

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2022-02-15 森林総合研究所,岩手県立大学

ポイント

  • 岩手県で分布域を広げているイノシシが、今後どこに出没するかを予測するハザードマップを作成しました
  • 標高・植生・土地利用という誰でも利用可能なデータから予測できます
  • この手法はシカやサルなどの分布域を広げている他の哺乳類にも使える可能性があります

概要

国⽴研究開発法⼈森林研究・整備機構森林総合研究所と岩⼿県⽴⼤学の研究グループは、岩⼿県で分布域を拡⼤しているイノシシの出没を予測するハザードマップを作成しました(図1)。宮城県南部以北のイノシシは明治期に⼀度絶滅しましたが、近年になり再度分布域が北⽅に拡⼤しています。岩⼿県でも2007年に⽬撃されて以来、現在ではすでに県全域で確認されるようになりました。本研究では、岩⼿県におけるイノシシの出没の変遷をまとめ、2007年〜2010年を移⼊期、2011年〜2017年を拡⼤期、2018年以降を定着期と呼べることを⽰しました(図2)。さらに、種の分布モデル(*⽤語1)を⽤いた機械学習法(*⽤語2)により、岩⼿県内の出没予測図の作成を試みました。その結果、標⾼・植⽣・⼟地利⽤の3つの環境データを⽤いることで、精度の⾼い出没予測図を作成することができました。出没確率が⾼い地域では、現在まだイノシシが出没していなくても、今後出没し被害の発⽣が危惧されます。そのため、この出没予測図をハザードマップとして⽤いることができます。また、岩⼿県と⾃然環境が似ており、最近になって⽬撃情報の相次ぐ⻘森県三⼋上北地⽅にもこのハザードマップは適⽤できると考えられます。さらには、全国各地で分布域が拡⼤しているシカ、サル、クマ類においても、同様の⼿法でハザードマップを作成し、被害防除に活⽤できると期待されます。
本研究成果は、2022年2⽉9⽇に⽇本哺乳類学会の専⾨誌「哺乳類科学」でオンライン公開されました。

背景

北海道を除く⽇本全国の森林でイノシシの分布域が広がっており、それに伴い農作物被害および⼈⾝被害が問題となっています。東北地⽅では、かつてはイノシシが広く分布していたものの、明治期に東北地⽅の多くの地域で絶滅しました。それ以降100年近く宮城県南部がイノシシの分布域の北限となっていましたが、2000年ころから分布域が北⽅に拡⼤し、2007年に岩⼿県で明治期の絶滅以降初めて⽬撃されました。その後、分布域の拡⼤が続き、2017年には⻘森県への侵⼊が確認されました。

内容

本研究では、岩⼿県内のイノシシの出没状況の変遷をまとめ、今後の出没予測図を作成しました。
2007年に県南部の奥州市で1件⽬撃されたのが岩⼿県での最初の⽬撃でした。その後、2010年まで岩⼿県内では⽬撃されませんでしたが、2011年より県南部を中⼼に⽬撃が増え、2018年には県内全域で⽬撃されるようになりました。イノシシによる農作物被害は2012年に初めて発⽣し、2014年から2017年にかけて増加しました。この状況から2007年〜2010年を岩⼿県におけるイノシシの移⼊期、2011年〜2017年を拡⼤期、2018年以降を定着期と定義しました(図2)。尚、岩⼿県内では現時点でまだイノシシによる⼈⾝被害は発⽣していないため、被害は全て農作物被害を指します。
2007年以降の岩⼿県内の出没データ(⽬撃、被害、捕獲情報をまとめたもの)を⽤いて、種の分布モデルにより出没予測図の作成を試みました。予測をするために、標⾼・植⽣・⼟地利⽤・⼈⼝・年間最⼤積雪深の5つの環境データを⽤いました。これらは国⼟地理院や政府が公開しており、誰でも無料でウェブサイトからダウンロードして使うことができるオープンデータです。5つの環境データの全組み合わせで予測図を作ったところ、標⾼・植⽣・⼟地利⽤の3つを⽤いた際に最も信頼度の⾼い予測図ができました。さらに、2007年〜2017年の出没データを⽤いて作成した予測図と、2018年および2019年に出没した地点を⽐較したところ、出没の予測確率が⾼い地域ほど実際に出没していることが確認されました(図3)。予測に⽤いるデータ量が多いほど作成される予測図の信頼度が⾼くなることも確認されたため、2019年までの全データを⽤いて作成した出没予測図(図1)は、今後のイノシシ出没のハザードマップとして使うことができると期待されます。
本研究における予測はあくまでも「出没確率」であり、「⽣息確率」ではありません。⼈が住んでいない標⾼が⾼い地域や森林などでは⽬撃や被害発⽣などの「出没」を確認することはなくても、すでに⽣息している可能性があります。

図1.岩手県で分布域を拡大しているイノシシ出没ハザードマップ
図1
2017年~2019年の出没データを用いて作成したイノシシの出没予測図。この図をハザードマップとして用いることが可能です。図中の細線は市町村界を示します。

図2.2007年移入期から2018年以降定着期までの岩手県におけるイノシシ出没の変遷を示す図
図2
岩手県内のイノシシの分布拡大の変遷。図中の□は5kmメッシュを示し、メッシュごとの目撃件数を色分けしました。

図3.出没の予測確率が高い地域に実際出没していることが確認できる図
図3
2007年~2017年の出没データから作成した出没予測図に、2018年~2019年に実際に出没した5kmメッシュ(□)を重ねたもの。

今後の展開

本研究で作成したハザードマップを、岩⼿県および県内各市町村で情報共有することにより、イノシシの被害対策に役⽴てることができます。さらに、すでにイノシシが侵⼊してしまった⻘森県においても、太平洋側の三⼋上北地域では岩⼿県と⾃然環境が似ているため、岩⼿県での出没データをそのまま⻘森県に適⽤して出没ハザードマップを作ることができるでしょう。
本研究で⽤いた⼿法は地域は限定しないため、北陸のように東北以外でイノシシの分布域が拡⼤している地域においても、同様の⼿法でその地域独⾃のハザードマップを作成することができます。さらには、ニホンジカ、ニホンザルなどのように各地で分布域を広げて森林被害や農作物被害が発⽣している動物に対しても、この⼿法は応⽤できると考えられます。

論文

タイトル:岩⼿県におけるイノシシ Sus scrofa の分布拡⼤の変遷と出没確率の予測

著者:⼤⻄ 尚樹、今⽥ ⽇菜⼦、⼀ノ澤 友⾹

掲載誌:哺乳類科学、62巻1号(2022年2⽉9⽇)

論⽂URL:https://doi.org/10.11238/mammalianscience.62.21

用語解説

*1 種の分布モデル
⽬的とする⽣物種の分布地点とその環境条件を調べ、その対応関係から統計的にその種の分布域全体を推定しようとする⼿法。

*2 機械学習
データ分析法の1つで、機械(コンピューター)が学習データに基づいて⾃ら学習し、データの背景にあるルールやパターンを発⾒する⽅法。近年、AI(⼈⼯知能)の構築に⽤いられることで知られるディープラーニングも機械学習の1つです。

お問い合わせ先

研究担当者:
森林総合研究所 東北支所 動物⽣態遺伝チーム⻑ ⼤⻄尚樹

広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係

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