2021-12-24 東京大学
1.発表者:
Joseph Falson (カリフォルニア工科大学 材料工学科 助教授)
小塚 裕介 (研究当時:科学技術振興機構 さきがけ研究者/物質・材料研究機構 磁性・スピントロニクス材料研究拠点 主任研究員)
塚﨑 敦 (東北大学金属材料研究所 低温物理学研究部門 教授)
川﨑 雅司 (東京大学大学院工学系研究科 附属量子相エレクトロニクス研究センター・物理工学専攻 教授/理化学研究所創発物性科学研究センター 強相関界面研究グループ グループディレクター)
Klaus von Klitzing(マックス・プランク固体研究所 二次元電子系部門 部門長)
Jurgen H. Smet(マックス・プランク固体研究所 固体ナノ物理グループ グループリーダー)
2.発表のポイント:
◆高品質な酸化物半導体である酸化亜鉛の電子密度を極限まで減らすことで、強い電気的な反発の影響が顕著に表れる電子の本質的な相図(注1)を見出すことに成功しました。
◆これまで電子相図の研究には化合物半導体であるヒ化ガリウムが用いられてきましたが、高品質酸化亜鉛を用いてより希薄な電子を作ることに成功し、初めて電子の相図の観測に至りました。
◆電気的な反発を考慮した電子の相図は1930年代ごろより研究されており、物理学では根本的かつ実験が困難な問題でした。本成果により、高品質酸化亜鉛は電子相図の基礎理論を検証する最適な材料であることが示されました。
3.発表概要:
東京大学大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター・物理工学専攻の川﨑雅司教授(理化学研究所創発物性科学研究センター強相関界面研究グループ グループディレクター)が率いる研究グループは、東北大学金属材料研究所の塚﨑敦教授、カリフォルニア工科大学のJoseph Falson(ジョセフ・フォルソン)博士のグループおよびマックス・プランク固体研究所のJurgen H. Smet(ヨルグン・シメット)博士のグループと共同で、高品質酸化亜鉛を用いることで、電気的な反発が強い電子集団の本質的な相図を解明することに成功しました。
多数の原子から成る物質は温度や圧力などの外部環境によって気体・液体・固体と変化し、その関係を示す「相図」は物質を特徴づける上で最も基本的な情報です。同様に電子の集団に対しても相図を作ることは可能であり、1930年代ごろから多くの物理学者が、電子理論的・実験的側面からこの問題を研究してきました。しかし、物質と異なり、電子の集団を物質中から取り出すことはできないため、これまでは電子の散乱が極めて少ない高純度の化合物半導体であるヒ化ガリウム中の電子が調べられてきました。特に、電子の相図を決定する上で最も重要な要素は、電子は原子と違いマイナスに帯電し互いに反発する影響を考慮することです。しかしながら、電気的反発の影響が強くなる希薄密度の電子を作り出すことは、ヒ化ガリウムでは電子散乱が大きくなってしまい、これまで不可能でした。
今回の研究では、電子間の反発の力が顕著になる希薄な電子を純度が高く、結晶品質の良い酸化亜鉛中に形成することに成功し、はじめてこの領域の電子相図を実験的に明らかにすることに成功しました。このことにより、高品質酸化亜鉛は電子相図という電子の基本的な性質を調べるのに最も適した材料であることが示されました。
本研究成果は英国科学雑誌『Nature Materials』に2021年12月23日(英国時間)に掲載されました。
本研究は科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ「量子計算のための高品質酸化亜鉛を用いた材料基盤創出」(No. JPMJPR1763)、戦略的創造研究推進事業CREST「トポロジカル絶縁体ヘテロ接合による量子技術の基盤創成」(No. JPMJCR16F1)、ドイツ研究振興協会(FA 1392/2-1)、米国国立科学財団(NSF Grant PHY-1733907)の支援を受けて行われました。
4.発表内容:
<背景>
多数の原子から成る物質の最も基本的な性質の一つは、温度や圧力などの外部環境によって気体・液体・固体の相が変化することであり、その関係性を示す「相図」は物質の最も基本的な情報です。そして、原子だけでなく電子が多数集まった集合に対しての相図は、1930年代ごろから現在にいたるまで理論的および実験的側面から多くの物理学者によって研究され続けています。実験的には、電子の集団のみを物質内部から取り出すことはできませんが、非常に高品質なヒ化ガリウムを用いると、電子はほとんど原子と衝突しないため、純粋な電子集団の示す相図を調べる研究が可能となります。特に、マイナスに帯電する電子が原子と最も異なる特徴として互いに反発する力を及ぼす効果は、電子の密度が原子の密度の0.01%程度以下になる極めて希薄な状態で顕著に表れます。しかしながら、ヒ化ガリウムでこの電子密度を達成しようとすると電子の散乱が大きくなり、電子の本質的な相図を実験的に検証できないことが課題となっていました。
<研究内容>
本研究グループは、代表的な酸化物半導体である酸化亜鉛を高品質化すると、電子の反発の影響が顕著になる希薄な電子密度になるにつれ、電子の散乱はむしろ低く抑えられることを2015年に発表しています。今回、この高品質酸化亜鉛を絶対零度(注2)付近まで冷却することにより、希薄な電子の相図を実験的に見出すことを試みました(図1)。物質の相図の場合、外部環境として温度と圧力を変化させることが慣例となっていますが、物質中の電子の場合、電気を帯びているため温度や圧力に加え、電子密度や磁場が重要なパラメータとなります。それに加えて、物性研究では温度が絶対零度の状態が最も電子の本質を表すと考えられています。
本研究では、絶対零度より約0.01℃だけ高い温度において、本研究グループで開発された高品質酸化亜鉛中の電子密度と外部の磁場を変化させて電気抵抗を精密に測定することにより電子の相図を決定しました(図2)。電子の場合は気体・液体・固体の相に加え、磁気の性質の最小単位となるスピン(注3)を持つため、磁気の状態も含めた相図となります。例えば、すべての電子のスピンが同じ方向を向いている永久磁石と同様の「強磁性」と呼ばれる磁気状態や、隣り合う電子のスピンが反対を向く「反強磁性」、各々の電子のスピンがばらばらな「常磁性」などがあります。今回の実験結果によれば、電気抵抗の状態は主に低・中・高の3状態があり、理論と比較するとそれぞれ、「常磁性液体」、「強磁性液体」、「強磁性固体」に対応することが明らかとなりました。このような希薄な電子の詳細な相図を実験的に決定する研究は、高品質酸化亜鉛を用いた極低温計測によって今回初めて可能となりました。
<今後の展望>
本研究で得られた電子の相図は、物質によらず純粋に電子の集団的性質を反映しており、今後の電子論発展の基礎となるものです。今回得られた相図では、理論的に予測されている「反強磁性固体」の相に対応するシグナルが電気抵抗の測定で観測されなかったため、今後理論的な精査が必要となります。
5.発表雑誌:
雑誌名:「Nature Materials」(英国時間:2021年12月23日)
論文タイトル:Competing correlated states around the zero field Wigner crystallization transition of electrons in two-dimensions
著者:J. Falson*, I. Sodemann, B. Skinner, D. Tabrea, Y. Kozuka, A. Tsukazaki, M. Kawasaki, K. von Klitzing, J. H. Smet
DOI番号:10.1038/s41563-021-01166-1
アブストラクトURL:https://www.nature.com/articles/s41563-021-01166-1
6.用語解説:
(注1)相図
水などの物質が圧力と温度などの外部環境によって安定に存在する気体・液体・固体の領域を示した図(図3)。より広義には、物質以外にも電子などの素粒子にも適用可能であり、圧力や温度以外にも磁場や密度などの内部・外部環境に対して定まる物理的状態を示した図として用いられます。
(注2)絶対零度
摂氏マイナス約273.15℃であり、物理的に最も低い温度。
(注3)スピン
電子の自転運動に対応します。電子は物理的制約で特定の速さの右回転か左回転の2種類のみ許されます。電子は電荷をもっているため、スピンによって小さな磁石となります。多くの物質ではスピンは電子ごとにばらばらであるため、磁気的な性質は現れず、「常磁性」と呼ばれます。一方、物質中に存在する電子のスピンの方向がすべて同じ方向に揃えば大きな磁気的な性質を示し、「強磁性」と呼ばれます。
7.添付資料:
図1.酸化亜鉛試料の写真
酸化亜鉛試料の電気測定にはチタン電極を蒸着し、電極に対してインジウムを用いた半田で配線を行います。
図2.酸化亜鉛試料の電気抵抗測定と理論の電子相図との比較
高品質酸化亜鉛試料の電子密度と外部磁場を変化させたときの電気抵抗と対応する領域の理論的電子相図の予測を示します。電子密度は1cm2あたりの数で表され、物質中の原子の密度はおよそ1014cm-2であるため、電子数は原子数に比べ0.01%程度の希薄な状態です。
図3.水の相図
外部環境として圧力と温度を変化させたときの水の変化を示した相図を示します。