「熱インダクタンス現象」の実証に成功、高度な熱制御の応用に期待
2021-12-16 産業技術総合研究所
ポイント
- 材料両端の温度差とは局所的かつ過渡的に逆向きの熱流が発生する「熱インダクタンス現象」を理論的に解明
- 熱伝導方程式から導いた理論式の妥当性を精密電気計測により実証
- 電流波形の制御による電子部品の局所冷却・放熱技術などへの応用に期待
概要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)物理計測標準研究部門 応用電気標準研究グループ 大川 顕次郎 研究員、天谷 康孝 主任研究員、藤木 弘之 副研究部門長、金子 晋久 首席研究員らは、材料両端の温度差とは逆向きの熱流が局所的かつ過渡的に発生する「熱インダクタンス現象」が、ある条件の下では材料によらず普遍的に生じることを初めて解明した。
今回、産総研では熱伝導方程式に基づき、電流による固体材料中の熱の流れを理論的に解析し、厳密解からある瞬間の材料両端の温度差とは逆向きの熱流が材料中央部に発生する「熱インダクタンス現象」の発現条件を明らかにした。さらに、理論に基づき電流の周波数を最適化することで、「熱インダクタンス現象」を熱電材料において実証することができた。なお、本プレス発表では前述のある瞬間の材料両端の温度差とは逆向きに材料中央部で熱が流れることを「熱の逆流」と呼ぶ。
小型・集積化が進む電子機器では、性能劣化や故障を防ぐため、熱の制御が重要な課題となっている。今回の成果は、固体材料の従来にない局所的熱制御技術に道を開くもので、これまで困難であった小型・集積電子部品内等の熱が集中する箇所の効率的な局所冷却や放熱技術への応用が期待される。
なお、この発見の詳細は、2021年12月16日に出版される学術誌「Communications Physics」に発表される。
本研究の「熱インダクタンス現象」の概念図(左)と、原理実証実験の結果(右)
開発の社会的背景
近年、電子機器はより小型化・高密度化しているため、発熱密度の増加が問題となっている。電子機器内で熱が集中する箇所の局所冷却・放熱のために、高度な熱制御技術が求められている。機器内の熱の流れを電気回路に見立てた熱回路設計は、熱疲労による性能劣化を抑え、部品寿命と安全性を確保する基盤技術として重要である。
研究の経緯
産総研では、これまで電圧、抵抗などの物理量の精密測定技術を開発し、国家計量標準として確立してきた。電気回路に電流を流す際、回路上に温度勾配があると、熱電効果によって熱起電力が生じ、測定値の不確かさに影響を与える。そのため、精密電気計測においては、精密な熱の解析技術が求められる。これまで培った技術を活用して、熱電材料のゼーベック係数の絶対測定(2017年11月22日産総研プレス発表)などの計測技術開発や、フレキシブル熱電モジュールの開発(2018年1月23日産総研プレス発表)に取り組んできた。そして今回、固体材料の中央部において局所的かつ過渡的に発生する「熱インダクタンス現象」の原理を解明し、その実証に取り組んだ。
温度変化を妨げる熱流が発生する現象は、電気回路におけるインダクタンス(コイルに流れる電流を妨げるように誘導起電力を生じさせる要素)になぞらえて、熱回路において温度変化を妨げるような熱流を発生させる「熱インダクタンス」によるもの、とみなすことができる。しかし、熱力学第二法則に従って、そのような現象を実現するには外部から何らかの仕事を加える必要があるため、これまでに報告例は数少なく、流体中での自然対流を利用した発熱体の冷却現象や、極低温での特殊で大規模な実験系による報告のみである。また、特殊な低周波の交流電流を流した際の熱電材料において、「熱インダクタンス現象」のような特異な熱流生成が経験則として知られていたが、その原理は未解明であった。
研究の内容
今回、熱電効果の一種であるペルチェ効果に着目し、外部から与える交流電流による材料内部の熱の動きを熱伝導方程式で解析した結果、「熱インダクタンス現象」がある条件を満たしたときに材料によらず普遍的に生じることを見出した。
一般的に固体材料に正極から負極へ電流を流すと、ペルチェ効果により電極と材料の界面で発熱・吸熱が生じ、材料中に温度勾配が生じる。今回、熱伝導方程式から得られた厳密解から、その温度勾配は電流の周波数によって大きく異なることが示された(図1)。図1左列は直流電流を材料の左端から右端に流した場合の様子を表しており、材料左端の温度が高く、右端の温度が低い。そのため、熱は左から右に流れている。図1中央列と図1右列は、交流の電流を材料に流し、左右の材料端がそれぞれ高温と低温になり大きな温度差が生じている瞬間の状態の典型的な一例を表している。
例えば、試料長15 mmのビスマス-テルル(Bi-Te)系熱電材料の場合、10 Hz以上の交流電流を流すと、電流の向きが短い周期で交互に変わるため、ペルチェ効果により生じる熱流(発熱・吸熱)は相殺される。その結果、材料の内部は均一な温度分布となり熱流はほとんど生じない(図1右列)。しかし、約40 mHzの交流電流を流した場合には、電流の向きの反転速度に材料の熱応答が追いつかないので、ペルチェ効果により材料両端の温度差とは逆向きの温度勾配が材料中央部に生じる。温度勾配の方向は熱が流れる方向と同じなので、この場合、材料中央部では逆向きに熱の流れる現象が見られる。この現象を本プレス発表では「熱インダクタンス現象」と呼ぶ(図1中央列)。また、電流の方向の反転に伴い熱流の方向も反転する(図2のオンライン版プレスの動画も参照)。今回初めて、このような熱流の生成を熱伝導方程式の厳密解に基づいて定量的に説明できることを確認した。
図1 直流および異なる周波数の交流電流を流した材料中の温度・熱流分布
図2 「熱インダクタンス現象」のイメージ
左端が高温、右端が低温となった瞬間は、全体として左から右に流れる熱流の中で、中央部では逆向きの熱流が生じる。そして、交流電流の周期に従って、熱流の向きも反転を繰り返す。
熱伝導方程式の厳密解から、この熱の逆流現象は試料長と熱拡散率、電流の周波数からなる無次元パラメータF (図1参照)が1程度のときに生じること、銅などの一般的な金属においても普遍的に生じるが、熱電効果が大きい材料ほど大きな熱の逆流が生じることが予測された。そこで、室温付近で最も優れた熱電特性を持つBi-Te系熱電材料を用い、ゼーベック効果を利用して、図3左図に示す試料の電圧測定用配線間である中央部で生じるわずかな温度勾配を電気抵抗に変換して精密計測を試みた。試料の中央部における電気抵抗の周波数依存性を測定した結果と厳密解による解析モデルから算出される電気抵抗が、広い周波数の範囲で良く一致した(図3右図)。中央部で温度勾配の生じない色付きの周波数範囲よりも高周波側と比較して、色付き範囲よりも低周波側ではゼーベック効果による起電力の向き(温度勾配の向き)と電流の向きが一致するのでオームの法則から抵抗値が増加している。これは材料両端の温度差と同じ方向に材料中央部でも熱が流れていることを意味する。一方、色付きの周波数範囲では、ゼーベック効果による起電力の向き(温度勾配の向き)と電流の向きが逆となり、高周波側と比較して、抵抗値の減少が観測されている。この結果は、材料両端の温度差とは逆向きの熱流が材料中央部に発生しており、熱インダクタンスに類似した熱の逆流現象が厳密解の示す周波数範囲において実際に起こることを示した。
図3 「熱インダクタンス現象」の原理実証実験
試料写真(左)と中央部の電気抵抗の周波数依存性(右)。右図の色付きの周波数範囲(今回の試料・セットアップでは約20 mHzから約100 mHz)が図1中央列に対応。
本研究で「熱インダクタンス現象」の基礎原理が解明できたことで、熱流方向が一定となる適切な波形の電流を流すことにより熱の逆流を利用した局所的な冷却が可能になる。例えば、無次元性能指数zT = 1の高性能な熱電材料を用いると、室温(27 ℃)で10 mA(46 mHz)の電流を流すと、5秒後に試料中央部で約90 μWの熱の逆流が実現する。材料開発や最適な熱設計により冷却能を向上させることができるので、小型・集積化の著しい電子部品内の熱が集中する箇所への効率的な冷却など、従来にはない高度な局所的熱制御技術に展開できる可能性がある。また、近年研究が盛んな熱のダイオード、熱のトランジスタ、そして熱のメモリーなどの熱制御技術と併せて、将来的には熱を効果的に用いたコンピューティングシステムの実現も期待される。
今後の予定
今後は、「熱インダクタンス現象」を利用した熱制御技術の実現に向け、外部熱源との位相同期手法や印加する電流値の最適化などの成果を電子部品の局所冷却・放熱技術として実装していく。
論文情報
掲載誌:Communications Physics
論文タイトル:Reverse heat flow with Peltier-induced thermoinductive effect
著者:Kenjiro Okawa, Yasutaka Amagai, Hiroyuki Fujiki & Nobu-Hisa Kaneko
用語の説明
- ◆熱インダクタンス・熱インダクタンス現象
- 熱インダクタンスは電気回路でのインダクタンスに対応する、熱回路における概念。電気回路のインダクタンスの定義(電流変化によって生じる誘導起電力)にならい、温度変化を妨げる熱流として考えられている。実際には熱力学第二法則からの要請により、外部から何らかの仕事を加えない限り熱の逆流は起こりえない。本プレス発表では、特定の低周波の交流電流を流した際に、ある瞬間の材料両端の温度差での熱流発生方向に対して、中央部で局所的に逆向きの熱流が発生する現象を「熱インダクタンス現象」と呼ぶ。
- ◆厳密解
- ある与えられた方程式が成り立つよう、式の変数に近似値を代入する方法で得られた解を数値解と呼ぶ。厳密解は、そのような近似値を使わず、条件式を組み合わせて求めた解を指す。
- ◆熱回路
- 固体中の熱流を理解するために用いる考え方。電子部品等の発熱・放熱で用いられる概念で、電子回路と似た熱回路の設計ができる(図4)。熱抵抗は電気抵抗、熱容量は電気容量に対応する。これまでは電気回路設計のインダクタンスに相当する熱インダクタンスが欠けていた。
図4 電気回路と熱回路の各要素の対比関係 - ◆熱電効果
- 電気エネルギーと熱エネルギーの相互効果。ペルチェ効果は熱電効果の一種で、異種金属間に電流を流すと、それらの接合面において発熱や吸熱が起こる現象。その逆過程である、温度差を与えることで起電力が生じる現象がゼーベック効果である。また、特に熱電効果の大きい材料、熱エネルギーを電気エネルギーに効率良く変換できる合金や半導体のことを熱電材料と呼ぶ。
- ◆熱力学第二法則
- 熱は自然に高温部から低温部へ流れるが、系に外部から何らかの仕事を与えない限り、その逆過程(低温部から高温部への熱の移動)は実現できないとする物理法則。
- ◆無次元性能指数zT
- 熱電材料の熱から電力への変換効率の指標。zTが大きい材料ほど高性能な熱電材料である。現在、室温付近ではBi-Te系材料が最も高いzT (約1)を示すとされている。
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