1兆分の3秒で進む分子の構造変化を追跡~結合生成に伴い金原子同士が折れ曲がった状態から直線形へ

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2019-11-28 理化学研究所

理化学研究所(理研)光量子工学研究センター超高速分子計測研究チームの倉持光研究員(開拓研究本部田原分子分光研究室研究員)、開拓研究本部田原分子分光研究室の竹内佐年専任研究員(同チーム専任研究員(ともに研究当時))、田原太平主任研究員(同チームチームリーダー)らの共同研究チームは、10フェムト秒(1フェムト秒は1,000兆分の1秒)の光パルスを用いた独自の計測手法により、瞬間的な化学結合の生成に伴って3ピコ秒(1ピコ秒は1兆分の1秒)で進む分子の構造変化を直接追跡することに成功しました。

本研究成果は、化学結合の生成という化学の最も基礎的な過程、そしてそれに伴った分子形状の変化の一部始終を明らかにしたもので、今後、化学結合の開裂・生成の操作に基づいた化学反応の制御・効率化に貢献すると期待できます。

今回、共同研究チームは、ジシアノ金錯体[1]の会合体という紫外光を吸収することで瞬間的に金原子間に化学結合が形成する金属錯体に着目し、紫外光照射直後の瞬間の分子構造とその後の変化を「フェムト秒時間分解インパルシブ・ラマン分光法[2]」と呼ばれる独自の最先端分光計測法を用いて調べました。その結果、紫外光の照射からわずか0.2ピコ秒で金原子間の結合が縮まり、その後3ピコ秒かけて徐々に分子の形状が、金原子間が折れ曲がった状態から直線形状へと変化していくことが分かりました。これは、化学結合の生成とそれに伴った分子構造の変化をリアルタイムで追跡した画期的な成果といえます。

本研究は、米国化学会の科学雑誌『Journal of the American Chemical Society』の掲載に先立ち、オンライン版に11月27日付、日本時間11月28日に掲載されました。

背景

化学反応では化学結合の開裂や生成にともなって分子の構造が変化し、新しい物質が生まれます。反応が起きている間に分子の形がどのように変化していくのか、その一部始終をリアルタイムで観測することは化学者の夢の一つです。こうした分子の構造変化の中でも化学結合の生成過程を直接観測することは、それを任意のタイミングで開始させる手段がなかったこと、そしてそれに伴う分子を構成する原子の動きがフェムト秒(1フェムト秒は1,000兆分の1秒、10-15秒)~ピコ秒(1ピコ秒は1兆分の1秒、10-12秒)と非常に速いことから、これまで困難であると考えられてきました。

これに対して共同研究チームは、紫外光を吸収することで金原子間に共有結合を形成するユニークな金属錯体、ジシアノ金錯体の会合体に着目しました。ジシアノ金錯体は、金原子間に働く弱い相互作用によって水中で数珠状に緩くつながれた会合体を作りますが、紫外光を吸収すると金原子間に強固な結合が形成され、分子の構造が直線型の構造になることが理論計算により提唱されていました。

そこで、共同研究チームは独自の分光計測手法を駆使することで、ジシアノ金錯体会合体における結合形成過程とそれに伴った素早い分子の構造変化のリアルタイム観測を試みました。

研究手法と成果

共同研究チームは、結合の生成に伴った素早い分子の構造変化を観測するために、独自に開発した「フェムト秒時間分解インパルシブ・ラマン分光法」と呼ばれる分光計測法を用いました。

まず、波長310ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)の紫外光を用いて、水溶液中のジシアノ金錯体の三量体を励起し、金原子間に結合を生成させました(図1)。次に、100兆分の1秒(10フェムト秒)の時間幅を持った極短可視パルス光を照射し、インパルシブ誘導ラマン[3]と呼ばれる過程を利用して、励起状態にある三量体の金原子間の結合を一斉に揺さぶり、この揺れる様子を時間的に遅れたもう一つの極短可視パルス光を使って、実時間で観測しました(図1)。

こうして観測される金原子間の伸縮振動には、揺さぶった瞬間において金原子がどのように強く結合しているか、また分子がどのような形状をしているかに関する詳細な情報が含まれています。反応を開始させる紫外光を照射してから金原子間の結合を揺さぶる光を照射するまでのタイミングを変えながら測定を行うことで、フェムト秒の時間領域におけるジシアノ金錯体三量体の構造変化の追跡を行いました。

ジシアノ金錯体水溶液のフェムト秒時間分解インパルシブ・ラマン分光の概念図の画像

図1 ジシアノ金錯体水溶液のフェムト秒時間分解インパルシブ・ラマン分光の概念図

1.ジシアノ金錯体の水溶液に波長310nmの紫外光を照射し、金原子間に結合を形成させる。

2.次に100兆分の1秒(10フェムト秒)の極短可視パルス光を照射することにより、金原子間の結合を一斉に揺さぶる。

3.金錯体が伸び縮みする様子を、2と同様のもう一つの極短可視パルス光を使って実時間で観測する。

ジシアノ金錯体三量体の分子振動の変化を追跡したところ、まず紫外光照射直後(0.2ピコ秒後)に金原子間の伸縮振動に帰属される86cm-1の振動数を持つ分子の振動(約390フェムト秒周期)が明瞭に観測されました(図2A紫線)。金原子間の伸縮振動の振動数は、金原子間の結合の強さを表します。観測された振動数は結合生成前(約30cm-1)に比べて非常に高く、このことから結合の生成に伴っておよそ0.2ピコ秒以内で金原子間の収縮が起こり、その距離が縮まっていることが分かりました。一方で、この金原子間の伸縮振動は、紫外光照射から時間が経つにつれてその振動パターンが徐々に変化することも分かりました(図2A)。

フーリエ変換[4]による定量的な解析を行い、分子の揺れを振動スペクトル[5]の形にしてみると(図2B)、その振動数はおよそ3ピコ秒かけて徐々に高くなっていくことが分かりました(図2C)。量子化学計算から得られる知見と併せて解析を行った結果、観測された振動数の変化は、強固な結合が形成されたことによってジシアノ金錯体三量体が曲がった形状から直線型の構造へと変形する過程であることが分かりました(図2C)。

ジシアノ金錯体のフェムト秒時間分解インパルシブ・ラマン分光のデータの図

図2 ジシアノ金錯体のフェムト秒時間分解インパルシブ・ラマン分光のデータ

A.結合生成に伴うジシアノ金錯体の分子振動の変化。振動のパターンが、紫外光照射からの遅延時間とともに徐々に変化していくことが分かる。

B.Aの分子振動をフーリエ変換により振動スペクトルの形にすると、90cm-1付近に現れる金原子間の伸縮振動に対するバンドが、徐々に高振動数にシフトしていく様子が分かった。

C.左は、実験的に得られた金原子間の伸縮振動の振動数の時間変化であり、振動数は3ピコ秒の時定数(緩和時間)で変化したことを示している。右は、理論計算(量子化学計算)で得られた振動数と金原子間の角度の関係。分子が直線形状へと近づくことにより、金原子間の伸縮振動の振動数が高くなることを示している。これらにより、観測された振動数の変化は強固な結合が形成されたことによって、ジシアノ金錯体三量体が曲がった形状から直線型の構造へと変形する過程であることが分かった。

ジシアノ金錯体の結合形成に伴う構造変化は、最先端のX線自由電子レーザーや時間分解吸収分光法を用いた研究でも統一的な理解が得られず、世界的な論争として大きな注目を集めてきましたが、先端的な振動分光法を用いることにより、今回その全貌が初めて明らかになりました(図3)。特に、他の手法ではとらえられないテラヘルツ(THz、1THzは33cm-1)領域の分子振動の観測が今回の知見につながりました。このように化学結合が生成することで、分子の中で原子核がどのようにして、どのような時間スケールで動き、どのように反応生成物が生まれるのかの一部始終が本研究により明らかになりました。

ジシアノ金錯体の会合体における結合生成過程とそれに伴った分子構造の変化の図

図3 ジシアノ金錯体の会合体における結合生成過程とそれに伴った分子構造の変化

ジシアノ金錯体三量体は、紫外光照射後約0.2ピコ秒で結合の収縮が起こり、強固な結合が形成されたことによって、その後約3ピコ秒かけて曲がった形状から直線形状へと変形したことが、フェムト秒時間分解インパルシブ・ラマン分光で明らかとなった。

今後の期待

今回、最先端の分光学的手法を駆使することにより、化学結合の生成という化学の最も基礎的な過程において分子の構造がどのような時間スケールで、どのように変化していくのか、その一部始終が明らかになりました。

本研究は、化学反応に対する最も基礎的な理解を与えるだけではなく、化学結合の開裂・生成を操作し、より効率的な反応を実現するための技術を開発する上で大きな一歩になると考えられます。

補足説明

1.ジシアノ金錯体

本研究で用いたのは、金(Ⅰ)イオン(Au)にシアン化物イオン(CN)がニつ結合した直線状の金属錯体。金めっきに広く用いられる。

2.フェムト秒時間分解インパルシブ・ラマン分光法

100兆分の1秒程度の非常に短い光パルスを分子に照射すると、分子内の原子が強制的に振動を始める。この振動を、もう一つの光の吸収あるいは散乱強度の時間変動として観測し、その周波数解析により振動数を決める手法をインパルシブ・ラマン分光法という。さらに、化学反応など分子の変化を引き起こすための励起光を照射した後、経過時間を変えながらインパルシブ・ラマン分光測定を行い、10兆分の1秒の時間スケールで分子の構造変化を調べることができる手法を、時間分解フェムト秒インパルシブ・ラマン分光法と呼ぶ。

3.インパルシブ誘導ラマン過程

100兆分の1秒(10フェムト秒)程度の非常に短い光パルスを分子に照射すると、分子内の原子が強制的に、一斉に振動を始める。これをインパルシブ誘導ラマン過程と呼ぶ。

4.フーリエ変換

さまざまな振動成分から構成されている信号から、各成分を抽出する数学的手法。時間領域の信号のフーリエ変換を行うと、元の信号にどのような周波数成分の振動がどのような割合で含まれているかという情報がスペクトルとして得られる。

5.振動スペクトル

多原子分子には各原子の動きの組み合わせにより、一定数の基準振動と呼ばれる分子の振動(伸び縮みの繰り返し運動)モードがある。振動スペクトルは分子がどのような振動数の基準振動を持つかを示す。これら基準振動の振動数はその分子の状態や周りの環境に対して鋭敏に変化するので、振動スペクトルからは分子構造に関する詳細な情報が得られる。

共同研究チーム

理化学研究所 光量子工学研究センター 超高速分子計測研究チーム

研究員 倉持 光(くらもち ひかる)

(開拓研究本部 田原分子分光研究室 研究員)

開拓研究本部 田原分子分光研究室

専任研究員 竹内 佐年(たけうち さとし)

(光量子工学研究センター 超高速分子計測研究チーム 専任研究員(ともに研究当時))

主任研究員 田原 太平(たはら たへい)

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