巨大な海洋渦が暖かい海水を南極大陸方向へ運ぶ東南極トッテン氷河を下から融かす主要な熱源

ad

2021-10-26 国立極地研究所,東京海洋大学,水産研究・教育機構,北海道大学

東南極で最大級の規模を有するトッテン氷河(注1)の周辺域では、近年、氷床(注2)質量の減少が報告され、また、将来の大規模な氷床流出も懸念されています。国立極地研究所の平野大輔助教、東京海洋大学の溝端浩平助教、水産研究・教育機構の佐々木裕子研究員、北海道大学低温科学研究所の青木茂准教授らの研究グループは、水産庁漁業調査船「開洋丸」および南極観測船「しらせ」により実施された大規模な海洋観測で取得した現場観測データと衛星観測データを統合的に解析し、トッテン氷河の沖合に定在する巨大な海洋渦が、比較的温度の高い海水を効率的に南極大陸方向へと輸送していることを明らかにしました。氷河末端に流れ込む暖かい海水は、氷床を下から融解することで氷床流出の引き金となるため、本成果は、氷床の質量損失が加速するトッテン氷河域での質量損失プロセスの包括的理解につながると期待されます。

巨大な海洋渦が暖かい海水を南極大陸方向へ運ぶ東南極トッテン氷河を下から融かす主要な熱源

図1:東南極のトッテン氷河末端域。左側の青い部分は海。

研究の背景

南極大陸を覆う氷床は、大陸沿岸に向かってゆっくりと流れ、やがて氷山となって海に流出します。氷床末端域には、氷床から海に突き出した「棚氷(たなごおり)」という部分があり、この棚氷には、氷床・氷河の流動を抑制するという重要な役割があります(図2)。しかし、棚氷の下に暖かい海水が流れ込むと、棚氷が底面から融かされて薄くなり、その結果、流動を抑制する力が弱まって、海洋への氷床の流出が増大してしまいます。つまり、「周りの海」を知らずして、氷床の質量変動を正しく理解することはできません。このようにして氷床が海に流れ出してしまうと、海水準が上昇するだけでなく、世界を巡る海洋大循環の駆動力をも弱めてしまいます。南極氷床の質量損失は、全球の海水準変動や気候システムに対し、大きなインパクトを有すると考えられています。

図2:(左)海面に対する南極氷床底面の標高。白抜きの領域は,氷床基盤が海面よりも下に位置する領域を示す(Morlighem et al., 2020)。(右)海洋による氷床末端部・棚氷の融解プロセスを示す模式図。


東南極・トッテン氷河の流域には、全球の海水準を3~4m上昇させる量に相当する氷床が存在し、近年、この地域の氷床質量損失が報告されています。このトッテン氷河とその周辺の氷床は、氷床基盤が海面よりも低い場所に存在するため(図2)、海洋からの熱供給に対してより脆弱であると考えられています。過去1回のオーストラリアによる観測により、沖合を起源とする暖かい水がトッテン氷河の前面に分布することは分かっていましたが、そもそもこの暖かい水がどのように沖合から大陸氷河方向へと運ばれるかについては不明でした(図2の枠で囲まれた部分)。

近年の研究で、トッテン氷河の沖合には、複数の巨大な(水平方向に100-200km程度)時計回りの海洋渦が常に存在していることが明らかになっています(文献1)。そこで研究グループは、この巨大な海洋渦が大陸方向へ沖合の暖かい水を運ぶ重要な役割を担っているであろうと考え、これを実証すべくトッテン氷河沖での海洋観測を行いました。

研究の内容

水産庁漁業調査船「開洋丸」の第10次南極海調査(2018年12月~2019年2月)、および、第61次南極地域観測隊(2019年11月~2020年3月)における南極観測船「しらせ」での航海において、トッテン氷河沖合の広域で海洋観測を実施し、水温・塩分・溶存酸素などの鉛直プロファイルデータを取得しました。両航海での海洋観測地点のうち91地点で得られたデータと、衛星による観測データを統合して解析を行いました。

その結果、大陸斜面に沿った水温の分布を見ると、暖かい水は東西方向に一様ではなく、むしろ点在して分布するという状況が観測されました(図4左)。このような特に暖かい水(図4で白線で囲まれた部分)は、定在渦の東側、つまり南下流域に分布していました(図4右)。このことは、時計回りの定在渦によって沖合の暖かい水が効率的に大陸方向へ運ばれていることを示すものです(図2右)。

図3:トッテン氷河沖に定在する巨大渦:西から,ビンセンネス渦,ポインセット渦,西サブリナ渦,東サブリナ渦。黄色の丸は,「開洋丸」による海洋観測点を示す。また,ピンクの矢印は,特に暖かい水(コア)が観測された場所を示す。

図4:大陸斜面(図3の黄色の太線)に沿ったトッテン氷河沖での東西方向の(左)海水温の分布。白い線で囲まれた部分は0.8℃以上の特に暖かい水。(右)流速(赤:南下流,青:北上流)の分布。ピンクの矢印は南下流域で特に暖かい水が観測された場所を示す。
縦軸は水圧で、水深とほぼ対応している(下に行くほど深い)。

元来、海洋は大小様々な渦で満ちあふれていますが、大半は出来ては消え、出来ては消えを繰り返します。しかし、トッテン氷河沖の巨大渦は「定在」しています。これがとても重要な特徴であり、定在する渦の東側(南下流域)では「常に」暖かい水が沖から大陸方向へと効率的に輸送されているのです。さらに、定在渦によって大陸方向へ輸送されている海洋熱は、トッテン氷河の融解に十分な量であることが推定されました。

今後の展開

今回の成果は、氷床の質量損失が加速するトッテン氷河域における質量損失プロセスの包括的な理解につながると期待されます。しかし、定在渦によって大陸棚上へ輸送された暖かい水は、その後どのように大陸棚上を循環して最終的にトッテン氷河の前面まで運ばれるのか、また、トッテン氷河の前面に到達した暖かい水の特性(水温や塩分)は何によって決まるのかは不明なままです。トッテン氷河の融解プロセスを包括的に理解するためには、海中に係留系を設置しての長期間の時系列観測の展開や、現場観測と数値モデルの融合研究の推進を図り、残された未知のピースを明らかにしていく必要があります。

注1:氷河
南極やグリーンランド、山岳地では陸上に降り積もった雪が自身の重みで氷塊となり、重力によってゆっくりと流動する。この流れを氷河という。最終的に海へと流れ出して浮いている領域を棚氷と呼ぶ。図2(右)も参照。なお、海水が凍った海氷とはいずれも異なる。

注2:氷床
降り積もった雪が、長い年月をかけて押し固められて形成された氷の塊のこと。南極大陸上の氷床を南極氷床と呼び、地球最大の氷の塊である。

文献

文献1:Mizobata, K., Shimada, K., Aoki, S. & Kitade, Y. The Cyclonic Eddy Train in the Indian Ocean Sector of the Southern Ocean as Revealed by Satellite Radar Altimeters and In Situ Measurements. J. Geophys. Res. 125, e2019JC015994 (2020).

発表論文

掲載誌:Communications Earth & Environment
タイトル:Poleward eddy-induced warm water transport across a shelf break off Totten Ice Shelf, East Antarctica
著者:
平野大輔(国立極地研究所南極観測センター/気水圏研究グループ・助教)
溝端浩平(東京海洋大学・助教)
佐々木裕子(水産研究・教育機構・研究員)
村瀬弘人(東京海洋大学・准教授)
田村岳史(国立極地研究所気水圏研究グループ・准教授)
青木茂(北海道大学低温科学研究所・准教授)
DOI:10.1038/s43247-021-00217-4
URL:https://www.nature.com/articles/s43247-021-00217-4
論文公開日:2021年8月6日

研究サポート

本研究はJSPS科研費(JP20H04961, JP20K12132, JP17H06316, JP17H06317, JP17H06322, JP17H01615, JP20H04970, and JP21H04931)、水産庁、水産研究・教育機構、日本鯨類研究所、南極地域観測事業(JARE)重点研究観測(サブテーマ2)、および国立極地研究所プロジェクト研究(KP-303)の助成を受けて実施されました。

お問い合わせ先

(研究内容について)
国立極地研究所 南極観測センター/気水圏研究グループ 助教
平野大輔(ひらのだいすけ)

(報道について)
国立極地研究所 広報室

1702地球物理及び地球化学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました