2021-06-07 農研機構
ポイント
農研機構は、民間等を含む外部機関の研究室等から農研機構のNMR(核磁気共鳴)1)装置を使って物質同定・構造解析を遠隔で行える「NMRリモート供用システム」の運用を開始します。本リモートシステムにより新型コロナ感染症による移動制約下でも遠隔地からNMR装置が利用可能となります。また、本システムは、農研機構のスーパーコンピューター「紫峰」と連動しており、NMR測定データをリアルタイムでAI2)解析し、迅速な物質同定や構造解析が可能な日本初のシステムで、民間等との協働により研究成果の創出を加速します。
概要
農研機構は、本年4月に基盤技術研究本部を新設しました。情報研究基盤を核として農業情報研究センター、農業ロボティクス研究センター、遺伝資源研究センター、高度分析研究センターが連携し、農業・食品分野のイノベーション創出を加速します。
高度分析研究センターは、NMR等の高精度機器による分析基盤の確立とビッグデータ活用により、企業、公設試、大学、他法人等と連携して基盤技術研究本部の研究資源をフル活用した研究開発の推進を目指しています。
この度、農業・食品分野で外部利用ニーズの高い高磁場(800MHz)NMR装置とAIスパコン「紫峰」を連動させ、NMR測定から解析までを遠隔操作で一気に実施する、高性能な「NMRリモート供用システム」を構築しました。
本システムでは、利用者がインターネットを通じて農研機構に整備されたNMR施設のワークステーションにアクセスすることにより、あらかじめ送付した試料の分析を、利用者自身が遠隔地から実施できます。新型コロナ感染症による移動制約下でも遠隔地からのNMR装置の供用利用が期待されます。また、NMRサンプルの調製から、測定、データ処理の一連の工程が遠隔化・自動化され、NMR分析に精通していない方にも使い易くなっています。さらに、厳重に情報セキュリティ対策した安全性の高いアクセス環境を実現しました。
AIを活用したメタボロミクス解析3)や創農薬に繋がる解析環境の遠隔化を実現すると共に、解析結果をリアルタイムで提供することを可能にしたシステムとして、6月8日よりその試験運用を開始します。
利用のご相談等については以下にご照会ください。
農研機構 基盤技術研究本部 研究推進室 : Kiban_suishin@ml.affrc.go.jp
関連情報
予算:内閣府官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM)、運営費交付金
問い合わせ先
研究推進責任者 :
農研機構基盤技術研究本部高度分析研究センター センター長山崎やまざき 俊正
研究担当者 :
同 基盤技術研究本部高度分析研究センター ユニット長小野 裕嗣
同 本部企画戦略本部 データマネジメント管理役
(兼 農業情報研究センターデータ研究推進室 室長)川村 隆浩
同 基盤技術研究本部農業情報研究センター 専門職江口 尚
広報担当者 :
同 基盤技術研究本部研究推進室 室長半田 淳
詳細情報
社会的背景と経緯
高度な分析機器であるNMRを活用するには、大きなハードルがいくつかあります。まず、NMRによる機器分析には、高額な費用(導入費用と運用コスト)が必要なため導入機関が限られます。また、分析準備・機器操作・分析データの解析等に高度な専門性が要求されます。NMR装置の有効活用として外部機関への供用も一部で行われていますが、2020年以降、新型コロナ感染症拡大により人の移動と接触が制約され、他機関を訪問して分析機器を利用することが困難となり、この状況がいつまで続くかが不透明な状況です。そのため、遠隔操作(リモート)でのNMR分析装置の供用が求められています。
また、NMR分析データからの物質の同定や構造解析には多くの時間と労力を必要とし、AIを活用した解析の迅速化が期待されています。解析に有効なAIの開発には、AIに学習させるデータとして多数の試料の測定に基づく膨大なデータが必要です。多数の試料を効率的に処理するため、人手で行っていた作業の自動化が求められています。
さらに、農研機構では現在、農研機構統合DB4)への食品分析データや植物ゲノムデータなどの研究データの集約を進めており、このビッグデータとNMR分析データを、AIを活用して解析することで分析の飛躍的な効率化と、それによる新たな食品・品種開発、創農薬の推進が期待できます。
研究の内容・意義
1.NMR分析の自動化と遠隔化
高度な専門性を有する技術者・研究者による作業を自動化し、さらに、遠隔操作可能に(遠隔化)しました(図1)。まず、NMRの測定用試料の作成を自動化しました。PCで指定した処理手順をロボットが実行、24時間の連続処理で1日あたり最大100サンプルを処理可能です。次に、NMR装置磁石へのサンプル容器の挿入・交換を自動で行うオートサンプラーを追加しました。さらに、遠隔操作に対応した分光計5)を組み合わせることで、多数の分析サンプルを交換しながら全てのスペクトル6)測定を遠隔操作により自動的に実行することを可能としました。
2.AI解析との連携
NMR分析とAI解析とを連携させました(図2)。NMR分析で得られたデータを高速ネットワークでAI解析プラットフォームへリアルタイムで転送します。AI解析プラットフォームは、「農研機構統合DB」と「AIスパコン『紫峰』」で構成されています。
3.幾重もの情報セキュリティ対策
3段階のセキュリティ対策で堅牢なシステムを構築しました。まず、第一段階として、農林水産省研究ネットワーク上にファイアーウォールを設け、外部の不正アクセスを監視・防御します。次に、第二段階として、農研機構ネットワーク上にファイアーウォールを設け、特定拠点の登録した機器及び利用者からのみアクセスを許可し、外部だけでなく機構内部からの不正アクセスを監視・防御します。さらに、第三段階として、新たにNMR装置制御用計算機に複数のセキュリティ対策ツールを複合的多層的に組み合わせました。以上のように、研究資源の流出を防ぐため、NMR分析とAI解析の基盤を支える万全の体制を整備しました。
4.NMRリモート供用システムの運用開始
上記によるNMRリモート供用システムを6月8日より、当面は共同研究等を対象に運用開始します。運用状況を確認しながら、将来的にはさらに供用を進める予定です。
※利用のご相談等については以下にご照会ください。
農研機構 基盤技術研究本部 研究推進室 : Kiban_suishin@ml.affrc.go.jp
その際、メールの「件名」欄に「リモートNMRの利用について」とご記入ください。
今後の予定・期待
現在、農研機構では、リモート分析からデータ処理までが連動した基盤の整備を進めています。これにより、将来、リモート高度分析とリアルタイムAI処理の一気通貫の利用を実現します。具体的には、外部利用者のリモート接続に必要な各種設定支援、NMRのオペレーション支援からAIスパコンの高度活用まで、利用者の利便性を最重視したサービス提供が可能となります。食品中の成分の一斉分析やタンパク質の分子構造解析といった研究がより身近なものとなります。本基盤の整備により、産業界の民間企業等と農業・食品産業分野の研究者のさらなる連携強化が期待されます。
用語の解説
- 1)NMR(Nuclear Magnetic Resonance)
- 核磁気共鳴(NMR)とは、外部静磁場に置かれた原子核が固有の周波数の電磁波と相互作用する現象です。NMR装置により、化合物の分子構造、化合物の分子間や分子内の相互作用などを分析することができます。NMR装置による分析法は、化学、生化学、医学等の広範囲な分野で活用されています。
- 2)AI(Artificial intelligence)
- 人工知能(AI)とは、単純にコンピューターに演算をさせるのではなく、これまで人間にしか行えなかった理解や推論、提案などを行うコンピューターの仕組みのことです。
- 3)メタボロミクス解析
- 植物や動物など生物の体内で生命活動により変化するアミノ酸や有機酸、その他化合物の種類や量を網羅的に調べることで、病気やストレスを診断したり、さまざまな生体機能についての情報を得ることです。
- 4)農研機構統合DB(NARO Linked Databaseナロ リンクド データベース)
- 農研機構統合DBとは、農研機構内全研究データの一元的な集約を可能とするデータベースです。これまで農研機構内の個々の研究センター・部門で所有していた病害虫、気象、遺伝資源、ゲノム情報など各種の研究データについて、全てのデータにメタデータ(著者、日付、ライセンス、内容など、データの属性を説明するためのデータ)を付与、機構内全研究データの見える化・カタログ化し、農研機構統合DBへ一元的に集約しました。データ間のフォーマットの違いなど異質性が解消されており、AIによる分析が容易なため、機構内での分野横断的な研究が加速されます。
- 5)分光計
- コンピューターからの指示により、試料に様々な電磁波を照射するとともに、その後に試料から検出される微弱な電磁波を電気信号として捉えてデジタル化し、数値情報に変換する役割を担っています。
- 6)スペクトル
- 試料に含まれる物質を構成する原子核は、分子構造の違い等によって相互作用する電磁波の周波数が異なります。この周波数に対する強度の分布をスペクトルと呼び、物質の種類よって特徴的なパターンを示すため、解析することで物質情報が得られます。
参考図
図1 NMR装置の自動化と遠隔化の概要
図2 NMRの遠隔運用とAIスパコン「紫峰」との連携