有機無機ハイブリッドペロブスカイト”の圧力印加・同位体置換による高効率化・長寿命化を実現

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2021-03-29 北京高圧科学研究センター,フロリダ州立大学,仏国シンクロトロン放射光センター,仏国国立科学研究センター,日本原子力研究開発機構,J-PARCセンター

【発表のポイント】

  • 作製が簡単でありながら高い発電効率を達成できる有機無機ハイブリッドペロブスカイト1)2)は、次世代太陽電池材料として有望視されている。
  • この材料に圧力をかけて結晶格子を収縮させることによって、発電性能を向上させることができることがわかっているが、その一方で、圧力をかけすぎると結晶構造が乱れてしまうため、これまでさらなる特性の向上ができなかった。
  • 今回、有機無機ハイブリッドペロブスカイトの代表的な物質であるCH3NH3PbI3において、高圧下その場中性子・X線回折、光学測定を通じて、構造乱れのカギを握っている有機分子の運動を、分子中の水素をより重い重水素に置換して鈍らせることによって、より高圧下まで構造を安定に保てることを、明らかにした。
  • その結果、発光効率の高圧下での上昇や太陽電池セルの長寿命化に成功した。
  • 今回用いた同位体置換は太陽電池材料の性能を向上するための新しい方法である。他の異なる有機分子からなる有機無機ハイブリッドペロブスカイトにも応用できるため、より安定で高性能な太陽光発電セルを設計するのに役立つと考えられる。

有機無機ハイブリッドペロブスカイト”の圧力印加・同位体置換による高効率化・長寿命化を実現

【発表の概要】

北京高圧科学研究センターのリンピン・コン(孔令平)らの研究グループは、太陽光発電材料として有望な有機無機ハイブリッドペロブスカイト(CH3NH3PbI32)について、水素の同位体置換を行うことで、太陽電池としての性能を向上させた。

有機無機ハイブリッドペロブスカイトは、圧力をかけて結晶格子を縮めることによって、発電性能を向上させることができる。その一方で、圧力をかけすぎると結晶構造が乱れてしまい、さらなる特性の向上ができなかった。

そこで、有機分子中の水素を重水素に同位体置換3)することで高圧下での結晶構造の乱れを抑制し、フォトルミネッセンス強度4)の増大、耐環境性能を向上させることができることを、高圧下その場中性子・X線回折5)、光学測定、光起電力測定等により明らかにした。

この結果により、有機無機ハイブリッドペロブスカイトにおいて太陽光発電特性向上のカギとなる構造と発光特性の関係を明らかにすることが可能となる。さらに、これまで用いられてこなかった“同位体置換”による性能向上という新しい視点を与え、今後より安定で高性能な太陽光発電セルの開発に役立つことが期待される。

本研究は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構、J-PARCセンター、米国フロリダ州立大、仏国シンクロトロン放射光センター(SOLEIL)、仏国国立科学研究センター(CNRS)と共同で行った。

本研究の成果は、令和3年2月24日発行のアメリカの国際科学論文誌Advanced Functional Materialsに掲載され(オンライン掲載は令和2年11月30日)、表紙にも採択された。

【研究の背景】

世界人口の増加および一人当たりのエネルギー消費量の増大に伴い、世界のエネルギー問題は日に日に深刻さを増している。その主要エネルギー源である石油などの化石燃料エネルギーは、二酸化炭素等を排出し、温室効果をもたらすため、脱炭素社会に向けた再生可能エネルギーへの移行が進められている。その有望なエネルギー源である太陽光発電は、ほぼ無尽蔵ともいえる太陽光エネルギーを無料で活用することができ、また温室効果ガスを排出しないために、それを実現するためのデバイス開発がなされてきた。

有機無機ハイブリッドペロブスカイト(CH3NH3PbI3)は、その高い電荷移動度、長い電子/ホール拡散距離、強い欠陥耐性、合成の容易さ等から、次世代の太陽電池材料として期待されている。これらの特長は、PbI6八面体でできた無機原子フレームワーク中で、有機メチルアンモニウムイオン(CH3NH3)が自由に回転するという結晶と液体の両方の特性を持つような特異な構造から生まれており、メチルアンモニウムイオンの動的振る舞いが、その特性に大きな影響を与えている。

また、この有機無機ハイブリッドペロブスカイトは圧縮されやすく、圧力をかけて結晶格子を縮めることで、その光起電力特性を変えることができるため、結晶格子と光起電力の関係を調べるのにも適している。その関係は、より高性能な太陽電池材料をデザインするうえでも有用である。

一方で、さらに高い圧力をかけると結晶の原子配列が乱れてしまい、有用な特性をダメにすることも知られている。このような、外部刺激による性能の劣化は、太陽光発電素子の長寿命化とも関係するため、構造乱れの制御がより良い機能性デバイスの実現に必要不可欠である。

【研究内容と成果】

有機無機ハイブリッドペロブスカイト(CH3NH3PbI3)の構造の安定性には、メチルアンモニウムイオンの動的振る舞いが関与していると考えられる。そこで今回、本研究グループは、メチルアンモニウムイオン(CH3NH3)の水素を重水素に置換した試料(CHCD3ND3PbI3)を用いて、高圧下での構造の安定性および、光起電力特性を調べた。これは、水素をより重い重水素に置換することにより、メチルアンモニウムイオンを動きにくくすることができるためである。

CH3NH3PbI3とCHCD3ND3PbI3(以下それぞれH体、D体と称す)の高圧下のフォトルミネッセンス強度を調べた結果、H体では4千気圧までの初期加圧で約1.5倍になるが、さらに圧力を加えると発光しなくなるのに対し、D体ではその特性は失われることなく、発光強度は最終的に約3倍にまで達した(図1)。

図1 (a) D体およびH体のフォトルミネッセンスの圧力変化、(b) H体とD体のフォトルミネッセンス強度の比較。上部の写真は、D体の常圧及び2.5万気圧における発光時の写真。


フォトルミネッセンスの強度変化の原因を調べるために、高圧下X線および中性子その場観察を行ったところ(図2a)、約2万気圧以上の圧力で、H体の結晶格子はD体に比べ、急速に縮みだすことが分かった(図2b)。この急速な縮みは、結晶が壊れる(非晶質化する)前の前駆現象であり、H体の方がD体よりも構造が不安定になりやすいことを示している(実際に、さらに高圧下まで加圧すると、H体は約28万気圧で壊れてしまうのに対し、D体はより高い圧力まで安定のままでいる(図2c))。

図2 (a) 2.5万気圧のD体の中性子回折パターン解析結果、(b) 回折パターンの解析により得られたH体とD体の格子体積の圧力変化。(c) 28万気圧下のH体および33万気圧下のD体のX線回折イメージ。


さらに構造中のメチルアンモニウムイオンの動的振る舞いを、赤外分光測定で調べると、メチルアンモニウムイオンの変角振動が、D体ではH体に比べ、より高い圧力まで安定に存在することが分かった。

これらの結果を原子スケールで理解するために第一原理計算によるシミュレーションを行うと、フレームワーク構成要素であるPbI6八面体が、H体ではD体に比べ低い圧力で歪み始めることが分かった(図3)。この歪みは、結晶格子の乱れの兆候であり、格子の乱れが結晶のバンド構造に影響したことによって、発光しなくなったと考えられる。

図3 約5.1万気圧におけるH体およびD体の第一原理シミュレーション結果。H体にはD体にない“歪んだPbI6八面体”が見られる。


また、高圧下から回収した試料に関して、フォトルミネッセンス強度を調べてみると、約6万気圧から回収したH体は、もはや発光しないが、D体ではさらに高い圧力から回収したものでも加圧前と同様に発光することを示している。実際に、H体とD体で太陽光発電セルを作り、湿度30%の環境下に置いて、光電変換効率(PCE)6)の時間変化(図4)を調べてみると、D体の方が劣化しにくいことが分かった。

これらの結果は、CH3NH3PbI3の水素を重水素に置換することで、高圧あるいは常圧下での構造の安定性が増し、光起電力特性や耐環境性能が向上することを示している。

図4 H体(CH3NH3PbI3)とD体(CHCD3ND3PbI3)を用いた太陽電池セルで測定した光電変換効率。60時間後、その性能はH体では初期の47%まで落ちるのに対し、D体では68%と高い値を維持している。

【研究の意義と今後の展望】

今回、有機無機ハイブリッドペロブスカイトにおいて、メチルアンモニウムイオンの水素を重水素に置換することによって、太陽電池材料としての性能が向上することが示された。

これまで、その性能を向上させるために、材料の種類や純度、その形態(結晶/非晶質)を変えることが試みられてきたが、今回のような同位体を制御する方法は用いられてこなかった。同位体置換による方法は、他のハイブリッドペロブスカイト(例えばホルムアミジニウムイオン(HC(NH2)2+)やグアニジニウムイオン((NH2)3C+)をもつもの)にも応用でき、より安定で高性能なデバイスを設計するのに役立つと考えられる。

【付記】

各研究者の役割は以下の通りです。

G. Liu, L. Kong(北京高圧科学研究センター(HPSTAR)):研究計画立案、高圧実験全般

J. Gong (米国フロリダ州立大):試料合成

Q. Hu (北京高圧科学研究センター(HPSTAR)):第一原理シミュレーション計算

F. Capitani (仏国シンクロトロン放射光センター(SOLEIL):高圧下放射光赤外分光測定

A. Celeste(仏国シンクロトロン放射光センター(SOLEIL), 仏国国立科学研究センター(CNRS)):高圧下放射光赤外分光測定

T. Hattori, A. Sano-Furukawa (日本原子力研究開発機構):高圧下中性子回折実験

N. Li, W. Yang, H-k Mao(北京高圧科学研究センター(HPSTAR)):光吸収・フォトルミネッセンス・光起電力測定補助

【論文情報】

タイトル:Suppressed Lattice Disorder for Large Emission Enhancement and Structural Robustness in Hybrid Lead Iodide Perovskite Discovered by High-Pressure Isotope Effect

著者:Lingping Kong, Jue Gong, Qingyang Hu, Francesco Capitani, Anna Celeste, Takanori Hattori, Asami Sano-Furukawa, Nana Li, Wenge Yang, Gang Liu, and Ho-kwang Mao

雑誌:Advanced Functional Materials

DOI:10.1002/adfm.202009131

公開日:2020/11/30

【用語説明】

(注1)ペロブスカイト構造
bx6でできた八面体の格子の間にAイオンが入った構造で、化学式Abx6で表される(図1)。CaTiO3(鉱物名ペロブスカイト)がとる構造であるためペロブスカイト構造と呼ばれる。bx6八面体どうしを連結させたまま八面体を協同的に回転させることで、いろいろなサイズのAイオンを収容できるため、様々なA, B、Xイオンの組み合わせをとることができる。また同時に、結晶の物理的性質を変えることができるため、高温超伝導体や強誘電体等の有用なデバイスに応用されている。

(注2)有機無機ハイブリッドペロブスカイト
ペロブスカイト構造のAサイトに有機物のカチオン(典型的にはメチルアンモニウムイオン、CH3NH3+)、Bサイトに鉛(Pb)、Xサイトにハロゲン元素(Cl、Br、I)が入ったものを総称して有機無機ハイブリッドペロブスカイトと呼ぶ。2009年に横浜桐蔭大学の宮坂教授により初めて太陽電池への応用の道が示され、それから約10年のうちに光電変換効率が25 %を超えるものが実現されている。通常の太陽電池材料に必要な超高純度、極低欠陥でなくとも高い光電変換効率を実現でき、容易に合成できるという特長があるため、次世代の太陽電池材料として注目されている。

(注3)同位体置換
物質中のある元素を、その同位体で置換すること。同位体は、物理・化学的に似た性質を持つが、その原子量の違いによる量子性の違いにより、ときにその性質を変える。その量子性の物性への影響を調べたり、また中性子実験等では(中性子の同位体に対する相互作用の違いを利用して)“水素を強調して観察し”たりするために置換することがある。

(注4)フォトルミネッセンス
物質に光を照射し、励起された電子が基底状態に戻る際に発生する光。太陽電池材料等の半導体の品質評価に用いられる。

(注5)高圧下その場中性子・X線回折
物質透過性の高い中性子やX線を加圧容器を通して試料に照射し、その回折パターンを解析することで、高圧下の試料の結晶構造を高圧下で調べる方法。今回の実験では、中性子回折は、J-PARCの物質・生命科学実験施設のBL11超高圧中性子回折装置(PLANET)で、X線回折は、上海シンクロトロン放射光施設SSRFのBL15Uで行われた。

(注6)光電変換効率
太陽電池で太陽光のエネルギーを電力に変換する効率。 太陽電池の最大出力を入射光のエネルギーで除した値。 太陽電池の重要な性能指標となる。

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