ジグザグ型カーボンナノベルトの合成に成功 〜3種全ての型のカーボンナノチューブ構造を合成可能に〜

ad

2021-03-10 分子科学研究所

発表のポイント

  • カーボンナノチューブ(注1)の精密合成の種として注目されるカーボンナノベルト(注2)について、「ジグザグ型」と呼ばれる構造の分子を初めて合成した
  • ジグザグ型カーボンナノベルトは非常に不安定な分子と考えられてきたが、適切な分子設計と合成技術によって安定に扱える分子として単離することに成功した
  • 「アームチェア型」「キラル型」に続き「ジグザグ型」が合成されたことで3種類の構造が全て揃い、カーボンナノチューブの自在合成に向けて大きく前進した
概要

カーボンナノチューブは近年のナノカーボン科学の中心となる重要な物質ですが、製法・精製法の制限から現在は様々な構造の混合物として用いられています。真の性能を発揮するためには構造的に純粋なカーボンナノチューブが求められており、その一歩としてカーボンナノベルトの合成が古くから挑戦されてきました。近年、アームチェア型(2017年)、キラル型(2019年)の合成が相次いで報告されましたが、最後の1つであるジグザグ型は最も難しく成功例はありませんでした。

今回、分子科学研究所の瀬川泰知准教授は、名古屋大学の伊丹健一郎教授、Kwan Yin Cheung博士研究員、渡邊幸佑大学院生(兼 分子科学研究所特別共同利用研究員)との共同研究によって、ジグザグ型カーボンナノベルトの合成、単離、構造決定に成功しました。ジグザグ型カーボンナノナノベルトは大きなひずみと高い反応性をもつ不安定な分子と予想されていましたが、ベンゼン環を適切に縮環する分子設計によって高い安定性を獲得し、空気や水や光に対して安定な物質として単離することができました。X線結晶構造解析(注3)によって分子構造を観測することに成功し、ジグザグ型カーボンナノチューブの部分構造である筒状の分子であることを明らかにしました。

本研究によって3種類のカーボンナノチューブ構造全てを有機合成的に構築する技術が確立しました。構造的に純粋なカーボンナノチューブの自在合成に向けた大きな一歩となります。

本成果は2021年1月25日付けで、英国科学誌「Nature Chemistry」にオンライン掲載されました。

研究の背景

カーボンナノチューブは近年のナノカーボン科学の中心となる重要な物質ですが、製法・精製法の制限から現在は様々な構造の混合物として用いられています。真の性能を発揮するためには構造的に純粋なカーボンナノチューブが求められており、その一歩としてカーボンナノベルトの合成が古くから挑戦されてきました。近年、アームチェア型(2017年)、キラル型(2019年)の合成が相次いで報告されましたが、最後の1つであるジグザグ型は最も難しく成功例はありませんでした(図1)

210310_1.png

(図1)カーボンナノチューブ(上段)およびカーボンナノベルト(下段)の構造

研究の成果

本研究では、ジグザグ型カーボンナノベルトの合成、単離、構造決定に成功しました。ジグザグ型カーボンナノナノベルトは1954年に構造が提唱されている最も古いカーボンナノベルトです。J.F.ストッダート教授(2016年ノーベル化学賞)をはじめ多くの有機合成化学者が合成に挑みましたが、これまでに合成例はありませんでした。ジグザグ型カーボンナノベルトは、ベルト構造に由来する大きなひずみがあることに加え、酸素などの分子との反応性が非常に高いことが予想されていました。

そこで本研究では、従来のジグザグ型カーボンナノベルトの適切な位置にベンゼン環を縮環することで、高い安定性が得られると考えました。合成に先立って計算科学研究センター(岡崎共通研究施設)のスーパーコンピュータを用いた様々な解析を行い、今回設計した分子が高い安定性をもつことが示唆されました(図2)。合成はピレン誘導体から9段階かけて行い、総収率0.8%で目的とするジグザグ型カーボンナノベルトを得ました(図3)。X線結晶構造解析によって、得られたジグザグ型カーボンナノベルトがジグザグ型カーボンナノチューブに相当する筒状分子であることを確認し(図4、5)、得られたジグザグ型カーボンナノベルトが高い安定性をもつことを各種光物性測定によって実験的に明らかにしました。
210310_2.png

(図2)計算科学を用いた解析。(a) 赤>黄>緑でひずみの大きさを可視化(StrainViz)。
ベルト状にひずみが分散していることがわかる。(b) 芳香環に特徴的な性質である環電流の有無を解析(ACID plot)。全ての炭素が芳香環に組み込まれていることがわかる。
210310_3.png

(図3)ジグザグ型カーボンナノベルト合成の反応式。O:酸素原子。Br:臭素原子。
R:ターシャリーブチル基。ピレン誘導体から出発して8段階で環状前駆体を合成し、最後に還元剤を用いて酸素原子を取り除くことでジグザグ型カーボンナノベルトへと変換した。

210310_4.png

(図4)X線結晶構造解析によって得られたジグザグ型カーボンナノベルトの構造。カーボンナノチューブと同じ筒状構造であることが明らかになった。ナノメートル=10億分の1メートル。

210310_5.png

(図5)3Dプリンタで作成したジグザグ型カーボンナノベルトの模型。実寸の5000万倍。(分子科学研究所装置開発室作成)

今後の展開・この研究の社会的意義

本研究によって3種類のカーボンナノチューブ構造全てを有機合成的に構築する技術が確立しました。構造的に純粋なカーボンナノチューブの自在合成に向けた大きな一歩となります。今後はさらなる合成効率の改良や、他の太さや長さをもつカーボンナノベルトの合成法の開発、カーボンナノベルトを用いた構造選択的なカーボンナノチューブ合成が期待されます。

用語解説

(注1)カーボンナノチューブ
1991年に飯島澄男教授によって発見された、炭素原子のみからなるチューブ状物質。構造の特徴から、アームチェア型、キラル型、ジグザグ型の3種類に分けられる。

(注2)カーボンナノベルト
カーボンナノチューブをある長さで輪切りにした構造をもつ有機分子。1954年に初めて理論的に予測された。2017年に名古屋大学の瀬川、伊丹らによって初めて「アームチェア型カーボンナノベルト」が合成された。

(注3)X線結晶構造解析
単結晶にX線を当て、その回折パターンを解析することで、単結晶中の分子構造やその配列を明らかにする手法。有機分子では0.1ミリメートル角程度の大きさの単結晶作製が必要。

論文情報

掲載誌:Nature Chemistry

論文タイトル:“Synthesis of a zigzag carbon nanobelt” (「ジグザグカーボンナノベルトの合成」)

著者:Kwan Yin Cheung, Kosuke Watanabe, Yasutomo Segawa, and Kenichiro Itami

掲載日:2021年1月25日(オンライン公開)

DOI:10.1038/s41557-020-00627-5

研究グループ

分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域 錯体物性研究部門
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)

研究サポート

科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業総括実施型研究(ERATO)「伊丹分子ナノ
カーボンプロジェクト」
(課題番号:JPMJER1302、研究総括:伊丹健一郎)

日本学術振興会 科学研究費補助金 特別推進研究「未踏分子ナノカーボンの創製」
(課題番号:JP19H05463、研究代表者:伊丹健一郎)

日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(B)「トポロジカルπ共役化学の開拓」
(課題番号:JP19H02701、研究代表者:瀬川泰知)

文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究(研究領域提案型)「π造形科学」公募研究
(課題番号:JP17H05149、研究代表者:瀬川泰知)

村田学術振興財団(研究代表者:瀬川泰知)

研究に関するお問い合わせ先

伊丹 健一郎(いたみ けんいちろう)
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM) 拠点長・教授
E-mail:itami_at_chem.nagoya-u.ac.jp

瀬川 泰知(せがわ やすとも)
分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域 錯体物性研究部門 准教授
E-mail:segawa_at_ims.ac.jp

報道担当

自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当

ad

0501セラミックス及び無機化学製品
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました