アスピリン喘息(解熱鎮痛薬過敏喘息)に有効な治療薬の発見

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抗IgE抗体(オマリズマブ)がアスピリン過敏性を消退させる

2020-05-19 相模原病院,日本医療研究開発機構

概要

IgE*1が関与するアレルギー性喘息の治療薬である抗IgE抗体(一般名オマリズマブ、商品名ゾレア®ノバルティス)*2が、非アレルギー性とされるアスピリン喘息(解熱鎮痛薬過敏喘息、AERD)*3に特に有効であることが、国立病院機構相模原病院の林 浩昭医師らと同院臨床研究センター客員研究部長・湘南鎌倉総合病院免疫・アレルギーセンターの谷口正実研究開発代表者が主体となり、名古屋大学大学院呼吸器内科学、佐賀大学医学部分子生命科学講座と共同研究を行い証明されました。

本研究成果は、米国胸部学会誌「American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine」に2020年3月6日にオンライン掲載されました。

要旨

成人喘息の約10%を占め、もっとも重症化しやすいのがアスピリン喘息(解熱鎮痛薬過敏喘息、AERD)です。アスピリンなどの解熱鎮痛薬を使用すると死に至ることもある重い喘息発作をきたすものの、今まで有効な治療法がありませんでした。

本研究では、AERD患者さん16例の協力のもと、実薬(=オマリズマブ)、もしくは偽薬(有効成分が含まれない安全な溶剤)を4週間に1回、合計3回、二重盲検比較試験*4で皮下注射する臨床試験を行いました。その結果、オマリズマブは日常の呼吸器症状を改善するだけでなく、10/16例(63%)でアスピリン過敏性を消失させることが証明されました。また残りの6例も症状の改善を認めました。

AERDの特効薬は今までありませんでした。本試験によりAERDに対するオマリズマブの適用追加が得られたわけではありませんが、今後本研究の発展により、オマリズマブが多くの重症AERD患者さんの症状改善に貢献することが期待されます。

背景

アスピリン喘息(解熱鎮痛薬過敏喘息、AERD)は、重い喘息と好酸球性副鼻腔炎*5を特徴とし、大人の喘息患者さんの10%を占めます。しかし、有効な治療法はなく、国際的にも大きな課題でした。

AERDの特徴として、①アスピリンなどの解熱鎮痛薬で誘発される急激な喘息発作やアレルギー症状、②アスピリンなどを避けていても日常的に持続する重い喘息や鼻症状、③鼻ポリープを伴う重症の好酸球性副鼻腔炎、④アレルギーを悪化させる化学伝達物質であるシスティニルロイコトリエン(CysLT)*6が体内で過剰に産生される、 以上の4つが知られています。

AERDは遺伝することはなく、成人後に発症し、機序は不明で、その体質は一生続きます。

動物モデルや細胞モデルがないため、AERD患者さんの協力により、その研究が可能となります。

spanp>すでに我々が以前からおこなっている観察研究において、(A)アスピリン過敏反応では、マスト細胞*7の活性化による大量のCysLT産生を認める(Higashi N, et al. Allergol Int. 2012他)(B)オマリズマブを1年間継続すると、AERDの特徴である前述の②、③、④が改善し、マスト細胞の活性化も正常化すること(Hayashi H, et al. J Allergy Clin Immunol. 2016)を証明しています。

しかし、科学的証拠は十分でなく(=偽薬を用いた二重盲検試験でのオマリズマブの効果は証明されていない)、またAERDの本質である①のアスピリン感受性への効果も不明でした。

すでにオマリズマブは、IgEが関与する重症アレルギー性喘息などに対して、10年以上にわたって世界の医療現場で使用され、その安全性は確立されています。

研究結果の概要

AERD患者さんに対して、オマリズマブを3回使用することにより、日常の喘息や副鼻腔炎症状だけでなく、アスピリン内服検査(国際基準の安全な内服試験)で誘発される「CysLTの増加」、「マスト細胞の活性化」、「喘息や副鼻腔炎症状」などに対して、すべ有意に改善しました。さらに10/16例(63%)のAERD患者さんにおいて、アスピリンに対する反応(=アスピリン感受性)が完全になくなることが判明しました(図)。

図:オマリズマブ3回投与後に、AERD16例中10例(63%)でアスピリン過敏症が消失したことを示したグラフ

この効果の機序として、明らかにマスト細胞の活性化やシスティニルロイコトリエン産生が減少したことから、オマリズマブが(IgE受容体を高発現している)マスト細胞を安定化させた、と推定しています。

本研究の意義

今回初めて、無作為化二重盲検試験により、オマリズマブがAERD患者さんの症状の改善だけでなく、特徴的な4つの病態全てに効果があることが証明されました。さらに、AERD患者さんの本質である“アスピリン感受性”をも消失させる薬剤であることが判明しました。

本試験によりAERDに対するオマリズマブの適用追加が得られたわけではありませんが、今後本研究の発展により、オマリズマブが多くの重症AERD患者さんの症状改善に貢献することが期待されます。

用語解説
*1 IgE:
免疫グロブリンの一種で、身体のなかに入ってきたアレルゲンに付着し排除したり、逆に過剰反応(アレルギー)を起こしてしまう抗体です。IgEの受容体は、特にマスト細胞表面に多く存在し、IgEとアレルゲンの結合が、マスト細胞の受容体に付着し、アナフィラキシーや各種アレルギー反応を起こします。
*2 抗IgE抗体(オマリズマブ):
抗IgE抗体(オマリズマブ) は、遺伝子合成されたヒト化抗IgEモノクローナル抗体のことで、血中にあるIgEと結合することで、IgEと炎症細胞(マスト細胞など)の表面にあるIgE受容体との結合を妨げ、結果的にIgEによるアレルギー反応を抑制する薬剤です。現時点では、オマリズマブしかこの薬効を示す薬剤はありません。
*3 AERD:
国内ではアスピリン喘息(解熱鎮痛薬過敏喘息)、国際的にはAERD(Aspirin Exacerbated Respiratory Diseaseの略語)と呼ばれています。アスピリンだけでなく ほとんどの解熱鎮痛薬で強い喘息発作や鼻症状が誘発されます。さらに、解熱鎮痛薬を避けていても、日常的に慢性喘息と好酸球性副鼻腔炎による、嗅覚低下や鼻づまり、痰や咳、息苦しさが続き、半数以上の方が、ステロイド内服薬が必要な重症喘息です。推定されるAERD患者数は、国内で10万人以上、世界では数百万人以上です。
*4 二重盲検比較試験:
医者にも患者さんにもどちらが薬効のある「試験薬=オマリズマブ」で、どちらが「偽薬=プラセボ」(薬効の無い成分で作った外見が薬状の安全なもの)であるか、わからないようにして臨床試験を進める方法です。今回の試験では、「試験薬」と「プラセボ」の時期をずらして投与し、それぞれの結果(反応)を集計し評価しています。
*5 好酸球性副鼻腔炎:
好酸球性副鼻腔炎は、両側の鼻の中に多発性の鼻茸(鼻ポリープ)ができ、嗅覚低下が起きやすく、手術をしてもすぐに再発する難治性の慢性副鼻腔炎です。炎症の主役は、好酸球と考えられています。ステロイドを内服すると軽快しますが、抗菌薬は無効です。AERDなどの重症の成人喘息に合併しやすいことが知られていますが、その原因は不明です。国内では指定難病に指定されています。
*6 システィニルロイコトリエン:
アレルギー反応によりマスト細胞などから産生される化学伝達物質(脂質メディエーター)の1種です。アレルギーに関与する細胞(好酸球など)を活性化し、気管支の平滑筋の収縮させることなどで、喘息や様々なアレルギー炎症を起こすことが知られています。
*7 マスト細胞:
肥満細胞とも呼ばれ、人体のあらゆる場所に存在するアレルギーの主役細胞ですが、生体にとって必要な働き(感染防御など)もしています。IgEが関与するアレルギー反応では、血中IgEとアレルゲンが結合し、マスト細胞表面上のIgE受容体に付着することでマスト細胞は活性化され、ヒスタミンやシスティニルロイコトリエンなどの化学伝達物質を急速に放出/産生して、喘息発作やアナフィラキシーなどアレルギー反応を引き起こします。
特記事項

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)免疫アレルギー疾患実用化研究事業の「アスピリン喘息/NSAIDs 不耐症の病因・機序の最終的な解明とその治療薬の開発に向けての研究」(研究代表者:谷口正実)の一環として下記の研究者との共同研究として実施されました。

本研究成果は、米国胸部学会誌「American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine」に2020年3月6日にオンライン掲載されました。

その他の研究費
相模原市三橋永治氏の個人寄付金

論文情報
雑誌名:
American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine
論文タイトル:
Omalizumab for Aspirin-Hypersensitivity and Leukotriene Overproduction in Aspirin-Exacerbated Respiratory Disease: A Randomized Trial
著者名:
Hiroaki Hayashi, Yuma Fukutomi, Chihiro Mitsui, Keiichi Kajiwara, Kentaro Watai, Yosuke Kamide, Yuto Nakamura, Yuto Hamada, Yasuhiro Tomita, Kiyoshi Sekiya, Takahiro Tsuburai, Kenji Izuhara, Keiko Wakahara, Naozumi Hashimoto, Yoshinori Hasegawa, Masami Taniguchi
DOI:
10.1164/rccm.201906-1215OC
本件に関するお問い合わせ先
研究内容に関するお問い合わせ

谷口正実(たにぐちまさみ)
前国立病院機構相模原病院 臨床研究センター長(現客員研究部長)
現湘南鎌倉総合病院 免疫・アレルギーセンター長

AMED事業に関するお問い合わせ

国立研究開発法人日本医療研究開発機構
疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課

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