ペロブスカイト太陽電池の耐久性向上に貢献する新規有機ホール輸送材料の開発に成功

ad
ad

ドーパント不要の有機ホール輸送材料

2022-03-09 産業技術総合研究所

ポイント

  • ドーパントを使用しない場合の従来ホール輸送材料に比べて変換効率が約3割向上
  • 耐熱性試験において初期効率を1000時間維持
  • 従来型有機ホール輸送材料の分子先端を変えることで材料の高性能化

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)ゼロエミッション国際共同研究センター 有機系太陽電池研究チーム 村上 拓郎 研究チーム長、小野澤 伸子主任研究員は、日本精化株式会社(以下「日本精化」という)と共同で、ペロブスカイト太陽電池に使われる有機ホール輸送材料について、ドーパントと呼ばれる添加剤を使用せず、高い光電変換効率が得られる新規材料を開発した。

ペロブスカイト太陽電池(図1)に使われるホール輸送材料のうち、有機ホール輸送材料は、一般的に無機材料よりも光電変換効率が高く、開発事例も多い。有機ホール輸送材料の多くは、リチウムイオンなどのドーパントを添加剤として加えることによって、ホールを動きやすくし、高い光電変換効率を得ている。しかし、リチウム塩などのドーパントは一般的に吸湿性があるため、水分を引き込むことによりペロブスカイト層を劣化させ、耐久性を低下させる。そこで、ドーパントを添加せずに、高い光電変換効率が得られるホール輸送材料の開発が期待されていた。

今回、従来のホール輸送材料に新しい化学構造を導入し、ドーパントを添加せずに、高い光電変換効率が得られる新規ホール輸送材料を得ることに成功した。従来のホール輸送材料(図2左)にドーパントを添加しない場合と比較し変換効率が約3割向上した。さらに、耐久性を確認するために耐熱性試験(未封止、暗所)を実施し、1000時間を経過しても初期の光電変換効率を維持することが分かった。

本技術はペロブスカイト太陽電池の効率と耐久性向上の両立に寄与することが期待される。なお、この技術の詳細は、2022年3月25日に日本化学会第102春季年会(2022)にてオンライン発表される。

図1

図1 ペロブスカイト太陽電池の構造と成果の要点

開発の社会的背景

カーボンニュートラルに向けた社会的要請の高まりを受けて、さらなる太陽光発電の導入拡大が求められている。一方で、太陽光発電は材料を輸入に頼るなどの課題があり、一層の低コスト化が期待されている。また、国内において太陽光発電を導入しやすい平地では既に導入が進んでおり、今後は都市部などでこれまで設置が難しかった建物の壁や窓、耐荷重の低い工場屋根などにも設置が可能な新しい超軽量太陽電池が求められている。

ペロブスカイト太陽電池は、ペロブスカイト結晶の原料となる溶液を塗布することや印刷などにより積層させて製造することが可能であるため、低コスト化が実現できる。現在1平方センチメートル程度の研究用セルにおいては20%以上の光電変換効率が得られていることから、高効率・低コストを可能にする次世代太陽電池である。また従来型の太陽電池よりも薄く、フィルム化が可能であり、曲げなどの歪に強いという特性により、曲面にも設置が容易である。このため、これまで設置が困難だった場所へも導入できるなど、発電の場所を大幅に拡大できる新しい超軽量の太陽電池として期待されている。

研究の経緯

産総研では、これまでペロブスカイト太陽電池の実用化を目指し、高効率化・高耐久化に向けてペロブスカイト組成の改良、ペロブスカイト層やホール輸送層間の界面で電力を効率よく取り出す技術などの研究を進めてきた。ペロブスカイト太陽電池のホール輸送層に使われる材料は、光電変換効率と耐久性に大きな影響を与える。

日本精化はホール輸送材料の骨格分子を効率的に合成する技術と経験を有しているため、産総研は2017年より、同社とホール輸送材料の共同開発を進めてきた。

研究の内容

ペロブスカイト太陽電池に使われる有機ホール輸送材料は、ドーパント無しではホール輸送能力を示すホール移動度が小さい。そこで、リチウムイオンなどのドーパントを混合し、ホール移動度を約10倍向上させて高い光電変換効率を得ている。しかし、ドーパントが熱や光、湿気に対する耐久性を低下させる原因になることがある。そのため、ドーパントを添加せずに高い効率が得られるホール輸送材料の開発が必要である。

ペロブスカイト太陽電池の有機ホール輸送材料であるSpiro-OMeTADは、分子の先端に酸素とメチル基から成るメトキシ基を持つ(図2左)。

図2

図2 有機ホール輸送材料の分子構造

このメトキシ基を、窒素とメチル基から構成されるジメチルアミノ基に変えることで分子内に電子を送り込む機能(電子供与性)を高める。そして分子内から電子を引き出す機能(電子吸引性)が高いシアノ基を分子の中心に近い位置に導入することで、ホール輸送材料内部の電子が広く動けると考え、図2右のような新規ホール輸送材料を合成した。

まず、ホール輸送材料にドーパントを添加しない条件において、従来材料と新規ホール輸送材料のそれぞれをペロブスカイト太陽電池(MAPbI3)(図3)に導入したところ、光電変換効率が従来材料の12.9%から新規材料では16.3%と約3割向上した。この新規ホール輸送材料をより高い変換効率が期待されるペロブスカイト[Cs 0.05(FA0.85MA0.15)0.95Pb(I0.89Br0.11)3]と組み合わせた場合、変換効率が18.7%に達した(図4)。また、この新規ホール輸送材料は、一般的なホール輸送材料 (厚さ100から200 nm) と比べて薄膜化 (厚さ30から50 nm) が可能であることも分かった。より少ない材料で成膜できることから低コスト化にもつながると考えられる。さらに、未封止の太陽電池に対して耐久性試験の一つである85℃における耐熱試験を実施した結果、電池の初期性能が1000時間ほぼ維持され、高い耐熱性が得られた(図5)。このように、開発した新規ホール輸送材料はペロブスカイト太陽電池の変換効率の向上と耐久性の向上を両立することができる。

図3

図3 新規ホール輸送材料(左)とそれを用いて作製したペロブスカイト太陽電池(右)

図4

図4 従来型と新規ホール輸送材料をドーパント無しで用いたペロブスカイト太陽電池 (面積0.119 cm2)の電流電圧特性

図5

図5 従来型と新規ホール輸送材料を用いたペロブスカイト太陽電池の耐熱性試験(未封止、暗所保管)

今後の予定

今後は様々な分子構造を持つ新規ホール輸送材料を合成・比較し、ドーパント無しのホール輸送材料の高性能化による太陽電池性能のさらなる向上を目指す。耐久性についてはさらなる耐熱性の向上に加えて、耐湿性、耐光性試験によって実用に資する長期安定性を実証する。

さらに、ペロブスカイト組成の最適化や劣化抑制技術、封止技術の導入などにより、寿命20年以上の高効率ペロブスカイト太陽電池を開発する。

用語の説明
◆ペロブスカイト太陽電池
有機と無機の材料で作られるペロブスカイト結晶から成るペロブスカイト層が電子輸送層とホール輸送層に挟まれた構造を有している。ペロブスカイト結晶が光を吸収し、その光エネルギーで負電荷を持つ電子と正電荷を持つホールがペロブスカイト結晶層内で生成する。ここで生成した電子は電子輸送層を通して外部電極に取り出され、同様に生成したホールはホール輸送層を通して外部電極に取り出されることで電流と電圧が発生し、光エネルギーを電気エネルギーに変換することができる。
◆ホール輸送材料
発電層内で発生したホール(正の電荷)を抽出し、電極に輸送するための材料。この材料の層をホール輸送層と呼ぶ。ペロブスカイト太陽電池ではSpiro-OMeTAD (2,2′,7,7′-Tetrakis(N,N-di-p-methoxyphenylamino)-9,9′-spirobifluorene)やPTAA  (Poly[bis(4-phenyl)(2,4,6-trimethylphenyl)amine])などのp型有機半導体が用いられることが多い。ペロブスカイト太陽電池においてはホール輸送層として有機物の材料(有機ホール輸送材料)を用いた方が無機材料よりも高性能が期待される。
◆ドーパント
電気伝導性などの物性を変化させる目的で半導体などに少量添加する不純物。ホール輸送材料の添加剤としては、リチウム塩やピリジン誘導体などの塩基性化合物、コバルト錯体などが知られている。
◆ホール移動度
ホールが移動する速度。太陽電池においては、ホール移動度が高いほどホールは動きやすく、高い光電変換効率を得ることができる。
◆ペロブスカイト
結晶構造の1種。元々は酸化物の灰チタン石を指す言葉であるが、一般式ABX3で表せる物質の総称である。本稿ではAがメチルアンモニウムイオン(CH3NH3+)、Bが鉛イオン(Pb2+)、Xがハロゲン化物イオン(I)で構成されるペロブスカイト結晶 (CH3NH3)PbI3及びその派生物を示す。
◆電子輸送層
発電層内で発生した電子を抽出し、電極に輸送するための層。ペロブスカイト太陽電池では酸化チタンや酸化スズなどのn型半導体が用いられることが多い。
お問い合わせ

産業技術総合研究所

ad

0502有機化学製品
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました