肥料投入の限られたアフリカの安定的なイネ生産に貢献
2020-04-24 国際農研,マダガスカル国立農村開発応用研究センター,科学技術振興機構,国際協力機構
ポイント
・ 移植苗のリン浸漬処理がリン欠乏圃場でのイネ増収と生育日数の短縮につながることを解明
・ 生育日数が短縮することで、生育後半の低温ストレス回避につながることを実証
・リン欠乏や低温ストレスに悩まされるアフリカの安定的イネ生産に貢献
概要
国際農研は、マダガスカル国立農村開発応用研究センターと共同で、リン肥料と水田土壌を混合した泥状の液体に苗を浸してから移植するリン浸漬処理技術により、イネの収量と施肥効率を大幅に改善できること、さらに、この技術がイネの生育日数を短縮し生育後半の低温ストレス回避に有効であることをマダガスカルの農家圃場で明らかにしました。リン浸漬処理を施すことで、従来の施肥法(表層施肥)に比べて、籾収量が 9~35パーセント増加しました。マダガスカルをはじめとするサブサハラアフリカでは、リン供給力に乏しい貧栄養土壌や生育期間中の不安定な生産環境(水不足、低温・高温ストレス)により、イネの生産性が著しく制限されています。同技術を普及させることで、サブサハラ地域のイネの安定生産、さらには、食料安全保障に貢献することが期待されます。
本研究成果は、国際科学専門誌「Field Crops Research」電子版(日本時間
2020年4月24日15時)に掲載されます。
<関連情報> 本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)と独立行政法人国際協力機構(JICA)の連携事業である地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)「肥沃度センシング技術と養分欠乏耐性系統の開発を統合したアフリカ稲作における養分利用効率の飛躍的向上」(研究代表者:辻本泰弘)の支援を受けて行われました。
発表論文
<論文著者> Rakotoarisoa,N.M., Tsujimoto, Y., Oo, A.Z.
<論文タイトル> Dipping rice seedlings in P-enriched slurry increases grain yield and shortens days to heading on P-deficient lowlands in the central highlands of Madagascar
<雑誌> Field Crops Research
問い合わせ先など
国際農研(茨城県つくば市) 理事長 岩永勝
研究推進責任者:プログラムディレクター 中島一雄 研究担当者:生産環境・畜産領域 辻本泰弘 広報担当者:企画連携部 情報広報室長 中本和夫
科学技術振興機構(東京都千代田区) 理事長 濵口道成担当者:国際部SATREPSグループ
広報担当者:広報課
独立行政法人国際協力機構(東京都千代田区)
担当者:経済開発部 農業・農村開発第二グループ 調査役 中川真帆
※国際農研(こくさいのうけん)は、国立研究開発法人 国際農林水産業研究センターのコミュニケーションネームです。 新聞、TVなどの報道でも当センターの名称としては「国際農研」のご使用をお願い申し上げます。
背景と経緯
マダガスカルは、日本人の 2 倍以上のコメを消費するアフリカ随一の稲作国です。しかし、イネの生産性は今日まで停滞しており、主食であるコメの安定供給と農村地域の貧困削減を妨げています。その結果、マダガスカルは、国民の 77パーセントが 1 日 1.9 ドル未満 1)で暮らす世界の最貧国の 1 つに数えられます。イネの生産性を阻害する要因として、農家が貧しいために肥料を購入する資金が少ないこと、貧栄養土壌が広く分布していることが挙げられます。特に、作物の三大栄養素の1つであるリンは、土壌中の存在量が少なく、また、土壌のリン固定能 2)が高いために、施肥をしても土壌に吸着し、イネに吸収されにくい問題がありました。そこで、本研究では、かつて日本で実践されていた揉付(もみつけ)3)などにもヒントを得ながら、リン固定能の高い土壌でも、少ない肥料で効率的にイネの生産性を改善できる施肥技術の開発を目指しました。
内容・意義
本研究で着目したリン浸漬処理は、リン肥料(重過リン酸石灰)と水田土壌を混合した泥状の液体(スラリー 4))に苗の根を30分程度浸してから移植する、小規模農家にも実践しやすい局所施肥技術 5)の 1 つです(図 1)。マダガスカルの農家 圃場で、 年間にわたり同技術の効果を評価したところ、リン浸漬処理を施すだけで、無施肥に比べて 59~171パーセント、表層施肥に比べて、同量もしくは半分の施肥量で 9~35 パーセント、籾収量が増加することが示され、リン固定能の高い熱帯の貧栄養土壌でこの技術の効果が高いことが明らかになりました(図2 ①)。
さらに、リン浸漬処理は、無施肥に比べて約 週間、表層施肥に比べて約10日間、イネの生育期間を短縮できることが分かりました。その結果、この技術は、標高の高い地域における生育後半の低温ストレス回避、すなわち、イネの登熟不良の改善にも有効であることが示されました(図2 ②)。リン欠乏がイネの発育を遅延させることはよく知られていますが、本研究では、リンの施肥法の違いにより顕著に生育日数が変化すること、さらに、それにともなって環境ストレスが回避できることを生産現場で初めて実証することに成功しました。マダガスカルをはじめ、サブサハラ地域のイネ生産は、リン欠乏のみならず、水不足や低温・高温ストレスなど生育期間中のさまざまな環境ストレスにさらされています。本成果は、こうした栽培環境での安定的なイネ生産にもつながることから、学術的にも実用的にも価値が高いものといえます。
今後の予定・期待
本成果は、マダガスカルの現地メディアにも広く取り上げられており、農家や行政機関の関心が高まっています。今後、国際農研は、マダガスカルの共同研究機関、農業畜産水産省、肥料会社、およびJICA技術協力プロジェクトPAPRIZ2 )などと力を合わせて、数百世帯の小規模農家を対象とした実証試験を予定しています。実証試験で得られたデータを基に、同技術の効果や農家が実践する上での課題を抽出し、技術の汎用化と広域への普及を目指します。同技術が普及することで、マダガスカル政府が掲げる2023年までのコメの自給達成や同様の生産課題を抱えるサブサハラ地域の安定的なイネ生産、さらには、同地域の食料安全保障および貧困削減に貢献することが期待されます。
用語の解説
1) 1 日 1.9 ドル未満:必要最小限の生活水準が満たされていないとする世界銀行が
示す絶対的貧困ライン。
2)リン固定能:施肥したリンが土壌に吸着する割合を示す指標。土壌中の非晶質の
アルミニウムや鉄含量が多いほど高くなりやすく、作物のリン吸収を阻害する。
3) 揉付:リン固定能の高い火山灰土壌が多い鹿児島県などにみられた施肥法。リン
肥料もしくはリンを多く含む骨粉を苗の根に揉み付けてからイネを移植した。
4) スラリー:液体中に粘土などの固体粒子が懸濁(けんだく)した泥状のもの。
5) 局所施肥技術:作物の根が分布する位置にあらかじめ施肥することで、効率よく
肥料成分を吸収させる施肥法。
6) PAPRIZ2:コメ生産性向上・流域管理プロジェクトフェーズ 2(2015 年 12 月~
2020 年 11 月)。マダガスカルの稲作技術普及と生産性向上に取り組む JICA 技術協
力プロジェクト。
図1.リン浸漬処理の手法
図2.リン浸漬処理の効果