金星探査機「あかつき」観測成果論文のScience誌掲載について

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2020-04-24 宇宙航空研究開発機構,北海道大学,北海道情報大学

金星探査機「あかつき」による金星大気の探査活動に基づく研究成果をまとめた論文が、アメリカの科学雑誌Science(サイエンス)電子版に2020年4月23日(日本時間4月24日)に掲載されましたので、お知らせします。
論文の内容は次の通りです。

「あかつき」により金星大気のスーパーローテーションの維持のメカニズムを解明

原題:How waves and turbulence maintain the super-rotation of Venus’ atmosphere

1.概要

北海道大学・JAXA宇宙科学研究所などの研究者からなる国際研究グループは、金星探査機「あかつき」によって取得された観測データに基づき、長年謎だった金星大気の高速回転(スーパーローテーション)がどのように維持されているのかを明らかにしました。
金星の分厚い大気は、自転の60倍ほどにも達する速さで回転していることが知られています。これをスーパーローテーションと呼んでいます。スーパーローテーションは、何らかの加速機構がなければ維持できないことが知られていますが、それがどのような機構であるかは、わかっていませんでした。今回、「あかつき」で得られた画像と温度データの詳細な分析より、この加速機構を担うのが、「熱潮汐波」であることが明らかになりました。地球の潮の満ち干に関わる海の潮汐波は、月の引力によって生み出されますが、大気中には昼間熱せられて夜冷却されることによる潮汐波が地球にも金星にも存在し、熱潮汐波と呼ばれています。金星では、この熱潮汐波が、低緯度で大気の加速を担うことが重要であることが明らかになったのです。これまで、大気中に存在する潮汐波以外の波や乱れ(乱流)も加速を担う候補として考えられてきましたが、むしろその逆に働いていることも明らかになりました。なお、それらは赤道を離れた中緯度において重要な役割を果たしていると考えられます。

これらの組み合わせにより、子午面循環によるゆっくりとした極向きの熱輸送と、スーパーローテーションによる速い夜側への熱輸送が両立するシステムが形成されて、太陽からの熱が効率的に分配されます。この研究により、「あかつき」計画の当初からの大きな目標が実現しました。

図

©Planet-C project team

図 今回明らかになったスーパーローテーションの維持機構の模式図。太陽光をより多く吸収する低緯度から、より少なく吸収する高緯度にかけて、鉛直-南北のゆっくりとした循環(「子午面循環」)が存在します(白い矢印)。これは、低緯度の「角運動量」を運び去り、スーパーローテーション強度を弱めるように働きます。それに対し、熱潮汐波が低緯度にむけて角運動量を運び(赤い矢印のうち南北に伸びるもの)、スーパーローテーション強度を強めるように働きます。これによって、高速なスーパーローテーションが維持可能になり、長期間太陽に照らされる昼面から、太陽があたらず冷え続ける夜面に熱が運ばれます。なお、熱潮汐波以外の波や乱流は、低緯度の雲頂付近では弱いながら潮汐とは逆に働き(青い矢印)、中高緯度では別の重要な役割を果たします(水色の矢印。角運動量の流れを、子午面循環をバイパスするように運びます)。また、熱潮汐波は、鉛直の伝搬によっても、スーパーローテーション強度を強めるように働きます(赤い矢印のうち上下に伸びるもの)。

2.背景

金星は自転周期が地球時間で243日と、非常にゆっくり自転しています。地球と違って自転の向きは公転(周期は地球時間で225日)と逆で、一日の長さは117日です。このように、金星の自転は、地球に比べれば「ほぼない」とも言えるようなゆっくりとしたものですが、その大気は自転の向きに(つまり西向きに)、それをはるかに上回る速さで回転しています。この現象は、スーパーローテーションと呼ばれています(「スーパー」には「上回る」との意味があり、それが語源です。金星の場合その度合いが著しいので、良く使われる意味での「スーパー」なローテーション(回転)だとも言えます)。その速さは高度とともに増大し、高度約50~70kmに存在する雲層の上端付近で最大化します。そこでは、大気が惑星を一周するのがわずか4日程度と、自転の60倍ほどの速さに達します。

この現象はどのようにして生じうるか、そしてそれがいかにして維持されているのかは、1960年代の発見以来、地球・惑星科学者の興味を集めてきました。金星の一日は長いため、もしも大気がなければ、月のように昼と夜の温度差が大きくなります。スーパーローテーションは、昼から夜に熱を効率的に運ぶ運動形態のひとつだと言えます。

金星大気のスーパーローテーションのメカニズムは、1970年代よりいくつかの説が提案されてきました。「あかつき」以前にも「パイオニア・ビーナス・オービター」(1978-1992)、「ビーナス・エクスプレス」(2006-2014)という二機の「金星の人工衛星」によって金星大気の長期観測が行われました。しかし、スーパーローテーションに関する仮説を確かめる観測を行うことはできませんでした。そのため、スーパーローテーションのメカニズムは、今日まで未解決の問題として残されていました。「あかつき」計画は、謎の多い「金星の気象」を幅広く解明することを目指しています。中でも、スーパーローテーションがいかにして維持されるかを解明することは、最大の目標でした。

3.研究手法

「あかつき」は、紫外線や赤外線の複数の波長で、金星の雲の写真をとり続けています。堀之内 武氏(北海道大学)が率いる研究グループが本研究で主に用いたのは、紫外線カメラUVIによる画像です。「あかつき」は、最初の軌道投入の失敗のあと、5年以上も太陽に近い過酷な環境を漂っていました。そのため観測機器の劣化が心配されていましたが、金星周回軌道投入後に観測が始まると、非常に高品質のデータを取得でき、ブレークスルーへの期待が高まりました。実際、新たな現象がいくつも見つかっています。しかしながら、スーパーローテーションのメカニズムの観測的研究は、要求精度が高く、これまで世界の誰もできなかったものです。この研究は一歩ずつ、慎重に進める必要がありました。研究グループは、観測で得られる画像に写る雲を追跡する、高精度で信頼性の高い手法を新たに開発して、風速を求めました。研究の成功に特に重要だったのは、得られた結果から動的に誤差を推定する手法を開発したことでした。新たな手法と新たな評価法によって、従来は不可能だった風速の微細構造が明らかにできるようになり、スーパーローテーションに対する大気の波や乱流の効果を見積もることもできるようになったのです。グループではさらに、赤外線カメラLIRで計測した温度も使用し、多角的な研究を展開しました。

金星のスーパーローテーションの西向き風は、高さとともに強くなり、雲層の上端付近で最も強くなります。それを水平にみると全球に広がりますが、角運動量の観点から考えると赤道付近で最も風が強いと言えます。金星は自転軸がほぼ正立しているため季節はありません。そのため太陽光による加熱は赤道付近で最大で極で最も小さくなります。しかし、金星では極域はさほど冷たくなっていません。それは、大気によって南北に熱が運ばれる循環があることを意味します(低緯度で上昇して極域に向かい、高緯度で下降して赤道に向かう:参考図の白い矢印)。ところが、そのような循環があると、角運動量も運ばれるため、何か別に角運動量を「戻す」メカニズムがないと、観測されているような流れは維持できません。特に、低緯度の雲頂付近の「最も強い流れ」(角運動量の最大値)が何によって実現、維持されるかが、理解の鍵になります。研究グループはその点を中心に、「あかつき」のデータに基づき、さらに過去の研究を総合する様々な補助的な分析を行うなど、総合的に研究を行いました。それにより、スーパーローテーションという回転にともなう「角運動量」(注)を変化させる要因を定量的に評価することができました。観測には限度があり、不確定要素は残りますが、研究グループでは基本的なところは揺るがないと考えています。

4.研究成果

研究グループによる詳細な分析の結果、低緯度の雲頂付近の「最も強い流れ」は、「熱潮汐波」によって作り出されていることがわかりました。地球の潮の満ち干に関わる海の潮汐波は、月の引力によって生み出されますが、大気中には昼間熱せられて夜冷却されることによる潮汐波が地球にも金星にも存在し、熱潮汐波と呼ばれています。金星ではそれが(角運動量を輸送し)加速を引き起こすのです。これまで、大気中に存在する潮汐以外の波や乱れ(乱流)も加速を担う候補として考えられてきましたが、むしろその逆に働いていることも明らかになりました。なお、それらは赤道を離れた中緯度において重要な役割を果たしていると考えられます。

本研究で研究グループは、「あかつき」の観測をもとに、スーパーローテーションがどのように維持されているか、その全体像を提示しました(図参照)。それは、熱潮汐波を媒介として、ゆっくりとした鉛直-南北の循環と高速な東西の循環を両立させることで、太陽からうけた熱を効率的に広く行きわたらせる精妙なシステムと言えます。

5.今後への期待

「あかつき」は今(2020年4月24日現在)も観測を続けています。これまでにとられたデータの分析も活発に続けられており、観測とシミュレーションの融合(データ同化)などの研究も進んでいます。これらを通して、今後も金星大気に関する様々な発見がもたらされ、理解も進むと期待しています。また、地球においても、極端な温暖期にはある程度のスーパーローテーションがあったかもしれないという示唆もあります。地球とは大きく異なる金星大気の研究から、地球型惑星における大気の循環に関するより広い理解が得られることが期待されます。

さらに本研究成果は太陽系外の惑星(系外惑星)の研究にも応用できる可能性があります。近年では3000天体以上の系外惑星が確認されており、世界中で、大気循環が系外惑星の表層環境に与える影響が研究されています。その中でも恒星の近くを回っている系外惑星の多くは、特定の半面を太陽に相当する恒星に向け続けていると考えられており、この状態は、非常にゆっくりと自転している金星の状態と似ています。そのため、今回明らかになった「ゆっくりとした鉛直-南北の循環と高速な東西の循環の両立により効率的に熱を行きわたらせるシステム」は、系外惑星においても成り立っている能性があります。本研究成果は、系外惑星の大気循環やそれが表層環境に与える影響を探求することにも応用できると期待されます。

6.論文情報

論文名:How waves and turbulence maintain the super-rotation of Venus’ atmosphere(金星大気のスーパーローテーションは波と乱流によってどのように維持されているか)

著者名:Takeshi Horinouchi1,2, Yoshi-Yuki Hayashi3, Shigeto Watanabe4, Manabu Yamada5, Atsushi Yamazaki2, Toru Kouyama6, Makoto Taguchi7, Tetsuya Fukuhara7, Masahiro Takagi8, Kazunori Ogohara9, Shin-ya Murakami2, Javier Peralta2, Sanjay S. Limaye10, Takeshi Imamura11, Masato Nakamura2,12, Takao M. Sato4, Takehiko Satoh2,12(1 北海道大学,2 JAXA宇宙科学研究所,3 神戸大学,4 北海道情報大学,5 千葉工業大学,6 産業技術総合研究所,7 立教大学,8 京都産業大学,9 滋賀県立大学,10 ウィスコンシン大学マディソン校,11 東京大学,12 総合研究大学院大学)
※2020年4月24日 所属機関を一部修正致しました

雑誌名:Science(サイエンス)

DOI:10.1126/science.aaz4439

(注)「角運動量」はフィギュアスケーターが回転時に外に伸ばす腕や足の「長さ」と回転の「速さ」を掛け合わせたような量です。スケーターが腕や足を縮めると回転が速くなりますが、その際、角運動量は変化しないという性質があります(「長さ」と「速さ」を掛けたものが変わらないので、長さが減ると速さが増すというように説明ができます)。スーパーローテーションは、自転軸のまわりを回転する運動です。緯度によって「腕の長さ」、すなわち回転軸からの距離が異なるので、角運動量で整理して考えます。
補足:地球では中緯度に自転を追い越す向きのジェット気流がありますが、自転軸からの距離が赤道より短いことを考慮して計算すると、スーパーローテーションではないと判定されます。また、低緯度の風は貿易風で自転と逆向きです。

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